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クロード編
05 ありえない疑惑
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「ユーナがテオ様に惚れている……?」
なにを馬鹿な、とクロードは思った。
彼はユーナがガヴァルダ屋敷に住み、クロードに雇われていたことを知っている。
だから彼女がクロードのそばにいることを望んだときに、快く受け入れてくれたのだろう。
言うなれば、保護者みたいなものだ。
たしかにテオは、魅力的な人物ではある。
ティンズリー伯爵の長男という恵まれた立場に生まれながらも、おのれを律して勉学に励んだことは、彼の言動のひとつひとつから伝わってくる。
普通の女性なら間違いなく惚れているところだ。
たとえ保護者的な立場として一歩引いていたとしても、女性のほうが放っておかないかもしれない。
でも、ユーナはありえない。
彼女にかぎってそれはない。
彼女の行動原理は、色恋などでは断じてない。
テオのことは、ただ頼っただけなのだ。
クロードは一瞬でも動揺した自分を恥じるように、努めて落ち着いた言いかたでエリクを諭した。
「きみは、ユーナをそこらの女性たちと同列に考えているのか?
彼女はこの国でもっとも優秀な聖女だった。
聖女は富に惹かれないし、男性にもなびかない。
それのプロフェッショナルだったんだ。
そういう、下世話な噂話の対象にすること自体、やめたほうがいいと思うけどね」
「ふうん」
意地悪な顔でエリクが笑っている。
「クロードおまえ、落ち着いたふうを装ってはいるけど、いつもに比べてずいぶんと饒舌だな。
ユーナのことをテオ様に取られやしないかと、内心ひやひやしてるんじゃないか?」
「そんなことはないよ。
テオ様と彼女は、そういうのじゃない」
「自信ありげに言うねえ。
夜ふけにテオ様の部屋に入る彼女が目撃されているとしても、同じことが言えるのか?」
夜ふけに部屋に……?
クロードは経験がないが、男と女が夜になにをするのかは知識として知っている。
馬鹿馬鹿しい、そんなことはありえない。
エリクがからかっているのだとクロードは思った。
「冗談が過ぎるよ。
彼女の名誉にかかわることだから、へんなことを言うのはやめてくれ」
「まあそういう反応になるよな。
おれも最初は疑ったが、何人かが見ていたらしいから、どうやらこれは本当なんだ」
エリクの顔を見る。
すぐに笑って種明かしをするかと思ったのに、彼は意外にも真顔だった。
それどころか、彼自身も、この話には不快感を覚えているようですらある。
「エリク……」
「ああ、おれもファンとして信じたくない気持ちがある。
おまえが嘘だと笑うなら、それに乗りたいよ。
どうだ?
なんとかうまく否定してくれ」
クロードは改めて考えてみた。
元聖女であるユーナが、遅い時間にテオの自室を訪れる理由……。
なにか相談ごとがあったのかもしれない。
ユーナにはユーナの目的があってここにきたわけだから、それに関連する話だろうか。
それとも教会でなにかトラブルがあって、それを解決したくて彼に打ち明けた?
どっちにしろ、決め手に欠ける説だった。
なにも根拠がない。
男女の関係を噂する者たちと、なにも変わらないレベルの憶測でしかない。
せめて本人と話ができれば……。
腕を組んで考え込んだクロードを見て、エリクが言った。
「もう直接ユーナに訊いちゃうか?」
「え? できるのか?」
「おれは基本的に書類とにらめっこの仕事だから、いつもこの屋敷にいるんだ。
ユーナを見かけることもたまにある。
だいたいはテオ様と一緒だから話しかけにくいが、こっそり書き付けを渡すくらいなら可能かもしれない。
ふたりきりだと警戒されるから、おまえも含めて三人で話したいって持ちかけてみようか」
素晴らしい提案だとクロードは思った。
ユーナには訊きたいことが山ほどある。
エリクがいると話せないことも多いだろうが、それでも、なにも話さないままでいるよりずっといい。
「名案だよ、エリク。
どこに呼び出す? この部屋か?」
「それじゃ余計な噂が増えるだけだ。
メイドが役人とたまたま立ち話をしても怪しくない場所……そうだな、裏庭のベンチがいいかもしれない。
おれたちがダベっているところに、さりげなく通りかかってもらおう」
善は急げとばかりに、ふたりでメモ帳の切れ端にメッセージを書いた。
クロード・ドゥ・ガヴァルダのサインを見たユーナは、心躍らせてくれるだろうか。
二年ぶりに近くで顔を見られるかもしれないと思うと、まるで恋文を書く少女のように、羽ペンを持つクロードの手はうきうきと弾んでいた。
なにを馬鹿な、とクロードは思った。
彼はユーナがガヴァルダ屋敷に住み、クロードに雇われていたことを知っている。
だから彼女がクロードのそばにいることを望んだときに、快く受け入れてくれたのだろう。
言うなれば、保護者みたいなものだ。
たしかにテオは、魅力的な人物ではある。
ティンズリー伯爵の長男という恵まれた立場に生まれながらも、おのれを律して勉学に励んだことは、彼の言動のひとつひとつから伝わってくる。
普通の女性なら間違いなく惚れているところだ。
たとえ保護者的な立場として一歩引いていたとしても、女性のほうが放っておかないかもしれない。
でも、ユーナはありえない。
彼女にかぎってそれはない。
彼女の行動原理は、色恋などでは断じてない。
テオのことは、ただ頼っただけなのだ。
クロードは一瞬でも動揺した自分を恥じるように、努めて落ち着いた言いかたでエリクを諭した。
「きみは、ユーナをそこらの女性たちと同列に考えているのか?
彼女はこの国でもっとも優秀な聖女だった。
聖女は富に惹かれないし、男性にもなびかない。
それのプロフェッショナルだったんだ。
そういう、下世話な噂話の対象にすること自体、やめたほうがいいと思うけどね」
「ふうん」
意地悪な顔でエリクが笑っている。
「クロードおまえ、落ち着いたふうを装ってはいるけど、いつもに比べてずいぶんと饒舌だな。
ユーナのことをテオ様に取られやしないかと、内心ひやひやしてるんじゃないか?」
「そんなことはないよ。
テオ様と彼女は、そういうのじゃない」
「自信ありげに言うねえ。
夜ふけにテオ様の部屋に入る彼女が目撃されているとしても、同じことが言えるのか?」
夜ふけに部屋に……?
クロードは経験がないが、男と女が夜になにをするのかは知識として知っている。
馬鹿馬鹿しい、そんなことはありえない。
エリクがからかっているのだとクロードは思った。
「冗談が過ぎるよ。
彼女の名誉にかかわることだから、へんなことを言うのはやめてくれ」
「まあそういう反応になるよな。
おれも最初は疑ったが、何人かが見ていたらしいから、どうやらこれは本当なんだ」
エリクの顔を見る。
すぐに笑って種明かしをするかと思ったのに、彼は意外にも真顔だった。
それどころか、彼自身も、この話には不快感を覚えているようですらある。
「エリク……」
「ああ、おれもファンとして信じたくない気持ちがある。
おまえが嘘だと笑うなら、それに乗りたいよ。
どうだ?
なんとかうまく否定してくれ」
クロードは改めて考えてみた。
元聖女であるユーナが、遅い時間にテオの自室を訪れる理由……。
なにか相談ごとがあったのかもしれない。
ユーナにはユーナの目的があってここにきたわけだから、それに関連する話だろうか。
それとも教会でなにかトラブルがあって、それを解決したくて彼に打ち明けた?
どっちにしろ、決め手に欠ける説だった。
なにも根拠がない。
男女の関係を噂する者たちと、なにも変わらないレベルの憶測でしかない。
せめて本人と話ができれば……。
腕を組んで考え込んだクロードを見て、エリクが言った。
「もう直接ユーナに訊いちゃうか?」
「え? できるのか?」
「おれは基本的に書類とにらめっこの仕事だから、いつもこの屋敷にいるんだ。
ユーナを見かけることもたまにある。
だいたいはテオ様と一緒だから話しかけにくいが、こっそり書き付けを渡すくらいなら可能かもしれない。
ふたりきりだと警戒されるから、おまえも含めて三人で話したいって持ちかけてみようか」
素晴らしい提案だとクロードは思った。
ユーナには訊きたいことが山ほどある。
エリクがいると話せないことも多いだろうが、それでも、なにも話さないままでいるよりずっといい。
「名案だよ、エリク。
どこに呼び出す? この部屋か?」
「それじゃ余計な噂が増えるだけだ。
メイドが役人とたまたま立ち話をしても怪しくない場所……そうだな、裏庭のベンチがいいかもしれない。
おれたちがダベっているところに、さりげなく通りかかってもらおう」
善は急げとばかりに、ふたりでメモ帳の切れ端にメッセージを書いた。
クロード・ドゥ・ガヴァルダのサインを見たユーナは、心躍らせてくれるだろうか。
二年ぶりに近くで顔を見られるかもしれないと思うと、まるで恋文を書く少女のように、羽ペンを持つクロードの手はうきうきと弾んでいた。
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