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ユーナ編
25 別れの抱擁
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そこからの展開は早かった。
ユーナとクレアが最後のひと仕事のつもりで屋敷の大掃除をするあいだ、クロードは書類をまとめたり、時間を見つけては各家庭に事情を説明しに回っていた。
食事のときには顔を合わせるが、おのおの考えることがあるようで会話が弾まない。
ゴールディの無理に発する笑い声のなか、無情にもこの四人ですごす最後の時間が過ぎていった。
そして翌日の午後――
タニア医師の言っていたとおりに、テオ・ティンズリーが馬車でやってきた。
部下を引き連れ、五台にもなる大所帯だ。
「クロード、まさかきみと、春を待たずしてまた会うことになるとは思わなかったよ。
だがティンズリー家は、きみの決断を尊重する。
いまから村の設備を一新して、春からは最新の環境で農業がおこなえるよう取り計らおう」
「ありがとうございます。
それともうひとつお願いが――」
クロードとテオが話し込んでいる。
村のこれからのために、重要な話なのだろう。
テオがユーナのほうをちらりと見たのが気になったが、彼女は大掃除の続きと、すくないが身の回りの荷物の整理をしに屋敷へと戻った。
階段を上がると、大勢の男たちに恐れをなしたクレアが、廊下の隅で青い顔をしている。
ユーナはすぐにそばに行って、氷のように冷たくなっている彼女の手を握った。
「ユーナ……。
あんたとは、今日でお別れなのかい?」
「テオ様は泊まられないだろうから、たぶん今日じゅうに一緒に町へと戻ることになると思います。
クレア、ついていられなくてごめんなさい」
「あたしは大丈夫さ。
これからはこの屋敷に守られているわけにもいかないんだから、大丈夫にならなきゃいけない」
不安げな声でそう話すクレアのことが、ユーナはとても気がかりだった。
クロードがテオの屋敷に雇われることになれば、ここはもう彼女にとっての安住の地ではない。
おそらく統治の拠点として、テオの部下が何人か置かれることになるはずだ。
そうなったとき、クレアはどうなるのだろう。
たしか彼女は男に追われて町からきたと聞いたので、この村の出身ではない。
「これから……って、クレアはこれからどうするつもりですか?
この村に実家があるわけじゃないですよね?」
「ああ、あたしの実家はうんと遠くにあるし、戻りたいとも考えてないんだ。
坊っちゃんのはからいで、当面はこのまま、ここに住む役人の世話をすることになる。
でもあたしはガヴァルダ家に恩があってここにいたわけだからね、ガヴァルダの者がいなくなったら、はやいうちに出るつもりだよ。
先のことはわからないが、また、どこかであんたに会えたら嬉しい」
「クレア……」
手を握ったまま見つめ合う。
そばかすの似合うクレアのはかなげな顔を、ずっと覚えていたいとユーナは思った。
すると、ゴールディが彼女たちに気づいて、大きな身体を揺らしながら近づいてきた。
ユーナとクレアをふたりまとめて抱きしめる。
「あんたたちは娘みたいなもんだよ。
クレアのことは任せとくれ。
あたしの目の黒いうちは絶対に男には近寄らせないから」
「ほらユーナ、おっかさんもこう言ってくれてるわけだし、こっちの心配はいらないよ。
あんたこそ、坊っちゃんに気持ちは伝えたのかい?」
ゴールディの腕のなかで、すぐ近くにあるクレアの顔がまっすぐにユーナを見ている。
「クロード様に、わたしの気持ちを……?」
「好きなんだろう?
聖女様だろうが、隠すことはないと思う」
「あ、それなら伝えました」
本当かい?と訝るクレアに、ユーナは水源洞窟で彼に向かって思いを告げた話をした。
修道服を取りに戻るまえに、「理想を語るあなたが大好き」とたしかに言ったのだ。
「それで坊っちゃんは?」
「それで、とは?」
「だからさ、あんたが好意を伝えて、坊っちゃんはそれになんて返したんだい?」
「いえ、返事は聞いてません。
だってわたし、まだ聖女なんです。
神様に仕える身で、そういうのはご法度ですから」
正式に帰俗しないかぎり、男女交際などありえない。
そう説明するユーナに、クレアはゴールディと顔を見合わせて「坊っちゃんも大変だ」とため息をついた。
「まあとにかく、元気でやりな。
あたしらもできるだけ坊っちゃんの助けになりたいから、あんたも同じように思ってくれているなら、またきっと会える日もくる」
「はい!」
ふたりと抱擁して別れ、ユーナは掃除の続きと身支度を終わらせた。
そして、日も暮れかけたころに遣いの者が部屋まで来て、テオの馬車に同乗するようユーナに伝えた。
彼女が向かうと、テオは馬車の横に立って待っていた。
クロードの姿を探すが見当たらない。
「やあ、聖女ユーナ。
修道服に着替えていたんだね。
やっぱりきみにはその姿がよく似合うよ。
ことしの豊穣祭はべつの聖女が来て、悪くはないが私はすこし残念だった」
ルイザのことを言っている。
ことしの、ということは、去年の豊穣祭をユーナが務めたのを見ていたのだろう。
テオは行方不明になる以前から、聖女としてのユーナのことを知っていたのだ。
そうとも知らず油断して彼と接していた自分を、ユーナはなんだか恥ずかしく思った。
一方的に知られているというのは、儀式をやっているときには思ってもみなかったが、なかなか落ち着かないものだ。
だが今はそれより、クロードのことが気になった。
お別れを言いたいというのに、彼はいったいどこへ行ってしまったのだろう。
「あの、クロード様は……?」
「彼はなにかと忙しくてね。
きみによろしく伝えてくれと言っていたよ。
それじゃ、暗くなるからそろそろ出発しよう」
残念だ、とユーナは思った。
最後にクロードの顔が見たかった。
これからまた聖女として頑張るために――いや、そういう理由をつけずとも、彼の顔をもっと見たかった。
しかし、わがままを言って出発を遅らせるわけにはいかない。
教会まで送ってくれるのはテオの厚意なのだ。
持ちまえの我慢づよさでクロードへの気持ちをぐっとこらえて、ユーナは馬車に乗り込んだ。
テオの合図で、その車輪が動き出す。
「……あっ。
クレア! ゴールディ!」
屋敷のほうを見ると、ふたりが見送りに出てきて手を振ってくれている。
ゴールディは大泣きしているようで、何度もエプロンで目を押さえては、クレアがそれをからかっている。
ユーナも窓から身を乗り出し、大きく手を振った。
しだいにふたりの姿が小さくなり、馬車は村のなかを進んでゆく。
だがどうも、方角がおかしい。
「どこかに寄るんですか?
まっすぐ村から出るかと思ったのですが」
「ああ、ちょっとね」
ふしぎがるユーナに、テオは曖昧に返す。
馬車は村のなかをぐるりと回るように、遠回りをしている。
「……カイル!
メイド長も出てきてくれたわ。
いつまでも、お元気でいてくださいねー!」
カイルの家の前を通ったので、ふたりに挨拶することができた。
さらにそのまま揺られていると、もうひとつ見覚えのある民家が見えてきた。
最初に泊めてもらったおじさんの家だ。
「おじさま!
顔色もよくなって、本当によかったです。
奥様は寂しくなるでしょうけど、出稼ぎ頑張ってくださいね。
いろいろと、ありがとうございましたー!」
お世話になった人たちの顔を、また見ることができた。
偶然だろうか?
わざわざ大回りしたこともそうだし、ユーナが通るタイミングで顔を出してくれたのも、偶然だとしたら運がよすぎるように思う。
「もしかしてテオ様が、わたしのために……?」
「ははは、違う違う。
残念ながら私は、そんなに気が利く男じゃないよ。
ほら、彼にお願いされたんだ。
もうすぐ見えてくる」
「彼……?」
村の出口に、小さな影が見えてきた。
それはこの村の若き領主だった少年、クロードだ。
出口に差しかかると、彼は微笑みながら馬車に近づいてきた。
窓から身を乗り出すユーナに、自慢げにいう。
「どう? 最後に村をぐるりと回った感想は?
これがぼくの自慢の村だよ」
「クロード様……」
ユーナはわざと口ごもった。
彼が、よく聞き取ろうと一歩寄ってきたところを、すかさずがばっと抱きしめる。
「お、おい、ユーナ……」
大きな胸に顔をうずめて慌てる彼の耳に、ユーナはそっと囁く。
「わたしの自慢は、あなたに会えたことです。
成長して立派になっても、わたしのことを待っていてくれますか?」
「え?」
胸のあいだから視線を上げて、クロードがユーナの目を見た。
「も、もちろんだよ。
でもきみは聖女で――」
「わかっています。
きちんと決着をつけてきますから、心配しないで」
そこまで言って、力をゆるめた。
ようやく胸から解放されたクロードが、真っ赤な顔で見ている。
まっすぐな目だ。
ユーナはこの可愛らしい少年が、どんなすてきな男性に成長するのか楽しみになった。
彼から忘れられることがないように、とびっきりの笑顔で手を振り、
「また会う日まで」
そう言って別れた。
呆然と立ち尽くすクロードの姿が見えなくなってから、横に座って見ていたテオが苦笑しながら呟く。
「やれやれ、なんて聖女様だ。
いまのはいったいなんの誘惑かね」
「誘惑……?
そんなことしてません。
彼に、わたしのことを覚えていてもらおうと思って」
悪びれず返す彼女に、テオが天を仰ぐ。
「少年には一生忘れられない体験になったろう。
でも話のほうは大丈夫かな、彼はわけがわからないという顔できみを見ていたが」
「大丈夫です。
クロード様は理解なさっています。
わたしの気持ちはちゃんと伝えてありますから」
「……彼に幸あれ、だ」
やれやれと首を振るテオの横で、ユーナはクロードの立っていたほうをじっと見つめたまま、掴みとるべき未来に思いを馳せていた。
(ユーナ編・完。クロード編につづく)
ユーナとクレアが最後のひと仕事のつもりで屋敷の大掃除をするあいだ、クロードは書類をまとめたり、時間を見つけては各家庭に事情を説明しに回っていた。
食事のときには顔を合わせるが、おのおの考えることがあるようで会話が弾まない。
ゴールディの無理に発する笑い声のなか、無情にもこの四人ですごす最後の時間が過ぎていった。
そして翌日の午後――
タニア医師の言っていたとおりに、テオ・ティンズリーが馬車でやってきた。
部下を引き連れ、五台にもなる大所帯だ。
「クロード、まさかきみと、春を待たずしてまた会うことになるとは思わなかったよ。
だがティンズリー家は、きみの決断を尊重する。
いまから村の設備を一新して、春からは最新の環境で農業がおこなえるよう取り計らおう」
「ありがとうございます。
それともうひとつお願いが――」
クロードとテオが話し込んでいる。
村のこれからのために、重要な話なのだろう。
テオがユーナのほうをちらりと見たのが気になったが、彼女は大掃除の続きと、すくないが身の回りの荷物の整理をしに屋敷へと戻った。
階段を上がると、大勢の男たちに恐れをなしたクレアが、廊下の隅で青い顔をしている。
ユーナはすぐにそばに行って、氷のように冷たくなっている彼女の手を握った。
「ユーナ……。
あんたとは、今日でお別れなのかい?」
「テオ様は泊まられないだろうから、たぶん今日じゅうに一緒に町へと戻ることになると思います。
クレア、ついていられなくてごめんなさい」
「あたしは大丈夫さ。
これからはこの屋敷に守られているわけにもいかないんだから、大丈夫にならなきゃいけない」
不安げな声でそう話すクレアのことが、ユーナはとても気がかりだった。
クロードがテオの屋敷に雇われることになれば、ここはもう彼女にとっての安住の地ではない。
おそらく統治の拠点として、テオの部下が何人か置かれることになるはずだ。
そうなったとき、クレアはどうなるのだろう。
たしか彼女は男に追われて町からきたと聞いたので、この村の出身ではない。
「これから……って、クレアはこれからどうするつもりですか?
この村に実家があるわけじゃないですよね?」
「ああ、あたしの実家はうんと遠くにあるし、戻りたいとも考えてないんだ。
坊っちゃんのはからいで、当面はこのまま、ここに住む役人の世話をすることになる。
でもあたしはガヴァルダ家に恩があってここにいたわけだからね、ガヴァルダの者がいなくなったら、はやいうちに出るつもりだよ。
先のことはわからないが、また、どこかであんたに会えたら嬉しい」
「クレア……」
手を握ったまま見つめ合う。
そばかすの似合うクレアのはかなげな顔を、ずっと覚えていたいとユーナは思った。
すると、ゴールディが彼女たちに気づいて、大きな身体を揺らしながら近づいてきた。
ユーナとクレアをふたりまとめて抱きしめる。
「あんたたちは娘みたいなもんだよ。
クレアのことは任せとくれ。
あたしの目の黒いうちは絶対に男には近寄らせないから」
「ほらユーナ、おっかさんもこう言ってくれてるわけだし、こっちの心配はいらないよ。
あんたこそ、坊っちゃんに気持ちは伝えたのかい?」
ゴールディの腕のなかで、すぐ近くにあるクレアの顔がまっすぐにユーナを見ている。
「クロード様に、わたしの気持ちを……?」
「好きなんだろう?
聖女様だろうが、隠すことはないと思う」
「あ、それなら伝えました」
本当かい?と訝るクレアに、ユーナは水源洞窟で彼に向かって思いを告げた話をした。
修道服を取りに戻るまえに、「理想を語るあなたが大好き」とたしかに言ったのだ。
「それで坊っちゃんは?」
「それで、とは?」
「だからさ、あんたが好意を伝えて、坊っちゃんはそれになんて返したんだい?」
「いえ、返事は聞いてません。
だってわたし、まだ聖女なんです。
神様に仕える身で、そういうのはご法度ですから」
正式に帰俗しないかぎり、男女交際などありえない。
そう説明するユーナに、クレアはゴールディと顔を見合わせて「坊っちゃんも大変だ」とため息をついた。
「まあとにかく、元気でやりな。
あたしらもできるだけ坊っちゃんの助けになりたいから、あんたも同じように思ってくれているなら、またきっと会える日もくる」
「はい!」
ふたりと抱擁して別れ、ユーナは掃除の続きと身支度を終わらせた。
そして、日も暮れかけたころに遣いの者が部屋まで来て、テオの馬車に同乗するようユーナに伝えた。
彼女が向かうと、テオは馬車の横に立って待っていた。
クロードの姿を探すが見当たらない。
「やあ、聖女ユーナ。
修道服に着替えていたんだね。
やっぱりきみにはその姿がよく似合うよ。
ことしの豊穣祭はべつの聖女が来て、悪くはないが私はすこし残念だった」
ルイザのことを言っている。
ことしの、ということは、去年の豊穣祭をユーナが務めたのを見ていたのだろう。
テオは行方不明になる以前から、聖女としてのユーナのことを知っていたのだ。
そうとも知らず油断して彼と接していた自分を、ユーナはなんだか恥ずかしく思った。
一方的に知られているというのは、儀式をやっているときには思ってもみなかったが、なかなか落ち着かないものだ。
だが今はそれより、クロードのことが気になった。
お別れを言いたいというのに、彼はいったいどこへ行ってしまったのだろう。
「あの、クロード様は……?」
「彼はなにかと忙しくてね。
きみによろしく伝えてくれと言っていたよ。
それじゃ、暗くなるからそろそろ出発しよう」
残念だ、とユーナは思った。
最後にクロードの顔が見たかった。
これからまた聖女として頑張るために――いや、そういう理由をつけずとも、彼の顔をもっと見たかった。
しかし、わがままを言って出発を遅らせるわけにはいかない。
教会まで送ってくれるのはテオの厚意なのだ。
持ちまえの我慢づよさでクロードへの気持ちをぐっとこらえて、ユーナは馬車に乗り込んだ。
テオの合図で、その車輪が動き出す。
「……あっ。
クレア! ゴールディ!」
屋敷のほうを見ると、ふたりが見送りに出てきて手を振ってくれている。
ゴールディは大泣きしているようで、何度もエプロンで目を押さえては、クレアがそれをからかっている。
ユーナも窓から身を乗り出し、大きく手を振った。
しだいにふたりの姿が小さくなり、馬車は村のなかを進んでゆく。
だがどうも、方角がおかしい。
「どこかに寄るんですか?
まっすぐ村から出るかと思ったのですが」
「ああ、ちょっとね」
ふしぎがるユーナに、テオは曖昧に返す。
馬車は村のなかをぐるりと回るように、遠回りをしている。
「……カイル!
メイド長も出てきてくれたわ。
いつまでも、お元気でいてくださいねー!」
カイルの家の前を通ったので、ふたりに挨拶することができた。
さらにそのまま揺られていると、もうひとつ見覚えのある民家が見えてきた。
最初に泊めてもらったおじさんの家だ。
「おじさま!
顔色もよくなって、本当によかったです。
奥様は寂しくなるでしょうけど、出稼ぎ頑張ってくださいね。
いろいろと、ありがとうございましたー!」
お世話になった人たちの顔を、また見ることができた。
偶然だろうか?
わざわざ大回りしたこともそうだし、ユーナが通るタイミングで顔を出してくれたのも、偶然だとしたら運がよすぎるように思う。
「もしかしてテオ様が、わたしのために……?」
「ははは、違う違う。
残念ながら私は、そんなに気が利く男じゃないよ。
ほら、彼にお願いされたんだ。
もうすぐ見えてくる」
「彼……?」
村の出口に、小さな影が見えてきた。
それはこの村の若き領主だった少年、クロードだ。
出口に差しかかると、彼は微笑みながら馬車に近づいてきた。
窓から身を乗り出すユーナに、自慢げにいう。
「どう? 最後に村をぐるりと回った感想は?
これがぼくの自慢の村だよ」
「クロード様……」
ユーナはわざと口ごもった。
彼が、よく聞き取ろうと一歩寄ってきたところを、すかさずがばっと抱きしめる。
「お、おい、ユーナ……」
大きな胸に顔をうずめて慌てる彼の耳に、ユーナはそっと囁く。
「わたしの自慢は、あなたに会えたことです。
成長して立派になっても、わたしのことを待っていてくれますか?」
「え?」
胸のあいだから視線を上げて、クロードがユーナの目を見た。
「も、もちろんだよ。
でもきみは聖女で――」
「わかっています。
きちんと決着をつけてきますから、心配しないで」
そこまで言って、力をゆるめた。
ようやく胸から解放されたクロードが、真っ赤な顔で見ている。
まっすぐな目だ。
ユーナはこの可愛らしい少年が、どんなすてきな男性に成長するのか楽しみになった。
彼から忘れられることがないように、とびっきりの笑顔で手を振り、
「また会う日まで」
そう言って別れた。
呆然と立ち尽くすクロードの姿が見えなくなってから、横に座って見ていたテオが苦笑しながら呟く。
「やれやれ、なんて聖女様だ。
いまのはいったいなんの誘惑かね」
「誘惑……?
そんなことしてません。
彼に、わたしのことを覚えていてもらおうと思って」
悪びれず返す彼女に、テオが天を仰ぐ。
「少年には一生忘れられない体験になったろう。
でも話のほうは大丈夫かな、彼はわけがわからないという顔できみを見ていたが」
「大丈夫です。
クロード様は理解なさっています。
わたしの気持ちはちゃんと伝えてありますから」
「……彼に幸あれ、だ」
やれやれと首を振るテオの横で、ユーナはクロードの立っていたほうをじっと見つめたまま、掴みとるべき未来に思いを馳せていた。
(ユーナ編・完。クロード編につづく)
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