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ユーナ編

10 借金

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 なにかの間違いだと思いたかった。
 カイルの言葉の衝撃も冷めやらぬその日の午後、ふたりの男たちがガヴァルダ屋敷にやってきたのだ。

「クロード・ドゥ・ガヴァルダさん、本日はご返済についてのお話でやってまいりました。
 こちらは、あなたの連帯保証人になってくださっている、ティンズリー家の御子息です」
「これはこれは、わざわざ遠いところを」

 クロードと男ふたりは、応接室へと入っていく。
 慌てて階段のほうへと隠れたクレアから、「お茶はあんたがお出しして」とユーナに指示が飛ぶ。

 ご返済、と男はたしかに言っていた。
 借金があるということか。

「もしかして昨日の、食糧のお金……」

 足元が崩れるような錯覚がした。
 普段の倹約っぷりから考えると違和感のある大金だったが、もしものための蓄えがあったのだと強引に思い込もうとしていた。
 そんなものはなかったのだ。

 カイルの言葉がいやでも蘇る。
 ここは長くない……。
 ほかから借金をして領民を生かしているなら、それはもう自分で統治していないのと変わらない。

 一緒にいたのは、ティンズリー家の者だという。
 この山間部を除いたここらへん一帯を広く統治している、強大な領主だ。
 重税により反乱が起こることもたびたびあったが、近年はそれも下火となり、すくなくとも表面上は平和が保たれている。

 この村だけ自治が認められているのが、そもそもふしぎだった。
 軍事力で手に入れるほどの価値はないにしても、領主に金を握らせて平和裡に併合するのが、お互いにとってもメリットが大きい。
 借金を抱えてまで自治を続けるなんて、誰にとっても得になっていないのではないだろうか。
 しかもティンズリー家が保証人?
 ますます意味がわからない。

「ちょっとちょっと!
 あんた、大丈夫かい?」

 お茶の準備をして運ぼうとするユーナを、ゴールディが止める。
 不安と恐怖で手が震え、ガチャガチャと激しい音を鳴らしていたのだ。

「ここ、この屋敷に、しゃ、借金があるって……。
 怖いひとたちが、とと、取り立てに!」
「なんだいあんた、金借りたこともないのかい?
 あたしは何度もあるけど、こうやってピンピンしてる。
 なーに、貸すほうだって商売でやってんだ。
 貸した相手を呪い殺してちゃあ、食いっぱぐれて共倒れってもんさ」

 大きく笑い、バチンと音がするようなウィンクをする。
 その不恰好なウィンクが面白くて、ユーナはやっと深呼吸をすることができた。

「ありがとう、ゴールディ。
 そうよね、クロード様を信じなきゃ。
 わたしが不安になるようなこと、あのかたがなさるはずがない」
「あらあら、今度はすごい信頼だ。
 坊やも罪な男になったもんだね。
 さ、落ち着いたら、はやいとこお茶をお出ししておやり」
「はい!」

 きっと大丈夫。
 彼らは、前向きな話をしにきたに違いない。
 ユーナはお客様を歓迎する笑顔を作って、応接室の扉をコンコンとノックした。
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