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ユーナ編

05 ガヴァルダ屋敷の人びと

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 勝手口から屋敷に入ると、そこでまず、廊下を掃除している細身の女性を紹介された。

「彼女はクレア。
 掃除と、あと縫い物が得意だ。
 破れたりほつれたりした服をきれいに直してくれるから、長く使えてとても助かっている」
「クロード坊っちゃんがおとなしくしていてくれたら、もっと長持ちするんだけどね。
 ほらズボンの裾、またほつれてる」
「あとでお願いするよ。
 こちら、今日からここで働くユーナだ」

 深々と頭を下げるユーナに、クレアは軽くぺこりとおじぎした。
 そばかすとおさげにした茶色い髪が似合う、素朴な女性だ。
 化粧っ気はないがまだ若い。
 きっとハタチそこそこだろう。

「あんた、美人だしとんでもない胸をしているね。
 男がほうっておかないだろう?
 男って連中は本当にケダモノだから、くれぐれも気をつけるんだよ」
「は、はい。ありがとうございます」

 思わず自分の胸を気にしてしまう。
 とんでもない……。
 たしかに言われることは多いが、まるで狼に狙われる子羊のように忠告を受けたのは初めてだった。

 挨拶を終えて離れてから、クロードがそっと耳打ちする。

「クレアは昔、町で厄介な男に惚れられてね。
 泣きながら逃げてきたところを、爺ちゃんがここに保護したんだ。
 以来、男嫌いで有名さ。
 彼女が話せるのは、ぼくとカイルくらいかな。
 もしほかの男が彼女に近寄ったら、すぐに助けてやってくれ」
「わかりました。
 そういうのは得意ですから」
「はは、頼もしいね」

 クロードがどう受け取ったかわからないが、ユーナは本当にそういった女性のケアには慣れていた。
 教会には駆け込み寺のような側面もあったからだ。
 なにかあればすぐ助けるし、過去のトラウマで苦しんでいるようなら相談に乗ろう、と彼女は思った。

 でも、クレアがカイルと話せるのは意外だ。
 とても親切な人だったが、クロードとは違って見た目に子どもらしさはなく、いかにも男性という感じだった。
 時間をかけてすこしずつ慣れたのかもしれない。
 もしそうなら、その関係は大切にしてあげたい。

 次に紹介されたのは、厨房で料理をする大柄の女性だ。

「彼女はゴールディ。
 ただみんな、『おっかさん』としか呼ばないね。
 見てのとおり、料理が大得意なんだ」
「坊や、見てのとおりってのは太ってるってことかい?
 ずいぶん言うようになったもんだ。
 あんたの小さいころは、お風呂に入れたことだってあるんだよ。
 あたしのこのおっぱいを、奥方様のと間違えて――」
「やめてくれゴールディ!
 赤ん坊のころのことは勘弁してくれよ。
 ちゃんと毎日感謝して料理を食べているから」

 領主なのにクロードはたじたじだ。
 そんな年相応の姿を見て、ユーナは微笑んでしまう。

「お、あんた可愛い顔で笑うじゃないか。
 そうそう、そうやって坊やに笑顔を向けておやり。
 領主なんてやらされてるが、まだまだ子どもなんだ。
 しかつめらしい顔はなしで、にこにこ暮らしてくれたらあたしはそれでいい」
「はい、頑張ります」
「いい返事だね。
 ユーナ、あたしはあんたが好きになったよ」

 背中をバンバン叩かれる。
 ユーナのほうも、この大きな女性のことを一発で好きになった。
 両親を亡くしたクロードにとって、彼女の包容力はどれほど助けとなったことだろう。
 彼が使用人のことを家族と思えているのは、きっとゴールディの功績によるものだと感じた。

「ん? ゴールディ、これはなんだ?」
「あっ、しまった」

 クロードが厨房のテーブルになにかを見つけた。
 小さな容器に、果物の皮のようなものが液体と一緒に入っている。

 クロードは指に液体をつけて、ぺろりと舐める。

「ほほう、ハチミツだ。
 リンゴの皮のハチミツ漬けだな?
 こっそりこんなものを作って、仕事の合間に食べていたのか」
「ど、どうせ捨てるものだからね。
 有効活用ってやつだ。
 な、なにも責められることはしちゃいないよ」
「ずいぶん皮が厚いなあ。
 ゴールディ、おまえ、こんなに皮剥きが下手だったか?
 もしかしてこの密かな楽しみのために、ぼくらのリンゴが小さくされているんじゃあ……」

 ゴールディは慌てて、「お鍋の様子を見なきゃ」と釜のほうへ走っていった。
 してやったりの表情でクロードが笑っている。
 ユーナはずっと見ていたいと思いながらそれを眺めていたが、

「さて、これでこの屋敷で働いている者の紹介は終わりだ。
 ほかにも、よく出入りしているやつがカイルのほかにふたりいるが、それは追い追い紹介する機会があるだろう」

 クロードはそう言って紹介を締めくくった。
 あちこち壊れているとはいえ、この大きな屋敷に使用人が二人。
 新しく自分が加わって、ようやく三人。

 カイルの「いつも人手不足」という言葉の意味が、ユーナに正確に伝わった瞬間だった。
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