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ふらふらしないで

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「ちょっとご飯食べてくる」
「え、待って。なんで外食するの?」

 わたしの問いで振り向いた彼の顔には、特大の疑問符が張りついていました。

「なんでって、お腹空いたからだけど」
「わたし作るよ? すこし早いけど夕飯にすればいいから」
「うーん、それでいいのかなあ……」

 いいって何。

 彼とわたしは同棲しています。
 結婚の約束という意味では、婚約だってしているはずです。

 そりゃあ、出会いはちょっと特殊だったけど……。

 わたしは不安になって、彼に訊きました。

「一応確認するけど、『ご飯食べてくる』って、どこで食べるつもりだったの?」
「え、いや、普通。駅前を歩いて、おごってくれそうな女がいたら頼んで――」
「それナンパって言うんだからね?」

 やっぱり、まだやってたんだ。
 わたしは頭を抱えました。

 わたしとの出会いも、それでした。

 ナンパっぽくなくナンパをする天才なんだと思います。
 本当に下心がないのだから当然です。
 彼は、ご飯を食べるのが目的なのですから。

 彼は、例えるなら野良猫。

 単発のバイトをやったりはするみたいだけど、ローコスト生活が基本です。
 わたしがここに住まわせるまでは、誰も住まないようなボロアパートの一室で暮らしていました。
 格安の家賃と水道代だけ払えればそれでOKという感覚なのでしょう。
 電気・ガスはとっくに止められていたし、スマホなどの通信機器は一切持ちません。

 で、食事はどこかで食べる。

 すごくおいしそうに食べる彼は結構評判で、ほぼ確実に誰かはおごってくれます。
 イケメンが野良猫みたいに何でも喜んで食べるのだから、逆に彼を見つけると声をかけたりする女性もいるほどです。

 彼に下心はないけど――

「えっとさ、その……『お礼』を求められたら、どうするの?」
「だから普通だって。お礼は言われたらする」
「それ浮気!」

 もう、最悪……。

 わたしという婚約者がありながら、彼は何も変わってくれません。
 わたしといれば、寝るにも食べるにも困ることはないというのに。

「あなたにとって女性って何なの?」

 真剣に問いかけるわたしに、彼は、

「飯づる」

 とひと言だけ答えました。
 金づるという言葉の、食事版ということだと思います。

「わたしも飯づるのひとりにすぎないわけ?」
「あ、部屋づる。今はちょっと特別だな」
「特別……」

 何を喜んでいるんでしょうか、わたしは。

 野良猫のような彼――ノラ彼氏の特別になれたのなら、それはそれで嬉しいことだとは思います。
 でも、いくらイケメンでも、『お礼』が最高でも、婚約相手には適さなかったと後悔しました。

「飯づるが減ると不安なんだよね。婚約破棄されたら新しい部屋づるも必要だし。だからやっぱ行ってくる」
「……」

 わたしは黙って見送りました。
 婚約破棄しないとは言い切れないし……。

 ああ、でも、特別って言われたのはやっぱり嬉しいかも。
 だって彼は、ノラ彼氏なのですから。
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