魔性の女は婚約破棄しない

monaca

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あなたは悪くない

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「至らなくてごめんなさい……」

 わたしは彼に泣いて謝りました。

 彼はわたしの婚約者。
 でも今、婚約破棄を告げられたので、もうそう呼んではいけないのかもしれません。

 その彼は、

「悪いのはきみじゃない。おれが悪い。慰謝料はきちんと払わせてもらう」
「そんな、お金だなんて」
「いや、払わないとぼくが自分を許せないんだ」

 真剣な顔で主張してきました。

 それはそうでしょう。
 だって彼が浮気をしてしまったのだから。

 わたしという『できた』婚約者がいながら、顔だけの女と浮気をしたのです。

 そりゃあ、わたしは器量はあまりよくありません。
 自分のことは自分でよくわかっています。

 でも、一生懸命に尽くしました。

「ひとつだけ聞かせて。わたし、何が足りなかった?」
「足りないところなんてなかった。家のことは全部完璧にこなしてくれたし、お金もかからない。男を立てる謙虚な姿勢もすばらしいとおれは思っている」
「そんな、褒めすぎです……」

 言葉ではそう言いながらも、わたしは自分に落ち度がなかったことを確信しています。
 すべて完璧。
 それがわたしという女なのですから。

 そのせいで彼は、

「100%おれが悪い。きみというすばらしい婚約者がいながら、しょうもない女と浮気をしたんだ」
「でも、ずいぶんと美人だとお聞きしております」
「顔だけなんだよ。性格はきみとは比べられないくらいタチが悪くて……あれが魔性の女というやつなんだろうな。ひっかかったおれがバカなんだ」

 魔性。
 わたしはおかしくて、つい笑ってしまいました。

「どうした?」
「ごめんなさい。わたし、滑稽に思えてきて」
「自分を責める必要なんてない。おれを罵ってくれて構わない」

 ああ、本当に滑稽。

 わたしはクスクス笑えて仕方がないので、顔を伏せて泣いているふうを装いました。

 魔性の女ですって。

「ねえ、わたしは魔性じゃないのかしら」
「きみは真逆だ。きみはもっと聖母とか女神のような――」

 おかしくて聞いていれらませんでした。

 彼だけじゃないと思います。
 世の中みんな、魔性の女というものを勘違いなさっているのでしょう。

 魔性の女は、相手に魔性の女と思われたら負けです。
 顔のいいわがまま女が魔性と呼ばれるなら、それはただの馬鹿女にすぎません。
 きっと打算などなく、思いのままに生きているだけなのですから。

 本当の魔性とは、男を操る女。
 まったくの無害を装って男に近づき、罪悪感を抱かせたうえで財産を奪い取るのです。

 彼が美女と浮気した本当の原因は、自分自身の価値を勘違いしたことにあります。
 もっと美しい女と付き合うにふさわしいと思ったのでしょう。
 だって、まるで王様か帝王のように扱われていたのですからね。

「わたし、あなたのような素敵なかたと婚約できただけでも、幸せだったわ。ありがとう」
「本当にすまない。詫びはいくらでも……」

 魔性の女は自分から婚約破棄しません。
 相手からすべてを奪い、婚約破棄させるのです。
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