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第二部 エリザと記憶

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 静かな夜ふけ――

 あたしは、シーツを被って彼に背を向けていた。
 間違いなく、耳まで真っ赤になっている。

 恥ずかしい。

 出会って間もない男性とこんなことになるなんて……。

「どうした?」
「あの、あの……あたしどうだった? その、経験がなかったから……あなたには物足りなかったんじゃないかって」
「そんなこと気にするのか」

 恥ずかしくて名前も呼べなくなっているあたしを、彼は背中から抱きしめた。
 その腕からは、しっかりと感情が伝わってくる。

 幼いころ、よく頭痛で泣いていたあたしを抱きしめてくれた父。
 そのことを思い出す、優しく温かい腕だった。

「物足りないって。まったく、どう思われてるんだか」
「だって、あなたいくつ?」
「……26だ」
「嘘っ⁉︎」

 びっくりしてシーツを跳ね飛ばし、彼を見た。
 すこし傷ついた顔をしている。
 嘘や冗談ではないと思った。

「ごめんなさい、あたし――」
「いいよ、よく誤解される。26だと困るか?」
「ううん、逆。あたしのことなんて恋愛対象にならないと思ってたから」

 そう言ったあたしの頬に手を添えると、彼は唇にそっとキスをした。
 頭を抱き寄せて、愛おしそうに撫でてくれる。

 きっと、初めてだったと告げたあたしを、大切に扱ってくれているのだろう。

 ああ、好き……。

 自分でもわかっているが、あたしは間違いなくファザコンだ。
 かつて父から受けた愛情を、ずっとずっと追い求めている。

 彼のことも、ひと目見たときに「やばい、パパそっくり」と思った。
 距離感に困るけど、それでも、一緒に過ごせるだけで嬉しいと思った。

 もちろん恋愛とは違う、ただのコンプレックスだとわかってはいたのだけれど。

 話すうちに、我慢できなくなってしまった。
 きっかけは父と重ねていたことだったかもしれないが、今はもう、彼そのものを好きになっている。

(彼氏とか、無縁だと思ってたんだけどな……)

 彼の髪に触れる。
 恋人になってくれるだろうか。
 先にこうなってしまったことが、とても不安になってきた。

 こういうとき、どう言えばいいのだろう。
 もっと恋愛小説を読めばよかったと後悔した。

「ねえ……あたしが王宮に戻ったらどうする?」
「手紙を書くよ」

 それってラブレターってこと?
 付き合うってことでいいのかな?

 本当に、経験がなさすぎてわからない。
 自分では王国一の物知りのつもりだったのに、こんなことひとつわからないなんて。

 恥ずかしい。
 恥ずかしい……。

 両手で顔を覆うあたしを、彼がじっと見ていることに気づいた。
 思わず、胸がノーガードになっていた。

「ちょ、ちょっと、見すぎだよ! 大きくないから見ないで」
「美しいと思って、目を奪われていた」
「観察やめて――」

 ああもう、これ恋人かもしれない。
 イチャラブってやつでしょ。
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