上 下
23 / 41
第一部 ディオンヌと仮面

エピローグ(エレノア視点)

しおりを挟む
 目を覚ましたアタシは、薄暗い部屋に座っていた。
 見知らぬ、窓の鎧戸が閉じられた部屋。

「ていうか、これ何……?」

 椅子の肘かけに、腕が固定されているじゃない。
 座った状態で腰も縛られていて……。

 監禁?

「たしか、アタシ……」

 覚えているのは、ジョサイアと一緒にジョーデン侯爵の部屋に入ったところ。

 ものすごい数の十字架が飾られていたわ。
 あんなに信仰心のあるかたとは知らなかったから、驚いた。
 たしかに、廊下の突き当たりに、高そうな宝石を十字架のように並べた仮面があったけど。
 あれはかなりの逸品だと思うから、ジョサイアと結婚したらすぐに鑑定させなくっちゃ。

 ええと、それで何だっけ。

 死因を確認させるために、医者と一緒に遺体に近づいたアタシは――

 あ、違う!

 そう、遺体じゃなかった。
 近づいたアタシのことを、ジョーデン侯爵がぎろりと見た。

 本当に口から心臓が飛び出すかと思うくらい驚いたわ。
 あんた死んだんじゃなかったわけ?
 意味がわからなかった。

 そして、ジョサイアが侯爵に向かって言ったの。

「父上、決戦の準備を」

 アタシにその意味はわからなかったけど、侯爵はすぐにわかったみたい。

「助かる。記憶はないが生身は10年ぶりか。因縁を断つ日には、ふさわしいのかもしれんな」

 生身って何。
 なんでアタシを見るの?

 そう思ったのを覚えている。

 あ、それから、ジョサイアがアタシを後ろから抱きしめてくれたわ。
 婚約したのに、触れ合うのは初めてだったから、すこし驚いたけど。
 彼はそういうのは結婚してからのつもりだと思っていたから。

 で、そのあと――
 ジョーデン侯爵がアタシのほうに、寄ってきた……?

 そのあたりで記憶が途切れている。

「首がかゆいわ」

 アタシは急に、首筋が気になった。
 怪我をしているのかもしれない。
 手が自由ならすぐに触って確認できるのに。

 あと、そう――

「お腹が空いた。早く血を飲ませて」

 え?
 今アタシ、何て言った……?

 頭の中には、赤くとろりとした液体のイメージ。
 これはワインなのかしら。

 去年、16の誕生日で大人になった記念に、すこし飲ませてもらったわね。
 でも、こんなに渇きを感じるほど、おいしかった記憶でもないのだけれど。
 すこし大人になったということかしら。

「ねえジョサイア! どこにいるの? 早く自由にして!」

 我慢できなくなり、大きな叫び声をあげると――


「やあエレノア。気がついたんだね」


 扉を開けて、颯爽とジョサイアが入ってきたわ。
 末娘のアタシが姉たちを大逆転するために婚約した、大切な大切な金づる。
 筆頭貴族の侯爵夫人ともなれば、アタシのことを恥だ下品だとないがしろにしてきた両親にも、きっと認めてもらえるはず。

「ああ、ジョサイア……よかった。貴方が来てくれて」
「どうしたの? なんだかしおらしいね」

 軽く答えた彼は、なんだか上機嫌に見える。
 最近ずっと元気がなかったのに、急に絶好調になったみたい。

 侯爵を継いでアタシと結婚するのが嬉しいのかな?

 あれ?
 でも、ジョーデン侯爵は生きていたわよね。
 あれは夢ってこと?

「ジョサイアは侯爵になったの?」
「ああ、父上が亡くなって、今日からはぼくが侯爵だよ」
「やっぱりさっきのは夢だったのね! じゃあ、アタシ――」

 そこで、ジョサイアに遅れてもうひとり入ってきた。


「紹介するよ。幼なじみのディオンヌ。昔から婚約していて、さっき結婚した」


 は?
 そこに立っているのは、使用人のディオンヌじゃない。

 昔から婚約?
 結婚?

 何? いったい何なの?

 ディオンヌはいつのまにか使用人の服から、ドレスに着替えている。
 まるでそういう格好をするのが当たり前のような顔をして、ジョサイアの横で微笑んでいるのが当たり前のような顔をして、そこに立っている。

 ただの没落令嬢の、使用人ふぜいが。

「何言ってるのよ。婚約者はアタシでしょ?」
「ディオンヌのほうがずっと早いから、きみとの婚約は無効だ」
「なっ……」

 言葉を失うアタシを尻目に、ジョサイアは部屋を見回しはじめた。

「ここは母上の部屋だったんだ。その椅子の位置も、あのときのまま。きみには特別に、母上と同じ方法を試してあげよう。きみなんかでも母上にあやかれば、もしかしたら天国に行けるかもしれない」

 言いながら、壁の操作盤をいじり、

「天窓はこれか」

 彼が操作すると、頭上にある天窓の鎧戸がぱたりと開き、青空が広がった。

「もうすぐ正午だ。太陽が真上にくるよ」

 すでにつま先のほうに光が射している。
 薄暗かった部屋で肌寒さを感じていたアタシは、つま先からじんわりと――

「え、熱っ!」

 慌てて足を引っ込めた。
 真夏でもないのに、灼熱のような温度だったわ。

 あんな陽射しを真上から浴びたら、全身が焼けてしまうかもしれない。

「ちょっとジョサイア。ごめんなさい、アタシ何か気に障ることした? 冗談やめてよ」
「冗談……冗談、か。父上は望んできみを招き入れたから仕方ないにしても、ディオンヌを巻き込んだのはよくなかった」
「あ、そのこと? ごめんなさい、幼なじみだったのね。他の使用人にすればよかったわ」

 素直に謝ったアタシを、ジョサイアはじろりと見た。
 まるで汚いものを見るような目で。

 どうして……そんな目をするの……?
 パパやママと同じに、アタシのことを軽蔑するの?

 戸惑うアタシに彼は、

「ぼくの感情だけで決めるのはよそう。夫婦で話し合うことだ」

 言って、ディオンヌを見た。

「ディオンヌ。きみはどうしたい? 父上たちが去り、ぼくたちは人間として生活することを選んだ。ここでひとりのヴァンパイアを野に放つことを、きみは許容できるかい?」
「そういう言い方はずるいわ。わたしにも感情で決めさせてくれない?」
「そうだね。じゃあ、きみはエレノアを許すかい?」

 そう問われたディオンヌは――

 かつて令嬢だったディオンヌは溜め息をついて幼なじみの侯爵を見つめ――

 スカートの埃を、パンッと一度払った。

「わかった、そうしよう」

 え?
 返事がないのに、なんで納得するの?
 ディオンヌはアタシを許すの? 許さないの?

 ふたりは天窓を開け放ったまま、部屋を出て行った。

「どういうこと? ヴァンパイアがいるの? どこ? ねえちょっと、待ちなさいよ!」

 しだいに太陽が真上に移動して……。

「熱い! ねえ! なんかアタシの身体、へんなんだけど!」

 熱い熱い熱い。

 何これ、肌が炭みたいになって……!

 熱い熱い熱い。
 熱い熱い熱い。

 熱い熱い熱い熱い熱い熱いぃぃぃ!


―第一部・完―
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたの嫉妬なんて知らない

abang
恋愛
「あなたが尻軽だとは知らなかったな」 「あ、そう。誰を信じるかは自由よ。じゃあ、終わりって事でいいのね」 「は……終わりだなんて、」 「こんな所にいらしたのね!お二人とも……皆探していましたよ…… "今日の主役が二人も抜けては"」 婚約パーティーの夜だった。 愛おしい恋人に「尻軽」だと身に覚えのない事で罵られたのは。 長年の恋人の言葉よりもあざとい秘書官の言葉を信頼する近頃の彼にどれほど傷ついただろう。 「はー、もういいわ」 皇帝という立場の恋人は、仕事仲間である優秀な秘書官を信頼していた。 彼女の言葉を信じて私に婚約パーティーの日に「尻軽」だと言った彼。 「公女様は、退屈な方ですね」そういって耳元で嘲笑った秘書官。 だから私は悪女になった。 「しつこいわね、見て分かんないの?貴方とは終わったの」 洗練された公女の所作に、恵まれた女性の魅力に、高貴な家門の名に、男女問わず皆が魅了される。 「貴女は、俺の婚約者だろう!」 「これを見ても?貴方の言ったとおり"尻軽"に振る舞ったのだけど、思いの他皆にモテているの。感謝するわ」 「ダリア!いい加減に……」 嫉妬に燃える皇帝はダリアの新しい恋を次々と邪魔して……?

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

王太子エンドを迎えたはずのヒロインが今更私の婚約者を攻略しようとしているけどさせません

黒木メイ
恋愛
日本人だった頃の記憶があるクロエ。 でも、この世界が乙女ゲームに似た世界だとは知らなかった。 知ったのはヒロインらしき人物が落とした『攻略ノート』のおかげ。 学園も卒業して、ヒロインは王太子エンドを無事に迎えたはずなんだけど……何故か今になってヒロインが私の婚約者に近づいてきた。 いったい、何を考えているの?! 仕方ない。現実を見せてあげましょう。 と、いうわけでクロエは婚約者であるダニエルに告げた。 「しばらくの間、実家に帰らせていただきます」 突然告げられたクロエ至上主義なダニエルは顔面蒼白。 普段使わない頭を使ってクロエに戻ってきてもらう為に奮闘する。 ※わりと見切り発車です。すみません。 ※小説家になろう様にも掲載。(7/21異世界転生恋愛日間1位)

愛人を切れないのなら離婚してくださいと言ったら子供のように駄々をこねられて困っています

永江寧々
恋愛
結婚生活ニ十周年を迎える今年、アステリア王国の王であるトリスタンが妻であるユーフェミアから告げられたのは『離婚してください」という衝撃の告白。 愛を囁くのを忘れた日もない。セックスレスになった事もない。それなのに何故だと焦るトリスタンが聞かされたのは『愛人が四人もいるから』ということ。 愛している夫に四人も愛人がいる事が嫌で、愛人を減らしてほしいと何度も頼んできたユーフェミアだが、 減るどころか増えたことで離婚を決めた。 幼子のように離婚はしたくない、嫌だと駄々をこねる夫とそれでも離婚を考える妻。 愛しているが、愛しているからこそ、このままではいられない。 夫からの愛は絶えず感じているのにお願いを聞いてくれないのは何故なのかわからないユーフェミアはどうすればいいのかわからず困っていた。 だが、夫には夫の事情があって…… 夫に問題ありなのでご注意ください。 誤字脱字報告ありがとうございます! 9月24日、本日が最終話のアップとなりました。 4ヶ月、お付き合いくださいました皆様、本当にありがとうございました! ※番外編は番外編とも言えないものではありますが、小話程度にお読みいただければと思います。 誤字脱字報告ありがとうございます! 確認しているつもりなのですが、もし発見されましたらお手数ですが教えていただけると助かります。

【完結】悪女のなみだ

じじ
恋愛
「カリーナがまたカレンを泣かせてる」 双子の姉妹にも関わらず、私はいつも嫌われる側だった。 カレン、私の妹。 私とよく似た顔立ちなのに、彼女の目尻は優しげに下がり、微笑み一つで天使のようだともてはやされ、涙をこぼせば聖女のようだ崇められた。 一方の私は、切れ長の目でどう見ても性格がきつく見える。にこやかに笑ったつもりでも悪巧みをしていると謗られ、泣くと男を篭絡するつもりか、と非難された。 「ふふ。姉様って本当にかわいそう。気が弱いくせに、顔のせいで悪者になるんだもの。」 私が言い返せないのを知って、馬鹿にしてくる妹をどうすれば良かったのか。 「お前みたいな女が姉だなんてカレンがかわいそうだ」 罵ってくる男達にどう言えば真実が伝わったのか。 本当の自分を誰かに知ってもらおうなんて望みを捨てて、日々淡々と過ごしていた私を救ってくれたのは、あなただった。

今日であなたを忘れます〜公爵様を好きになりましたが、叶わない恋でした〜

桜百合
恋愛
シークベルト公爵家に仕える侍女カリーナは、元侯爵令嬢。公爵リンドへ叶わぬ恋をしているが、リンドからは別の貴族との結婚を勧められる。それでもリンドへの想いを諦めきれないカリーナであったが、リンドの婚約話を耳にしてしまい叶わぬ恋を封印する事を決める。 ムーンライトノベルズ様にて、結末の異なるR18版を掲載しております(別タイトル) 7/8 本編完結しました。番外編更新中です。 ※ムーンライト様の方でこちらのR-18版掲載開始しました!(同タイトル)

【完結】どうして殺されたのですか?貴方達の愛はもう要りません  

たろ
恋愛
処刑されたエリーゼ。 何もしていないのに冤罪で…… 死んだと思ったら6歳に戻った。 さっき処刑されたばかりなので、悔しさも怖さも痛さも残ったまま巻き戻った。 絶対に許さない! 今更わたしに優しくしても遅い! 恨みしかない、父親と殿下! 絶対に復讐してやる! ★設定はかなりゆるめです ★あまりシリアスではありません ★よくある話を書いてみたかったんです!!

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈 
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...