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第一部 ディオンヌと仮面
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偉大なる純血ヴァンパイアふたりの最期を見届けたあと――
「ディオンヌ。ずっと閉じ込めていて悪かった」
外側の鍵を外して、ジョサイアが小屋に入ってきました。
すぐ近くまで歩いてくると、うつむいたわたしの顔を覗きこみ、
「つらい思いをさせたね……」
「……!」
頬に手を伸ばして涙の筋を拭ってくるではありませんか。
わたしはびくっと身を震わせ、一歩引きます。
「ジョサイア様、そのようなことは――」
「もう本当に父上は亡くなったんだ。雇用契約はここまで。使用人のような振る舞いはしなくていいよ」
「……」
そんなことを言われても、困ります。
令嬢ではなくなったわたしは、使用人でなくなれば、いったい何者だというのでしょう。
婚約者?
いいえ、彼にはエレノアという婚約者がいます。
わたしとの約束は、子どものときのこと。
ままごとのようなものです。
「……わたしはもう、いる場所がないわ」
「どうして?」
彼は両手を広げて、本気でわからないとばかりに訊いてきました。
「どうしてですって? あなた、わたしと距離を置いてきたでしょう?」
「ああ、それはそうだ。使用人の立場だと、ぼくの言葉を否定できないだろうから……」
「あなたの言葉って何? 出てけってこと?」
腹を立てて返すわたしに、彼は本気できょとんとして、
「なんでそうなる。愛してるってことだよ」
はい……?
意味がわかりません。
わかりませんが、胸のところが、急に激しく締めつけられたようになりました。
涙がまた、出てきました。
「愛してるって、何よ?」
「大好きだってことだよ。10年まえの婚約、忘れちゃった?」
「忘れるわけが……」
わたしはしゃがみ込んで、顔を伏せました。
次から次へと涙が溢れてきます。
忘れるわけが、ありません。
可愛らしい少年だった彼と交わした、将来の結婚の約束。
今ではすてきな侯爵となった、彼との愛の約束です。
「ごめん、急に言って驚かせたかな」
彼が心配そうに背中をさすってくれます。
わたしは顔を覆ったまま、
「あの態度、ひどくない?」
「え、どれ? 気に障ったなら謝りたい」
「わたし、あなたに会いたかったから、メアリに無理言って部屋に通ってたのよ。それなのに会話もしてくれないし。あの、スカートの埃払うの何? わたしの声を聞きたくないってことじゃなかったら、いったい何なのよ!」
え……?
叫んだわたしは、直後に抱きしめられました。
はっとして顔を上げると、あごに手を添えられ――
そのまま彼と、キスをしました。
わたしは目を閉じ、それを拒みませんでした。
数秒――
とっても長い数秒でしたが、互いの口が離れたとき、彼が言いました。
「あのとき、きみはそうやって正直に文句を言わなかったよね?」
「ええ……」
「きみは仮面をかぶっていたんだよ」
仮面……。
「十字架の、仮面」
「それよりもっと強力な、心を閉ざす仮面だよ。使用人となったきみはずっと、べつの顔をしていたんだ。それは生きていくために必要な仮面だったのだろうけど、同時に、ぼくが近寄れなくなるとても分厚い仮面だった」
「……そっか」
わたしは彼の顔をまっすぐに見ました。
たしかに、使用人だったときは見ることができなかったように思います。
でも――
「仮面を外したからってすぐにキスするのはレディに失礼じゃないかしら?」
できるだけ意地悪な顔をして言いました。
「そうだね。きみはもう無邪気な少女じゃない。では、改めて――」
彼はわたしを立たせ、両手を取り、真剣な顔で言います。
「ディオンヌ。ぼくはきみだけをずっと愛している。結婚してくれないか?」
わたしは唇を震わせながら、答えました。
「はい……。ジョサイア、わたしもずっと、あなただけを愛しています」
今度は、数秒より、もっともっと長いキス。
誓いの口づけです。
わたしと彼の唇を隔てる仮面は、もうどこにもありませんでした。
「ディオンヌ。ずっと閉じ込めていて悪かった」
外側の鍵を外して、ジョサイアが小屋に入ってきました。
すぐ近くまで歩いてくると、うつむいたわたしの顔を覗きこみ、
「つらい思いをさせたね……」
「……!」
頬に手を伸ばして涙の筋を拭ってくるではありませんか。
わたしはびくっと身を震わせ、一歩引きます。
「ジョサイア様、そのようなことは――」
「もう本当に父上は亡くなったんだ。雇用契約はここまで。使用人のような振る舞いはしなくていいよ」
「……」
そんなことを言われても、困ります。
令嬢ではなくなったわたしは、使用人でなくなれば、いったい何者だというのでしょう。
婚約者?
いいえ、彼にはエレノアという婚約者がいます。
わたしとの約束は、子どものときのこと。
ままごとのようなものです。
「……わたしはもう、いる場所がないわ」
「どうして?」
彼は両手を広げて、本気でわからないとばかりに訊いてきました。
「どうしてですって? あなた、わたしと距離を置いてきたでしょう?」
「ああ、それはそうだ。使用人の立場だと、ぼくの言葉を否定できないだろうから……」
「あなたの言葉って何? 出てけってこと?」
腹を立てて返すわたしに、彼は本気できょとんとして、
「なんでそうなる。愛してるってことだよ」
はい……?
意味がわかりません。
わかりませんが、胸のところが、急に激しく締めつけられたようになりました。
涙がまた、出てきました。
「愛してるって、何よ?」
「大好きだってことだよ。10年まえの婚約、忘れちゃった?」
「忘れるわけが……」
わたしはしゃがみ込んで、顔を伏せました。
次から次へと涙が溢れてきます。
忘れるわけが、ありません。
可愛らしい少年だった彼と交わした、将来の結婚の約束。
今ではすてきな侯爵となった、彼との愛の約束です。
「ごめん、急に言って驚かせたかな」
彼が心配そうに背中をさすってくれます。
わたしは顔を覆ったまま、
「あの態度、ひどくない?」
「え、どれ? 気に障ったなら謝りたい」
「わたし、あなたに会いたかったから、メアリに無理言って部屋に通ってたのよ。それなのに会話もしてくれないし。あの、スカートの埃払うの何? わたしの声を聞きたくないってことじゃなかったら、いったい何なのよ!」
え……?
叫んだわたしは、直後に抱きしめられました。
はっとして顔を上げると、あごに手を添えられ――
そのまま彼と、キスをしました。
わたしは目を閉じ、それを拒みませんでした。
数秒――
とっても長い数秒でしたが、互いの口が離れたとき、彼が言いました。
「あのとき、きみはそうやって正直に文句を言わなかったよね?」
「ええ……」
「きみは仮面をかぶっていたんだよ」
仮面……。
「十字架の、仮面」
「それよりもっと強力な、心を閉ざす仮面だよ。使用人となったきみはずっと、べつの顔をしていたんだ。それは生きていくために必要な仮面だったのだろうけど、同時に、ぼくが近寄れなくなるとても分厚い仮面だった」
「……そっか」
わたしは彼の顔をまっすぐに見ました。
たしかに、使用人だったときは見ることができなかったように思います。
でも――
「仮面を外したからってすぐにキスするのはレディに失礼じゃないかしら?」
できるだけ意地悪な顔をして言いました。
「そうだね。きみはもう無邪気な少女じゃない。では、改めて――」
彼はわたしを立たせ、両手を取り、真剣な顔で言います。
「ディオンヌ。ぼくはきみだけをずっと愛している。結婚してくれないか?」
わたしは唇を震わせながら、答えました。
「はい……。ジョサイア、わたしもずっと、あなただけを愛しています」
今度は、数秒より、もっともっと長いキス。
誓いの口づけです。
わたしと彼の唇を隔てる仮面は、もうどこにもありませんでした。
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