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02 筆よね、筆。わかりますとも

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 会場となっている建物は、教会ではなく、屋内コンサートホールみたいなところだった。
 中央に円形のステージがあり、その上にわたしは案内された。

 ステージの周りにぐるりと集まっているのは、老若男女ごちゃまぜの100人ほどの人々。
 彼らは観衆ということだろう。
 みんな静かに黙りこくったまま、わたしのことを見つめている。

 ステージ上にいるのは、わたしと3人のシスターだけ。
 筆おろしを待つ童貞男性はどこにも見当たらない。

 これはミラクルが起こるかもしれない。
 わたしは喜色満面で次の展開を待った。

 3人のシスターがわたしに深くおじぎをして、通路のほうに一旦下がる。
 そして再び出てきた彼女たちは、

「では聖女様、こちらをお願いいたします」

 簡易的なテーブルと紙、それと「筆」を持ってきた。

 筆! ふ・で!
 インクを吸わせて文字を書く、筆である。
 これは大勝利の予感がしてならない。

 この世界の筆おろしは、語源のほうの筆おろしだったということだ。

「ありがとう。
 もう、すぐに始めちゃってよろしいでしょうか?」
「あ、はい、どうぞ~」

 ノリが軽い。
 まあ、筆で文字を書くだけなのだから、そういうものだろう。

 筆で文字を……って、なにを書けばいいの?
 知らないことがバレると大変なので、訊きたくても訊くことができない。

 紙をまえに、筆を持って「うーん」と唸る。
 意味もなく筆をじっくり眺めまわしてみたり。

「あれ? この筆、新品じゃない。
 わりと古めのやつだ」

 わたしは気づいてしまった。
 シスターがそんなわたしを見て慌てる。

「新品がよかったんですか?
 代々その筆を使ってきたのですが……」
「ああいや、問題ありません。
 すばらしい筆を使うことができて、感動しているのです」
「さすが聖女様。
 ご署名をなさるだけで心構えが違いますわ」

 あ、ご署名……。

 筆が新品じゃない時点で、これが筆おろしではないことは薄々気づいていたが、ここにきてもう確定である。
 これは筆おろしじゃない。
 その儀式のまえの、たんなる署名だ。

「……はい、書きました」

 冷めきった気持ちになって、わたしはこの世界での名前をささっと書いた。
 すぐにシスターたちが机セットを運び去る。

 そして今度こそ――

「それでは、本日、聖女アシュリー様に筆おろしいただく若者たちの入場です」

(う、うそっ?)

 アナウンスとともに入場してきたのは、10人の少年たちだった。

(10人の筆おろしを……わたしがひとりで!?)

 こいつはとんでもない儀式になりそうだ。
 自分の足ががくがくと震えだすのを、わたしは止めることができなかった。
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