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05 午睡のひととき

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「あの……待ってジェレミー。
 誰もあなたの話についてきていないのだけれど」

 おずおずと指摘するわたし。

 正午すぎに始まったお茶会は異様なほど長引いており、いまはもう辺りが暗くなりかけている。
 イザベルはだいぶまえに「ちょっと失礼」とソファへ移動し、そのまま可愛らしい寝息を立ててお昼寝中だ。

 ダニエルは早々にテーブルに突っ伏して、戦争に勝った夢でも見ているのか、ときおり歓喜のガッツポーズをしている。

 わたしも何度うとうとしかけたことか。
 部屋のなかは、まさしく死屍累々。

 それというのも――

「世界に隠蔽された事象を解き明かすべく、彼は司書のニーナとともに旅にでたのであった」
「であったじゃなくて!」

 すべてこの、ジェレミー王子のせいなのだ。
 メイドの手前、しおらしく相槌を打って聞いていたわたしだが、さすがにキレた。

「あんた突然なんなの?
 わたしとイザベルに関係する話とか言うから黙って聞いてたら、8歳児のごっこ遊びの思い出を延々と続けちゃって。
 この話いつまでかかるわけ?」
「え……。
 いや、まだここから10年分の大冒険があるんだよ」

 冗談じゃない。
 時間的にも無理だし、興味の面でもまるで無理だ。

「もう結論だけ言ってくれない?
 まさか結論がない話ってことはないでしょうね?」
「うう……」

 ジェレミーは不服そうにしているが、鼻先に指を突きつけて詰め寄るわたしを見て、すべてを話すのはあきらめてくれた。
 座りなおし、テンション低めに語る。

「結論というかね、この世界を作った神様はあいまいなことが嫌いなタイプだったらしい。
 勝手な話だよね。
 愛は男女のあいだにあるべきだし、いちど決めた相手とは一生添いとげるべきという世界なんだ。
 だから浮気とか不倫も存在しない」
「ふうん、興味ないわ。
 ないならないでいいんじゃない?」

 投げやりに言う。
 とにかく早く解放してほしい。

 が、彼にとってはここが話の勘どころだったようで。

「よくないよ!
 人が人であるかぎり、愛する相手が同性だったり、意に沿わぬ結婚に抗ったり、そういう、線引きで済まされないことは起こるのがふつうなんだ。
 あいまいさの中にこそ、人間性が見えてくるとすらぼくは思うね。
 だからこの事実に気づいてからは、ぼくにとってこの世界の住人たちは、まるでゲームのNPCみたいに見えていた」

 ゲームもNPCもわたしは知らないけど。
 面倒なので話を続けさせる。

「でも、ひとつだけ光明があった。
 10年の旅のなかで見つけたのが、この本、『百合の谷間』なんだ。
 このなかにはこの世界にはないはずの同性愛、百合が克明に描かれている。
 まさしく特異点とも呼べる存在さ。
 NPCだらけの世界でも、この本さえ持っていれば、ぼくはいつか本当の人間に出会えるんじゃないかと期待していたんだ」
「へえ」

 適当に聞いているわたしの手を、ジェレミーがおもむろに掴んだ。

「ちょ、ちょっと」
「そしてきみに出会えたというわけさ。
 きみは浮気もしたし、女の子に恋をしたという。
 しかもお相手も彼氏持ち。
 ダブル不倫……は結婚してないから違うか。
 まあ、ダブル浮気というウルトラCを決めてくれたんだから、ぼくにとってきみは、この世界ではじめて出会った人間ということになるだろう」

 ジェレミーの手が熱い。
 正直キモい。

 というか、

「ダブル浮気ってなに?
 わたしの好きな女の子に彼氏なんていないわよ」
「へ?」

 きょとんとするジェレミー王子。
 ストンと手を離してくれてほっとした。

「だ、だってイザベルにはダニエルがいる」
「ええ」
「そしてきみとイザベルは愛し合っている」
「え?」

 今度はわたしがきょとんとする番だ。

「あんたなに勘違いしてんの。
 わたしの相手はイザベルじゃないわよ?」

 どうしてそうなった。
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