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3640
08 作戦概要!
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ルチア王女を裁くことができない。
なぜなら、どの事件もまだ起こっていないから。
「あ、でもほら、オルガは記憶を消されています。
これはループのまえの出来事だから、罪になりませんか?」
ループのたびに消されていたら、オルガの記憶は回をまたいで継続などしていない。
記憶消去が再構築から逃れている以上、それはある程度期間を空けて事前におこなわれていたことになる。
だから私は提案したのだが、
「たしかに、地道に聞き込みでもすれば、そのうち記憶を消した犯人は割り出せるかもしれない。
……でも、それでオルガは満足か?
消した理由には王女は口を割らないぞ、きっと」
そうだ、オルガは何度も殺されているのだ。
その罪で裁くことは叶わない。
オルガを見ると、いつもの優雅な雰囲気はどこへやら、彼女は眉を吊り上げて怒りをあらわにした。
「満足なわけないでしょ!
わたくしはともかく、エレーナのことまで手にかけたことがあるんだから!
まだやってないことでも、絶対に許せないわ」
結局また、私のことだ。
ほんとにもう……。
背中をさすってなだめると、彼女はごろにゃんと私の膝に頭を預けてきた。
「あー悔しい!
ちゃんと罰してやりたい!
くーやーしーいー!」
「私の太ももに叫ばないでください。
そんなだから、女神様っていわれても全然ピンとこなくて困ってるんですよ。
もっと丁重に扱わないといけないと思うんですけど」
「あっ、そういうのやめてね。
急に距離置かれると傷つくから。
これ、女神命令よ」
はいはい。
冗談はさておき、おしおきは必要だ。
ジャマル様のことだから、きっともうなにか手を考えているのだろう。
「私たちはこれからどう動けばいいのですか?」
「ひとまず、明日の式典は延期とする。
せっかくぼくらがこの部屋を訪れるという奇跡が起きたのだから、もうオルガを殺させることなく、このまま一気に攻勢に転じたい。
よく聞いてくれ――」
ジャマル様は、私とオルガに作戦を語った。
とくにオルガには念を押して何度も細かく。
「いいかい?
ぼくらはこのまま成功に向けて動く。
だが……万が一、失敗したときのために、次回のぼくらに必ず作戦が伝わるよう保険をかけておかなくてはならない。
その役目はオルガ、あなたにしかできない」
「わかったわ。
もし失敗してリセットされたら、起きてすぐ『3640』を書いて、作戦の話を書いたところには『作戦概要!』と目立つタイトルをつけておくから」
「よろしく頼む。
あと、ここにぼくらを誘い込む方法は、今回同様、エレーナにやけ食いさせて、すこしぽっちゃりさせればきっと同じ展開になる」
そのとおり。
私をすこしぽっちゃりさせれば……って、
「それはダメです!
私を太らせないことも計画に入れてください。
というか、それを思いついたら一旦リセットして、痩せたままの私でいきましょう」
「エレーナひどい、リセットってわたくしの死よ?
しくしく……」
「あ、ごめんなさい。
ほら泣かないで。
よしよし、よしよーし」
髪を優しく撫でてあげると、ぱっと笑顔に戻った。
嘘泣きじゃん。
私たちを見るジャマル様はずっと苦笑いだ。
でもとりあえず、私を太らせずにこの部屋に誘き寄せる作戦は考えてくれた。
「もしわたくしが死んだらそれでいきましょう。
まあ、そう簡単には死なないけどね~」
そう。
その油断がよくなかった。
何度も話し合って計画を盤石のものにした私たち三人は、封印の扉から外に出たとき、成功を確信して完全に油断していた。
「そういえばオルガって、偽名なんですか?
記憶なくなって、そのあとに名乗った名前ですよね?」
「ほら、そこに書いてあるわよ」
扉の外は、ジャマル様のいうとおり夜のままだった。
月明かりに照らされたそこを見上げると、朽ちたオルガン屋の看板が斜めにかかっている。
読める文字は、「オルガ」の部分だけ。
「起きて部屋を出たら、表札にオルガって書いてあるじゃない?
だからわたくし、絶対オルガが名前だと思って」
「これは『エドワーズ・オルガン』って書いてあったんです。
表札じゃなくてお店の看板」
「ええ? あら~。
わたくし危うく、エドワーズ・オルガンなんて長い名前を名乗るところだったのね」
そうはならないと思う。
くだらなすぎてすこし笑ってしまった。
と、そのとき――
「悪いが、王太子とおまえが一緒にいるところを見たら、すぐに殺せといわれている」
「あっ」
一瞬、だった。
オルガがひと声あげたと思ったら、彼女は突然その場に倒れ込んだ。
男を追ったジャマル様だったが、しかし、すぐに見失って戻ってきた。
「やられたわ……。
背後から刺されちゃった」
「すまない、ぼくも油断していた。
たしかに王女からすれば、不安要素がある回はすみやかにリセットしたほうがいいわけだ。
ぼくとあなたが揃った時点で即実行か……。
悪いがこのことも、記録書に頼む」
「最期まで人づかいが荒いんだから。
ほらエレーナ、あなたはわたくしを癒やして」
まるで回復魔法が使えるかのように私を呼んだけど、そんなことは私にはできない。
彼女を抱きしめて泣くことしか、私にはできない。
「ふふ、ありがとう。
もう目もかすんでいるけど、全然平気。
エレーナ大好きよ……」
「オルガ……やだ……」
やがて、胸のなかのオルガが息をしなくなった。
鼓動ももう伝わってこない。
涙でにじんだ視界でジャマル様を探すと、彼は立ったままじっとこちらを見ていた。
たぶん優しい表情をしているにちがいない。
「エレーナ、ほら、世界の再構築が始まったよ。
まるで絵画の製作を逆回しで見ているみたいに、まず色が消えて輪郭だけになった。
この景色を覚えていられないのが残念だ。
でも……これで最後にしよう。
オルガを失うのも、きみが泣くのも、これで最後だ」
「はい、ジャマル様」
そして世界は真っ白になった。
なぜなら、どの事件もまだ起こっていないから。
「あ、でもほら、オルガは記憶を消されています。
これはループのまえの出来事だから、罪になりませんか?」
ループのたびに消されていたら、オルガの記憶は回をまたいで継続などしていない。
記憶消去が再構築から逃れている以上、それはある程度期間を空けて事前におこなわれていたことになる。
だから私は提案したのだが、
「たしかに、地道に聞き込みでもすれば、そのうち記憶を消した犯人は割り出せるかもしれない。
……でも、それでオルガは満足か?
消した理由には王女は口を割らないぞ、きっと」
そうだ、オルガは何度も殺されているのだ。
その罪で裁くことは叶わない。
オルガを見ると、いつもの優雅な雰囲気はどこへやら、彼女は眉を吊り上げて怒りをあらわにした。
「満足なわけないでしょ!
わたくしはともかく、エレーナのことまで手にかけたことがあるんだから!
まだやってないことでも、絶対に許せないわ」
結局また、私のことだ。
ほんとにもう……。
背中をさすってなだめると、彼女はごろにゃんと私の膝に頭を預けてきた。
「あー悔しい!
ちゃんと罰してやりたい!
くーやーしーいー!」
「私の太ももに叫ばないでください。
そんなだから、女神様っていわれても全然ピンとこなくて困ってるんですよ。
もっと丁重に扱わないといけないと思うんですけど」
「あっ、そういうのやめてね。
急に距離置かれると傷つくから。
これ、女神命令よ」
はいはい。
冗談はさておき、おしおきは必要だ。
ジャマル様のことだから、きっともうなにか手を考えているのだろう。
「私たちはこれからどう動けばいいのですか?」
「ひとまず、明日の式典は延期とする。
せっかくぼくらがこの部屋を訪れるという奇跡が起きたのだから、もうオルガを殺させることなく、このまま一気に攻勢に転じたい。
よく聞いてくれ――」
ジャマル様は、私とオルガに作戦を語った。
とくにオルガには念を押して何度も細かく。
「いいかい?
ぼくらはこのまま成功に向けて動く。
だが……万が一、失敗したときのために、次回のぼくらに必ず作戦が伝わるよう保険をかけておかなくてはならない。
その役目はオルガ、あなたにしかできない」
「わかったわ。
もし失敗してリセットされたら、起きてすぐ『3640』を書いて、作戦の話を書いたところには『作戦概要!』と目立つタイトルをつけておくから」
「よろしく頼む。
あと、ここにぼくらを誘い込む方法は、今回同様、エレーナにやけ食いさせて、すこしぽっちゃりさせればきっと同じ展開になる」
そのとおり。
私をすこしぽっちゃりさせれば……って、
「それはダメです!
私を太らせないことも計画に入れてください。
というか、それを思いついたら一旦リセットして、痩せたままの私でいきましょう」
「エレーナひどい、リセットってわたくしの死よ?
しくしく……」
「あ、ごめんなさい。
ほら泣かないで。
よしよし、よしよーし」
髪を優しく撫でてあげると、ぱっと笑顔に戻った。
嘘泣きじゃん。
私たちを見るジャマル様はずっと苦笑いだ。
でもとりあえず、私を太らせずにこの部屋に誘き寄せる作戦は考えてくれた。
「もしわたくしが死んだらそれでいきましょう。
まあ、そう簡単には死なないけどね~」
そう。
その油断がよくなかった。
何度も話し合って計画を盤石のものにした私たち三人は、封印の扉から外に出たとき、成功を確信して完全に油断していた。
「そういえばオルガって、偽名なんですか?
記憶なくなって、そのあとに名乗った名前ですよね?」
「ほら、そこに書いてあるわよ」
扉の外は、ジャマル様のいうとおり夜のままだった。
月明かりに照らされたそこを見上げると、朽ちたオルガン屋の看板が斜めにかかっている。
読める文字は、「オルガ」の部分だけ。
「起きて部屋を出たら、表札にオルガって書いてあるじゃない?
だからわたくし、絶対オルガが名前だと思って」
「これは『エドワーズ・オルガン』って書いてあったんです。
表札じゃなくてお店の看板」
「ええ? あら~。
わたくし危うく、エドワーズ・オルガンなんて長い名前を名乗るところだったのね」
そうはならないと思う。
くだらなすぎてすこし笑ってしまった。
と、そのとき――
「悪いが、王太子とおまえが一緒にいるところを見たら、すぐに殺せといわれている」
「あっ」
一瞬、だった。
オルガがひと声あげたと思ったら、彼女は突然その場に倒れ込んだ。
男を追ったジャマル様だったが、しかし、すぐに見失って戻ってきた。
「やられたわ……。
背後から刺されちゃった」
「すまない、ぼくも油断していた。
たしかに王女からすれば、不安要素がある回はすみやかにリセットしたほうがいいわけだ。
ぼくとあなたが揃った時点で即実行か……。
悪いがこのことも、記録書に頼む」
「最期まで人づかいが荒いんだから。
ほらエレーナ、あなたはわたくしを癒やして」
まるで回復魔法が使えるかのように私を呼んだけど、そんなことは私にはできない。
彼女を抱きしめて泣くことしか、私にはできない。
「ふふ、ありがとう。
もう目もかすんでいるけど、全然平気。
エレーナ大好きよ……」
「オルガ……やだ……」
やがて、胸のなかのオルガが息をしなくなった。
鼓動ももう伝わってこない。
涙でにじんだ視界でジャマル様を探すと、彼は立ったままじっとこちらを見ていた。
たぶん優しい表情をしているにちがいない。
「エレーナ、ほら、世界の再構築が始まったよ。
まるで絵画の製作を逆回しで見ているみたいに、まず色が消えて輪郭だけになった。
この景色を覚えていられないのが残念だ。
でも……これで最後にしよう。
オルガを失うのも、きみが泣くのも、これで最後だ」
「はい、ジャマル様」
そして世界は真っ白になった。
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