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第32話:コトダマという教師
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「ああ……気分いいねえ。
待っただけあって、最高の、至高の優越感だ」
静まり返った大広間に、スピーカーを通したコトダマの低い声だけが響きわたる。
この広間にいる全員が彼の《ザ・ワード》の支配下となり、動くこともしゃべることもできず、ただそれをじっと聞いていた。
エスティークがプリンスの耳を塞ごうとしているが、「聞け」の命令に反するので、プリンスの身体がそれを拒んでしまう。
彼女の顔からいつもの余裕が消え、絶望的な真っ青な顔をしていることからも、事態の深刻さがひしひしと伝わってくる。
あのコトダマに、主導権を握られてしまった。
死ねと言うだけで誰でも殺せるスキル。
おそらくはこの魔法学校で最強の攻撃力を誇る彼のまえで、最強の守りであるプリンスのスキルが解かれている。
何度も実験したと語るほどプリンスに執着していた彼に、またとない機会をわたしが与えてしまった。
これは……。
国の危機……なのでは?
モブの浅慮で国が滅ぶのでは??
誰もが緊張するなか、コトダマは「まずは後片付けだ」と言って、レッドを含む数人の名を挙げた。
持ち上げるスキルと、修復スキルを持つ者たちのようだ。
「落ちた照明を天井まで『運べ』。
運んだらそれを、元どおりに『直せ』」
照明をすべて直させると、「怪我人はメイドだけか?」と言って、今度は治癒スキルを持つ者の名を呼ぶ。
「そのガタイなら、蘇生じゃなくていいよな。
まあ試してダメなら蘇生すりゃいいか。
とりあえず『治せ』」
苦しげだったマッスリーヌの息が、自然な穏やかな呼吸へと変化した。
声が出せないわたしは、黙って彼女を抱きしめる。
いったい、コトダマはなにを考えているのだろうか。
ただの気まぐれ?
それとも、このあとになにかするつもり?
訝しむみんなの頭上に、再びコトダマの声が響く。
「ここからがお楽しみの時間だ。
プリンスは、『ステージの中央に立て』。
下手人のモブリンは、『プリンスのまえに立て』」
え……わたし?
下手人って、処刑をとりおこなう人だよね?
いや、ちょっと、ダメ……!
でも、抵抗なんて一切できない。
コトダマの言葉が聞こえるかぎり、わたしは彼の命令に従いつづける操り人形なのだ。
プリンスとわたしが、ステージの真ん中に立つ。
目が合うと彼は、とても怖い思いをしているだろうに、わたしに向かってにこりと笑ってみせた。
こんなときでも王子様だ。
非情な声がスピーカーから鳴る。
「モブリンおまえ、大手柄だな。
オレの教え子として褒めてやる。
そして、この偉大なるオレの夢を、おまえに託そう」
コトダマの……夢?
「さあ、はっきりと言ってやれ。
おまえの想いを。
鉄壁のガードに守られていただけの弱っちいプリンスに『気持ちを告げろ』」
気持ち……気持ち?
わたしの口は自動的に開いて、しゃべりだした。
「わたしと話すと落ち着くと言ってもらえたのは、嬉しかったです。
でも、わたしが好きなのは、マッスリーヌだけ。
彼女のことだけを心から愛しています。
だからあなたとは婚約できません。
ごめんなさいっ!」
「……っ!」
言うだけ言って頭を下げたわたしの耳に、言葉の出ないプリンスの息づかいが聞こえてきた。
とても苦しそうな……これは……。
ぽとり、ぽとり、としずくが床に落ちる。
ハッとして顔を上げると、プリンスは静かに涙を流していた。
「はっはー、どうだプリンス、失恋の味は」
コトダマが勝ち誇りながら、ステージに姿を現す。
手にマイクを持って、すぐ近くから見ていたらしい。
黙って泣きつづけるプリンスの顔を「ん? んー?」と覗き込み、喜色満面で言う。
「あーあ、女みたいに泣いちまって。
これだから、四六時中スキルに守られているお坊っちゃんは。
情けねぇなあ」
そうして、男の子どうしがやるように、ぽんぽん、とプリンスの背中を軽く叩いた。
「どうだ、他人の痛みがわかったか?
おまえがひとりを選ぶとき、選ばれなかった者たちがどう感じるか理解できたか?
……これがオレの教育だ。
おまえにとっては有益なものだから、《ラッキー・スター》からオレの言葉を『除外しろ』」
コトダマの……教育。
わたしはもちろん驚いたし、大広間にいる全校生徒が、意外すぎる彼の言葉に驚いていた。
直前までの恐怖感とのギャップで、あやうく尊敬しそうになっている。
やばいやばい、コトダマを尊敬とかありえないのに。
が、そこで彼は高らかに笑い、
「これで未来の国王がオレの言葉に従うってことだな。
教育の対価として悪くないねえ。
……あ、ついでにこれもやらせておこう。
プリンスおまえ、『ぎゃふんと言え』」
「ぎゃふん」
集まりかけた尊敬を、ひとりで地の底まで落としてくれた。
アフターフォローもばっちりだ。
「プリンスの姉ちゃんが怖い顔しているから、オレは退散するぜ。
いなくなったら、『黙って聞けは解除』だ。
ただし、『最初に口から出る言葉はオレへの称賛のみ』とする。
じゃあな!」
コトダマが去ったあと、大広間には彼への称賛がこだました。
だが次の瞬間、彼への罵詈雑言が建物を揺らしたのは、ことさら言うまでもないことだろう。
待っただけあって、最高の、至高の優越感だ」
静まり返った大広間に、スピーカーを通したコトダマの低い声だけが響きわたる。
この広間にいる全員が彼の《ザ・ワード》の支配下となり、動くこともしゃべることもできず、ただそれをじっと聞いていた。
エスティークがプリンスの耳を塞ごうとしているが、「聞け」の命令に反するので、プリンスの身体がそれを拒んでしまう。
彼女の顔からいつもの余裕が消え、絶望的な真っ青な顔をしていることからも、事態の深刻さがひしひしと伝わってくる。
あのコトダマに、主導権を握られてしまった。
死ねと言うだけで誰でも殺せるスキル。
おそらくはこの魔法学校で最強の攻撃力を誇る彼のまえで、最強の守りであるプリンスのスキルが解かれている。
何度も実験したと語るほどプリンスに執着していた彼に、またとない機会をわたしが与えてしまった。
これは……。
国の危機……なのでは?
モブの浅慮で国が滅ぶのでは??
誰もが緊張するなか、コトダマは「まずは後片付けだ」と言って、レッドを含む数人の名を挙げた。
持ち上げるスキルと、修復スキルを持つ者たちのようだ。
「落ちた照明を天井まで『運べ』。
運んだらそれを、元どおりに『直せ』」
照明をすべて直させると、「怪我人はメイドだけか?」と言って、今度は治癒スキルを持つ者の名を呼ぶ。
「そのガタイなら、蘇生じゃなくていいよな。
まあ試してダメなら蘇生すりゃいいか。
とりあえず『治せ』」
苦しげだったマッスリーヌの息が、自然な穏やかな呼吸へと変化した。
声が出せないわたしは、黙って彼女を抱きしめる。
いったい、コトダマはなにを考えているのだろうか。
ただの気まぐれ?
それとも、このあとになにかするつもり?
訝しむみんなの頭上に、再びコトダマの声が響く。
「ここからがお楽しみの時間だ。
プリンスは、『ステージの中央に立て』。
下手人のモブリンは、『プリンスのまえに立て』」
え……わたし?
下手人って、処刑をとりおこなう人だよね?
いや、ちょっと、ダメ……!
でも、抵抗なんて一切できない。
コトダマの言葉が聞こえるかぎり、わたしは彼の命令に従いつづける操り人形なのだ。
プリンスとわたしが、ステージの真ん中に立つ。
目が合うと彼は、とても怖い思いをしているだろうに、わたしに向かってにこりと笑ってみせた。
こんなときでも王子様だ。
非情な声がスピーカーから鳴る。
「モブリンおまえ、大手柄だな。
オレの教え子として褒めてやる。
そして、この偉大なるオレの夢を、おまえに託そう」
コトダマの……夢?
「さあ、はっきりと言ってやれ。
おまえの想いを。
鉄壁のガードに守られていただけの弱っちいプリンスに『気持ちを告げろ』」
気持ち……気持ち?
わたしの口は自動的に開いて、しゃべりだした。
「わたしと話すと落ち着くと言ってもらえたのは、嬉しかったです。
でも、わたしが好きなのは、マッスリーヌだけ。
彼女のことだけを心から愛しています。
だからあなたとは婚約できません。
ごめんなさいっ!」
「……っ!」
言うだけ言って頭を下げたわたしの耳に、言葉の出ないプリンスの息づかいが聞こえてきた。
とても苦しそうな……これは……。
ぽとり、ぽとり、としずくが床に落ちる。
ハッとして顔を上げると、プリンスは静かに涙を流していた。
「はっはー、どうだプリンス、失恋の味は」
コトダマが勝ち誇りながら、ステージに姿を現す。
手にマイクを持って、すぐ近くから見ていたらしい。
黙って泣きつづけるプリンスの顔を「ん? んー?」と覗き込み、喜色満面で言う。
「あーあ、女みたいに泣いちまって。
これだから、四六時中スキルに守られているお坊っちゃんは。
情けねぇなあ」
そうして、男の子どうしがやるように、ぽんぽん、とプリンスの背中を軽く叩いた。
「どうだ、他人の痛みがわかったか?
おまえがひとりを選ぶとき、選ばれなかった者たちがどう感じるか理解できたか?
……これがオレの教育だ。
おまえにとっては有益なものだから、《ラッキー・スター》からオレの言葉を『除外しろ』」
コトダマの……教育。
わたしはもちろん驚いたし、大広間にいる全校生徒が、意外すぎる彼の言葉に驚いていた。
直前までの恐怖感とのギャップで、あやうく尊敬しそうになっている。
やばいやばい、コトダマを尊敬とかありえないのに。
が、そこで彼は高らかに笑い、
「これで未来の国王がオレの言葉に従うってことだな。
教育の対価として悪くないねえ。
……あ、ついでにこれもやらせておこう。
プリンスおまえ、『ぎゃふんと言え』」
「ぎゃふん」
集まりかけた尊敬を、ひとりで地の底まで落としてくれた。
アフターフォローもばっちりだ。
「プリンスの姉ちゃんが怖い顔しているから、オレは退散するぜ。
いなくなったら、『黙って聞けは解除』だ。
ただし、『最初に口から出る言葉はオレへの称賛のみ』とする。
じゃあな!」
コトダマが去ったあと、大広間には彼への称賛がこだました。
だが次の瞬間、彼への罵詈雑言が建物を揺らしたのは、ことさら言うまでもないことだろう。
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