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第20話:相手が悪すぎる
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「ってことは、おれの案もダメなんじゃねーか?
モブリンがメイドとの婚姻届を出すのは、プリンスの不利益なんだろ?」
「ああ、書類の不備だか手違いだかで、不受理にされるだろうな。
何度出したところで同じだ。
絶対に不可能と思い知って泣きながら帰るのが関の山だ」
自信のあった作戦をあっけなく斬り捨てられて、レッドががくりと頭を垂れた。
だが、ターコはその理屈に納得がいかないようで、コトダマに食い下がる。
「先生の言っていることはわかる。
でも、プリンスの不利益になるかが判断基準だなんて、解釈の余地が広すぎやしないか?
広く見ればこの話し合いそのものがやつの不利益に繋がるかもしれないのに、こうやって普通に話せている。
あんたがさっきから語っている《ラッキー・スター》の情報も、やつにとっては誰にも聞かせないほうが安全なはずだ」
たしかに、言われてみればそうだ。
婚約の妨害を阻止するという意味では、わたしたちが放課後に集まろうとした時点で、おのおのに用事があって全然集まれないといった事態になってもおかしくはない。
コトダマは顎に手を当て、「ふーむ」としばらく考えていたが、やがて思いついたように言う。
「こう考えると理解しやすいかもしれない。
たとえば、プリンスに危害を加えたいと思っている男がいたとする。
その男が『危害を加えたい』と漠然と考えるのは、これはもちろんセーフだ。
独り言で具体的に『車で轢いてやる』と呟くのもセーフ。
誰かに『プリンスを車で轢く』と伝えるのも、セーフとしていいだろう」
「伝えるのは微妙じゃないですか?
先生が隣の街で『殴ってこい』って言ったのはアウトだったのに」
リリィの問い掛けに、コトダマは「いい質問だ」と褒めた。
先生かな?
いや、忘れそうだがこの人は先生だ。
「先生の場合は、《ザ・ワード》があるから言葉が言葉では済まない。
スキルで『殴ってこい』と命令するのは、実際に殴る行為にそのまま直結する。
この違いが、やつの判定の決定的な分かれ道だ」
行為に直結するかどうか。
なるほど。
彼の言わんとしていることが、なんとなく理解できてきた。
「その男が仕事に行こうとして車に乗るのは、当然だがセーフ。
だが、プリンスを轢くためにエンジンをかけようとすれば、たちまちトラブルが起こって車は動かないだろう。
これはアウトだからだ。
……どうだ、ターコ。
この説明でわかったか?」
難しい顔で聞いていた彼女だったが、「たぶんわかった」とうなずいた。
「先生がやつのスキルを説明できるのは、明確な計画があって話しているわけじゃないからなんだな。
この話し合いも同じで、無策なところから開始したから成立している。
こうしようっていう具体的な話になったら、途端にみんな腹が痛くなって解散するかもしれない」
「そうだ、そのとおり。
普段の授業も、そのくらい真剣に聞いてほしいもんだ」
「まだ入学二日目で、今日が授業初日じゃん」
「初日から寝てたやつが明日から起きるのか?」
具体的な計画を立てられないとわかると、急に会議の緊張感がなくなってきた。
たしかにコトダマの言うとおり、無駄かもしれない。
案を出しても実現させようがないし、そもそも、こうも鉄壁な守りがあると案そのものがほぼ出ない。
わたしはこのまま、プリンスと婚約するしかないのだろうか?
ひっそり生きたかったんだけどな……。
モブ道がこんなにも険しいものだとは思ってもみなかった。
絶望感に襲われたわたしが机に突っ伏していると、背後から「いいですか?」という声が聞こえた。
マッスリーヌだ。
コトダマの許可を得た彼女は、姿勢よく背筋を伸ばして教卓まで歩いていく。
そして、ポージングで筋肉を見せつけながら、こう言った。
「今から、プリンスをハッピーにするための会議、プリハピ会を始めます」
モブリンがメイドとの婚姻届を出すのは、プリンスの不利益なんだろ?」
「ああ、書類の不備だか手違いだかで、不受理にされるだろうな。
何度出したところで同じだ。
絶対に不可能と思い知って泣きながら帰るのが関の山だ」
自信のあった作戦をあっけなく斬り捨てられて、レッドががくりと頭を垂れた。
だが、ターコはその理屈に納得がいかないようで、コトダマに食い下がる。
「先生の言っていることはわかる。
でも、プリンスの不利益になるかが判断基準だなんて、解釈の余地が広すぎやしないか?
広く見ればこの話し合いそのものがやつの不利益に繋がるかもしれないのに、こうやって普通に話せている。
あんたがさっきから語っている《ラッキー・スター》の情報も、やつにとっては誰にも聞かせないほうが安全なはずだ」
たしかに、言われてみればそうだ。
婚約の妨害を阻止するという意味では、わたしたちが放課後に集まろうとした時点で、おのおのに用事があって全然集まれないといった事態になってもおかしくはない。
コトダマは顎に手を当て、「ふーむ」としばらく考えていたが、やがて思いついたように言う。
「こう考えると理解しやすいかもしれない。
たとえば、プリンスに危害を加えたいと思っている男がいたとする。
その男が『危害を加えたい』と漠然と考えるのは、これはもちろんセーフだ。
独り言で具体的に『車で轢いてやる』と呟くのもセーフ。
誰かに『プリンスを車で轢く』と伝えるのも、セーフとしていいだろう」
「伝えるのは微妙じゃないですか?
先生が隣の街で『殴ってこい』って言ったのはアウトだったのに」
リリィの問い掛けに、コトダマは「いい質問だ」と褒めた。
先生かな?
いや、忘れそうだがこの人は先生だ。
「先生の場合は、《ザ・ワード》があるから言葉が言葉では済まない。
スキルで『殴ってこい』と命令するのは、実際に殴る行為にそのまま直結する。
この違いが、やつの判定の決定的な分かれ道だ」
行為に直結するかどうか。
なるほど。
彼の言わんとしていることが、なんとなく理解できてきた。
「その男が仕事に行こうとして車に乗るのは、当然だがセーフ。
だが、プリンスを轢くためにエンジンをかけようとすれば、たちまちトラブルが起こって車は動かないだろう。
これはアウトだからだ。
……どうだ、ターコ。
この説明でわかったか?」
難しい顔で聞いていた彼女だったが、「たぶんわかった」とうなずいた。
「先生がやつのスキルを説明できるのは、明確な計画があって話しているわけじゃないからなんだな。
この話し合いも同じで、無策なところから開始したから成立している。
こうしようっていう具体的な話になったら、途端にみんな腹が痛くなって解散するかもしれない」
「そうだ、そのとおり。
普段の授業も、そのくらい真剣に聞いてほしいもんだ」
「まだ入学二日目で、今日が授業初日じゃん」
「初日から寝てたやつが明日から起きるのか?」
具体的な計画を立てられないとわかると、急に会議の緊張感がなくなってきた。
たしかにコトダマの言うとおり、無駄かもしれない。
案を出しても実現させようがないし、そもそも、こうも鉄壁な守りがあると案そのものがほぼ出ない。
わたしはこのまま、プリンスと婚約するしかないのだろうか?
ひっそり生きたかったんだけどな……。
モブ道がこんなにも険しいものだとは思ってもみなかった。
絶望感に襲われたわたしが机に突っ伏していると、背後から「いいですか?」という声が聞こえた。
マッスリーヌだ。
コトダマの許可を得た彼女は、姿勢よく背筋を伸ばして教卓まで歩いていく。
そして、ポージングで筋肉を見せつけながら、こう言った。
「今から、プリンスをハッピーにするための会議、プリハピ会を始めます」
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