上 下
12 / 33

第12話:そっとしておいてくれない?

しおりを挟む
 あうあうと言葉を失うわたしに、プリンスはきらきらのウインクをして去っていった。
 残り香も最高にいい匂い。
 本当になんなんだろう、あの高貴な存在は。

「って、うっとりしている場合じゃない。
 わたしが婚約者の筆頭候補?
 とんでもないことになったわ」
「ええ、とんでもない男ですね」

 振り返ると、マッスリーヌが苦々しい顔をして立っていた。
 そういえばプリンスが近づいているあいだ、彼女がふしぎと黙っていたことに思い当たる。
 あれだけ接近していれば、「お嬢様に近づくな」とか言いそうなものだけど。

「あんたでもプリンス相手では気が引けた?」
「いえ、全力で応戦したのですが、すべて躱されました。
 あのスキル、あまりにも強力です」
「え? いつ応戦したって?」

 驚くわたしに、屈辱の表情で彼女は言う。

「あの男の《ラッキー・スター》により、わたくしの声と攻撃はお嬢様に察知されませんでした。
 わたくしが声を発するたびに、たまたま他の音が逆位相で打ち消す。
 パンチを繰り出そうとするたびに、たまたま彼が投げた金貨がわたくしの身体の軸をずらして空を切らせる。
 これらすべてを、お嬢様がたまたま視線を動かしたときに、見えない位置でおこなっていました」
「そんなことが、わたしの視界のそとで繰り広げられていたなんて……」
「はい。
 お嬢様との会話を邪魔させないという、そのためだけに」

 か、カッコいい……。
 スキルの力でやっているにしても、そうやってわたしとの会話を守ってくれたというのが、なんというか……もう、まさに王子様だ。
 自分で言っていたように、彼こそが唯一無二のプリンスと言えるだろう。
 ほかのクラスメイトも美形・強キャラぞろいだが、申し訳ないことに、ちょっとモノが違う。

「ほわ~」
「ほわ~、じゃありません。
 なんですかお嬢様、その恋する乙女のような間抜けな顔は」

 恋する乙女を間抜けと言うな。
 思わずムッとしたが、おかげですこし冷静になれた。

 そうだ、わたしはモブ道を極めるためにモブリンに転生した。
 王子なんかと婚約したら、もう絶対にモブじゃない。
 モブリンという名に恥じることになってしまう。

「いけないいけない、婚約はどうにかして回避しないと」
「はい、それでこそモブリンお嬢様です。
 わたくしも限界を超えて筋トレをおこない、あのプリンスを打倒してみせます」
「打倒はしなくていいけど……」

 ていうか、「それでこそ」ってどういう意味だろう。
 わたしがモブとして生きたいことって、マッスリーヌに伝えた?

「ええと、なんでマッスリーヌはわたしとプリンスの婚約を阻止したいの?
 わたしのメイドを続けたいなら、彼は聞いてくれそうな気がするけど」
「はい?」

 黒髪ポニテをびくんと揺らして、目をまんまるにして驚いている。
 そんなに意外なことを訊いただろうか。

 わけもわからず待っているわたしに、マッスリーヌがようやく答える。

「わたくしがいちばん、お嬢様のことを愛しております。
 絶対にほかの誰にも渡しません。
 この身体じゅう、すべての筋肉に誓って!」
「おおう」

 今度はわたしのほうがびっくりだよ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

モブに転生したので前世の好みで選んだモブに求婚しても良いよね?

狗沙萌稚
恋愛
乙女ゲーム大好き!漫画大好き!な普通の平凡の女子大生、水野幸子はなんと大好きだった乙女ゲームの世界に転生?! 悪役令嬢だったらどうしよう〜!! ……あっ、ただのモブですか。 いや、良いんですけどね…婚約破棄とか断罪されたりとか嫌だから……。 じゃあヒロインでも悪役令嬢でもないなら 乙女ゲームのキャラとは関係無いモブ君にアタックしても良いですよね?

【完結】もったいないですわ!乙女ゲームの世界に転生した悪役令嬢は、今日も生徒会活動に勤しむ~経済を回してる?それってただの無駄遣いですわ!~

鬼ヶ咲あちたん
恋愛
内容も知らない乙女ゲームの世界に転生してしまった悪役令嬢は、ヒロインや攻略対象者たちを放って今日も生徒会活動に勤しむ。もったいないおばけは日本人の心! まだ使える物を捨ててしまうなんて、もったいないですわ! 悪役令嬢が取り組む『もったいない革命』に、だんだん生徒会役員たちは巻き込まれていく。「このゲームのヒロインは私なのよ!?」荒れるヒロインから一方的に恨まれる悪役令嬢はどうなってしまうのか?

【完結】なぜか悪役令嬢に転生していたので、推しの攻略対象を溺愛します

楠 結衣
恋愛
魔獣に襲われたアリアは、前世の記憶を思い出す。 この世界は、前世でプレイした乙女ゲーム。しかも、私は攻略対象者にトラウマを与える悪役令嬢だと気づいてしまう。 攻略対象者で幼馴染のロベルトは、私の推し。 愛しい推しにひどいことをするなんて無理なので、シナリオを無視してロベルトを愛でまくることに。 その結果、ヒロインの好感度が上がると発生するイベントや、台詞が私に向けられていき── ルートを無視した二人の恋は大暴走! 天才魔術師でチートしまくりの幼馴染ロベルトと、推しに愛情を爆発させるアリアの、一途な恋のハッピーエンドストーリー。

悪役令嬢は冷徹な師団長に何故か溺愛される

未知香
恋愛
「運命の出会いがあるのは今後じゃなくて、今じゃないか? お前が俺の顔を気に入っていることはわかったし、この顔を最大限に使ってお前を落とそうと思う」 目の前に居る、黒髪黒目の驚くほど整った顔の男。 冷徹な師団長と噂される彼は、乙女ゲームの攻略対象者だ。 だけど、何故か私には甘いし冷徹じゃないし言葉遣いだって崩れてるし! 大好きだった乙女ゲームの悪役令嬢に転生していた事に気がついたテレサ。 断罪されるような悪事はする予定はないが、万が一が怖すぎて、攻略対象者には近づかない決意をした。 しかし、決意もむなしく攻略対象者の何故か師団長に溺愛されている。 乙女ゲームの舞台がはじまるのはもうすぐ。無事に学園生活を乗り切れるのか……!

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

無能だと捨てられた王子を押し付けられた結果、溺愛されてます

佐崎咲
恋愛
「殿下にはもっとふさわしい人がいると思うんです。私は殿下の婚約者を辞退させていただきますわ」 いきなりそんなことを言い出したのは、私の姉ジュリエンヌ。 第二王子ウォルス殿下と私の婚約話が持ち上がったとき、お姉様は王家に嫁ぐのに相応しいのは自分だと父にねだりその座を勝ち取ったのに。 ウォルス殿下は穏やかで王位継承権を争うことを望んでいないと知り、他国の王太子に鞍替えしたのだ。 だが当人であるウォルス殿下は、淡々と受け入れてしまう。 それどころか、お姉様の代わりに婚約者となった私には、これまでとは打って変わって毎日花束を届けてくれ、ドレスをプレゼントしてくれる。   私は姉のやらかしにひたすら申し訳ないと思うばかりなのに、何やら殿下は生き生きとして見えて―― ========= お姉様のスピンオフ始めました。 「体よく国を追い出された悪女はなぜか隣国を立て直すことになった」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/465693299/193448482   ※無断転載・複写はお断りいたします。

推しの悪役令嬢を幸せにします!

みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
ある日前世を思い出したエレナは、ここは大好きだった漫画の世界だと気付いた。ちなみに推しキャラは悪役令嬢。推しを近くで拝みたいし、せっかくなら仲良くなりたい! それに悪役令嬢の婚約者は私のお兄様だから、義姉妹になるなら主人公より推しの悪役令嬢の方がいい。 自分の幸せはそっちのけで推しを幸せにするために動いていたはずが、周りから溺愛され、いつのまにかお兄様の親友と婚約していた。

おデブな悪役令嬢の侍女に転生しましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます

ちゃんゆ
恋愛
男爵家の三女に産まれた私。衝撃的な出来事などもなく、頭を打ったわけでもなく、池で溺れて死にかけたわけでもない。ごくごく自然に前世の記憶があった。 そして前世の私は… ゴットハンドと呼ばれるほどのエステティシャンだった。 サロン勤めで拘束時間は長く、休みもなかなか取れずに働きに働いた結果。 貯金残高はビックリするほど貯まってたけど、使う時間もないまま転生してた。 そして通勤の電車の中で暇つぶしに、ちょろーっとだけ遊んでいた乙女ゲームの世界に転生したっぽい? あんまり内容覚えてないけど… 悪役令嬢がムチムチしてたのだけは許せなかった! さぁ、お嬢様。 私のゴットハンドを堪能してくださいませ? ******************** 初投稿です。 転生侍女シリーズ第一弾。 短編全4話で、投稿予約済みです。

処理中です...