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第4話:ねえ、お母さん。……お母さん?
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リビングで新聞を読みながら母の帰りを待つ。
新聞の中は、それこそ普通じゃない芸能人みたいな人たちの話題で持ち切りだ。
いかに自分が平凡な存在かということがわかって逆に安心する。
四コマ漫画のオチが可もなく不可もなくって感じなのも、すごく普通でよろしい。
新聞の漫画がアバンギャルドな面白さを持っていたら、朝から不安定になってしまうことだろう。
「マッスリーヌ、時間は大丈夫かな」
「あと三十分くらいは余裕があります。
時間を持て余すようでしたら、筋肉でも見ますか?」
「今はいいかな……」
今というか、未来永劫ご免こうむりたい。
そんなわたしの気も知らず、メイドは白い歯を輝かせて「ではのちほど」とさわやかに言う。
ちゃんと言わないと通じないんだろうけど、圧倒的な筋肉の彼女がもし怒ったらと思うと恐ろしい。
それに、結構美人だし。
黒髪ポニーテールの美人メイド。
筋肉の圧さえなければかなりいけると思うんだけど、存在のほぼすべてが筋肉なのでそんなことを考えてもしかたがないと思えてしまう。
などと考えているうちに、母が買い物から帰ってきた。
どこまで行ったのだろう、エプロン姿で肩で息をするほど疲れ切っている。
「た、ただいま、モブリン」
「おかえりなさい。
食材を切らしたってお父さんが言ってたけど、遠いお店まで行ってたの?」
「それがね……」
倒れそうになりながらキッチンに向かい、ドスンと音を立てて袋を置いた。
あのサイズが日本食の材料?
ちょっと思い当たるものがないのだけれど。
「どこにも売ってなくて、探し回ったの。
最終的に港の市場まで行ってみたけど、同じ生き物はいなくって。
朝ここにあった食材をダメにしちゃったのが本当に惜しいわ」
「あった、ってどういう意味?」
「あったものは、あったのよ。
気づいたら存在してた。
お父さんは受け入れるのが普通って言うんだけど、本当に普通なのかしら」
それは……普通じゃないかもしれない。
今朝いきなり現れたとしたら、わたしが転生したことと関係があるのだろうか。
もしかして、わたしの転生と同時に、この家にも変化が起きた?
「私はお父さんみたいに受け入れられなくて、朝から頭が混乱しているの。
このペラペラの布も、いつまでつけていればいいのかわからないし」
「あー、エプロン」
「エプロンっていうのね。
モブリンもお父さんみたいに受け入れてるの?
すごいと思うけど、それが『普通』なのよね、たぶん……」
わたしは確信した。
この家が日本風なのは、前世で日本人だったわたしが「普通」を望んで転生したせいだ。
望んだのは転生先の世界での一般的な家庭だったのに、一般的の軸の取りかたを完全にミスっている。
あのおっさん女神……!
「ど、どうしたのモブリン?
なんだか憎しみに満ちた顔をしているわ。
お腹が空いていらいらしているの?
ごめんね、今すぐ用意するから」
「あ、違う違う。
そういうことじゃなくって。
今のはちょっと、夢の内容を思い出していただけ」
憎しみに支配されるとモブ道を外れてしまいかねない。
ここはぐっと我慢して、できるだけ変化の影響を抑えることに専念しなくては。
たぶんテレビも、見た目だけ真似して再現されているだけ。
電気も通っていなければテレビ塔もきっとない。
「ねえ、お母さん。
いろいろ慣れないものが多いと思うけど、無視していいと思うよ。
家電……えっと、よくわからない機械は全部使わなくていい。
いままでと同じように生活してくれて大丈夫だから」
「そう? そう言ってもらえると本当に助かるわ。
じゃあ魔法でちゃちゃっと料理しちゃうわね」
「うん」
そうだ、魔法の存在する世界なのだ。
わたしがこれから行くことになるのも、王立魔法学校だと言っていた。
部屋にあったブレザーをメイドに着せられたけど、これは本当にこの世界の制服だろうか。
母のエプロンの件もあるので不安になってきた。
「マッスリーヌ、この制服ってみんな着てるやつ?
わたしのだけ特別デザインじゃないよね?」
「はい、一般的な制服です。
もっと筋肉が見えるように改造しましょうか?」
「遠慮しておく」
見せるほどの筋肉もついていないし。
って、そういう話じゃなくて。
しょんぼりしているメイドは放っておくとして、さすがにそろそろ時間が気になってきた。
あと十分くらいしか余裕がない。
「お母さん、朝食の支度ってあとどれくらいかかる?
わたしも手伝おうか?」
「ううん、あとはこのサーモンドラゴンの身を切って焼くだけだから。
ちょっと待ってて」
「サーモンドラゴン……?」
買ってきた袋から出してまな板に置かれたのは、巨大なドラゴンのしっぽだった。
断面はたしかに鮭っぽい感じで、鮮やかなサーモンピンクをしている。
慣れない調理器具で焦がしてしまった鮭の代わりに、似た食材を探してきたに違いない。
果たして味は鮭なのだろうか、と不安がっていると、まな板のうえでしっぽがビクンと跳ねた。
「あらあら、ドラゴンの生命力って本当にすごいわ。
本来は焼いてすり潰してお薬にするものらしいけど、新鮮なものなら食べても美味しいかもしれないわね」
「うわ……」
ご飯の匂いで鳴っていたお腹が、一気に静かになった。
これはいけない。
朝から普通でないものを食べさせられると、ろくなことにならない予感がする。
「ごめん、お母さん!
わたしもう時間がないから、お米だけ食べていくから。
いただきまーす」
口に入れる直前に思ったが、電気もないのに炊飯器が使えるわけがない。
研いでもいない米をお釜に入れて無理やり火にかけたらしく、芯はあるし粉っぽいしで食べられたものじゃなかった。
「ご、ごちそうさまっ。
行ってくるね!
夕飯はいつもの食材で普通に作っていいから」
二口ほど食べてもう無理と判断し、わたしは逃げるように玄関を飛び出した。
新聞の中は、それこそ普通じゃない芸能人みたいな人たちの話題で持ち切りだ。
いかに自分が平凡な存在かということがわかって逆に安心する。
四コマ漫画のオチが可もなく不可もなくって感じなのも、すごく普通でよろしい。
新聞の漫画がアバンギャルドな面白さを持っていたら、朝から不安定になってしまうことだろう。
「マッスリーヌ、時間は大丈夫かな」
「あと三十分くらいは余裕があります。
時間を持て余すようでしたら、筋肉でも見ますか?」
「今はいいかな……」
今というか、未来永劫ご免こうむりたい。
そんなわたしの気も知らず、メイドは白い歯を輝かせて「ではのちほど」とさわやかに言う。
ちゃんと言わないと通じないんだろうけど、圧倒的な筋肉の彼女がもし怒ったらと思うと恐ろしい。
それに、結構美人だし。
黒髪ポニーテールの美人メイド。
筋肉の圧さえなければかなりいけると思うんだけど、存在のほぼすべてが筋肉なのでそんなことを考えてもしかたがないと思えてしまう。
などと考えているうちに、母が買い物から帰ってきた。
どこまで行ったのだろう、エプロン姿で肩で息をするほど疲れ切っている。
「た、ただいま、モブリン」
「おかえりなさい。
食材を切らしたってお父さんが言ってたけど、遠いお店まで行ってたの?」
「それがね……」
倒れそうになりながらキッチンに向かい、ドスンと音を立てて袋を置いた。
あのサイズが日本食の材料?
ちょっと思い当たるものがないのだけれど。
「どこにも売ってなくて、探し回ったの。
最終的に港の市場まで行ってみたけど、同じ生き物はいなくって。
朝ここにあった食材をダメにしちゃったのが本当に惜しいわ」
「あった、ってどういう意味?」
「あったものは、あったのよ。
気づいたら存在してた。
お父さんは受け入れるのが普通って言うんだけど、本当に普通なのかしら」
それは……普通じゃないかもしれない。
今朝いきなり現れたとしたら、わたしが転生したことと関係があるのだろうか。
もしかして、わたしの転生と同時に、この家にも変化が起きた?
「私はお父さんみたいに受け入れられなくて、朝から頭が混乱しているの。
このペラペラの布も、いつまでつけていればいいのかわからないし」
「あー、エプロン」
「エプロンっていうのね。
モブリンもお父さんみたいに受け入れてるの?
すごいと思うけど、それが『普通』なのよね、たぶん……」
わたしは確信した。
この家が日本風なのは、前世で日本人だったわたしが「普通」を望んで転生したせいだ。
望んだのは転生先の世界での一般的な家庭だったのに、一般的の軸の取りかたを完全にミスっている。
あのおっさん女神……!
「ど、どうしたのモブリン?
なんだか憎しみに満ちた顔をしているわ。
お腹が空いていらいらしているの?
ごめんね、今すぐ用意するから」
「あ、違う違う。
そういうことじゃなくって。
今のはちょっと、夢の内容を思い出していただけ」
憎しみに支配されるとモブ道を外れてしまいかねない。
ここはぐっと我慢して、できるだけ変化の影響を抑えることに専念しなくては。
たぶんテレビも、見た目だけ真似して再現されているだけ。
電気も通っていなければテレビ塔もきっとない。
「ねえ、お母さん。
いろいろ慣れないものが多いと思うけど、無視していいと思うよ。
家電……えっと、よくわからない機械は全部使わなくていい。
いままでと同じように生活してくれて大丈夫だから」
「そう? そう言ってもらえると本当に助かるわ。
じゃあ魔法でちゃちゃっと料理しちゃうわね」
「うん」
そうだ、魔法の存在する世界なのだ。
わたしがこれから行くことになるのも、王立魔法学校だと言っていた。
部屋にあったブレザーをメイドに着せられたけど、これは本当にこの世界の制服だろうか。
母のエプロンの件もあるので不安になってきた。
「マッスリーヌ、この制服ってみんな着てるやつ?
わたしのだけ特別デザインじゃないよね?」
「はい、一般的な制服です。
もっと筋肉が見えるように改造しましょうか?」
「遠慮しておく」
見せるほどの筋肉もついていないし。
って、そういう話じゃなくて。
しょんぼりしているメイドは放っておくとして、さすがにそろそろ時間が気になってきた。
あと十分くらいしか余裕がない。
「お母さん、朝食の支度ってあとどれくらいかかる?
わたしも手伝おうか?」
「ううん、あとはこのサーモンドラゴンの身を切って焼くだけだから。
ちょっと待ってて」
「サーモンドラゴン……?」
買ってきた袋から出してまな板に置かれたのは、巨大なドラゴンのしっぽだった。
断面はたしかに鮭っぽい感じで、鮮やかなサーモンピンクをしている。
慣れない調理器具で焦がしてしまった鮭の代わりに、似た食材を探してきたに違いない。
果たして味は鮭なのだろうか、と不安がっていると、まな板のうえでしっぽがビクンと跳ねた。
「あらあら、ドラゴンの生命力って本当にすごいわ。
本来は焼いてすり潰してお薬にするものらしいけど、新鮮なものなら食べても美味しいかもしれないわね」
「うわ……」
ご飯の匂いで鳴っていたお腹が、一気に静かになった。
これはいけない。
朝から普通でないものを食べさせられると、ろくなことにならない予感がする。
「ごめん、お母さん!
わたしもう時間がないから、お米だけ食べていくから。
いただきまーす」
口に入れる直前に思ったが、電気もないのに炊飯器が使えるわけがない。
研いでもいない米をお釜に入れて無理やり火にかけたらしく、芯はあるし粉っぽいしで食べられたものじゃなかった。
「ご、ごちそうさまっ。
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