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第3話:お父さんは普通……だよね?
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マッスリーヌを伴ってリビングに向かったわたしは、食卓で朝食をとっている父の姿を見て安堵した。
「お父さん、おはよう」
「ああ、おはようモブリン」
スーツを着て髪を整え、ぴしっと背筋を伸ばして味噌汁をすすっているその姿は、まさしく普通が服を着ているといった感じだ。
これだこれ。
これこそがわたしの求めた普通の世界。
起き抜けに筋肉メイドなんてものがいたもんだからちょっと警戒していたが、やっぱりわたしは普通の家庭に生まれ育っていた。
ありがとうおっさん女神。
「あれ? お母さんは?」
「ちょっと食材を切らしてしまってな。
さっき慌てて買いに行った。
私は仕事があるから軽く食べて出ることにしたよ。
モブリンはまだ時間があるから待つといい」
「はーい」
言われてみれば、お父さんの前には白いご飯と味噌汁しか置かれていない。
普通なら焼き鮭なんかが置かれていそうな感じがするから、きっとそういう食材を母は買いに行ったのだろう。
それにしても、食事が日本食というのは個人的にありがたい。
メイドや魔法学校のある異世界なので、洋食とか、最悪、わけのわからないモンスターを焼いたものとかが出されることを警戒していたのだ。
「やっぱり日本食だよね~。
ご飯の匂いでお腹が鳴っちゃう」
「二ホン……?」
「あ、ごめん、なんでもないよ」
いけないいけない。
日本食があるからといって、日本がこの世界にあるわけではない。
たまたま同じような食文化が存在するというだけなのだ。
前世の知識で、余計なことを発言するのは避けたい。
だってそれって、この世界の普通じゃないから。
「あ、テレビがある。
ニュース観たいから、つけるね」
「テレビ」
返事が謎の復唱だった。
もしかしてテレビという呼び名ではない?
言葉がそのまま通じているから、そういう言語的なものは転生マジックで自動的に翻訳されていると思っていたのだけど……。
「そうか、それはテレビというのか」
「ご、ごめん。
わたしが寝ぼけておかしなことを言っているだけ。
これのこと、普段なんて呼んでる?」
「うむ」
うむってなんだ。
ウムって商品名……じゃないよね。
「いや、この家電の名前、あると思うんだけど」
「あるんだろうな。
その……私は家のことは詳しくなくて。
こんな父親でごめんな」
「あっ、そういうんじゃないよ?
ごめんね、変なことを訊いちゃって。
つけるね~」
父は仕事人間なのかもしれない。
それがこの世界では普通なのかも。
まあ、わたしのいた世界でも、そういう父親は結構いると思うし。
……でも、家のことを詳しくないって、ハンコの置き場所とかがわからないのが普通だけど。
テレビの呼び名を知らないのは、常識がないという意味ではかなり異常のような。
そんなことを考えながらリモコンの電源ボタンを押すが、テレビはうんともすんとも言わない。
リモコンの電池が切れているのだろうか。
父に訊いてもそれこそ知らないだろうから、テレビのことはひとまずあきらめる。
この世界の情報をもっと得てから学校に行きたいのだが、さてどうしよう。
「ねえ、マッスリーヌ。
し、新聞って……あるかな?」
「新聞ですか」
一般名詞が通じるのかわからず、恐る恐る訊いてみる。
すると、
「もちろんありますよ。
どうぞ、温めておきました」
「やったっ!」
大胸筋のあいだから、ほかほかの新聞が出てきた。
つい喜んでしまったが、この対応が嬉しかったわけではない。
新聞という名称が通じたこと、そしてそれがこの家に存在するのが嬉しかったのだ。
むき出しの新聞ではなく、ちゃんと雨の日用のビニル袋に包まれているから、筋肉メイドの汗なんかはそれを剥いてしまえば気にせずに済む。
優秀じゃん、と思ったわたしはちょっと普通じゃないかもしれない。
気をつけよう。
「えーっと、一面は――」
そこには、この国の王子が結婚相手を選ぶパーティのことが書かれていた。
王子の写真も掲載されている。
「うっわ……すごい美形。
ていうか、服装とかちゃんとファンタジーしているし。
この国全体が日本風ってわけじゃないのね」
さまざまな文化が入り混じっている世界観なのだろう。
だとしたらなおさら、わたしの家が日本的でよかった。
と、そこで父が椅子から立ち、「仕事に行くよ」とわたしに告げた。
「あ、うん、行ってらっしゃい。
……ネクタイ曲がってるよ?」
「ネクタイ」
また復唱された。
本当に気をつけようと思いながら、父のネクタイを直してあげる。
「これでよし。
お仕事頑張ってきてね」
「ありがとう。
これはネクタイといって、こういう形にするのが普通なんだな」
「え? うん、そうだよ」
なんだと思って身に着けていたのだろう。
ぎこちない手つきで黒い革靴を履いて出てゆく父のことを、わたしは不安な気持ちで眺めていた。
「お父さん、おはよう」
「ああ、おはようモブリン」
スーツを着て髪を整え、ぴしっと背筋を伸ばして味噌汁をすすっているその姿は、まさしく普通が服を着ているといった感じだ。
これだこれ。
これこそがわたしの求めた普通の世界。
起き抜けに筋肉メイドなんてものがいたもんだからちょっと警戒していたが、やっぱりわたしは普通の家庭に生まれ育っていた。
ありがとうおっさん女神。
「あれ? お母さんは?」
「ちょっと食材を切らしてしまってな。
さっき慌てて買いに行った。
私は仕事があるから軽く食べて出ることにしたよ。
モブリンはまだ時間があるから待つといい」
「はーい」
言われてみれば、お父さんの前には白いご飯と味噌汁しか置かれていない。
普通なら焼き鮭なんかが置かれていそうな感じがするから、きっとそういう食材を母は買いに行ったのだろう。
それにしても、食事が日本食というのは個人的にありがたい。
メイドや魔法学校のある異世界なので、洋食とか、最悪、わけのわからないモンスターを焼いたものとかが出されることを警戒していたのだ。
「やっぱり日本食だよね~。
ご飯の匂いでお腹が鳴っちゃう」
「二ホン……?」
「あ、ごめん、なんでもないよ」
いけないいけない。
日本食があるからといって、日本がこの世界にあるわけではない。
たまたま同じような食文化が存在するというだけなのだ。
前世の知識で、余計なことを発言するのは避けたい。
だってそれって、この世界の普通じゃないから。
「あ、テレビがある。
ニュース観たいから、つけるね」
「テレビ」
返事が謎の復唱だった。
もしかしてテレビという呼び名ではない?
言葉がそのまま通じているから、そういう言語的なものは転生マジックで自動的に翻訳されていると思っていたのだけど……。
「そうか、それはテレビというのか」
「ご、ごめん。
わたしが寝ぼけておかしなことを言っているだけ。
これのこと、普段なんて呼んでる?」
「うむ」
うむってなんだ。
ウムって商品名……じゃないよね。
「いや、この家電の名前、あると思うんだけど」
「あるんだろうな。
その……私は家のことは詳しくなくて。
こんな父親でごめんな」
「あっ、そういうんじゃないよ?
ごめんね、変なことを訊いちゃって。
つけるね~」
父は仕事人間なのかもしれない。
それがこの世界では普通なのかも。
まあ、わたしのいた世界でも、そういう父親は結構いると思うし。
……でも、家のことを詳しくないって、ハンコの置き場所とかがわからないのが普通だけど。
テレビの呼び名を知らないのは、常識がないという意味ではかなり異常のような。
そんなことを考えながらリモコンの電源ボタンを押すが、テレビはうんともすんとも言わない。
リモコンの電池が切れているのだろうか。
父に訊いてもそれこそ知らないだろうから、テレビのことはひとまずあきらめる。
この世界の情報をもっと得てから学校に行きたいのだが、さてどうしよう。
「ねえ、マッスリーヌ。
し、新聞って……あるかな?」
「新聞ですか」
一般名詞が通じるのかわからず、恐る恐る訊いてみる。
すると、
「もちろんありますよ。
どうぞ、温めておきました」
「やったっ!」
大胸筋のあいだから、ほかほかの新聞が出てきた。
つい喜んでしまったが、この対応が嬉しかったわけではない。
新聞という名称が通じたこと、そしてそれがこの家に存在するのが嬉しかったのだ。
むき出しの新聞ではなく、ちゃんと雨の日用のビニル袋に包まれているから、筋肉メイドの汗なんかはそれを剥いてしまえば気にせずに済む。
優秀じゃん、と思ったわたしはちょっと普通じゃないかもしれない。
気をつけよう。
「えーっと、一面は――」
そこには、この国の王子が結婚相手を選ぶパーティのことが書かれていた。
王子の写真も掲載されている。
「うっわ……すごい美形。
ていうか、服装とかちゃんとファンタジーしているし。
この国全体が日本風ってわけじゃないのね」
さまざまな文化が入り混じっている世界観なのだろう。
だとしたらなおさら、わたしの家が日本的でよかった。
と、そこで父が椅子から立ち、「仕事に行くよ」とわたしに告げた。
「あ、うん、行ってらっしゃい。
……ネクタイ曲がってるよ?」
「ネクタイ」
また復唱された。
本当に気をつけようと思いながら、父のネクタイを直してあげる。
「これでよし。
お仕事頑張ってきてね」
「ありがとう。
これはネクタイといって、こういう形にするのが普通なんだな」
「え? うん、そうだよ」
なんだと思って身に着けていたのだろう。
ぎこちない手つきで黒い革靴を履いて出てゆく父のことを、わたしは不安な気持ちで眺めていた。
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