5 / 13
5ターン目:安らぎの洞穴
しおりを挟む
昨夜はこれまでになく充実していた。
こんなことは初めてだ。
我らは家族でも殆ど寝食を共にしない。
幼い頃の数年だけ共に過ごし、あとは自由に生きる。これが当たり前だった。
長く生きてきて初めて、他人と食事も寝床も共にした。
初めて人間の食べ物を口にした。
ふかふかの柔らかい塊と色んな実や草や肉を見たことのない粉をかけて煮たもの…。
嗅いだことのないいい香りがして、口に入れると優しい味がする。
ひどく渋る私にしつこく若者は食事を勧め、あまりのしつこさに根負けして一口口にすれば、あとは虜になったように貪ってしまっていた。
嬉しそうな顔でこちらを見守る若者の様子に不思議な心持ちを覚えた。
あれほど満腹になるまで食べ物を口にしたことがあっただろうか…。
いつもならば適当な果実を口にすれば済むことだった。
体が重くなった私が横になると、図々しくも若者が側に寄り添ってくる。
突き放してやりたかったが、満腹が過ぎてどうしようもなく眠たかった。
いつもなら空気が冷えてなかなか寝付けないのに、炊かれた火と包み込まれる温もりとですっかり寝入っていた。
煩わしいはずなのに、心地いい。
夢も見ず、時が分からなくなるほど深く眠った。
朝の光に包まれて目覚めるのもどれ程ぶりか…。
普段はまだ暗いうちに寒さで目覚めてしまう。
背後に若者の暖かさを感じる。
私の髪や頬を撫でる手が優しいことも…。
目を開けてしまえばそれらが離れてしまう気がして眠った振りを装う。
こんなことをしてしまう程とても心地いい。
鳥の囀りを聞きながら互いの吐息に耳を澄ます静かな時間を過ごす。
むず痒い気持ちになんとか平静を保つのでいっぱいいっぱいだった。
こんな穏やかな朝は悪くない…。
いや、望ましい。
そう思ったのも束の間、背後を覆っていたはずの暖かさが急に離れた。まだこうしていたかったというのに…
そんなことは言葉には出来ない。
けれど考えが及ぶ前に自らの手が若者の腕を追い、掴んでいた。
「どこへ、どこへ行く」
動転したまま整理できなかった疑問を投げ掛ければ、驚く一瞬の間に若者とはた、と目が合う。
慌てて手を払っても後の祭りだった。
逆に手を握られて顔を背けても抱き寄せられる。
何故こんなことをしたのか恥ずかしさで満ちる私に若者の唇がまた頬を掠める。
私を宥めているのか、この仕草は本当に擽ったい。
「やめろ」と頭を振っても若者との顔の距離は開かない。離そうとしない若者の頬を私の角が掠め、赤い筋を作った。傷付けたいわけではなかったのに、僅かな身じろぎですら私は人を傷付ける。
その事に心が痛む。
滲む赤色を指で辿れば若者が私の手の中に顔を預ける。
「貴方を護りたい」
また唐突に理解に苦しむことを告げられる。
護る?何のために…。
この若者にとっての利とは一体何なのだろうか…。
何のためにこの島に来て、何のために私とこうしているのか…。
きっとその気になれば我ら種族もこの島も掌握することが出来るほどの力を兼ね備えているはず。
けれど、そんな素振りは見せない。
敵意も殺気もない。
ここに来てからただの一度も若者の武器を見ていないのだ。
ただこうして何とも言えない眼差しで私を見つめている。
心が読めない相手とこうして共にいるのはこんなに疲れるものなのか…。
相手の事がただの少しも分からない…。
それも初めての事だった。
「そういえば、私はお前の名も分からない…」
思案を巡らせているうちにそうぼやいてしまう。
どうもこの若者といると考えあぐねては余計な事を口にしてしまう。
ばつの悪い私に向けて意外そうな顔をした後に、まだ幼く見える笑顔を浮かべて若者が出会ったときと同じ口付けをする。
本当にしつこい。
「俺はーーー」
続く
こんなことは初めてだ。
我らは家族でも殆ど寝食を共にしない。
幼い頃の数年だけ共に過ごし、あとは自由に生きる。これが当たり前だった。
長く生きてきて初めて、他人と食事も寝床も共にした。
初めて人間の食べ物を口にした。
ふかふかの柔らかい塊と色んな実や草や肉を見たことのない粉をかけて煮たもの…。
嗅いだことのないいい香りがして、口に入れると優しい味がする。
ひどく渋る私にしつこく若者は食事を勧め、あまりのしつこさに根負けして一口口にすれば、あとは虜になったように貪ってしまっていた。
嬉しそうな顔でこちらを見守る若者の様子に不思議な心持ちを覚えた。
あれほど満腹になるまで食べ物を口にしたことがあっただろうか…。
いつもならば適当な果実を口にすれば済むことだった。
体が重くなった私が横になると、図々しくも若者が側に寄り添ってくる。
突き放してやりたかったが、満腹が過ぎてどうしようもなく眠たかった。
いつもなら空気が冷えてなかなか寝付けないのに、炊かれた火と包み込まれる温もりとですっかり寝入っていた。
煩わしいはずなのに、心地いい。
夢も見ず、時が分からなくなるほど深く眠った。
朝の光に包まれて目覚めるのもどれ程ぶりか…。
普段はまだ暗いうちに寒さで目覚めてしまう。
背後に若者の暖かさを感じる。
私の髪や頬を撫でる手が優しいことも…。
目を開けてしまえばそれらが離れてしまう気がして眠った振りを装う。
こんなことをしてしまう程とても心地いい。
鳥の囀りを聞きながら互いの吐息に耳を澄ます静かな時間を過ごす。
むず痒い気持ちになんとか平静を保つのでいっぱいいっぱいだった。
こんな穏やかな朝は悪くない…。
いや、望ましい。
そう思ったのも束の間、背後を覆っていたはずの暖かさが急に離れた。まだこうしていたかったというのに…
そんなことは言葉には出来ない。
けれど考えが及ぶ前に自らの手が若者の腕を追い、掴んでいた。
「どこへ、どこへ行く」
動転したまま整理できなかった疑問を投げ掛ければ、驚く一瞬の間に若者とはた、と目が合う。
慌てて手を払っても後の祭りだった。
逆に手を握られて顔を背けても抱き寄せられる。
何故こんなことをしたのか恥ずかしさで満ちる私に若者の唇がまた頬を掠める。
私を宥めているのか、この仕草は本当に擽ったい。
「やめろ」と頭を振っても若者との顔の距離は開かない。離そうとしない若者の頬を私の角が掠め、赤い筋を作った。傷付けたいわけではなかったのに、僅かな身じろぎですら私は人を傷付ける。
その事に心が痛む。
滲む赤色を指で辿れば若者が私の手の中に顔を預ける。
「貴方を護りたい」
また唐突に理解に苦しむことを告げられる。
護る?何のために…。
この若者にとっての利とは一体何なのだろうか…。
何のためにこの島に来て、何のために私とこうしているのか…。
きっとその気になれば我ら種族もこの島も掌握することが出来るほどの力を兼ね備えているはず。
けれど、そんな素振りは見せない。
敵意も殺気もない。
ここに来てからただの一度も若者の武器を見ていないのだ。
ただこうして何とも言えない眼差しで私を見つめている。
心が読めない相手とこうして共にいるのはこんなに疲れるものなのか…。
相手の事がただの少しも分からない…。
それも初めての事だった。
「そういえば、私はお前の名も分からない…」
思案を巡らせているうちにそうぼやいてしまう。
どうもこの若者といると考えあぐねては余計な事を口にしてしまう。
ばつの悪い私に向けて意外そうな顔をした後に、まだ幼く見える笑顔を浮かべて若者が出会ったときと同じ口付けをする。
本当にしつこい。
「俺はーーー」
続く
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
平坦な男
ハリネズミ
BL
大湊 小波(おおなみ こなみ)二十五歳は自分の過去にあった出来事から『平坦』を望むようになる。
『人生』と『道』はどちらもゴールへ向かって長いながい道のりを歩いて行くという点で言えば、同じなのではないかと思う。
だとすれば、どうせなら凸凹もない平坦な道を歩きたいと思うし、人生も同じように平坦でありたいと思うのもおかしくはないのだと思う。
『flat』『真っ平』、心も『平坦』にしてただゆっくりと歩いて行けたらよい。
そんな事を考える小波はある男と出会い、ずっと凪いでいた心に波紋が広がるのを感じた――。
『人生』を『道』にたとえています。
美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした
亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。
カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。
(悪役モブ♀が出てきます)
(他サイトに2021年〜掲載済)
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!
みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。
そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。
初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが……
架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる