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1ターン目:死の神殿とうつろわぬ魔王
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「ここまで辿り着いたのはお前で何人目だったか…久しく人間の姿は見ていない…」
長い年月をかけ、あらゆるものに曝されて朽ち果て禍々しい姿へと変わり果てた古代の神殿の中の空気は寒々しく冷気に満ち、生き物たちの吐息を白く浮かび上がらせる。
研ぎ澄まされた強者しか踏み入れることの出来ない魔気に満ちた呪われた島の深淵にその神殿は聳え立っていた。
島の地下より無限に沸き立つ強い魔気は、魔に属する生き物達に絶大な生命力を与え、強靭な体と魔力を得た魔物達はその大陸にやって来る余所者を容赦なく排除していった。
それ故に人々はその島を畏れ、屈強な魔物達に戦き、長い歴史を経て忌んできた。
魔物で満ちるその島には主(ぬし)がいる。
どの魔物よりも凌駕した魔力を持ち、残酷非道で何者よりも邪悪な存在として語られていた。
諸悪の根元として鎮座する魔界の主を排除するべく、人々は強者を産み出しては討伐隊を送り込むのだった。
しかし、何度も何度も繰り返し隊を送り出しても、その地から主が消えることはなかった。
討伐隊が島から戻ってくる頃には、それまでの記憶をすっかり失い、自我が混乱し全くの別人のように身を崩してしまうのだった。
魔の地に足を踏み入れた者達の身に何が起こっているのか誰も知る術を持たぬまま、真新しかった島の神殿がこうも荒廃する程の果てしない年月の間それを繰り返してきていた。
この黒い森の中の広い神殿に棲まうのは彼の魔界の主。悪の権化とされた魔族だ。
かつては石で造られた玉座であった塊の上に気だるそうに座し、長い髪を投げ出すように深く俯いていた漆黒の魔族は対峙した客人にのろのろと頭を擡げる。
「お前もまた、私の命を狩りに来たか…」
光を吸いとる深い黒の衣に身を包んだ魔族は、過剰な表現で紡がれる語りの内容にはそぐわない華奢な姿をしていた。細身で脆弱そうな体に似合わぬ見事な角が黒髪を掻き分けて頭部左右から生えている。
髪の毛の隙間からちらりと覗く顔は青白かった。
「構わない…殺すがいい」
伏せた眼差しを上げる事なく魔族は静かにそう告げる。人間からの殺戮の手を幾度と無くかわし生き永らえてきた…。然れどそれに終わりはなく、飽くほどに繰り返され、何度でも人間の悪意に苛まれていた。
その島に暮らす魔物達は皆その島を出る気は無く、慎ましやかに暮らしていた。
魔物同士の営みは穏やかで平和であり、自由で満ち足りていた。
人間の世界に侵略しようなど誰も企てるはずもない。種の違うもの同士、不用意に交わらず銘々在るべきままに在るべき場所で暮らしていければそれで良かった。
魔界と謳われるその場所に人々を脅かす悪は存在しないのである。
寧ろ一線を踏み越えようと画策したのは人間の方だった。島に存在する膨大な魔気の力は魔物だけではなく人間にもエネルギー資源として恩恵をもたらす。
魔物にとって生きるために必要不可欠な生体資源である魔気を搾取し、文明発展のために利用しようとしていた。
そして醜い戦争が起こり、魔物達は島に人間を寄せ付けぬように閉鎖的になっていったのだった。
人々は自らの都合の悪い事実を薄れさせていき、いつの間にか悪意を魔物側に転嫁していった。
人間よりも遥かに長寿だった黒い魔族は、そうした欲深く腹黒い悪しき人心に時の際限無く迫害され命を脅かされ続け、最早精神がすっかりと疲れきっていた。
ただひっそりと世の片隅で生きることすら許されぬのならば、静かに終焉を迎えたい…漆黒の魔族はそう願うようになっていた。
しかし、島の戦力の要である魔族の力を失うことは、島に暮らす魔物たちにとっては深刻な死活問題となる。島を失うことも魔族の力を失うことも、魔物たちにとってはあってはならぬことなのだ。
それ故に島の魔物達は自らの命を省みず、必死で漆黒の魔族を守ろうとするのである。
猛烈に襲い来る人間達と激しく抵抗しようとする魔物達
双方の被害を出来るだけ押さえて争いを回避するための策…それこそがあの精神操作術だった。
漆黒の魔族は自ずから討伐達を自分の元へと招き寄せ、強力な魔力によって記憶を奪い自我を混乱させ戦意を失わせていた。
そうして人間を傷つけること無く島の外へと送り返し続けてきた。
だが、漆黒の魔族は術に惑わされ狂ってしまう人間を見ることも心苦しく、繰り返す度に自身の精神も患わせてきたのだ。
「もう終えたいのだ…抵抗する気はない。出来るだけ静かに、始末して欲しい」
神殿の広間に現れてからじっと身動きもせずに真っ直ぐにこちらを見据える精悍な様子の若者に、漆黒の魔族は覇気もなく請うた。
少し間を置いてようやく若者がこちらに向かって踏み出した。
黒い魔族は目を閉じる。
ようやく、ようやくこの苦渋に満ちた人生を終えられる。しがらみから解放され無に還れるのだ。
虚しさと共に得も言われぬ喜びと笑いが滲んできてしまう。
一瞬の苦痛など永かった年月に比べればたかが知れていると覚悟を決めて臨むも、いつまでたっても降りかかるはずの衝撃は降りては来なかった。
漆黒の魔族は、攻撃を待つことに焦れてしまって思わず顔を上げてしまう。
上げた先、ぶつかりそうなほどすぐ側に、顔を紅潮させ潤んだ真剣な眼差しでこちらを見下ろす若者がいた。
翳した若者の両の手は落ち着きなく小刻みに震えていて、ぎこちなく魔族の両頬を包み込んだ。
「ずっと、ずっと探していて…ようやく、会えた。貴方に…」
静まり返った暗い神殿の中、まるで空間を切り取られたように視線が互いだけを捉えている。
魔族は若者に何を言われたのか全く理解が追い付かず放心し、若者は茫然として固まる魔族の顔を食い入るように見つめたままうっとりと眼を細めた。
「貴方に会いたかった…」
若者は囁くようにそう口にすると混乱したままの魔族の唇をすっかり覆うように口付けたのだった。
続く
長い年月をかけ、あらゆるものに曝されて朽ち果て禍々しい姿へと変わり果てた古代の神殿の中の空気は寒々しく冷気に満ち、生き物たちの吐息を白く浮かび上がらせる。
研ぎ澄まされた強者しか踏み入れることの出来ない魔気に満ちた呪われた島の深淵にその神殿は聳え立っていた。
島の地下より無限に沸き立つ強い魔気は、魔に属する生き物達に絶大な生命力を与え、強靭な体と魔力を得た魔物達はその大陸にやって来る余所者を容赦なく排除していった。
それ故に人々はその島を畏れ、屈強な魔物達に戦き、長い歴史を経て忌んできた。
魔物で満ちるその島には主(ぬし)がいる。
どの魔物よりも凌駕した魔力を持ち、残酷非道で何者よりも邪悪な存在として語られていた。
諸悪の根元として鎮座する魔界の主を排除するべく、人々は強者を産み出しては討伐隊を送り込むのだった。
しかし、何度も何度も繰り返し隊を送り出しても、その地から主が消えることはなかった。
討伐隊が島から戻ってくる頃には、それまでの記憶をすっかり失い、自我が混乱し全くの別人のように身を崩してしまうのだった。
魔の地に足を踏み入れた者達の身に何が起こっているのか誰も知る術を持たぬまま、真新しかった島の神殿がこうも荒廃する程の果てしない年月の間それを繰り返してきていた。
この黒い森の中の広い神殿に棲まうのは彼の魔界の主。悪の権化とされた魔族だ。
かつては石で造られた玉座であった塊の上に気だるそうに座し、長い髪を投げ出すように深く俯いていた漆黒の魔族は対峙した客人にのろのろと頭を擡げる。
「お前もまた、私の命を狩りに来たか…」
光を吸いとる深い黒の衣に身を包んだ魔族は、過剰な表現で紡がれる語りの内容にはそぐわない華奢な姿をしていた。細身で脆弱そうな体に似合わぬ見事な角が黒髪を掻き分けて頭部左右から生えている。
髪の毛の隙間からちらりと覗く顔は青白かった。
「構わない…殺すがいい」
伏せた眼差しを上げる事なく魔族は静かにそう告げる。人間からの殺戮の手を幾度と無くかわし生き永らえてきた…。然れどそれに終わりはなく、飽くほどに繰り返され、何度でも人間の悪意に苛まれていた。
その島に暮らす魔物達は皆その島を出る気は無く、慎ましやかに暮らしていた。
魔物同士の営みは穏やかで平和であり、自由で満ち足りていた。
人間の世界に侵略しようなど誰も企てるはずもない。種の違うもの同士、不用意に交わらず銘々在るべきままに在るべき場所で暮らしていければそれで良かった。
魔界と謳われるその場所に人々を脅かす悪は存在しないのである。
寧ろ一線を踏み越えようと画策したのは人間の方だった。島に存在する膨大な魔気の力は魔物だけではなく人間にもエネルギー資源として恩恵をもたらす。
魔物にとって生きるために必要不可欠な生体資源である魔気を搾取し、文明発展のために利用しようとしていた。
そして醜い戦争が起こり、魔物達は島に人間を寄せ付けぬように閉鎖的になっていったのだった。
人々は自らの都合の悪い事実を薄れさせていき、いつの間にか悪意を魔物側に転嫁していった。
人間よりも遥かに長寿だった黒い魔族は、そうした欲深く腹黒い悪しき人心に時の際限無く迫害され命を脅かされ続け、最早精神がすっかりと疲れきっていた。
ただひっそりと世の片隅で生きることすら許されぬのならば、静かに終焉を迎えたい…漆黒の魔族はそう願うようになっていた。
しかし、島の戦力の要である魔族の力を失うことは、島に暮らす魔物たちにとっては深刻な死活問題となる。島を失うことも魔族の力を失うことも、魔物たちにとってはあってはならぬことなのだ。
それ故に島の魔物達は自らの命を省みず、必死で漆黒の魔族を守ろうとするのである。
猛烈に襲い来る人間達と激しく抵抗しようとする魔物達
双方の被害を出来るだけ押さえて争いを回避するための策…それこそがあの精神操作術だった。
漆黒の魔族は自ずから討伐達を自分の元へと招き寄せ、強力な魔力によって記憶を奪い自我を混乱させ戦意を失わせていた。
そうして人間を傷つけること無く島の外へと送り返し続けてきた。
だが、漆黒の魔族は術に惑わされ狂ってしまう人間を見ることも心苦しく、繰り返す度に自身の精神も患わせてきたのだ。
「もう終えたいのだ…抵抗する気はない。出来るだけ静かに、始末して欲しい」
神殿の広間に現れてからじっと身動きもせずに真っ直ぐにこちらを見据える精悍な様子の若者に、漆黒の魔族は覇気もなく請うた。
少し間を置いてようやく若者がこちらに向かって踏み出した。
黒い魔族は目を閉じる。
ようやく、ようやくこの苦渋に満ちた人生を終えられる。しがらみから解放され無に還れるのだ。
虚しさと共に得も言われぬ喜びと笑いが滲んできてしまう。
一瞬の苦痛など永かった年月に比べればたかが知れていると覚悟を決めて臨むも、いつまでたっても降りかかるはずの衝撃は降りては来なかった。
漆黒の魔族は、攻撃を待つことに焦れてしまって思わず顔を上げてしまう。
上げた先、ぶつかりそうなほどすぐ側に、顔を紅潮させ潤んだ真剣な眼差しでこちらを見下ろす若者がいた。
翳した若者の両の手は落ち着きなく小刻みに震えていて、ぎこちなく魔族の両頬を包み込んだ。
「ずっと、ずっと探していて…ようやく、会えた。貴方に…」
静まり返った暗い神殿の中、まるで空間を切り取られたように視線が互いだけを捉えている。
魔族は若者に何を言われたのか全く理解が追い付かず放心し、若者は茫然として固まる魔族の顔を食い入るように見つめたままうっとりと眼を細めた。
「貴方に会いたかった…」
若者は囁くようにそう口にすると混乱したままの魔族の唇をすっかり覆うように口付けたのだった。
続く
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