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第2話 異性を知るその1「担当編集」
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漫画を描くために身近なところから少しずつ冒険をしていこうと決断してからその翌日、俺はまず何からスタートしようか考えていた。
冒険に出かけてみようなんて大げさに自分に言い聞かせはしたけど、つまりはネタ探しのためにいろいろ経験してみるということだ。自分は今まで描くこと以外特に何もやってこなかったから、まぁ遅い社会科見学ぐらいに考えたらいいんだろう。でも、まず何をやろうか?
俺がいろいろ考えているところ、突然スマホに着信の知らせの音が鳴る。
「もしもし」
「あっ、高峰先生。おはようございます」
女の人の声。担当編集の瀬川さんだ。
「瀬川さん、おはようございます」
「高峰先生、あの一週間前ぐらいにもご連絡させてもらいましたが、あれからネーム少しぐらい描けました?」
俺は描けてない現実に気分がガクンと落ち込む。
「いや、その~……ってか、実は全然描けてなくて……」
ややしどろもどろになりながら答えると、少しの間沈黙になる。はぁ~、つらい現実を突き付けておいて、それに加えてプレッシャー与えないでよ瀬川さん!俺は少しの沈黙が破られるまでの間、溜め息をつくのを何とか堪える。
「あっ、そうですね。高峰先生、久しぶりにこちらに来られませんか?直接会ってお話しなどしてたら、何か構想など思い浮かぶかもしれませんので」
「あぁ、はい。そうですね。分かりました。今からそちらに行きます。えーっと……大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。では、お待ちしております」
電話が切れると直ぐ様着替えて家を出た。
出版社に行くのは三週間ぶりだ。一等地の大きな会社の外観を目の前にすると、自分が普段暮らしてる場所と同じ東京とは思えない。中に入って受付に行き部署名と編集者の名前を書いて入館証を発行してもらうと、若干迷いながら目的の場所へと向かう。
何回か階段を上がって担当の編集部に辿り着くと、近くにいる職員に声をかけた。そして、毎度のごとく担当編集が来るまでの間休憩ブースで待たされる。自分は漫画家なのだから出版社に来るのは至極当然のことだと思うのだが、正直言うと敵地にいるような気分だ。待ってる時間は長くても十分ぐらいのものだと思うが、これがやたら長く感じる。そして、毎回自分がつくづく小心者だと自覚してしまうのだ。
「高峰先生、お待たせしました。こちらへどうぞ」
「あっ、はい」
やっと打ち合わせが始まる。と言ってもネームどころか構想も全く浮かんでこなかっため、あんまり期待出来ない。前回と同じように編集部の長机が置いてある場所へと向かう。パイプ椅子に腰掛けると、瀬川さんかお茶を持ってきてくれた。
「先生、お茶どうぞ」
「あっ、ありがとうございます」
お茶を啜っていると瀬川さんも椅子に腰をかけて向き合う形となる。さっきまであまり瀬川さんのほうを向いて話していなかったが、お互い椅子に腰をかけて打ち合わせが始まると視線を逸らしてしまうと不自然なので、どうしても瀬川さんの姿が目に入ってしまう。
瀬川さん。え~と、下の名前何だったけ?黒髪の長髪。眼鏡をかけているが、文学少女といった感じとは少し違い、知的さもありながらもどこかクールな雰囲気の漂う。喋り方もわざとらしくない感じのクールさがあって、如何にも仕事が出来そうって感じのそんな女性だ。歳も自分と変わらないぐらいの感じ。普段眼鏡をかけているので地味な印象を受けるが、こうしてよく見ると瀬川さんが実はかなり美人だということが良く分かる。
瀬川さんが美人だということを意識してしまうと、俺は瀬川さんの顔から目を逸らしてしまう。しかし、視線を移したその先には、瀬川さんの胸元の姿があった。
それはまさに芸術だった。胸元のシルエットが何とも美しい。ほとんど隠れているのだが、それでもこれだけハッキリとシルエットが見て取れるということは、当然バストのサイズも……。
「高峰先生、ちゃんと話聞いてます?」
「ん?あっ、はい!」
瀬川さんのあまりに素敵な胸元に意識が集中してしまい、俺は打ち合わせ中だと言うことをすっかり忘れていた。瀬川さんの声が突然耳に入ってきたので、驚いて椅子を少し揺らしてガタンと音を鳴らした。瀬川さんと視線が合ってしまい、俺は直ぐ様下に視線を逸らす。すると、自分の股間の辺りが大きく盛り上がってるのが確認出来た。
「どうされました?」
「いえ、別に……何も!」
ヤバい!瀬川さん、何か疑ってるようにこっちを見てる。こんなにも大きく膨れ上がった股間をもし瀬川さんに見られようものなら、完全に変態だと思われてしまう。まぁ、実際谷間に見惚れてたわけだけど、もう完璧に……。
「では、まだアイデアが浮かんで来ないと?」
ふぅ~、どうやら気づかれなかったようだ。もし気づかれたりしたら、瀬川さんむっちゃ怖そう。普段物静かな人ほど怒ると怖いと聞くから、実際静かな時も少し近寄り難いのだけど瀬川さん。まぁ、気づかれなかったみたいだから、ちゃんと話に集中しよう。
「そうなんです。いろいろアイデアが出るように、街中いろいろ歩いてみたり、図書館で調べものしたりなど、いろいろやったのですが……」
実はそこまでちゃんとやってなかった。ただ、机に座って何となく考えるだけで、今まで全く行動出来てない。
「そうなんですか」
今までのことを見透かしているかのように瀬川さんがこっちを見てる。まるで軽蔑してるかのように。瀬川さん、そんな目で俺を見るのはやめて……。
「分かりました。今ここでお話ししても高峰先生アイデア浮かんでこなさそうなので、また後日お会いしましょうか。その間に何かアイデア思いつくかもしれないし」
「そうですね。分かりました。何かアイデアが浮かんできたら、今度はこちらから連絡します」
俺は立ち上がった瞬間、壁に貼ってあるポスターが目に入る。可愛い女の子が描かれてる。どうやらラブコメのようだ。
「あの、あれ~……」
「あぁ、少し前に連載が始まった◯◯って恋愛ものなんですけど、今度新刊が発売されるんです。そのポスターで連載の一話目から結構人気あるんですよ。わたしも連載追ってますけど、面白いですよ。高峰先生も読まれてます?」
「あぁ、いいえ」
恋愛もの。あぁ、そういえば恋愛ものって描いてこなかったな。まぁそもそも、恋愛経験が皆無な俺に恋愛ものやラブコメ描けるわけがない。でも、ここ最近はラブコメや恋愛系の漫画の人気が高い。恋愛描写さ最もストーリーとして盛り上がる要素の一つだ。
でも恋愛ものを描くの、本当はいやだ。考えたくもない。恋愛描写が本当は嫌いというわけではない。だって、想像したらムカつくじゃないか。俺だって女の子とイチャイチャしたい。そう思うと、どうしても描くのを避けてしまう。
だが、恋愛要素のあるものが描けないとなると、漫画家としてはやってはいけないと思う。やはり漫画家として売れるためには恋愛のあるストーリーは避けられない。描けるようにしないと。
あぁ、そうだ!まずは異性を知ることから始めよう。異性と話せば少しはアイデアが浮かんでくるかもしれない。でも、まずはその異性を探さないことには何も始まらない。年齢がそのまま彼女いない歴史の俺では、探すのが本当に大変そうだ。でも、やらないと。そうだ、こんな時からこそ、身近なところからだ。では、誰を?
「……何か?」
いた!何かいきなりハードル高そうだけど、まともに接点がある人は瀬川さんぐらいしかいない。あまりにクール過ぎて、感情や表情に乏しい気がするのだけど、あぁいや、彼女で決まりだ。
「瀬川さん。あのポスター見て思ったんですけど、あの僕恥ずかしながら恋愛経験どころか、あまり異性と話したことが無いんですよ。そこで……あれなんですけど……瀬川さん、僕と……僕とデートしてもらえませんか。あっいえいえ!デートするフリをしてもらえればいいんです。あの……そしたら、何か恋愛ものとか描けそうな気がして……」
あぁ、言ってしまった。どうせ漫画を描くという口実に誘ってるだけなんだろうって思われてるんだろうな、きっと。あぁ、何でこんなこと言ってしまったんだろう。これで完全に軽蔑されたな。
「いいですよ」
えっ!OKでちゃった?うっそ~、マジか。
「えっ?いいんですか?」
「いいですよ。それで何か描けそうだったら」
こうもあっさり承諾してもらえるとはかなり意外だった。でも大きな前進だ。瀬川さんとデートか。どこに行けばいいだろうか?
「えっ、じゃあどうしますか?あのどこか行きたいとことかありますか?」
「特に何も?街中ぶらぶら歩けばいいんじゃないですか。所々でお店にでも入ったりしながら」
瀬川さんは特に考える様子も見せず即答した。確かに変にデートスポットとか行くよりそのほうがいいかもしれない。
「それじゃあ、いつにしますか?予定空いてる日は?」
「今から行きましょ。取材ってことにしておきますので」
「分かりました」
瀬川さんは他の社員に外に出かけることを伝えると、俺と一緒にそのまま会社を後にした。
俺は今、瀬川さんと一緒に街を歩いている。ちょうど天気も良く、デートをするにはうってつけの日だ。だがしかし、今まで異性とこうして隣り合って歩くことがなかったので、個人的には奇妙な感覚というか、慣れない感覚というか、むず痒く感じるというか、まぁそんな気分だった。
俺は基本的に前を向いて歩いているが、ほんのチラッとだけ一〇秒に一回程度瀬川さんの様子を確認する。瀬川さんは相変わらずクールな表情だ。あまりにクール過ぎてホント話しかけづらい。
でも、何か話しかけないと、せっかくデートをしている意味がない。いや、正確にはデートのふりをしているだけなのだが、何を話せばいいのかが本当に頭に浮かばない。東京の地理には疎いし、瀬川さんがあまりに表情に乏しいので、ホントこの人今何考えてるのだろうと、俺は正直かなり困惑していた。
「瀬川さん、会社出てから三〇分ぐらいずっと歩いてるわけですけど、どこか行きたいところありますか?何かお店とか?」
「う~ん、まぁ適当にぶらぶら歩いてればいいんじゃないですか」
えっ!それホントにデートになってんの?まぁ、ふりなんだけど、その気分味合わないと意味ないでしょ。本当は男の俺がリードしなきゃいけないんだけど、恋愛経験の無いホント童貞なんだから、少しぐらい力になってくれよ瀬川さん!
瀬川さんの服装はジャケットにスカートというややフォーマルな感じの服装だ。その逆に俺はジーンズと長袖のTシャツという完全な私服という状態。街中を歩いていると手を繋いでいるカップルを結構見かけるが、他の人から見たら彼らと比べると俺たちはかなり浮いた状態に見えるだろう。
そうだ!ファッションだ。服の店に入ってみるのも良いかもしれない。
「瀬川さん、あの服とかって興味あります?何かお店にでもご一緒に?」
「服余ってるんで大丈夫ですよ。それにわたしあまりファッションに興味ないんで」
完全に躱されてしまった。ってか、俺の漫画のために手伝ってくれるんじゃないの?全然協力的ではないじゃない、瀬川さん。
「瀬川さん?」
瀬川さんが急に立ち止まった。瀬川さんが一瞬より鋭い目になったのに俺はビクッとする。何かを見てるようだ。そして、瀬川さんは俺のほうに顔を向ける。
「ここに入りませんか?」
「えっ?」
お店に入ると午前中だというのに若い女性が結構いる。そして、多種多様なスイーツが並んでいた。
「瀬川さん、甘いものが好きなんですか?」
席に座ると瀬川さんにそう尋ねた。しかし、瀬川さんは完全にスルー。俺は仕方なくメニュー表を見る。
「あの、すみません。いつものお願いします。あの、二つね」
いつもの?ってか、ここの常連なのか?って、俺お金大丈夫かな?正直お金全然無いんだよな。
「瀬川さん、あの実はお金あんまり無いんですけど……」
「大丈夫ですよ。奢りますので」
奢ってくれるのか、それは有難いが、何かこうして奢られるのはどうしてもプライドが……
「お昼も近いですから、お昼の代わりにスイーツってのはあれかもしれませんが、わたしは良くここの食べてるので、高峰先生も良かったらと思って」
「あっそうですか。どうもありがとうございます」
普段クールで何を考えてるのかよく分からない瀬川さんだが、瀬川さんなりの心配りに俺はとても感謝した。
「お待たせしました」
⁉︎俺はテーブルの上に置かれるスイーツにとても驚愕した。何ととてつもなく大きなプリンが目の前にある。いわゆるバケツプリンというやつか。通常のプリンの一〇倍、いや二〇倍近くあるんじゃないかと思えるほど、とてつもなくデカい。って、これ正直言って食べ切れるかな?
「当店のバケツプリンですが、毎回ご説明させてもらっておりますが、食べ残されましたら、ペナルティとして倍の金額を頂きますので、どうかご了承ください」
えっ、うそぉ~⁉︎ペナルティあるの?そんなの知らねぇ~よ!
「ってなことなので、完食してくださいね、高峰先生」
いや完食って、あんた鬼かよ。まぁ、甘いものはわりと好きだけど、これは流石に……。
「いただきます」
瀬川さんはスプーンを手に取りプリンを口に運ぶ。プリンを口に入れたその瞬間、瀬川さんは至福の時と言わんばかりの満面の笑みを見せた。今まであまりに瀬川さんが感情を表に出すことが無かったため、俺は瀬川さんが初めて見せる女の子らしい表情に大きくときめいた。
「じゃあ、僕もいただきます」
俺もスプーンを手に取るとプリンを掬って口に運ぶ。っん⁉︎これは美味い。ただデカく作ったプリンだとばかり思っていたが、単純に味のクオリティが高い。甘くてとても濃厚。これなら何とか完食出来そう……。
「ごちそうさまでした……」
俺は今やっと何とか完食することが出来た。最初の五回ぐらいまではスプーンを口に運ぶのは良かったんだよ。でもそれ以降はあまりに甘くて濃厚なせいで食べるとホントにツラくて……。
瀬川さんは俺がこのバケツプリンを半分食べ終わった頃にはすでに完食していた。そして、俺が完食するまでの間、パンプスのカタカタいう音を鳴らしていた。俺があまりに食べるのが遅いので苛立っていたのだろう。
「では、もうお店出ましょうか」
「はい……」
もう一生分の甘いものを食べた、そんな感覚になっていた。当分甘いものを食べることは無いだろう。
「高峰先生、美味しいケーキ屋さんがあるんですけど、今さっきスマホで調べたらバイキングやってるようなので、今から行きましょ」
えぇ、まだ食べるの⁉︎もうこれ以上は流石に……。
「一緒に来てくれますよね?」
瀬川さんが俺に見せるこの笑み、どこかどす黒さを感じる。むっちゃ怖い⁉︎それに俺の腕を掴む手の力が何かとても強いんですけど。
「では、行きましょうか」
瀬川さん怖い。もう甘いの嫌だぁ~!
こうして俺は今日の夕方頃までスイーツ巡りに付き合わされる。瀬川さんと別れてからスイーツを見るだけで身体が震えてしまうほど、甘いもの恐怖症がしばらく続くのだった。
冒険に出かけてみようなんて大げさに自分に言い聞かせはしたけど、つまりはネタ探しのためにいろいろ経験してみるということだ。自分は今まで描くこと以外特に何もやってこなかったから、まぁ遅い社会科見学ぐらいに考えたらいいんだろう。でも、まず何をやろうか?
俺がいろいろ考えているところ、突然スマホに着信の知らせの音が鳴る。
「もしもし」
「あっ、高峰先生。おはようございます」
女の人の声。担当編集の瀬川さんだ。
「瀬川さん、おはようございます」
「高峰先生、あの一週間前ぐらいにもご連絡させてもらいましたが、あれからネーム少しぐらい描けました?」
俺は描けてない現実に気分がガクンと落ち込む。
「いや、その~……ってか、実は全然描けてなくて……」
ややしどろもどろになりながら答えると、少しの間沈黙になる。はぁ~、つらい現実を突き付けておいて、それに加えてプレッシャー与えないでよ瀬川さん!俺は少しの沈黙が破られるまでの間、溜め息をつくのを何とか堪える。
「あっ、そうですね。高峰先生、久しぶりにこちらに来られませんか?直接会ってお話しなどしてたら、何か構想など思い浮かぶかもしれませんので」
「あぁ、はい。そうですね。分かりました。今からそちらに行きます。えーっと……大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。では、お待ちしております」
電話が切れると直ぐ様着替えて家を出た。
出版社に行くのは三週間ぶりだ。一等地の大きな会社の外観を目の前にすると、自分が普段暮らしてる場所と同じ東京とは思えない。中に入って受付に行き部署名と編集者の名前を書いて入館証を発行してもらうと、若干迷いながら目的の場所へと向かう。
何回か階段を上がって担当の編集部に辿り着くと、近くにいる職員に声をかけた。そして、毎度のごとく担当編集が来るまでの間休憩ブースで待たされる。自分は漫画家なのだから出版社に来るのは至極当然のことだと思うのだが、正直言うと敵地にいるような気分だ。待ってる時間は長くても十分ぐらいのものだと思うが、これがやたら長く感じる。そして、毎回自分がつくづく小心者だと自覚してしまうのだ。
「高峰先生、お待たせしました。こちらへどうぞ」
「あっ、はい」
やっと打ち合わせが始まる。と言ってもネームどころか構想も全く浮かんでこなかっため、あんまり期待出来ない。前回と同じように編集部の長机が置いてある場所へと向かう。パイプ椅子に腰掛けると、瀬川さんかお茶を持ってきてくれた。
「先生、お茶どうぞ」
「あっ、ありがとうございます」
お茶を啜っていると瀬川さんも椅子に腰をかけて向き合う形となる。さっきまであまり瀬川さんのほうを向いて話していなかったが、お互い椅子に腰をかけて打ち合わせが始まると視線を逸らしてしまうと不自然なので、どうしても瀬川さんの姿が目に入ってしまう。
瀬川さん。え~と、下の名前何だったけ?黒髪の長髪。眼鏡をかけているが、文学少女といった感じとは少し違い、知的さもありながらもどこかクールな雰囲気の漂う。喋り方もわざとらしくない感じのクールさがあって、如何にも仕事が出来そうって感じのそんな女性だ。歳も自分と変わらないぐらいの感じ。普段眼鏡をかけているので地味な印象を受けるが、こうしてよく見ると瀬川さんが実はかなり美人だということが良く分かる。
瀬川さんが美人だということを意識してしまうと、俺は瀬川さんの顔から目を逸らしてしまう。しかし、視線を移したその先には、瀬川さんの胸元の姿があった。
それはまさに芸術だった。胸元のシルエットが何とも美しい。ほとんど隠れているのだが、それでもこれだけハッキリとシルエットが見て取れるということは、当然バストのサイズも……。
「高峰先生、ちゃんと話聞いてます?」
「ん?あっ、はい!」
瀬川さんのあまりに素敵な胸元に意識が集中してしまい、俺は打ち合わせ中だと言うことをすっかり忘れていた。瀬川さんの声が突然耳に入ってきたので、驚いて椅子を少し揺らしてガタンと音を鳴らした。瀬川さんと視線が合ってしまい、俺は直ぐ様下に視線を逸らす。すると、自分の股間の辺りが大きく盛り上がってるのが確認出来た。
「どうされました?」
「いえ、別に……何も!」
ヤバい!瀬川さん、何か疑ってるようにこっちを見てる。こんなにも大きく膨れ上がった股間をもし瀬川さんに見られようものなら、完全に変態だと思われてしまう。まぁ、実際谷間に見惚れてたわけだけど、もう完璧に……。
「では、まだアイデアが浮かんで来ないと?」
ふぅ~、どうやら気づかれなかったようだ。もし気づかれたりしたら、瀬川さんむっちゃ怖そう。普段物静かな人ほど怒ると怖いと聞くから、実際静かな時も少し近寄り難いのだけど瀬川さん。まぁ、気づかれなかったみたいだから、ちゃんと話に集中しよう。
「そうなんです。いろいろアイデアが出るように、街中いろいろ歩いてみたり、図書館で調べものしたりなど、いろいろやったのですが……」
実はそこまでちゃんとやってなかった。ただ、机に座って何となく考えるだけで、今まで全く行動出来てない。
「そうなんですか」
今までのことを見透かしているかのように瀬川さんがこっちを見てる。まるで軽蔑してるかのように。瀬川さん、そんな目で俺を見るのはやめて……。
「分かりました。今ここでお話ししても高峰先生アイデア浮かんでこなさそうなので、また後日お会いしましょうか。その間に何かアイデア思いつくかもしれないし」
「そうですね。分かりました。何かアイデアが浮かんできたら、今度はこちらから連絡します」
俺は立ち上がった瞬間、壁に貼ってあるポスターが目に入る。可愛い女の子が描かれてる。どうやらラブコメのようだ。
「あの、あれ~……」
「あぁ、少し前に連載が始まった◯◯って恋愛ものなんですけど、今度新刊が発売されるんです。そのポスターで連載の一話目から結構人気あるんですよ。わたしも連載追ってますけど、面白いですよ。高峰先生も読まれてます?」
「あぁ、いいえ」
恋愛もの。あぁ、そういえば恋愛ものって描いてこなかったな。まぁそもそも、恋愛経験が皆無な俺に恋愛ものやラブコメ描けるわけがない。でも、ここ最近はラブコメや恋愛系の漫画の人気が高い。恋愛描写さ最もストーリーとして盛り上がる要素の一つだ。
でも恋愛ものを描くの、本当はいやだ。考えたくもない。恋愛描写が本当は嫌いというわけではない。だって、想像したらムカつくじゃないか。俺だって女の子とイチャイチャしたい。そう思うと、どうしても描くのを避けてしまう。
だが、恋愛要素のあるものが描けないとなると、漫画家としてはやってはいけないと思う。やはり漫画家として売れるためには恋愛のあるストーリーは避けられない。描けるようにしないと。
あぁ、そうだ!まずは異性を知ることから始めよう。異性と話せば少しはアイデアが浮かんでくるかもしれない。でも、まずはその異性を探さないことには何も始まらない。年齢がそのまま彼女いない歴史の俺では、探すのが本当に大変そうだ。でも、やらないと。そうだ、こんな時からこそ、身近なところからだ。では、誰を?
「……何か?」
いた!何かいきなりハードル高そうだけど、まともに接点がある人は瀬川さんぐらいしかいない。あまりにクール過ぎて、感情や表情に乏しい気がするのだけど、あぁいや、彼女で決まりだ。
「瀬川さん。あのポスター見て思ったんですけど、あの僕恥ずかしながら恋愛経験どころか、あまり異性と話したことが無いんですよ。そこで……あれなんですけど……瀬川さん、僕と……僕とデートしてもらえませんか。あっいえいえ!デートするフリをしてもらえればいいんです。あの……そしたら、何か恋愛ものとか描けそうな気がして……」
あぁ、言ってしまった。どうせ漫画を描くという口実に誘ってるだけなんだろうって思われてるんだろうな、きっと。あぁ、何でこんなこと言ってしまったんだろう。これで完全に軽蔑されたな。
「いいですよ」
えっ!OKでちゃった?うっそ~、マジか。
「えっ?いいんですか?」
「いいですよ。それで何か描けそうだったら」
こうもあっさり承諾してもらえるとはかなり意外だった。でも大きな前進だ。瀬川さんとデートか。どこに行けばいいだろうか?
「えっ、じゃあどうしますか?あのどこか行きたいとことかありますか?」
「特に何も?街中ぶらぶら歩けばいいんじゃないですか。所々でお店にでも入ったりしながら」
瀬川さんは特に考える様子も見せず即答した。確かに変にデートスポットとか行くよりそのほうがいいかもしれない。
「それじゃあ、いつにしますか?予定空いてる日は?」
「今から行きましょ。取材ってことにしておきますので」
「分かりました」
瀬川さんは他の社員に外に出かけることを伝えると、俺と一緒にそのまま会社を後にした。
俺は今、瀬川さんと一緒に街を歩いている。ちょうど天気も良く、デートをするにはうってつけの日だ。だがしかし、今まで異性とこうして隣り合って歩くことがなかったので、個人的には奇妙な感覚というか、慣れない感覚というか、むず痒く感じるというか、まぁそんな気分だった。
俺は基本的に前を向いて歩いているが、ほんのチラッとだけ一〇秒に一回程度瀬川さんの様子を確認する。瀬川さんは相変わらずクールな表情だ。あまりにクール過ぎてホント話しかけづらい。
でも、何か話しかけないと、せっかくデートをしている意味がない。いや、正確にはデートのふりをしているだけなのだが、何を話せばいいのかが本当に頭に浮かばない。東京の地理には疎いし、瀬川さんがあまりに表情に乏しいので、ホントこの人今何考えてるのだろうと、俺は正直かなり困惑していた。
「瀬川さん、会社出てから三〇分ぐらいずっと歩いてるわけですけど、どこか行きたいところありますか?何かお店とか?」
「う~ん、まぁ適当にぶらぶら歩いてればいいんじゃないですか」
えっ!それホントにデートになってんの?まぁ、ふりなんだけど、その気分味合わないと意味ないでしょ。本当は男の俺がリードしなきゃいけないんだけど、恋愛経験の無いホント童貞なんだから、少しぐらい力になってくれよ瀬川さん!
瀬川さんの服装はジャケットにスカートというややフォーマルな感じの服装だ。その逆に俺はジーンズと長袖のTシャツという完全な私服という状態。街中を歩いていると手を繋いでいるカップルを結構見かけるが、他の人から見たら彼らと比べると俺たちはかなり浮いた状態に見えるだろう。
そうだ!ファッションだ。服の店に入ってみるのも良いかもしれない。
「瀬川さん、あの服とかって興味あります?何かお店にでもご一緒に?」
「服余ってるんで大丈夫ですよ。それにわたしあまりファッションに興味ないんで」
完全に躱されてしまった。ってか、俺の漫画のために手伝ってくれるんじゃないの?全然協力的ではないじゃない、瀬川さん。
「瀬川さん?」
瀬川さんが急に立ち止まった。瀬川さんが一瞬より鋭い目になったのに俺はビクッとする。何かを見てるようだ。そして、瀬川さんは俺のほうに顔を向ける。
「ここに入りませんか?」
「えっ?」
お店に入ると午前中だというのに若い女性が結構いる。そして、多種多様なスイーツが並んでいた。
「瀬川さん、甘いものが好きなんですか?」
席に座ると瀬川さんにそう尋ねた。しかし、瀬川さんは完全にスルー。俺は仕方なくメニュー表を見る。
「あの、すみません。いつものお願いします。あの、二つね」
いつもの?ってか、ここの常連なのか?って、俺お金大丈夫かな?正直お金全然無いんだよな。
「瀬川さん、あの実はお金あんまり無いんですけど……」
「大丈夫ですよ。奢りますので」
奢ってくれるのか、それは有難いが、何かこうして奢られるのはどうしてもプライドが……
「お昼も近いですから、お昼の代わりにスイーツってのはあれかもしれませんが、わたしは良くここの食べてるので、高峰先生も良かったらと思って」
「あっそうですか。どうもありがとうございます」
普段クールで何を考えてるのかよく分からない瀬川さんだが、瀬川さんなりの心配りに俺はとても感謝した。
「お待たせしました」
⁉︎俺はテーブルの上に置かれるスイーツにとても驚愕した。何ととてつもなく大きなプリンが目の前にある。いわゆるバケツプリンというやつか。通常のプリンの一〇倍、いや二〇倍近くあるんじゃないかと思えるほど、とてつもなくデカい。って、これ正直言って食べ切れるかな?
「当店のバケツプリンですが、毎回ご説明させてもらっておりますが、食べ残されましたら、ペナルティとして倍の金額を頂きますので、どうかご了承ください」
えっ、うそぉ~⁉︎ペナルティあるの?そんなの知らねぇ~よ!
「ってなことなので、完食してくださいね、高峰先生」
いや完食って、あんた鬼かよ。まぁ、甘いものはわりと好きだけど、これは流石に……。
「いただきます」
瀬川さんはスプーンを手に取りプリンを口に運ぶ。プリンを口に入れたその瞬間、瀬川さんは至福の時と言わんばかりの満面の笑みを見せた。今まであまりに瀬川さんが感情を表に出すことが無かったため、俺は瀬川さんが初めて見せる女の子らしい表情に大きくときめいた。
「じゃあ、僕もいただきます」
俺もスプーンを手に取るとプリンを掬って口に運ぶ。っん⁉︎これは美味い。ただデカく作ったプリンだとばかり思っていたが、単純に味のクオリティが高い。甘くてとても濃厚。これなら何とか完食出来そう……。
「ごちそうさまでした……」
俺は今やっと何とか完食することが出来た。最初の五回ぐらいまではスプーンを口に運ぶのは良かったんだよ。でもそれ以降はあまりに甘くて濃厚なせいで食べるとホントにツラくて……。
瀬川さんは俺がこのバケツプリンを半分食べ終わった頃にはすでに完食していた。そして、俺が完食するまでの間、パンプスのカタカタいう音を鳴らしていた。俺があまりに食べるのが遅いので苛立っていたのだろう。
「では、もうお店出ましょうか」
「はい……」
もう一生分の甘いものを食べた、そんな感覚になっていた。当分甘いものを食べることは無いだろう。
「高峰先生、美味しいケーキ屋さんがあるんですけど、今さっきスマホで調べたらバイキングやってるようなので、今から行きましょ」
えぇ、まだ食べるの⁉︎もうこれ以上は流石に……。
「一緒に来てくれますよね?」
瀬川さんが俺に見せるこの笑み、どこかどす黒さを感じる。むっちゃ怖い⁉︎それに俺の腕を掴む手の力が何かとても強いんですけど。
「では、行きましょうか」
瀬川さん怖い。もう甘いの嫌だぁ~!
こうして俺は今日の夕方頃までスイーツ巡りに付き合わされる。瀬川さんと別れてからスイーツを見るだけで身体が震えてしまうほど、甘いもの恐怖症がしばらく続くのだった。
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