闇に関する報告書

綾崎暁都

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序章

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 中国国内の某所、高層ビルが立ち並ぶここら一帯は、まさにSF映画に登場する近未来都市そのものだ。しかし、そんな華やかな夜景とは裏腹に、ここから少し離れた場所にある薄汚れたビルの中は、おぞましい光景と化していた。
 ビルの中はとても静かだ。薄暗い廊下の中には、カタギには見えない男たちが無惨にも倒れている。壁は飛び散った血で汚れ、倒れている男たちの中には、白目をむいて絶命している者や、はらわたがはみ出ている者までいた。その流血の道の先には黒い扉があり、そこから微かに物音が聞こえてくる。
 部屋の中は暗く、唯一の明かりといえば、窓から入ってくる微かな光だけだった。こんな暗い室内に、薄らと中年男の姿が見える。卑しさを蓄えた身体と、身なりの良い様子から、中国チャイニーズマフィアの幹部と思われる。
 男は震えている。全身汗でびっしょり濡れていて、呼吸も荒い。スマホを取り出し電話をかける。だが、相手が電話を取る様子はない。それどころか、何らかの障害か何かで、電波そのものが届いていないようで、通話が出来る状態ですらないようだ。
 助けを呼べないこの状況に、男は机の上を思いっきり叩いた。
 しかし、そのすぐ後、首筋に冷たい感触が伝わる。この瞬間、男の心臓の鼓動は最高潮に達した。震え方の質も変わっていき、呼吸もさらに荒くなる。そんな男の姿は、透明なひもで首を絞められている豚そのものだ。
 鋭利なナイフが頸動脈に突きつけられた瞬間、男は振り返る。はっきりとは姿が見えない。相手が男なのか、女なのかさえ分からない。分かることといえば、薄らと見える影、輪郭、そして自分を今にも殺そうとしている相手の眼光だけだった。
 微かに光る相手の目を見て、男は理解した。その瞳が血に飢えていて、それはまさに死にいざなう鬼のようであることを。
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