蟻地獄は孤独な場所

綾崎暁都

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二章

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 監房に入れられてから、朝陽の体感で半日ばかりが経過した頃、急に外が騒がしくなる。たくさんの足音が鳴り、息が雑音に掻き消されず、すっと耳に入ってくる。
 次第に外の様子が落ち着いてくると、何やら金具をいじる音が聞こえてきて、そして、朝陽たちを閉じ込めていた扉が開かれた。部屋の中がとても暗かったので、朝陽は眩しさに目元を手でかざした。
 看守が外に出ろと身振り手振りで指図する。朝陽と白夜はそれに従い外に出る。
 白夜が朝陽の前に立ち、朝陽はそれについていくように狭い通路を歩き、階段の一番下まで下りていく。
 階段を下りて再び通路を歩いていくと、やがて通路の幅が徐々に広がっていき、何やら声が聞こえてくる。そして、明かりが漏れている部屋らしき前に来ると、看守から再び銃を突きつけられて、朝陽たちはその中へと入っていった。
 部屋の中に入ると、朝陽や白夜と同じ服を着た囚人たちでいっぱいだった。木で出来た長いテーブル、そして長椅子に腰掛けて、食事を摂っている。
 朝陽たちがこの部屋に入った瞬間、囚人たちの視線がふたりに向けられる。無表情であったり、睨みつける感じであったり、ニヤニヤしてたりなど、囚人によって様々だ。朝陽はそれに気づいた瞬間、ドクンドクンと鼓動が鳴るのを感じる。
 白夜は囚人たちが集まる人混みを通りながら、空いてる席を見つけようと、朝陽の先を行く。朝陽は白夜に置いていかれないように、必死についていったものの、他の囚人に身体をぶつけないように気をつけているうちに、白夜と逸れてしまう。
 朝陽は白夜の姿が見えなくなったことで、さらに不安が増し、必死に足を速めて白夜を探そうと、前を歩いていく。だが、前を速歩きで歩いていると、突然何者かと肩がぶつかってしまう。
 しかし、朝陽は相手に一言も謝ることもなく、再び白夜を見つけようと先を急ごうとする。だが、それを遮るかのように、何者かが白夜の肩に手を置いた。
 朝陽は振り返ると、如何にもごろつきといったような、人相の悪い短髪の囚人が、朝陽の肩を軽く手のひらで叩きながら、ニヤニヤした顔を見せている。その他、この囚人の仲間と思われる、これまた如何にも不良といったような囚人ふたりが隣に立っていて、同じくニヤニヤした顔を朝陽に向けていた。
「ねえねえ、ちょっとちょっと、そこのお兄さん。俺、あんたに肩をぶつけられたんだけどさあ、あんた、謝りもせず、そのまま素通りしようとしたよな。痛かったんだよなあ」
 朝陽はこの囚人にこのように言われたものの、謝罪をする気持ちは一切なかった。謝罪をして揉め事にならないのが一番なのだが、革命戦士だという自尊心が邪魔をして、本当は怯えているはずなのに、強がりな態度を見せてしまう。
「何でだ?」
「あっ、はい?」
「何でおまえみたいな奴に謝らなきゃいけないんだ?」
 朝陽のこの言葉に、朝陽に絡んできている囚人たちが、一斉に高笑いする。
「おい、聞いたか。何でおまえみたいな奴に謝らなきゃならない、ってよ」
 朝陽と肩がぶつかった囚人が仲間の方を見ながらそのように言うと、再び朝陽の方に顔を向けた。
「おい。一体それはどういう意味なんだい?」
「おまえみたいなチンピラに教える義理はない」
 朝陽はこのように言うと、この三人組の囚人たちの許から離れて、再び白夜の後を追おうとする。だが、再び肩に手を置かれてしまう。それに対して、朝陽が振り返ると、さっき絡んできた囚人が思いっきり朝陽の顔面を殴った。朝陽は後方に突き飛ばされたような形となり、大の字で倒れた。
「おい、ふざけてんじゃねえぞ、このクソガキが!さっきから言いたい放題言いやがって。おい、おまえら!今から可愛がってやるから、こいつを立たせろ」
 残りふたりの囚人はニヤッと笑うと、朝陽の左右両方の腕を掴み、羽交い締めの状態にさせる。朝陽に肩をぶつけられ、言いたい放題言われたこの囚人は、朝陽の今の状態にニヤッと舌舐めずりした顔を見せ、ゆっくりと近づいた後、腹に一発拳を入れる。
 朝陽は苦痛で顔を歪ませ、小さく苦しそうな声を上げる。その様子を見て快感を感じたのか、満足そうな笑みを浮かべながら、さらに二発ぶち込む。
「まだこんなもんじゃねえぞ。どうやらおまえは随分調子に乗ってるようだから、時間をかけてみっちり可愛がってやる。覚悟しとけよ」
 腹を殴られ苦しみながらも、この囚人の言葉に抵抗するかのように、全力を込めて身体を左右に揺さぶり、羽交い締めしている残りふたりを何とか振り解こうとする。そして、目の前の男が近づいてきたところを見計らって、前足を全力で押し出し、自分を殴った囚人を突き飛ばし返した。
 朝陽を殴った囚人は後方へと突き飛ばされ、他の囚人とぶつかる。だがぶつかった囚人が微動だにしなかったので、倒れることなく、朝陽を痛めつけていたこの囚人はさらに激怒し、朝陽をさらに甚振いたぶろうと速歩きで近づこうとする。しかし、朝陽に突き飛ばされた際、ぶつかった別の囚人に、自分が朝陽にしたのと同様、肩に手を置かれる。肩に手を置かれたその瞬間、男は振り返りキレた顔を見せる。
「邪魔すんじゃねえ!てめえ、何勝手に……」
 この囚人が邪魔されたことにキレて、怒りをぶつけようとしたその瞬間、肩に手を置いた何者かに、顔を思いっきり殴られ、後ろに吹っ飛ばされてしまう。短髪の囚人は朝陽たちのいるところを通り過ぎて、さらに後ろにいる他の囚人たち三人とぶつかり、もろとも倒れてしまう。殴られた囚人は白目になった状態で大の字で倒れていた。
 殴られた囚人たちふたりが、仲間がやられたことにより、そいつを半殺しにしてやろうかと、朝陽から離れて相手の方に歩み寄る。そして、ふたりは相手の姿を見た。
 ふたりの目の前には、とてつもなく大きな男が立っていた。身体は頑丈で骨格や筋肉も大きく、二メートルを優に超えている。男はこの監獄の誰よりも大きい存在だ。脂ぎった長髪をしており、髭を生やしている。大男はふたりの姿を確認すると、不敵な笑みを浮かべた。
 大男と目が合ってしまい、囚人ふたりは途端に顔が真っ青になる。身体が震えてしまい、上手く動けない感じだ。
「おまえら、あいつの仲間か?」
 大男が顎を動かして指した先に、白目で倒れたお仲間の姿があった。ふたりは振り返り一緒に連んでた仲間の姿を確認すると、再び大男の方に顔を向けた。大男は真っ直ぐこちらを見ている。
「で、どうなんだ?」
 大男の言葉に何と答えたらいいか分からず、ふたりは怯えた顔を見せる。大男はゆっくりと彼らに近づくと。囚人ふたりのうちのひとりが、腰が抜けてしまい、倒れてしまう。大男はその囚人に目を向けると、注意深く何かを見つめる。そして、腰が抜けて倒れた男の股間目掛けて、大きな足で思いっきり踏みつけた。
 股間を踏みつけられた男は大声を上げた後、白目の状態で泡を拭きながら気絶した。
「おい、こっちが質問してるんだから、早く答えろよ」
 相手が気絶してからも、さらに捻るように股間を踏んだ後、大男は倒れている仲間ふたりを見て、青ざめ震えている、坊主頭の囚人に目を向けた。
「で、どうなんだ?おまえ、あいつの仲間だよな?」
 再び同じことを訊かれ、坊主頭の囚人は素直に頷いた。
「そうかそうか、だったら、おまえがこいつらの代わりに、謝って、くれるんだろ?あれ、痛かったんだよなあ。それとあいつ、自分からぶつかってきておいて、邪魔するなよ、とかぬかしやがったんだよ。せっかく謝ってもらおうと思ったら、気絶しちゃうしさあ。そうなったら、もう、おまえに謝ってもらうしかないじゃん。なあ、おまえ。ここまでされて、どんな風に落とし前、つけてくれんだ?」
 大男の言葉と威圧的な視線に、坊主頭の囚人は思わず相手の顔から目を逸らし、視線を下に向けた。その様子を見た大男は、坊主頭の囚人に近づき、肩を軽く叩いてこう言った。
「じゃあ、今日からおまえは、俺のものだ。いいな?」
 大男の言葉に、囚人は思わず涙を流した。
「じゃあ、そういうことだから、いいよな?」
 大男は後ろを振り返り、看守に向かって大声で許可を求める。看守はニヤリと笑うと、頭を縦に振った。
 大男も看守の答えを見てニヤリと笑うと、再び自分の所有物となった男の方に振り返った。すると、坊主頭の囚人が、自身の股間目掛けて蹴りを入れようとする寸前で、身体の動きを止めた姿が目に入る。
「おい、これは一体どういうことだ?」
 坊主頭の囚人は恐怖で、相手の股間に蹴りを入れる寸前で止めてしまった。そんな坊主頭の囚人を、大男は睨みつける。
「おい、これは一体、どういうことなんだって、訊いてんだ。もしかして、俺の大事な大事な、おちんちんを蹴ろうと、したのかな?おい、どうなんだ⁉︎」
 大男の喋った最後の数文字の声量や威圧感に、恐怖で震えが止まらない。恐怖で金縛りのような状態になり、蹴り上げようとする寸前で、身体の動きが固定された状態となってしまった。
「もし、俺のちんぽを傷つけようとして、こんな馬鹿みたいな格好してんなら……分かってるよな?」
 大男の眼光がさらに鋭くなり、さらに威圧感が増した。坊主頭の男の脳裏には、もう絶望の色しかなかった。反撃しても地獄、大人しく従っても地獄が待ってるだけ。本当にどうしていいか、分からなくなっていた。
「さあ、どうなんだ⁉︎」
 大男の言葉に完全に屈服してしまったのか、威圧感に押された形に、坊主頭の囚人は蹴り上げる寸前の状態から、上げていた足を床に落とした。普通の体勢に戻ったその瞬間、声を上げながら涙を流す。
「そうだ。それでいいんだ。後でたっぷり、可愛がってやるからな」
 大男は泣いている囚人の肩をぽんと叩くと、朝陽が突き飛ばし、そして自分にぶつかってきた、囚人のところまで足を運ぶ。そして、その倒れて気絶している男の目の前まで来ると、足を高く上げ、そして思いっきり股間を踏みつけた。ぐちゃ、っと音が聞こえ、近くにいた囚人は痛そうに、顔を歪ませた。
 大男は自分にぶつかってきた男の睾丸を踏み潰し、満足そうに笑みを浮かべると、今度は朝陽の方に顔を向けて、ゆっくりゆっくりと朝陽の許へと近づいてくる。朝陽は自分に近づいてくる大男の姿を見て、恐怖で身体が動けなくなっていた。そして遂に、大男が朝陽の目の前まで来てしまった。
「おい、おまえ、新入りだろ?名前、何て言うんだ?」
 大男の太い威圧的な声に、朝陽は恐怖で震えが止まらなかった。しかし、何とかその恐怖と戦い、何とか声を出す。
「……あ、あさ、ひ。朝陽」
「そうか、あさひ、っていうんだな、おまえ。俺はビッグ・ディック巨根野郎ってんだ」
 ビッグ・ディックが自身の名前を言ったその瞬間、ビッグ・ディックの目は大きく見開き、瞳孔が拡張した。それを見た瞬間、朝陽の鼓動が大きく鳴り響き、震えがさらに酷くなった。そして、ビッグ・ディックがさらに朝陽に近づき、何やら朝陽に触れようと手を伸ばそうとする。
「すみませんが、彼、僕の連れなんです。なので、お願いですから、ちょっかい、かけないでもらえますか」
 ビッグ・ディックが朝陽の身体に手を伸ばす寸前、白夜が人混みを掻き分けて、朝陽たちの傍までやって来た。
「何だ、おまえの連れか」
「ええ」
 白夜は朝陽の隣に立つと、ビッグ・ディックに向かって笑みを浮かべた。その笑みは朝陽に向けるものと変わらず、どこか嘲笑的だ。
「相変わらず、気味が悪い奴だな、おまえ」
「お褒めに預かり光栄です」
「別に褒めてねえよ」
「そんな、もっと素直になってくださいよ。僕だったら、いつでも、お相手、してあげますよ」
「いいよ。おまえは好みじゃないんだ」
「そんな冷たいこと言わず、僕ならいつでも大丈夫ですから」
「おまえ、俺のこと、ほんとは馬鹿にしてるだろ?あんまり調子に乗ってると、おまえも、分かってるよな?」
「別に馬鹿になんかしてませんよ。本当ですから」
 ビッグ・ディックは今までと同様、白夜に対しても威圧的に睨むつける。しかし、数秒程度無言の状態が続いた後、何だか気乗りしないような表情へと変わった。
「何だかしらけちまったな。え~と、おまえ、あさひ、だっけか?もういいよ、行って。連れてけよ」
「じゃあ、一緒に行こうか」
 白夜に肩をそっと叩かれると、朝陽は今までの緊張がすっかり取れたように、身体が自然と動いた。
 白夜は肩を寄せるように、朝陽の腕を引っ張りビッグ・ディックの傍を少し離れると、ビッグ・ディックの方に振り返った。
「今度暇なときがあれば、いつでもお相手してあげますよ。僕はとても寛容ですから」
「俺の機嫌が悪くならないうちに、俺の傍から早く離れた方がいいぜ。次また余計なこと言ったら、分かってるな」
「そういうことだから、早く行こうか、ねえ、朝陽」
 白夜はそう言うと、朝陽が逸れないよう腕を引っ張り、ビッグ・ディックの許を離れる。
 ふたりは食べ物の匂いがする場所まで向かうと、薄いパン一切れと少量のスープが入ったアルミ製の食器を看守から受け取り、他の囚人にぶつからないように気をつけながら、空いてる席へと座った。
 腰掛けると直ぐ様、白夜は他の囚人と同様、食い始める。しかし、朝陽はまだ、飯に手をつける素振りを見せずにいた。
「食べないの?」
 白夜からそう言われたため、朝陽はパンやスープに目を向ける。パンの表面はどこを見てもカビが生えていて、正直、口に入れようと思う気にはなれなかったが、朝陽は恐る恐る口に入れる。パンを一口齧った後、スープを啜る。豆を煮たようなスープのようだが、味が全くしない。正直なところ、味を楽しめるような食事では全くなかった。朝陽から見て、食中毒の危険性のある、味の娯楽のない、ただただ、最低限生かすためにある、そんな印象であった。
 朝陽は何とか空腹感を満たすために、ゆっくりと食べながらも、他の囚人に絡まれないように、周囲に目を配る。この大きな部屋には所々看守がいるのだが、こんなに大勢の囚人たちがいるのに、恐怖心どころか、平気な顔をしている感じが、朝陽には不思議でならなかった。そこで朝陽は白夜に小声で訊ねる。
「なあ、ここの看守たち、あまりに警戒心がないように思うのだが。これだけの囚人がいるのを考えると、一斉に暴れ出したら、脱獄騒ぎとか起きそうなはずなのに……」
「確かに、荒っぽい囚人たちがこれだけ集められれば、普通ならそう考えるだろうね。でもね、今までそういうことは起きたことがないらしいんだよ。不思議なことにね。まあ、ここの監獄の出入り口は、君も知ってる通り、あの穴から続く暗い階段のあるところだけだから、あそこを塞がれてしまったら、もう誰も出られなくなってしまう。ここの囚人たちの大半は、そう聞かされるよ。まあ、他に出入り口があるのかもしれないけど、もし暴動なんて起こそうものなら、直ぐ様穴を塞がれてしまって、外には出られないどころか、食い物にもありつけない。そういうことを最低限想像出来る頭はあるのか、囚人同士の喧嘩はあるものの、看守を襲ったり、脱獄騒動起こそうなんて、大半の囚人は起こさないのかな。僕の想像だけど」
 白夜は少し間をおくと、いつのまにか食事を済ませてしまい、また話を再開する。
「そして、それはさっきの大男、ビッグ・ディックも同様だよ。彼、男女や大人子ども関係なく、今まで百人以上を強姦してきて捕まったらしいけど、あの男も看守に襲いかかったり、暴動起こして脱獄しようなんてことは一度もなかった。多分だけど、彼にとっては、この蟻地獄、案外居心地がいいのかも。不味いけど、ただで飯にはありつけるし、性欲も他の囚人がいれば満たせるからね。君も見ただろ、あの坊主頭の彼がまるで子どものように泣いていたところを。あの大男と同じ部屋になった者のほとんどは、彼の慰み者になってしまう。ビッグ・ディックって名乗ってるぐらいだから、とてつもなく大きいのだろうけど、彼の性の捌け口として使われたら、みんなわりと直ぐ壊れてしまうようでね。精神が崩壊した者も多い。いや、いつの間にか、いなくなった、そんなのも結構いたかな、ハハハハッ」
 白夜の言葉に朝陽はこめかみから汗が一筋流れ、ぶるっと身体が震えた。
「この蟻地獄には他の囚人たちにとっての絶対的な恐怖の対象がふたりいてね、このふたりがいるから、暴動が起きないのかもね。彼らが暴れ出したら、命がいくつあっても足りないだろうから。そうそう彼らってのはね、それがさっき話してたビッグ・ディックと、あと、もうひとり……」
 白夜の言葉が一旦途切れると、何かに気づいたかのように、白夜はニヤリと笑う。
「あともうひとり、ちょうど彼が今来たところだ」
 白夜の視線を確認するため、朝陽は振り返る。
「悪魔の子、ミハイル」
 朝陽と白夜の視線の先には、この蟻地獄の食堂に入ってくる、ひとりの男の姿があった。肌はとても白く、剃髪ていはつされた頭に、青みがかった灰色の瞳、そして身体は白夜と同じぐらい、とても痩せ細っていた。
 ミハイルがこの部屋に入ってきた途端、近くにいた囚人たちが、彼とぶつからないように、距離を取り始める。そして、ミハイルはそんなこと気にもしないかのように、先を歩いていく。
 しかし、これだけ大勢の囚人がいるためか、ミハイルと距離を取ろうとも、距離が取れずにいる囚人がどうしても現れる。
 そして、他の囚人に押されたひとりの囚人がミハイルとぶつかり、それに反応するかのように、いきなりミハイルに肩を噛みつかれてしまう。
 肩に噛みつかれた囚人の悲鳴が鳴り響き、ミハイルは肩の肉を噛みちぎる。肉を食い終えると、次は近くにいた囚人の顔面を思いっきり殴って突き飛ばし、さらに別の囚人の腕に喰らい付いた。
 腕に噛みつかれた囚人は、最初に被害に遭った囚人同様、大声で泣き叫んだ。このままでは流石にまずいと判断したのか、ようやく看守が三人駆けつけ、ミハイルに対して銃を構える。
「ミハイル、今直ぐやめろ。五秒数える。やめなければ、直ぐ撃つからな」
 看守から銃を向けられても、ミハイルは腕に噛み付いたまま、無言のままだ。
「一、二、三、四……」
 四秒数えても、まだ噛みついたまま。
「ご~」
 看守が五と言い終わる直前、ミハイルは噛みついた腕を口から離した。腕は酷く出血しており、看守は涙目の状態で苦痛に顔を歪めながら、大の字に倒れた。
「ミハイル、懲罰房から出たばかりだろ。今度また問題起こしたら、直ぐ懲罰房行きだからな。って結局、何回目だよ」
 しばらく膠着状態が続き、ミハイルの様子が落ち着いたのを確認すると、看守たちはミハイルの許を離れていく。看守たちが離れてからしばらくすると、ミハイルは何事もなかったこのように歩き始める。もちろん、他の囚人はミハイルにぶつからないよう、顔を引き攣らせながら気をつけていた。
「悪魔の子ミハイル。今まで千人以上を殺してきた、正真正銘の悪魔だよ」
 悪魔の子ミハイル。白夜の言う通り、千人以上の人間を殺して、ここに来たと言われている。ここの監獄はふたり一部屋が決まりだが、彼だけは特別独居房であり、二週間前も他の囚人に襲いかかり、五人に重傷を負わせて、先程まで懲罰房に入れられていたと言われている。
 朝陽はミハイルのあまりの凶猛性を目の当たりにしてしまい、途中で食事を取ることも忘れてしまった。
「食べないんだったら、残りもらってもいいかな?」
 白夜の言葉に朝陽は無言のままだ。ミハイルのあまりの凶猛性が脳裏に焼きつき、頭から離れない。
「では、もらうよ」
 白夜はそう言うと、残りのパンを口に入れ、一気にスープを飲み干してしまった。
「そろそろ出ようか。君もいろいろ巻き込まれたくないでしょ」
 白夜から肩を叩かれ、朝陽は我に帰る。そして、白夜の言葉を聞いて、直ぐ様立ち上がり、白夜と共にこの部屋の出口へと向かう。そして、何とか出入り口付近まで向かおうと、掻き分けて歩いている最中、朝陽のすぐ隣をミハイルが通り過ぎる。その瞬間、朝陽は心臓が急に締め付けられかのような感触がした。そして、この食堂から無事に外に出ることができ、白夜共に監房に戻ることが出来た。しかし、朝陽の肌はしばらく凍えていた。
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