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エピローグ
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とあるマンションの廊下。
ツバキは部屋番号を確認し、インターフォンのボタンを押し込む。
チャイムの音が鳴るが、中から返事はない。
「カナ~?」
コンコンと扉をノックするも、やはり中から返事はない。
「合鍵使っちゃお」
なぜツバキがそれを持っているかどうかはともかく、その鍵を使ってツバキは部屋の扉を開ける。
玄関を通り抜けリビングにまで行くと、予想していなかった人物がそこでくつろいでいた。
「げ、なんであんたがここにいるのよ」
ソファに深く座りながら寝間着姿で漫画を読んでいる少女。
カコはツバキの方に視線を向け、黒い髪をさらりと揺らす。
「なんでって、保護観察中の身分だからこの家に預からせてもらってるんだよ。そんなことも知らされてないなんて、もしかして仲間内でハブられてるんじゃない?」
「ぐ……もうクイーンの力も残ってないくせに、その減らず口だけは変わらないのねぇ」
居心地の悪そうな顔をしながらツバキも空いていたソファに腰を据える。
あのキャンパスでの一件が終わってからというもの、二人のクイーンの身柄は一度退魔師協会が預かることになった。
だが彼女たちの力は一度王女の淫魔リリンに吸収され、そのリリンが消滅した影響なのカコとシエラ、二人のクイーンに元の力が戻ることはなかった。
ツバキとカコはその時に何度か顔を合わせただけの関係である。
「まぁ、あんたにはちょっとだけ同情するわ。私もちらっと報告書を見ただけだけど、望んでもいないのに淫魔に魅入られるクイーンの力なんて持って生まれて、親にも捨てられたんでしょう? そんな人間が普通の人間と同じ人生を送れるはずなんてないものね」
「どーも、気遣ってくれるんだね。まぁ色んな人から似たような言葉100回くらい聞かされたけどね」
「いちいち可愛く無いわね、ひょっとしてあんたクイーンとか関係なしに性格悪いでしょ」
意図的に淫魔の力を使ってこの世を支配しようと企てていたシエラは退魔師協会にて今なお尋問を受けているのに対し、カコの尋問は数日で終わった。
クイーンは淫魔に魅入られ、まとわりつく淫魔たちを突き放すこともできない。
それはある種クイーンの力を持ってしまった時点での運命とも言える。
カコがクイーンとして淫魔を率いて淫魔達に無差別に人を襲わせていた事実は変わることはなく、また彼女の行いの全てが許されることでは無い。
だが同時に、彼女の行いは現在の法律で裁くことのできる内容でもない。
退魔師協会は警察でも司法機関でもなく、あくまで一般に認知されない淫魔を葬るための機関でしかない。
協会の仕事は脅威の排除のみ。
力を失ったカコが今後脅威になることは無いと分かれば、これ以上彼女を預かる必要も無くなる。
だが力を失った彼女に帰る場所などない。
そんな時に手をあげたのがカナだった。
「でもまさか、私にこんなマンションで呑気に漫画読んで暮らす日が来るとは思わなかった……その点だけは感謝しないとね……」
これからカコはなんの力も無い、普通の女の子として生きていくことになる。
今はその、普通に適応するための準備期間だ。
「そうそう、感謝しなさいよ」
「カナさんには感謝してるけど、別にあんたには特に感謝してない」
「カナのことカナさんって呼ぶんだ…………って、そうよ! カナはどこ!?」
ここにきてツバキは自分がここに来た理由を思い出す。
「さぁ……今日は天気いいし、デートでもしてるんじゃない?」
「デートって…………じゃあ、あんまり邪魔しないほうがいいわねぇ……」
ため息をつきながら、ツバキはソファに深く背を預けた。
***
「静かですね」
「ああ、最近ずっと忙しかったからね。久しぶりに心が安らぐよ」
公園のベンチに腰を下ろすサクラとカナ。
人気はなく、虫の鳴き声と木々がそよぐ音だけが耳を伝う。
木漏れ日からさす光と涼しい風が心地よい。
サクラは目を閉じ、つい先日までのことを思い出していた。
今思い返しても激動の日々だった。
こうしてカナと今、静かな時間を遅れていることが奇跡のようにさえ思える。
そんなことを思い返しながら全身の力を抜いて両手をだらんと垂らすと、右手がカナの左手に触れた。
「……っ!」
「すいません」と言ってしまいそうになった口をぎゅっと閉じる。
このまま、知らないふりをしてずっと触れたままでいたらどうなるだろう。
そんないたずら心のような気持ちに駆られる。
まるで気づいていないかのような振りをしながら、サクラはしれっとカナの手に触れ続ける。
カナの方が気づいていないはずはないのに。
そんなサクラを見てカナはフッと鼻で笑う。
そしてサクラの手をぎゅっと握り返した。
「か、カナ先輩……ッ!?」
「ん、だめ?」
案の定、自分から仕掛けたくせに狼狽えるサクラ。
「だ、だめじゃないですけど……っ」
「じゃあしばらくこうしてるね」
そうカナに迫られると、何も言い返せなくなる。
カナは飄々とした顔をしているのに、サクラの方はだんだんと顔が熱くなっていく。
辺りから聞こえる環境音よりも自分の鼓動の音の方が大きく聞こえ、それがカナにまで聞こえているんじゃないかと不安になる。
「わ、私の手……汗ばんでないですか?」
「別に、今日暑いからね。しょうがないよ」
「うぅ……」
「ふふっ……」
さっきまで心地よかった静寂が、今は敵のように感じた。
言葉がないと色んなことを意識してしまう。
心が落ち着かない。
そんなオロオロしているサクラの姿を、カナはしばらくの間、横目で観察しながら楽しんでいた。
「ごめんね、手を繋いでいないと、またサクラがどこかに行ってしまいそうで怖いんだよ」
サクラをからかうのが楽しくて、少しだけ罪悪感を覚えたカナがそう口にする。
「それは……」
サクラがカナの元を離れていた間カナはどんな気持ちだったのか、サクラはあまり考えたことがなかった。
きっとすごく不安な気持ちをさせてしまったのだろう。
申し訳なく思うのと同時に、カナが自分のことを心配に思ってくれていたことが嬉しかった。
「じゃあ……ずっと握っててください」
「……分かった」
気づけば二人は手を繋ぐどころか、肩を寄せ合っていた。
そしてただただ静かな時間を過ごす。
この世から淫魔が消えることはない。
明日も明後日も二人の戦いが終わることはない。
だけど今この瞬間だけは、誰一人立ち入ることの許さない二人だけの時間を楽しんだ。
おわり
ツバキは部屋番号を確認し、インターフォンのボタンを押し込む。
チャイムの音が鳴るが、中から返事はない。
「カナ~?」
コンコンと扉をノックするも、やはり中から返事はない。
「合鍵使っちゃお」
なぜツバキがそれを持っているかどうかはともかく、その鍵を使ってツバキは部屋の扉を開ける。
玄関を通り抜けリビングにまで行くと、予想していなかった人物がそこでくつろいでいた。
「げ、なんであんたがここにいるのよ」
ソファに深く座りながら寝間着姿で漫画を読んでいる少女。
カコはツバキの方に視線を向け、黒い髪をさらりと揺らす。
「なんでって、保護観察中の身分だからこの家に預からせてもらってるんだよ。そんなことも知らされてないなんて、もしかして仲間内でハブられてるんじゃない?」
「ぐ……もうクイーンの力も残ってないくせに、その減らず口だけは変わらないのねぇ」
居心地の悪そうな顔をしながらツバキも空いていたソファに腰を据える。
あのキャンパスでの一件が終わってからというもの、二人のクイーンの身柄は一度退魔師協会が預かることになった。
だが彼女たちの力は一度王女の淫魔リリンに吸収され、そのリリンが消滅した影響なのカコとシエラ、二人のクイーンに元の力が戻ることはなかった。
ツバキとカコはその時に何度か顔を合わせただけの関係である。
「まぁ、あんたにはちょっとだけ同情するわ。私もちらっと報告書を見ただけだけど、望んでもいないのに淫魔に魅入られるクイーンの力なんて持って生まれて、親にも捨てられたんでしょう? そんな人間が普通の人間と同じ人生を送れるはずなんてないものね」
「どーも、気遣ってくれるんだね。まぁ色んな人から似たような言葉100回くらい聞かされたけどね」
「いちいち可愛く無いわね、ひょっとしてあんたクイーンとか関係なしに性格悪いでしょ」
意図的に淫魔の力を使ってこの世を支配しようと企てていたシエラは退魔師協会にて今なお尋問を受けているのに対し、カコの尋問は数日で終わった。
クイーンは淫魔に魅入られ、まとわりつく淫魔たちを突き放すこともできない。
それはある種クイーンの力を持ってしまった時点での運命とも言える。
カコがクイーンとして淫魔を率いて淫魔達に無差別に人を襲わせていた事実は変わることはなく、また彼女の行いの全てが許されることでは無い。
だが同時に、彼女の行いは現在の法律で裁くことのできる内容でもない。
退魔師協会は警察でも司法機関でもなく、あくまで一般に認知されない淫魔を葬るための機関でしかない。
協会の仕事は脅威の排除のみ。
力を失ったカコが今後脅威になることは無いと分かれば、これ以上彼女を預かる必要も無くなる。
だが力を失った彼女に帰る場所などない。
そんな時に手をあげたのがカナだった。
「でもまさか、私にこんなマンションで呑気に漫画読んで暮らす日が来るとは思わなかった……その点だけは感謝しないとね……」
これからカコはなんの力も無い、普通の女の子として生きていくことになる。
今はその、普通に適応するための準備期間だ。
「そうそう、感謝しなさいよ」
「カナさんには感謝してるけど、別にあんたには特に感謝してない」
「カナのことカナさんって呼ぶんだ…………って、そうよ! カナはどこ!?」
ここにきてツバキは自分がここに来た理由を思い出す。
「さぁ……今日は天気いいし、デートでもしてるんじゃない?」
「デートって…………じゃあ、あんまり邪魔しないほうがいいわねぇ……」
ため息をつきながら、ツバキはソファに深く背を預けた。
***
「静かですね」
「ああ、最近ずっと忙しかったからね。久しぶりに心が安らぐよ」
公園のベンチに腰を下ろすサクラとカナ。
人気はなく、虫の鳴き声と木々がそよぐ音だけが耳を伝う。
木漏れ日からさす光と涼しい風が心地よい。
サクラは目を閉じ、つい先日までのことを思い出していた。
今思い返しても激動の日々だった。
こうしてカナと今、静かな時間を遅れていることが奇跡のようにさえ思える。
そんなことを思い返しながら全身の力を抜いて両手をだらんと垂らすと、右手がカナの左手に触れた。
「……っ!」
「すいません」と言ってしまいそうになった口をぎゅっと閉じる。
このまま、知らないふりをしてずっと触れたままでいたらどうなるだろう。
そんないたずら心のような気持ちに駆られる。
まるで気づいていないかのような振りをしながら、サクラはしれっとカナの手に触れ続ける。
カナの方が気づいていないはずはないのに。
そんなサクラを見てカナはフッと鼻で笑う。
そしてサクラの手をぎゅっと握り返した。
「か、カナ先輩……ッ!?」
「ん、だめ?」
案の定、自分から仕掛けたくせに狼狽えるサクラ。
「だ、だめじゃないですけど……っ」
「じゃあしばらくこうしてるね」
そうカナに迫られると、何も言い返せなくなる。
カナは飄々とした顔をしているのに、サクラの方はだんだんと顔が熱くなっていく。
辺りから聞こえる環境音よりも自分の鼓動の音の方が大きく聞こえ、それがカナにまで聞こえているんじゃないかと不安になる。
「わ、私の手……汗ばんでないですか?」
「別に、今日暑いからね。しょうがないよ」
「うぅ……」
「ふふっ……」
さっきまで心地よかった静寂が、今は敵のように感じた。
言葉がないと色んなことを意識してしまう。
心が落ち着かない。
そんなオロオロしているサクラの姿を、カナはしばらくの間、横目で観察しながら楽しんでいた。
「ごめんね、手を繋いでいないと、またサクラがどこかに行ってしまいそうで怖いんだよ」
サクラをからかうのが楽しくて、少しだけ罪悪感を覚えたカナがそう口にする。
「それは……」
サクラがカナの元を離れていた間カナはどんな気持ちだったのか、サクラはあまり考えたことがなかった。
きっとすごく不安な気持ちをさせてしまったのだろう。
申し訳なく思うのと同時に、カナが自分のことを心配に思ってくれていたことが嬉しかった。
「じゃあ……ずっと握っててください」
「……分かった」
気づけば二人は手を繋ぐどころか、肩を寄せ合っていた。
そしてただただ静かな時間を過ごす。
この世から淫魔が消えることはない。
明日も明後日も二人の戦いが終わることはない。
だけど今この瞬間だけは、誰一人立ち入ることの許さない二人だけの時間を楽しんだ。
おわり
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