退魔の少女達

コロンド

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救出 2

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先の見えない迷宮のような研究施設も、脱出には5分とかからなかった。

「もう、夜なんだ……」

カナに抱えられ、研究施設の外に出ると夜の闇が広がっていた。
施設のすぐ横には8畳くらいの広さの大きめのテントがいくつか並んでいる。
サクラが最初にこの施設に潜入したときにはなかったものだ。

「カナ様! それにサクラ様ですね! 無事なようで何よりです!」

テントの横にいた巫女装束に狐面の少女がカナとサクラに近づく。
先ほど会ったツバキの後ろにいた彼女たちと衣装は同じで顔も見えないが、雰囲気はまるで違う。
身長はサクラより低く、少女らしい人懐っこさがあった。

「お疲れ様、私の着替え置いてあるテントってどこだっけ?」
「えーっと……こちらです! どうぞっ!」

巫女装束の少女は元気よく返事をすると、一つのテントの入り口を開ける。

「ありがとう」

そう言ってサクラをお姫様抱っこしたままテントの中に入ろうとするカナに、サクラは小声で耳打ちする。

「あ、あの……カナ先輩……もう自分で立てますので……」
「ん?」

顔を赤らめるサクラの顔を見て、カナはその言葉の意味を少し遅れて理解する。

「あーそっか。確かに人前でこの姿見られるのはちょっと恥ずかしいね」
「声に出さなくていいんです……ッ!」

サクラはゆっくりと地面に足をつける。
ふと少女の方に視線を向けると、仮面越しでも伝わるくらいのニコニコとした視線をこちらに向けていた。


 ***


「はいこれ。サイズちょっと大きいかもしれないけど我慢してね」
「……あ、ありがとうございます」

テントの中に入るとカナに衣服を手渡され、サクラはそれをまじまじと見つめる。

(これを……着るのかぁ……)

それは普段カナが着ている替えの制服。
カナと同じ甘い柑橘系の香りがする。
サクラが持っている制服とサイズ以外は同じもののはずなのに、肌に伝う感覚がまるで別物な気がした。

(下着もかぁ……いいのかなぁ……)

レースの入った自分では買わないタイプの下着に困惑する。
ふとカナの顔を見るとカナもまた少し顔が赤らめ、視線をそらされる。
自分の肌着を後輩に着させることに、カナもまた少なからず羞恥しているようだった。
そんなカナの姿を見て、サクラもまたいけないようなことをしている気がして余計に顔が赤くなる。

(いや、何を考えているんだ私はッ! 私はただ布を身に着けるだけ……そう、私はただ布を身に着けるだけ……ッ! いやらしいことなんて何も考えてないんだからッ!)

テントの奥にはカーテンで区分けされた試着室のような空間があり、サクラはそこに案内され着替えを始める。
カーテンを挟んで、テントの中にはカナとサクラの二人だけ。
妙な緊張感が走る。

「あ、あのっ! カナ先輩に聞きたいことがあるんですけどっ!」
「うん、いいよ。色々聞きたいこと、あるだろうしね」

聞きたいことは確かにあるが、本当は布の擦れる音が恥ずかしくて声でかき消したいだけだった。

「じゃ、じゃあえーっと……あの狐面の人たちは?」
「巫女様直属の退魔師部隊。私たちみたいに特定の地域で活動する退魔師じゃなくて、今日みたいな緊急事態の時に呼ばれる退魔師ってイメージかな?」

サクラにも伝わりやすいよう、カナは言葉を噛み砕いて伝える。

(巫女様ってのは確か、偉い退魔師さんのことだよね? 昔カナ先輩から聞いたことがあったようなないような……)

「本来は一介の退魔師がクイーンの相手なんかしないんだ。クイーンが持つ精気は邪なる精気と呼ばれていて、淫魔を魅力する特質を持っている。そしてそれに相対するのが巫女様の持つ清浄なる精気。この力があればクイーンの力さえ封じることができる。直属部隊は巫女様の清浄なる精気を一時的に借りて、クイーンを捉えるのが目的」
「なるほど……貴重な力を持つ巫女様を直接戦線に出すわけには行かないですもんね」

(じゃあ、テントの前にいたあの子も退魔師なんだ……まだ小さいのにすごいなぁ)

知らないことの多さに辟易する。
サクラは退魔師のことを知る前は、この世に淫魔という存在がいることさえ知らなかった。
のうのうと自分が生活をしていた裏で、自分より小さい子が淫魔と戦っているという事実に少なからず動揺する。

(だったら、私も今からでも頑張らないとね)

サクラはそう強く心に誓う。
前なら自分の弱さや情けなさに塞ぎ込んでいたかもしれないが、こうして前向きに物事を考えられるようになったのはサクラを肯定してくれたカナのおかげだろう。

「ところでそろそろ着替え終わったんじゃない?」
「え、なんで……?」
「布の擦れる音がしなくなったから」
「あぅ」

深呼吸をしてから、サクラはゆっくりとカーテンを開ける。

「き、着替え終わりましたぁ……」

消え入りそうな声でそう呟くと、背を向けていたカナが振り向く。

「サイズどう? 大丈夫?」
「多分、大丈夫です……」

なんてことはない、いつもの制服姿。
ただ少し、いつも着ているものよりもサイズが大きいだけ。

「着替え、これしかなくてごめんね」
「いやいや、私なんかさっきまで体ベトベトだったし、カナ先輩の着替えに変な匂いとかついちゃったらごめんなさい……」

シャワーなんて都合のいいものがこんな場所にあるわけもなく、タオルで体は拭いたもののサクラの体に付着していた淫液の香りなどはまだかすかに残っている。

「いいよ気にしなくて。それより私もサクラに聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「……はい、カナ先輩と別れて今日に到るまでの話、ですよね?」

カナは静かに首を縦に振る。

サクラはこれまでの経緯を手短に説明した。
カコに攫われたこと。
カコがシエラに狙われていること。
そして、サクラ自身が心の片隅でカコを助けたいと思っていること。
退魔師としてクイーンに肩入れをすることはあってはならないことなのかもしれない。
それでもサクラは話した。
目の前にいる彼女が自分の一番信頼できる人間だからこそ、包み隠さず全てを話した。

「なるほどね…………ところでさ、サクラ、私たちに手紙出した?」
「え……手紙……?」

急に全く覚えのない話が出てきて、サクラは困惑する。
その表情を見て、カナはしたり顔でうんうんと頷いた。

「ふふっ、やっぱりね。実は数日前、私たち宛にサクラから手紙が届いたんだよ。私たちが今ここにいるのはサクラからのSOSを受け取ったからなんだ」
「……ん……んんー?」

サクラは顎に指を当て、小首をかしげる。
そのまましばらく黙り込んだかと思えば、今度は急にカッと目を見開いた。

「いや、いやいやいやっ!? 私そんなの送ってないですよ!」
「うん、筆跡を見てなんとなく分かったよ。でも無視するわけにはいかないからね」
「そ、そんな罠かもしれないのに!」
「だね、でも拐われたサクラの数少ない情報なんだもん。来るしかないよね」
「うっ……」

微笑むカナの顔を真正面から見続けることができなくなって、サクラはふっと視線をそらす。

「それは……その……ありがとうございます……」

そして胸に手を当て体を縮こませながら、もごもごとした口調でそう呟く。
本当にカナが自分を助けるために行動してくれたんだと思うと、胸が痛いくらいに熱くなってくる。
だがそれと同時に疑問も残る。

「あれ、じゃあ……この手紙を送ったのは……」

手紙を書いたのは自分ではない。
でもサクラが助けを求めているのは事実だった。
つまりこの手紙を出した者はサクラの今の状況を知っている者だったということになる。
思いつく人物は一人しかいなかった。

「……カコちゃん?」

彼女以外に考えられない。
だけど、どうして?
理由が分からない。

「やっぱり、あのクイーンの子なんだ」
「いや……でも、カコちゃん以外に考えられないけど……どうしてそんな手紙を……」
「さぁね、クイーンの考えていることなんて私には分からないよ」
「なんで……どうして……」

考えても考えても彼女が何を考えているかなんて最初から分からなくて、頭がパンクしそうになる。

「……はぁ、ほら、シャキッとする!」
「ひぃあ!?」

わけが分からなくなってパニックになっていたサクラの両肩を、正面からバンと力強く叩かれる。
顔を上げるとカナと視線が重なって、目を離せなくなる。

「さて、私はサクラを助けにここまで来たわけだけど、どうする?」
「どうする……というと?」
「私が今回の作戦に参加したのはサクラを助けるためだからね。クイーンの方に興味はない。だから本音を言うと、ここは他の退魔師に任せて早くこの場から脱出したい」

そう思って行動してくれるカナに、サクラは感謝の気持ちでいっぱいになる。

「サクラはそれでいい?」
「……」

だけどどうしてか、サクラはずっと歯を噛み締めていた。
本当は今すぐにでもカコを助けに行きたい。
どうしてあんな手紙を出したのか、彼女が何を考えているのか問いただしたい。

「私は……」

だけどその願いはきっと我儘。
少なくとも助けられた側の、足手まといである自分が望んでいいことではない。

「いや……すいません、私がこれ以上でしゃばっても迷惑かけるだけで――」
「本音が聞きたいな」
「え?」

そんなサクラの思いを先読みしたかのように、カナは言う。

「周りの意見なんてどうでもよくて、サクラが今どうしたいと思っているのか、私はそれが聞きたい」

それはもう誘導尋問に近かった。
お前の考えていることは全て理解している、だけどその言葉をお前の口から聞きたい。
カナの瞳がそう言っているような気がした。

「か、カナ先輩に嫌われそうなことを言ってもいいですか?」
「いいよ、ならないと思うけど」

自信満々の笑み。
その表情を見て、サクラは決意し口を開く。

「私は……私はカコちゃんを助けに行きたい……っ! これは私の妄想かもしれないけど、クイーンの力さえなければ、カコちゃんは普通の女の子なんじゃないかって思うんです。だから……全ての問題が解決したら、カコちゃんともう一度……もう一度お話がしたい……ッ!」
「分かった。じゃあ助けに行こう」

即答だった。
それこそカナは一度、カコから酷い仕打ちを受けたにも関わらず、簡単にサクラの思いを肯定した。

(なんで……なんで先輩は……こんなに……ッ)

気づけばサクラは目頭が熱くなっていた。

「……うっ、ううっ、カナ先輩ッ!」
「でもサクラはお留守番ね」
「え?」
「当たり前でしょ。さっきまで立てないくらいにボロボロだったんだから」
「で、でも……っ」
「だーめっ。サクラはもうこれ以上にないくらい頑張ったんだから、これ以上無理はさせないよ」
「それは……うぅ……」

サクラは何も言い返せなくなってシュンとする。
嬉しく思う気持ちと、やるせない気持ちで心がこんがらがる。

「カナ先輩はその……カコちゃんのこと受け入れてくれるんですか?」
「確かに前に会った時は私もボロボロにされたから恨み辛みがないわけじゃないけど、私はサクラを信頼してるし、そのサクラが彼女のことを信頼しているなら少しは信頼してもいいかな」

それを聞いてホッとする。
力になれないのは申し訳ないが、カナになら任せていい。
そう思えた。

「随分あのクイーンの子が心配なんだね。嫉妬しちゃうなぁ」
「そ、そんなことはっ!?」
「ふふっ、からかってごめんね。あの子のことが心配なんだろうけど大丈夫、あの子はまだ無事だよ。私には分かるんだ」
「……どうして?」
「あの子に呪印を刻まれたからね、これが消えない限りは――――え、あれ?」

そう言ってカナは自身の制服の裾を捲り、くびれた腹部があらわになる。

「か、カナ先輩ッ!?」

何をし出すのかと驚いたサクラは、両手で目の前を覆う。
だが青ざめていくカナの表情を見て、何かよくないことが起きたのだと察する。

「…………ん……か、かなせん、ぱい?」
「呪印がない……」
「じゅいん……?」
「あの子、カコに刻まれた呪印がない……あの呪印はクイーンの力が消えない限り、消えないはずなのに……」

カナは以前カコに呪印を刻まれていた。
それはカコ自身の意思で解呪されるか、彼女自身の力が消えない限りは永遠に残り続けるはずのもの。
その呪印が見当たらない。

額から一筋の汗を垂らすのと同時に、カナのスマートフォンから着信音が鳴る。
画面にはツバキの名前が表示されていた。

「ツバキ、何かあった?」
『ごめん、カナ。想定外の事態が起きた。早く逃げ――』

ブツン、とそこで通話が途切れた。
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