退魔の少女達

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王女の淫魔 1

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そこは薄暗い部屋だった。
様々な機材が雑多に置かれ、空間の広さが掴みにくい。
その部屋の奥の方から、少女のうめき声が聞こえる。

サクラはその声のする方へ足を進める。
敵の罠を警戒する余裕もなく、ただ声のする方を目指した。

「カコ……ちゃん……?」

そこにはX字に拘束され、一糸まとわぬ姿の少女がいた。
自分より一回り小柄な彼女は、首はだらんと垂れ、目は虚ろ、ひどく疲弊しきった様子だった。
普段見る小生意気な彼女の姿とはまるで別物。
サクラでさえ、最初見たときは彼女がカコであるとすぐには確信できなかったほど。

「……ぁ、あく……ら……?」

呂律の回らない口調でカコが返事をする。

「カコちゃん! 今、助けるから――――」
「にげ……て……………………ひがッ、あぁああああッ!!?」

サクラが一歩を踏み出したその瞬間、急にカコが苦しそうに悲鳴をあげる。
繋がれた両手両足をガタガタと震わせ、目をひん剥きながら絶叫する。

「あ……あぁ……っ!」

そしてサクラも、目の前に映る光景を見て絶望する。
カコの腹部が大きく膨らみ、内側から何かが這い出ようと蠢いている。
それはつい先ほど見たばかりの光景と同じ。
今のカコは淫魔の苗床にされた状態なのだと理解する。

「あやく……にげ――――んぃいいいいッ!!? いぎぁッ、あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ッ!!」

カコが獣のような叫び声をあげるのと同時に、ブチュッという音を立ててカコの秘所から触手が飛び出す。
その触手はサクラの姿を見つけるなり、すぐさま襲いかかってくる。

「くっ!」

条件反射でサクラは刀を作り出し、触手の攻撃を防ごうと構えた。

パリン……ッ!

「――――え?」

作り出した刀は、ガラスのようにいとも容易く破壊される。
サクラは目の前の光景に呆気にとられる。
それもそのはず、触手はただなぎ払うように動いただけ。
何体もの淫魔を薙ぎ払ってきた刀が一瞬で砕かれ、サクラは動揺を隠せない。

そんなサクラにしなる触手が再び襲いかかる。
武器を失ったサクラは、咄嗟に腕で顔と体を守るように防御体制をとる。

「――がッ、ああッ!?」

触手は腕に直撃するもその勢いは一切緩まず、そのままサクラを体ごと吹き飛ばす。
まるでトラックに跳ねられたかのような衝撃。
サクラは室内に置かれたいくつかの機材にぶつかりながら、部屋の壁まで吹き飛ばされる。

「あッ、はっ……げほっ……」

全身に激痛が走る。
このまま意識を失ってしまいそうになる。
それでも、過呼吸になりながらもサクラは立ち上がる。

「あっ……ぐっ、こんな……ところで……ッ!」
(全快の状態でも……今のは防げたかどうか……)

おぞましいほどの淫魔の気配。
今カコの身から生まれようとしている淫魔は間違いなく、今まで戦ってきた淫魔とは別格の力を持っている。
サクラはそれを感覚で理解していた。

「あぎッ! いィいいいいいッ!!?」
「か……カコちゃんッ!」

カコの絶叫が響く。
それと同時にボチャボチャっと質量感のある音を上げながら、異形の塊が地面に落ちた。

「はひっ……あっ……はぁ……」

カコは涙とよだれを垂らしながら息を切らす。
気はまだ保っているようだが、あんな異形の塊を出産したばかりで、たとえ拘束が解けたとしてもしばらくは一人で歩くことすらできないだろう。

そしてもう一方。
カコの体から生み出されたソレはモゾモゾと動きながら、少しづつあるべき形へと形成していく。

「え……?」

サクラは驚く。
異形の塊だったそれは、ぬちゃぬちゃと音を立てながら少しずつ人の形へと近づいていく。
その異形が、サクラの方を振り向く。

「あ、あー……」

ソレはサクラを見て、何か声を上げる。
触手から形成されたその体はところどころ歪で、おどろおどろしい色と質感は触手そのもの。
だがそれは、間違いなく少女の風貌をしていた。
表情はなく、人形のように形を保っているだけのようで、ただただ不気味だった。

「流石はクイーンから生まれた人工淫魔、まさか生まれた直後に上級淫魔に成長するとはね。さしずめ王女の淫魔と言ったところかしらね」

背後からの声にサクラは振り返る。
そこにいたのは白衣の女性。
この研究室の主人、シエラがいた。

「まさか……人間を媒体にして、上級淫魔を作ったの……ッ!?」
「その通り、それが私の研究なのでね。ただ一般人を苗床にしても対して強い淫魔は作れない。だからより強い淫魔を産む資質を持った人間を探していた。そう、彼女のようなね」

シエラの視線の先に、肩で息をするカコの姿が映る。

「はぁ……あぁ……あっ……」

カコは息を上げながら、だらしなくうなだれていた。
それもそのはず、サクラよりも小さなあの体で淫魔を出産したのだ。
体にかかる負担はあまりにも重く、カコはほぼ意識を保つのでやっとの状態だった。

「ゆる……せない……ッ!」

心の底から湧き出た怒りの言葉。
そんなサクラの姿を、シエラは軽く鼻で笑う。

「どうしてそこのクイーンの味方をする? 彼女のことは監視していたから知っているよ。キミだって彼女から酷いことをされたのだろう?」
「それは……」

続く言葉が見つからない。
サクラ自身どうしてカコの味方をしているのか、よく理解できずに行動していた。
唾を飲んで、二人で過ごした短い時間を思い出す。

「……カコちゃんと過ごした時間は少なかったけれど、心の底から歪んだ人じゃないってことは分かった。理由は……理由はそれだけ……」
「は……ははっ、その程度の理由で――」
「そうだよッ!! その程度の理由しかない……だけどッ!! だけど……カコちゃんをここまで酷い目に合わせていい理由にならないッ! ……私は、そう思うからッ!」

強く言い放つ。
何の理屈もない、ただ感情の内側をぶち撒けただけの言葉。
そんなサクラの態度に、シエラは一瞬だが怯む。
そして舌打ちをする。

「そう……まあ、何を思おうがあなたの勝手よ。だけど、この部屋を見た人間を外に帰すわけにはいかない」

シエラが嗜虐的に微笑み、今度はサクラの方が怯む。

「さあ王女の淫魔よ、あなたの力、どれほどのものなのか見せてちょうだい」
「ぁ……う……? みせ……る……?」

淫魔がシエラのその言葉に反応する。
シエラもまた、カコと同様にクイーンの力を持つ者。
その女王の力に、淫魔が反応したのかもしれない。

「そう、そこのお姉さんを、あなたの力で屈服させてあげなさい」
「く……ぷく……? わかった……」

分かっているのか分かっていないのか、曖昧ではあるがきちんとした言葉で淫魔は返事をする。
たどたどしい足取りでゆっくりと淫魔がサクラの方へと近づいていく。

「くっ……!」

サクラも応戦しようと、再び刀を具現化させようとする。
だが刀が形成されるより先に、その表面がボロボロと崩れていく。

(だめ……もう戦う力が……)

体力も、そして彼女自身の精気も、もう限界だった。
サクラは手に持つその武器をナイフ程度の大きさに留める。
もちろん、こんな程度の武器で勝てるとは思わない。

(だけど……戦うしかない……ッ!)

心もとないその小さな武器を強く握りしめ、サクラは淫魔の瞳をジッと見つめた。
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