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苗床の部屋
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朦朧とした意識の中、重い体を前へ前へと進める。
今進んでいる道が先へ進む道なのかあるいは帰り道なのか、実のところサクラ自身も理解していなかった。
無機質な廊下は、一度立ち止まるとどちらが前か後か分からなくなる。
サクラはただただ自身の嗅覚を頼りに、淫魔の気配のする方へと足を動かした。
気づけば目の前には一つの扉があった。
その向こうから感じるおぞましい気配。
退魔師でなくても分かるほどの、本能的に拒否感を覚える妙な空気。
――倒すべき相手がこの向こうにいる。
サクラはその扉を躊躇なく開いた。
「――キシャアアアアッ!!」
開くや否や、巨大なムカデのような形をした淫魔が扉の向こう側から飛びかかってくる。
「このォッ!」
サクラはそれを焦ることなく一刀両断する。
淫魔は悲鳴をあげることすらできぬまま、霧のように消えていった。
だが安堵する暇はない。
室内には異形の淫魔が無数にはびこっていた。
その淫魔たちが一様にサクラの方を見つめる。
深呼吸し、心を落ち着かせ、強く刀を握る。
どの方向から攻撃が来ても対処できるように構えをとった。
「……れか、だ、れか……」
そんな時、集中しなければ聞こえないほどの消え入りそうな声が聞こえた。
ひどく弱々しい女性の声だった。
「……えっ? だ、誰かいるの!?」
サクラは室内を見渡す。
だが視界に映るのは無数の淫魔の姿だけ。
淫魔が密集したこの状況では、部屋の全容すら確認することはできない。
「くっ、一掃するしかない。こいつらをッ!」
サクラが殺気を出すのと同時に、数体の淫魔が飛びかかる。
「せやアァッ!!」
「ギ……ア……ッ」
全方位を薙ぎ払う一閃。
サクラに近づこうとした異形の淫魔たちは一瞬で霧になっていく。
「せいッ! はァッ!!」
続けざまにサクラは間合いに入った淫魔を切りつける。
体を保てなくなった淫魔たちの霧が、室内に立ち込めていく。
(あまり強くない……? 前の部屋で戦った人工淫魔に比べてずっと……いや、油断はいけないッ)
先の戦いでサクラは満身創痍の状態に近い。
そんな状態でありながらも、サクラは何一つ苦戦することなく淫魔たちを順番に葬っていく。
それほどまでにこの部屋にいる淫魔からは手応えを感じない。
逆に妙だった。
「……ふぅ」
気づけば、室内から淫魔の気配は消え去っていた。
周囲は淫魔の成れの果てである黒い霧に包まれ、室内の壁を見通すこともできない。
しばらくすると霧は次第に自然消滅し、少しづつ室内の様子が見渡せるようになっていく。
「……なッ!?」
その光景を見て、サクラは驚く。
部屋の大きさは大学の講義室程度の大きさ。
その部屋の壁に裸体の女性が、鎖で両手を繋がれていた。
それも一人ではなく等間隔に、何人もの女性が同じように拘束されていた。
全員息はしているようだが、皆一様に生気のない目をしている。
「あなた……あの化け物たちを、倒して……くれたの……?」
その光景に混乱しながらも、サクラは声のした方に目を向ける。
繋がれた女性の一人が顔を上げ、こちらを見つめていた。
目は虚ろで、ひどく衰弱した様子。
それでも鎖で繋がれた女性たちの中で、自分から声を上げられるほどの体力が残っているのは彼女だけのようだった。
「……ッ! 大丈夫ですか!? 今助けます!」
彼女に近づき鎖を断ち切ろうとするも、サクラの刀では実体のある鎖を断ち切ることはできない。
また退魔師の力を持つサクラは一般人よりもずっと強い力を持つが、その力を持ってしても鉄の鎖を自分の腕力だけで破壊することはできなかった。
「く……っ!」
残念ながら今のサクラに目の前の彼女を助ける力はない。
何もできない自分に、悔しそうな声を上げる。
「逃げ……て……はや、く……」
消え入りそうな掠れ声。
繋がれた彼女は、どこか諦めたような表情でそう告げる。
「そんな、ここに置いて行くわけには……」
「だめ…………あの化け物……は……まだ…………ぁ、あアッ!?」
その瞬間、急に目の前の彼女の容態が一変する。
急にガクガクと体を震わせ、充血した目がひん剥く。
「ど、どうしましたッ!?」
「あっ……がぁアッ! だめ……ッ、くる……ンぅッ!!?」
彼女はただただ苦しそうに呻き続ける。
サクラは何が起きているのか、どうしたらいいのか分からず、ただオロオロとすることしかできなかった。
そして容態ばかりを気にしていたサクラはようやく、その女性の異変に気づいた。
「なに……これ……?」
拘束された彼女の、腹部のあたりが蠢いている。
彼女の腹部はまるで妊婦のように膨れ上がり、内側から何かが暴れているかのようだった。
「だめ……ッ! 逃げ、てぇ…………あっ、ンンッ!!? ンァアアアアアアッ!!」
「……ッ!?」
彼女が大声を上げるのと同時に、彼女の秘所からビュルルッと音を立て、勢いよく何かが飛び出した。
「これはッ!? くぅッ……!?」
それは内蔵のような色をした触手。
その触手は素早い動きでサクラの両手を絡めとり、さらにそのまま首元まで迫ると、サクラの首を強く締め付けた。
サクラは少し遅れて、それが淫魔なのだと気づく。
「あ……っ、が……ッ!」
(体……あつい…………これ、精気を吸われ……ああッ!)
呼吸がままならぬまま全身が強く火照り、体の中から何かを奪われて行く感覚に体が震える。
このままでは残り僅かの精気さえ奪われてしまう。
「こんな……ところ…………でぇッ!!」
サクラは自分の中に残った僅かな力を振り絞り、動かせない腕の代わりに全身を捻らせ刀を振るう。
その刃が自分を拘束していた触手を断ち切る。
「はぁ……はぁ……」
触手型の淫魔は切断面からボロボロと崩れ、サクラは息を乱しながらその光景を見つめる。
(これ……ッ、もしかして、人工淫魔……? 人の体の中から……ってことは、ここに繋がれている人、全員……!?)
サクラが思案する横で、繋がれた彼女はその光景に目を見張っていた。
「すごい……」
淫魔を倒すことなど退魔師であるサクラからすれば見慣れた光景。
だが目の前の彼女には、その光景が希望に見えた。
「あの……ッ! 今ので、終わりじゃない……の。私たちは、白衣を着た女に……何かをされて…………しばらくしたら、また……あの化け物が、私の体の中から……」
「白衣の女!? 私はその女の人を追っているんです! どこに行ったか知りませんか!?」
その言葉に、サクラは食い入るように反応する。
彼女が言う白衣の女とは、先ほど出会ったクイーン――――シエラで間違いないだろう。
「向こうの……扉に……」
彼女は部屋の中にある二つの扉のうち、一つを指差す。
あの向こうに因縁の敵がいる。
彼女が向かう先には、きっとカコもいるはずだ。
今すぐにも駆けつけたいという衝動に駆られるが、つまりそれはここにいる彼女たちを放置するということになる。
いや、今のサクラでは物理的に彼女たちを助けることなど不可能。
であればシエラを追うのが正しい選択のはず。
……だけど、心苦しさは残る。
「行って…………あなたならきっと……あの女を……」
「く………ぅッ! …………ごめん、なさい……絶対に…………絶対に後で助けますからッ!」
サクラは申し訳なさそうに頭を下げる。
すると名前も知らない彼女は薄っすらと強がりの笑顔を見せた。
そんなものを見せられたら、さらに胸が苦しくなってしまう。
もう視線を合わせることもできなくなり、そっと後ろを向く。
(ごめんなさい……でも、カコちゃんを助けたら、絶対に――)
そう心に決めて、サクラはその場を後にした。
今進んでいる道が先へ進む道なのかあるいは帰り道なのか、実のところサクラ自身も理解していなかった。
無機質な廊下は、一度立ち止まるとどちらが前か後か分からなくなる。
サクラはただただ自身の嗅覚を頼りに、淫魔の気配のする方へと足を動かした。
気づけば目の前には一つの扉があった。
その向こうから感じるおぞましい気配。
退魔師でなくても分かるほどの、本能的に拒否感を覚える妙な空気。
――倒すべき相手がこの向こうにいる。
サクラはその扉を躊躇なく開いた。
「――キシャアアアアッ!!」
開くや否や、巨大なムカデのような形をした淫魔が扉の向こう側から飛びかかってくる。
「このォッ!」
サクラはそれを焦ることなく一刀両断する。
淫魔は悲鳴をあげることすらできぬまま、霧のように消えていった。
だが安堵する暇はない。
室内には異形の淫魔が無数にはびこっていた。
その淫魔たちが一様にサクラの方を見つめる。
深呼吸し、心を落ち着かせ、強く刀を握る。
どの方向から攻撃が来ても対処できるように構えをとった。
「……れか、だ、れか……」
そんな時、集中しなければ聞こえないほどの消え入りそうな声が聞こえた。
ひどく弱々しい女性の声だった。
「……えっ? だ、誰かいるの!?」
サクラは室内を見渡す。
だが視界に映るのは無数の淫魔の姿だけ。
淫魔が密集したこの状況では、部屋の全容すら確認することはできない。
「くっ、一掃するしかない。こいつらをッ!」
サクラが殺気を出すのと同時に、数体の淫魔が飛びかかる。
「せやアァッ!!」
「ギ……ア……ッ」
全方位を薙ぎ払う一閃。
サクラに近づこうとした異形の淫魔たちは一瞬で霧になっていく。
「せいッ! はァッ!!」
続けざまにサクラは間合いに入った淫魔を切りつける。
体を保てなくなった淫魔たちの霧が、室内に立ち込めていく。
(あまり強くない……? 前の部屋で戦った人工淫魔に比べてずっと……いや、油断はいけないッ)
先の戦いでサクラは満身創痍の状態に近い。
そんな状態でありながらも、サクラは何一つ苦戦することなく淫魔たちを順番に葬っていく。
それほどまでにこの部屋にいる淫魔からは手応えを感じない。
逆に妙だった。
「……ふぅ」
気づけば、室内から淫魔の気配は消え去っていた。
周囲は淫魔の成れの果てである黒い霧に包まれ、室内の壁を見通すこともできない。
しばらくすると霧は次第に自然消滅し、少しづつ室内の様子が見渡せるようになっていく。
「……なッ!?」
その光景を見て、サクラは驚く。
部屋の大きさは大学の講義室程度の大きさ。
その部屋の壁に裸体の女性が、鎖で両手を繋がれていた。
それも一人ではなく等間隔に、何人もの女性が同じように拘束されていた。
全員息はしているようだが、皆一様に生気のない目をしている。
「あなた……あの化け物たちを、倒して……くれたの……?」
その光景に混乱しながらも、サクラは声のした方に目を向ける。
繋がれた女性の一人が顔を上げ、こちらを見つめていた。
目は虚ろで、ひどく衰弱した様子。
それでも鎖で繋がれた女性たちの中で、自分から声を上げられるほどの体力が残っているのは彼女だけのようだった。
「……ッ! 大丈夫ですか!? 今助けます!」
彼女に近づき鎖を断ち切ろうとするも、サクラの刀では実体のある鎖を断ち切ることはできない。
また退魔師の力を持つサクラは一般人よりもずっと強い力を持つが、その力を持ってしても鉄の鎖を自分の腕力だけで破壊することはできなかった。
「く……っ!」
残念ながら今のサクラに目の前の彼女を助ける力はない。
何もできない自分に、悔しそうな声を上げる。
「逃げ……て……はや、く……」
消え入りそうな掠れ声。
繋がれた彼女は、どこか諦めたような表情でそう告げる。
「そんな、ここに置いて行くわけには……」
「だめ…………あの化け物……は……まだ…………ぁ、あアッ!?」
その瞬間、急に目の前の彼女の容態が一変する。
急にガクガクと体を震わせ、充血した目がひん剥く。
「ど、どうしましたッ!?」
「あっ……がぁアッ! だめ……ッ、くる……ンぅッ!!?」
彼女はただただ苦しそうに呻き続ける。
サクラは何が起きているのか、どうしたらいいのか分からず、ただオロオロとすることしかできなかった。
そして容態ばかりを気にしていたサクラはようやく、その女性の異変に気づいた。
「なに……これ……?」
拘束された彼女の、腹部のあたりが蠢いている。
彼女の腹部はまるで妊婦のように膨れ上がり、内側から何かが暴れているかのようだった。
「だめ……ッ! 逃げ、てぇ…………あっ、ンンッ!!? ンァアアアアアアッ!!」
「……ッ!?」
彼女が大声を上げるのと同時に、彼女の秘所からビュルルッと音を立て、勢いよく何かが飛び出した。
「これはッ!? くぅッ……!?」
それは内蔵のような色をした触手。
その触手は素早い動きでサクラの両手を絡めとり、さらにそのまま首元まで迫ると、サクラの首を強く締め付けた。
サクラは少し遅れて、それが淫魔なのだと気づく。
「あ……っ、が……ッ!」
(体……あつい…………これ、精気を吸われ……ああッ!)
呼吸がままならぬまま全身が強く火照り、体の中から何かを奪われて行く感覚に体が震える。
このままでは残り僅かの精気さえ奪われてしまう。
「こんな……ところ…………でぇッ!!」
サクラは自分の中に残った僅かな力を振り絞り、動かせない腕の代わりに全身を捻らせ刀を振るう。
その刃が自分を拘束していた触手を断ち切る。
「はぁ……はぁ……」
触手型の淫魔は切断面からボロボロと崩れ、サクラは息を乱しながらその光景を見つめる。
(これ……ッ、もしかして、人工淫魔……? 人の体の中から……ってことは、ここに繋がれている人、全員……!?)
サクラが思案する横で、繋がれた彼女はその光景に目を見張っていた。
「すごい……」
淫魔を倒すことなど退魔師であるサクラからすれば見慣れた光景。
だが目の前の彼女には、その光景が希望に見えた。
「あの……ッ! 今ので、終わりじゃない……の。私たちは、白衣を着た女に……何かをされて…………しばらくしたら、また……あの化け物が、私の体の中から……」
「白衣の女!? 私はその女の人を追っているんです! どこに行ったか知りませんか!?」
その言葉に、サクラは食い入るように反応する。
彼女が言う白衣の女とは、先ほど出会ったクイーン――――シエラで間違いないだろう。
「向こうの……扉に……」
彼女は部屋の中にある二つの扉のうち、一つを指差す。
あの向こうに因縁の敵がいる。
彼女が向かう先には、きっとカコもいるはずだ。
今すぐにも駆けつけたいという衝動に駆られるが、つまりそれはここにいる彼女たちを放置するということになる。
いや、今のサクラでは物理的に彼女たちを助けることなど不可能。
であればシエラを追うのが正しい選択のはず。
……だけど、心苦しさは残る。
「行って…………あなたならきっと……あの女を……」
「く………ぅッ! …………ごめん、なさい……絶対に…………絶対に後で助けますからッ!」
サクラは申し訳なさそうに頭を下げる。
すると名前も知らない彼女は薄っすらと強がりの笑顔を見せた。
そんなものを見せられたら、さらに胸が苦しくなってしまう。
もう視線を合わせることもできなくなり、そっと後ろを向く。
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