退魔の少女達

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悪夢の淫魔 12

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もう、諦めてしまってもいいかもしれない。
真っ白になったサクラの意識の片隅に、そんな考えが浮かんでくる。
そもそも夢の世界に生きる淫魔など、どう相手にすればいいのかも分からない。
彼女たちの責めを耐えた先に勝利があるようにも思えない。
だったら——。

ほぼ諦めかけたそのとき、サクラはある違和感に気づく。
サクラを責める彼女たちの姿がどこかぼやけて見える。
いや、彼女たちだけではない。
この部屋、この空間そのものが歪んで見える。
最初は朦朧とした意識のせいかと思ったが、どうもそうではなさそうだ。

「……アェ、あ……ガ……」
「……ァ……ア……」

さっきまでサクラを責め立てていた二人は、まるでエラーを起こしたPCの画面のようにフリーズし、動かなくなった。

「なに……が……?」

息を整えながらサクラは周囲を見渡す。
そして、この世界で何らかの異常事態が発生しているのだろうということを察した。
静止した世界。
物音一つしないその空間の中で、不意に背後から殺気を感じサクラは背後を振り返る。
死人のような顔色をした淫魔の姿が目に映り、伸ばされた手がサクラの首元を締め付ける。

「んっ……ぐぅ……ッ!?」

サクラは首を締め付ける冷たい両手を引き剥がそうと必死にもがく。
充血する淫魔の瞳に余裕はない。
彼女もまたどこか必死の形相だった。
その表情を見てサクラは察する。

「ぐ……時間切れ……です……か?」

苦しい顔をしながらも、サクラはどこか煽るように淫魔にそう語りかける。

「まさか、ここまで耐えるなんてェ……予想外だったわァ……」

黒衣を纏った淫魔、ヤフカは開き直ったかのようにニヤリと微笑む。
どうやら夢を操れる時間に限界がきたらしい。
それがヤフカの力が尽きたからなのか、あるいはサクラの目覚めが近づいているからなのかは分からない。
だが今のサクラにとってそんなことはどうでもいい。
まるで無限のようにも感じた時間の中で、ようやく勝機を見ることができたのだから。

「んぐっ……んあああああああっ!!」

体の中に巡る力を全て絞り出すかのように、サクラは大声で叫んだ。
そしてその力を右手の一点に集中させる。
いつも淫魔と対峙するときと同じように。

「なっ……まだそんな力が……!?」

サクラの右手に対魔の力を宿した刀が具現化される。
果たして夢の世界でも使えるのか不安はあったが成功した。
もうこの世界はヤフカの支配下の元にある世界ではないらしい。
刀を目にしたヤフカはサクラの首から手を離し距離を置こうとする。
だが、もう遅い。

「せやああああああああっ!!」

距離を置くより先にサクラの刀がヤフカの体を引き裂いた。

「ア……ガ……バカな……ッ!?」

切り裂かれたヤフカの体から黒い霧のようなものが溢れていく。
その霧はサクラの視界を覆い、そして全ては暗闇に包まれた。

 ***

「はっ……!?」

目を見開きながら飛び上がるようにサクラは目を覚ました。
視線を巡らせ、すぐに周囲の状況を確認する。
薄暗く埃っぽいまるで倉庫のような部屋。
部屋の中には自分以外の気配を感じない。
その室内の片隅でサクラは椅子に座らせられ、ロープで縛り付けられていた。

「現実……だよね。夢じゃ……ない」

強い倦怠感と汗で濡れ切った衣服の気味の悪い感覚が、夢の中では得られなかった現実感のようなものを与えてくれる。
そんな気がした。

サクラは自分の記憶を整理する。
夢の最後、淫魔を刀で切りつけ、そこで目が覚めた。

「あの淫魔、倒せたの……かな?」

果たして夢の中で切りつけたあの一撃が、淫魔を倒す一撃となったのだろうか。
あの淫魔、ヤフカは自分の体は現実にはないと言っていた。
現実ではなく夢の中に本体を持つあの淫魔にとって、夢の中で与えた攻撃は致命の一撃だったのかもしれない。
少なくとも今この周辺に淫魔の気配は感じない。

「まぁ……いっか……。とにかくここを抜け出さなくちゃ」

サクラの体を拘束するロープはお粗末なものであった。
拘束するというよりかはただ体に巻きつけてあるようなもの。
対魔師の力を使わずとも拘束から抜け出すことができた。
お粗末な拘束、というよりもサクラ自身が目覚めることを想定していなかったのかもしれない。
きっとあの双子の淫魔が適当にロープを巻きつけたのだろう。
サクラにはなんとなくその光景がイメージできた。

拘束から抜け出したサクラは重い体を引きずりながら部屋の外に出た。
人気はなく、壁伝いにゆっくり歩いていく。
おそらくここはまだ同じ建物の地下2階。
記憶を頼りにそのまま歩いていくと、地下3階へと降りる階段も見つけた。
自分が今どこにいるのかを確認できてサクラは少しだけ安堵する。
だがそれも束の間、遠くから廊下を反芻する甲高い足音が聞こえ、サクラはすぐさま物陰に隠れた。
足音の数からして2,3人が並んで歩いているようだ。

「シエラさま! 今日はめでたい日ですね、何か美味しいもの食べましょうよ!」
「ええ、そうね」
「まさか私たちが対魔師の相手をしている間に一人で事を成し遂げてしまうなんて、流石はシエラさまです」
「ありがとう」

あの双子の淫魔の声だ。
だがそれとは別にもう一人、彼女たちに空返事をする聞きなれない声が聞こえる。
感情的な淫魔と比べて冷たくあしらうような声。
そして彼女たちが慕うその様に、声の持ち主が何者であるのかおおよそ検討がついた。

(あれは——クイーン……ッ!)

その姿を一度は目に入れようとサクラは息を飲み、物陰からそっと足音の聞こえる方へと視線を向ける。

(……えっ!?)

そしてその光景を目にした瞬間、サクラは物陰の奥に逃げるようにそっと体を引いた。
高鳴る心拍数を抑えようと、ぎゅっと両手で胸を押さえる。

(なんで……なんでなんでなんでッ!?)

心音だけで相手に気づかれてしまうのではないかという恐怖に締め付けられながら、サクラはじっとその場で硬直する。
呼吸の一つで自分がここにいることがバレてしまうのではないか、そんな気持ちに押しつぶされそうになりながら必死に体を縮こませる。
そうしていると次第に3人の声と足音は地下3階へと消えていく。
その足音が完全に聞こえなくなった後も、サクラはしばらくその場を動くことができなかった。


 ***


歩いてくる彼女たちの姿を覗いたとき、サクラの目には四人の女性の姿が映った。
双子の淫魔とそれに挟まれて歩く白衣姿のクイーンと思わしき女性。
そしてその女性の腕には、意識を失った少女が抱えられていた。
全身黒い衣服で統一された格好をした少女。
カコだった。

(カコちゃんが……やられたの……!?)

未だに頭の整理ができていない。
あのカコが誰かに負けるという姿がとてもサクラには想像できなかった。
だが相手もまた同等の力を持つクイーンであることは事実。
髪を掻きむしりながら、認めたくない事実を少しづつ消化していく。

(助けに……行かなきゃ……)

震える足を無理やり持ち上げサクラは立ち上がる。
そしてまだ未知の領域、彼女たちが向かった地下3階へと足を向けた。
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