退魔の少女達

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人工淫魔 2

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ややジメジメとした曇り空の朝。
私服の学生が大学の校門を抜けていく。
その中にサクラとカコも紛れていた。
サクラの服装はキャミソールの上から薄手のカーディガンを羽織り、下はデニムのホットパンツ。
昨日と比べてかなり普遍的、かつ動きやすい姿になった。
身長差と顔の幼さはあるが、今の二人は先日よりは違和感なく学生に紛れ込んでいるはずだ。

「やっぱりあったじゃないですか、普通の服」
「普通って人それぞれだよねー」

カコは悪びれる様子もなく、ただ前を向いて歩く。
流石に決行日に嫌がらせのような服を着せるつもりはないようだ。
そんなカコの服装はやはり黒のTシャツに黒のスカートと、上から下まで真っ黒でブレがない。

「この時間で本当によかったんでしょうか?」
「色々考えたけど、深夜はそもそも普通の大学としてセキュリティが厳しい。となればやっぱり普通に学生たちが入り乱れているこの時間がいい。それにこの時間だと淫魔たちが下手に暴れるのも難しいだろう?」
「確かにそう……ですね」

会話しながらも二人の間には緊張感がある。
これから敵の根城に飛び込もうとしているのだからそれも当然だ。
そうして二人は口数が少ないまま目的地、第二研究棟の前までたどり着く。

「サクラせんぱい。さっきも言ったけどーー」
「研究内容を決定付けるものを持ち帰ればそれで十分、でしたね」
「分かってるならいいよ」

今回の目的は、何もクイーンを倒そうなんてものではない。
あくまで後の交渉材料になり得るものを入手すればそれでいい、と言うことで二人は納得していた。
二人は研究棟へと足を踏み入れる。
薄汚れた窓ガラスが外からの光を遮り、棟内は妙に薄暗い。
ここはまだ敵の根城の一歩手前だというのに、息が苦しくなるような感覚がする。
そして二人は地図で確認していた、地下室へ降りるための階段へと到着する。

「じゃあ私はここで待つよ、外からは誰も入らないようにする」
「はい、分かりました」

今回サクラの役目は地下室へ侵入し、研究の決定的証拠を手に入れること。
カコの役目は入り口を塞ぎ、外から淫魔が強襲するのを防ぐこと。
一難怖いのは淫魔に背後を取られることだ。
ミユキの件もあり、全ての淫魔が地下室にいるとは限らない。
緊急事態が発生した際に外から救援を呼ばれる、ということも十分にありえる。
カコに淫魔を退治する力はないが、ある程度動きを制限するくらいのことはできるだろう。
だからこそ役割が逆では務まらない。
地下室の攻略はサクラの、退魔の力にかかっている。

「せんぱい」

サクラが地下へと続く階段、その一歩を踏み出そうとしたそのとき、カコが左手を軽くあげる。
意図を察したサクラは右手をあげ、何も言わずに掲げられたその手の平に右手を合わせる。
パンと甲高い音が鳴り、そのままサクラは振り返ることなく地下へと足を進めて行った。

 ***

地図には確か地下3階まであると書かれていたはずだ。
しかし地下一階へと降りると、それより下に降りることができる階段は見当たらなかった。

(他の階段を探すしかないか……)

仕方なくサクラは地下一階の散策を始める。
と言っても階段を降りた先から繋がる道は一本しかなく、一本道の廊下を足音を立てないよう気配を殺して進んだ。
しばらく道なりに進むと曲がり角に当たる。
その向こう側から淫魔の気配を感じ、サクラは刀を具現化させる。
曲がり角の前で一度立ち止まり、心を落ち着かせるため一呼吸置いた後、その向こう側へと足を踏み入れた。
そこに映る光景にサクラは眉をひそめる。
廊下を完全に塞ぐ巨大なシャッター。
そしてその手前に立つ二人の少女。
いや少女に見えるが人間ではない。
人には発せない禍々しい気配。
サクラには分かる、あれは淫魔だ。

「ようこそ、退魔師のお姉さん」
「待ってました、退魔師のおねーちゃん!」

白いドレスと黒いドレスに身を包む、少女の姿をした二体の淫魔。
その顔は瓜二つでまるで双子のよう。
それよりも、完全に待ち伏せをされていたことにサクラは動揺する。
なんとか顔に出さないように強張ったが、その些細な表情の変化を少女達は見逃さない。

「お姉さん、今動揺してるよね」
「不安な顔、見せたくないからずーっと怖い顔してる。強がり? って言いうんだっけ?」

クスクスと小さく笑う二人に、サクラは苛立つ。
淫魔と舌戦に講じていいことなどない。
サクラは相手のペースに飲まれる前に、こちらから手を出すことにした。
構えをとり、一気に二人に詰め寄る。

「ひぃいいいいッ!!」
「うわーっ! ちょ、ちょっと待ってーーっ!!」
「……」

だが二人は臨戦態勢を取るでもなく、それどころか頭を押さえてしゃがみ込んでしまった。
流石にサクラもこれに刀を振り下ろすことはできない。

「私たち、レプシィとナルコは戦闘能力が全然ないんですぅ……」
「クソザコ淫魔なので、案内役を頼まれたんだよぉ……」
「案内役……?」

急に出てきた不可解な言葉に、サクラは息を飲む。

「お、お姉さんはこの奥に進みたいんですよ……ね? だったら、私たちが連れてってあげる」
「そもそも連れてこいって言わてるから、付いてきてもらわないと困るんだよぉ」

身を屈め、体を震わせながら上目遣いでそう語る二人。
本当に良心から案内をしてくれるというなら、それでも構わない。
だがそんなはずはない。
そもそも、既にサクラ達がここへ訪れることがバレているという時点で警戒すべきだ。
できることならその事実をカコにも伝えたい。

「できれば断りたいのですが……」
「いや、それはできないです。だってーー」

ガン、と大きな音が地下室に響く。

「……ッ!?」

音はサクラの背後から聞こえた。
サクラはハッとして後ろを振り向く。
音が聞こえた時点で何が起こったのかはおおよそ見当がついていたが、背後には先ほどまではなかったはずの廊下を密閉するシャッターが降りていた。
双子の淫魔の背後にあるシャッターと、サクラの背後にあるシャッターに行く先を閉ざされる。
閉ざされた二つのシャッター間に他へ繋がる通路はない。
つまり、この場に閉じ込められたということだ。

「このシャッターはね、私たちの指示がないと開かないんだよ」
「そう、だから抵抗せずに私たちについてきて欲しい」
「……もし、もしも私がそれでも嫌だと言ったら……?」

そう言うと、白いドレスを着た、確かレプシィと名乗った少女が天井を指差す。

「あそこの排気口からガスが出てきます」
「ガス?」
「うん、私たちもよく分からないんだけど、人間が吸うとおかしくなっちゃうみたいだよ」

麻痺や催眠効果を持った毒ガスか何かだろうか。
もうこの状況では彼女達に従うしかなさそうだ。
先手を取られたことに悔しさを感じつつ、サクラは右手に握った刀を強く握りしめる。
そしてその刀を手から離すと、刀を形を失い霧のように消えていった。

「分かりました。私を案内してください」

サクラがそう言うと二人は安堵したのか、はぁと全く同じ仕草で深いため息をついた。

「それではこちらへどうぞ」

レプシィが手のひらを差し出しそう言うと、彼女達の背後にあったシャッターがゆっくりと開き始めた。
その後はゆっくりと進む彼女達の歩幅に合わせて通路を進む。
歩いている最中、数メートルおきに設置されている監視カメラが目につく。
幾ら何でも多すぎではないだろうか。
それに廊下を塞ぐシャッターといい、ドア一つない廊下といい、この地下室はなんだか妙だった。

(ここ、大学の研究棟だよね…………なんだか……最初から、侵入者を想定している作りのような……)

一本道を道なりに進んで行くと扉のない大きな部屋についた。
前を歩く彼女達は部屋の手前で足を止め、サクラの方へと振り返る。
そして部屋に向けて手のひらを差し出し、先へ進めと促してくる。
サクラも一度足を止めるが、先に進む以外の選択肢がない以上、考えるだけ無駄だと気づいた。

道場くらいの大きさはある開けた部屋の中には、いくつもの木箱が置かれている。
そして部屋の反対側には、もう一つの通路へと繋がるであろう出入り口が見える。
そこへ向けて歩みを進めようと数歩歩いたところで、背後からガシャンと妙な音が聞こえた。
背後には見えるのは双子の淫魔の姿。
しかしその間には透明な壁、おそらく強化ガラスで遮られていた。
反対側に見える部屋と通路の境目も同様に強化ガラスで阻まれていることを確認する。
つまりこれは、また閉じ込められたということだ。
そして室内に溢れる淫魔の気配に、サクラは条件反射で刀を創造する。

「これはお姉さんが、シエラさまと面会するに値するかを試すためのテストだそうです」
「頑張ってねー!」
(シエラさま……?)

それがここを支配するクイーンの名前だろうか。
しかし、今はガラスの向こうから聞こえる彼女達の言葉に耳を向けている暇はない。
室内に置かれた木箱が次々に破壊され、中から異形の淫魔が姿を現す。

「……敵は複数……やるしかないッ!」

刀を構え、サクラは臨戦態勢をとった。
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