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針の淫魔 1
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胸元の開けたノースリーブのゴシックドレス。
いつもと違う体の部位に知らない材質の布が触れ、いつもは布で隠れている部分が直接空気と触れ合う。
着慣れない服を着ているだけで、どこか心が落ち着かない。
ネオンサインだけで照らされた室内も、レコードから流れる知らない曲も、椅子に拘束された両手両足も、全てがサクラの知っている普段の空気と違っていて気色が悪い。
そして、正面には黒いTシャツに黒いフリルのついたスカートを身にまとう少女、カコが足を組んでたたずんでいる。
「その服似合ってるよ、サクラせんぱい」
「……制服、返してほしいのですが」
「んー、ダメです」
指で×の字を作ってカコはにっこりと笑う。
全体的に暗く黒い部屋で二人は見つめあい、にらみ合う。
「あー、じゃあさ、こうしよう。私に協力してくれたらせんぱいの制服返してあげる。どう?」
「さっきから何度も言っているはずです。あなたには協力しません」
「ちぇー」
カコはわざとらしく拗ねた言いぐさをする。
サクラが目覚めた時、既に衣服は着せ替えられ、手足は拘束されていた。
そしてこの問答が1時間近く続いている。
カコは自分に協力しろと言うが、サクラはその内容すら聞かずに断り続けている。
自分達を貶めたクイーンになど協力できるはずもなかった。
「うーん、まさかこんなに頑固な性格をしているとは。予想外だったなぁ」
カコは立ち上がり顎を掴んでうろうろと歩き回る。
(……今がチャンスかも)
両手を後ろ手に拘束されているが、今サクラの背後はカコから見えないはずだ。
刀を具現化させ拘束しているロープを切断できれば、カコの隙をついてここから脱出できるかもしれない。
突発的に思いついた策だが、明らかに自分を敵として見ていない今なら行けるかもしれない。
そう思い右手に力を込め、刀を具現化させる。
だが、その時だった。
知らない間に取り付けられた首輪からジーッという音が聞こえーー。
そして首筋から電流が走る。
「ん゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!?」
叫びながら体全身がガクガクと震える。
正気を保てなくなったサクラの手から、具現化したばかりの刀がこぼれ落ちる。
そして地面に落ちるのと同時に霧のように霧散して消滅した。
「あーそうそう、言い忘れてたけどせんぱいが精気を使おうとすると、それに反応してその首輪から電流が流れるから。気をつけてね」
「はっ……はっ…………はひっ……!」
放電が終わってもなお体の痺れは止まらず、呼吸もたどたどしい。
サクラは改めて目の前にいる人物が何者なのかを思い知る。
今目の前にいるのは、幾多の退魔師を相手にしてきたクイーン。
何も対策をしていない訳がないのだ。
これで八方塞がりになってしまった。
精気が使えないのであればサクラがここから自力で脱出できる術は、おそらくもうないだろう。
「さーて、悪いけどせんぱい。私はせんぱいがその首を縦に振ってくれるまで、同じ問いかけをし続けなければならないんだ。平和的な手段で解決しようと思っていたのだけれど、それが無理ならちょっとハードな手段も検討しなくちゃならないなッ、と」
「んあ……ッ! くっ……」
カコはサクラの前髪を掴み、うなだれていたサクラの頭を無理やり持ち上げる。
「どういう責めをすればサクラせんぱいはいい声をあげてくれるのかなぁ~~、っと思ったけど。……残念、時間切れだ」
「……ぇ?」
カコはサクラから手を離し、室内にあるたった一つの扉を見つめる。
状況が理解できていないサクラだったが、すぐにある異変に気づく。
「これ……淫魔の香り」
「へぇ、さすが退魔師。鼻が効くじゃん」
遠くから感じる生理的に受け付けない嫌気の差す香りが、どんどんこちらに近づいてくる。
全くぶれず、一直線に、その香りの持ち主は間違いなくこの場所を目標にして移動してきている。
「さて、逃げるぜサクラせんぱい」
「逃げるって……きゃ!?」
足元から急に現れた影にサクラの体は飲み込まれる。
ロープの拘束は解かれたが、今度はまるで大蛇のように動く影に拘束され、体は一切動かせない。
カコは室内の窓を開け、ベランダへと出る。
その瞬間、背後の扉からけたたましい音がなり響き、扉が破壊された。
ほこりが舞う扉の向こうに、長い爪とボサボサの長髪を持つ女性の影が見える。
いや、女性に見えるが人間ではない。
その禍々しい雰囲気から、そこにいるのが淫魔であることをサクラは直感的に理解した。
舞っていたほこりが薄れると、その人間離れした姿がよく見える。
指の先についている長い爪は、一般的な人の爪とは違い針のように鋭く細い。
ボサボサに見えた髪は一本一本が鋭く伸びる針のようだった。
そして、その淫魔と拘束されたサクラの視線が一直線に交わる。
淫魔の充血した瞳が大きく見開かれる。
「退魔師……だと……?」
まるでそこにサクラがいることが予想外だったかのような、そんな口調で淫魔は呟いた。
「行くぞせんぱいッ!!」
「えっ、きゃあッ!」
窓の向こうからカコの声が聞こえるのと同時に、サクラの体も引っ張られるように動き出す。
視界が窓の向こうへと移り変わり、夜の住宅街へと飛び出していた。
まるで動物の体に自分の体を磔られたかのような体勢で、サクラを乗せた影とカコは民家の屋根の上を翔けまわる。
だがサクラとカコがどんなに移動しようと、背後から距離を保って淫魔の気配がついてまわった。
「どうして逃げるんですか、あれはあなたの味方なんじゃないんですか?」
拘束された体勢のままサクラはカコに問いかける。
「自分が人間だからって、人間全員味方なわけないだろ。そう言うことさ、ヤツは私の味方じゃない。私以外のクイーンの元についた淫魔なんだよ」
「……ッ!? あなた以外の、クイーン……」
カコと同じ力を持つ人間が他にもいる。
サクラにとってそれは想像するだけで恐ろしいことだった。
「数週間前からずっとこの調子さ。気を抜けば淫魔の刺客がどこからともなく現れて襲いかかって来る。ここまで組織立った動きで仕掛けて来るとなると、ヤツらは間違いなくクイーンの指示で動いている。どうして私を狙うのか、理由までは分からないけどね」
「それでも、あなたの力なら対抗できるんじゃないですか?」
「残念、淫魔を浄化するあなたたち退魔師の力を陽とするならば、私の力は陰。私の力じゃどんなに頑張っても淫魔を浄化することはできないんだよ。だから私にとって退魔師連中よりも、敵意を持った淫魔の方がよっぽど脅威ってわけさ」
それは初めて知る情報だった。
あんなに脅威的に感じていたカコが、いつもサクラが退治している淫魔には手が出せないという事実はなんとも奇妙に感じた。
「……あっ、もしかして、さっき協力して欲しいって言ってたのはーー」
「そうだよ。あの淫魔を倒して欲しいのさ、ついでにヤツらの後ろにいるクイーンもねっ!」
サクラは戸惑う。
まさか自分を捉えたクイーンから淫魔を倒して欲しいなどとお願いされるなんて、全く想定していなかった。
相手は淫魔、倒すべき相手だ。
しかしそれは自分たちを散々叩きのめしたクイーンの願いを叶えることになる。
「ちっ、ぴょんぴょんと鬱陶しい奴らめ!」
追いかけっこに痺れを切らした淫魔は、指先の針のような爪を銃弾のように飛ばす。
そしてその爪はカコの足元を貫き、屋根の上の瓦が弾け飛んだ。
「くっ、まずい。一旦下に降りるぞ」
そう言ってカコは建物と建物の合間、細い路地にサクラを乗せた影と一緒に着地する。
そして足を止めずに迷宮のような路地裏をでたらめに走る。
「はぁ、はぁ……さて、交渉再開だ。もしもサクラせんぱいが目の前の淫魔を倒してくれるって言うなら、一時的にその首輪の機能を解除してあげるよ」
「一時的では困ります」
「そう。じゃあ私と協力して私を狙うクイーンを倒してくれたなら、完全に解除してあげるよ。どうかな?」
「……」
サクラは考える。
そもそもサクラとカナが全く敵わなかったクイーンを、果たして倒すことができるのだろうか。
自分が戦おうとしている相手が、自分の手も足も出せなかった相手を苦しめているという現状を目にして、不安になる。
「おいおい、いいのかせんぱい。ヤツは淫魔だぞ。もし私たちがこのまま逃げ切ることが出来たとしても。ヤツはその辺の女を適当に捕まえて憂さ晴らしするだろうなぁ」
それはサクラも懸念していたことの一つ。
ここでの逃走が成功しても、事態は何一つ好転しない。
むしろ退魔師として淫魔を討つことを命じられたサクラにとって、ここで逃げ出すことは恥ずべき行為なはずだ。
「……分かりました。協力します」
小さな声でサクラは答える。
例えそれがクイーンに手を貸す行為だとしても、サクラの選べる選択肢はもうそれしか残っていなかった。
「オーケー。契約成立だ」
カコは意気揚々と答えた。
***
シャッターが全て閉まった深夜の商店街。
そこに二人の少女の姿があった。
物陰に隠れた淫魔の視線は少女の背中を捉え、手で銃の形を作るようにして狙いを定める。
そして、指先に力を入れると、針状になった淫魔の爪が射出された。
それは銃弾と同等のスピードで少女の体を貫こうとする。
ーーしかし、その爪は少女の体を貫く前に、少女の振るう一刀で切断された。
針の先端から真っ二つにされた爪は、カランと乾いた音を立てて地面に転がる。
「そのクイーンに味方するか、退魔師」
もはや隠れる意味を無いと判断した淫魔は、姿を現し平然とした表情で二人に近づく。
「大変不本意ですが、今は貴方を討つことが最重要であると判断しました。それだけです」
サクラは刀を淫魔に向け、そう言い放つ。
ここに立った時点で覚悟はもうとっくに決めている。
「せんぱい、じゃあ後は頼んだよ。私は逃げる。私の力じゃあ協力も出来ないし、負けそうになっても助けてあげられないからね」
「分かっています」
「ふふっ、頼もしいや」
そう言ってカコは、まるで影の中に消えていくようにその場から姿を消した。
「ふっ、まさか退魔師を味方につけるとは予想外だった。だが問題ない。こんな小娘一人、すぐに再起不能にしてやる」
「淫魔は斬る。それだけです」
淫魔と退魔師、物音一つしない深夜の商店街で、二人は互いに戦闘の構えをとった。
いつもと違う体の部位に知らない材質の布が触れ、いつもは布で隠れている部分が直接空気と触れ合う。
着慣れない服を着ているだけで、どこか心が落ち着かない。
ネオンサインだけで照らされた室内も、レコードから流れる知らない曲も、椅子に拘束された両手両足も、全てがサクラの知っている普段の空気と違っていて気色が悪い。
そして、正面には黒いTシャツに黒いフリルのついたスカートを身にまとう少女、カコが足を組んでたたずんでいる。
「その服似合ってるよ、サクラせんぱい」
「……制服、返してほしいのですが」
「んー、ダメです」
指で×の字を作ってカコはにっこりと笑う。
全体的に暗く黒い部屋で二人は見つめあい、にらみ合う。
「あー、じゃあさ、こうしよう。私に協力してくれたらせんぱいの制服返してあげる。どう?」
「さっきから何度も言っているはずです。あなたには協力しません」
「ちぇー」
カコはわざとらしく拗ねた言いぐさをする。
サクラが目覚めた時、既に衣服は着せ替えられ、手足は拘束されていた。
そしてこの問答が1時間近く続いている。
カコは自分に協力しろと言うが、サクラはその内容すら聞かずに断り続けている。
自分達を貶めたクイーンになど協力できるはずもなかった。
「うーん、まさかこんなに頑固な性格をしているとは。予想外だったなぁ」
カコは立ち上がり顎を掴んでうろうろと歩き回る。
(……今がチャンスかも)
両手を後ろ手に拘束されているが、今サクラの背後はカコから見えないはずだ。
刀を具現化させ拘束しているロープを切断できれば、カコの隙をついてここから脱出できるかもしれない。
突発的に思いついた策だが、明らかに自分を敵として見ていない今なら行けるかもしれない。
そう思い右手に力を込め、刀を具現化させる。
だが、その時だった。
知らない間に取り付けられた首輪からジーッという音が聞こえーー。
そして首筋から電流が走る。
「ん゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!?」
叫びながら体全身がガクガクと震える。
正気を保てなくなったサクラの手から、具現化したばかりの刀がこぼれ落ちる。
そして地面に落ちるのと同時に霧のように霧散して消滅した。
「あーそうそう、言い忘れてたけどせんぱいが精気を使おうとすると、それに反応してその首輪から電流が流れるから。気をつけてね」
「はっ……はっ…………はひっ……!」
放電が終わってもなお体の痺れは止まらず、呼吸もたどたどしい。
サクラは改めて目の前にいる人物が何者なのかを思い知る。
今目の前にいるのは、幾多の退魔師を相手にしてきたクイーン。
何も対策をしていない訳がないのだ。
これで八方塞がりになってしまった。
精気が使えないのであればサクラがここから自力で脱出できる術は、おそらくもうないだろう。
「さーて、悪いけどせんぱい。私はせんぱいがその首を縦に振ってくれるまで、同じ問いかけをし続けなければならないんだ。平和的な手段で解決しようと思っていたのだけれど、それが無理ならちょっとハードな手段も検討しなくちゃならないなッ、と」
「んあ……ッ! くっ……」
カコはサクラの前髪を掴み、うなだれていたサクラの頭を無理やり持ち上げる。
「どういう責めをすればサクラせんぱいはいい声をあげてくれるのかなぁ~~、っと思ったけど。……残念、時間切れだ」
「……ぇ?」
カコはサクラから手を離し、室内にあるたった一つの扉を見つめる。
状況が理解できていないサクラだったが、すぐにある異変に気づく。
「これ……淫魔の香り」
「へぇ、さすが退魔師。鼻が効くじゃん」
遠くから感じる生理的に受け付けない嫌気の差す香りが、どんどんこちらに近づいてくる。
全くぶれず、一直線に、その香りの持ち主は間違いなくこの場所を目標にして移動してきている。
「さて、逃げるぜサクラせんぱい」
「逃げるって……きゃ!?」
足元から急に現れた影にサクラの体は飲み込まれる。
ロープの拘束は解かれたが、今度はまるで大蛇のように動く影に拘束され、体は一切動かせない。
カコは室内の窓を開け、ベランダへと出る。
その瞬間、背後の扉からけたたましい音がなり響き、扉が破壊された。
ほこりが舞う扉の向こうに、長い爪とボサボサの長髪を持つ女性の影が見える。
いや、女性に見えるが人間ではない。
その禍々しい雰囲気から、そこにいるのが淫魔であることをサクラは直感的に理解した。
舞っていたほこりが薄れると、その人間離れした姿がよく見える。
指の先についている長い爪は、一般的な人の爪とは違い針のように鋭く細い。
ボサボサに見えた髪は一本一本が鋭く伸びる針のようだった。
そして、その淫魔と拘束されたサクラの視線が一直線に交わる。
淫魔の充血した瞳が大きく見開かれる。
「退魔師……だと……?」
まるでそこにサクラがいることが予想外だったかのような、そんな口調で淫魔は呟いた。
「行くぞせんぱいッ!!」
「えっ、きゃあッ!」
窓の向こうからカコの声が聞こえるのと同時に、サクラの体も引っ張られるように動き出す。
視界が窓の向こうへと移り変わり、夜の住宅街へと飛び出していた。
まるで動物の体に自分の体を磔られたかのような体勢で、サクラを乗せた影とカコは民家の屋根の上を翔けまわる。
だがサクラとカコがどんなに移動しようと、背後から距離を保って淫魔の気配がついてまわった。
「どうして逃げるんですか、あれはあなたの味方なんじゃないんですか?」
拘束された体勢のままサクラはカコに問いかける。
「自分が人間だからって、人間全員味方なわけないだろ。そう言うことさ、ヤツは私の味方じゃない。私以外のクイーンの元についた淫魔なんだよ」
「……ッ!? あなた以外の、クイーン……」
カコと同じ力を持つ人間が他にもいる。
サクラにとってそれは想像するだけで恐ろしいことだった。
「数週間前からずっとこの調子さ。気を抜けば淫魔の刺客がどこからともなく現れて襲いかかって来る。ここまで組織立った動きで仕掛けて来るとなると、ヤツらは間違いなくクイーンの指示で動いている。どうして私を狙うのか、理由までは分からないけどね」
「それでも、あなたの力なら対抗できるんじゃないですか?」
「残念、淫魔を浄化するあなたたち退魔師の力を陽とするならば、私の力は陰。私の力じゃどんなに頑張っても淫魔を浄化することはできないんだよ。だから私にとって退魔師連中よりも、敵意を持った淫魔の方がよっぽど脅威ってわけさ」
それは初めて知る情報だった。
あんなに脅威的に感じていたカコが、いつもサクラが退治している淫魔には手が出せないという事実はなんとも奇妙に感じた。
「……あっ、もしかして、さっき協力して欲しいって言ってたのはーー」
「そうだよ。あの淫魔を倒して欲しいのさ、ついでにヤツらの後ろにいるクイーンもねっ!」
サクラは戸惑う。
まさか自分を捉えたクイーンから淫魔を倒して欲しいなどとお願いされるなんて、全く想定していなかった。
相手は淫魔、倒すべき相手だ。
しかしそれは自分たちを散々叩きのめしたクイーンの願いを叶えることになる。
「ちっ、ぴょんぴょんと鬱陶しい奴らめ!」
追いかけっこに痺れを切らした淫魔は、指先の針のような爪を銃弾のように飛ばす。
そしてその爪はカコの足元を貫き、屋根の上の瓦が弾け飛んだ。
「くっ、まずい。一旦下に降りるぞ」
そう言ってカコは建物と建物の合間、細い路地にサクラを乗せた影と一緒に着地する。
そして足を止めずに迷宮のような路地裏をでたらめに走る。
「はぁ、はぁ……さて、交渉再開だ。もしもサクラせんぱいが目の前の淫魔を倒してくれるって言うなら、一時的にその首輪の機能を解除してあげるよ」
「一時的では困ります」
「そう。じゃあ私と協力して私を狙うクイーンを倒してくれたなら、完全に解除してあげるよ。どうかな?」
「……」
サクラは考える。
そもそもサクラとカナが全く敵わなかったクイーンを、果たして倒すことができるのだろうか。
自分が戦おうとしている相手が、自分の手も足も出せなかった相手を苦しめているという現状を目にして、不安になる。
「おいおい、いいのかせんぱい。ヤツは淫魔だぞ。もし私たちがこのまま逃げ切ることが出来たとしても。ヤツはその辺の女を適当に捕まえて憂さ晴らしするだろうなぁ」
それはサクラも懸念していたことの一つ。
ここでの逃走が成功しても、事態は何一つ好転しない。
むしろ退魔師として淫魔を討つことを命じられたサクラにとって、ここで逃げ出すことは恥ずべき行為なはずだ。
「……分かりました。協力します」
小さな声でサクラは答える。
例えそれがクイーンに手を貸す行為だとしても、サクラの選べる選択肢はもうそれしか残っていなかった。
「オーケー。契約成立だ」
カコは意気揚々と答えた。
***
シャッターが全て閉まった深夜の商店街。
そこに二人の少女の姿があった。
物陰に隠れた淫魔の視線は少女の背中を捉え、手で銃の形を作るようにして狙いを定める。
そして、指先に力を入れると、針状になった淫魔の爪が射出された。
それは銃弾と同等のスピードで少女の体を貫こうとする。
ーーしかし、その爪は少女の体を貫く前に、少女の振るう一刀で切断された。
針の先端から真っ二つにされた爪は、カランと乾いた音を立てて地面に転がる。
「そのクイーンに味方するか、退魔師」
もはや隠れる意味を無いと判断した淫魔は、姿を現し平然とした表情で二人に近づく。
「大変不本意ですが、今は貴方を討つことが最重要であると判断しました。それだけです」
サクラは刀を淫魔に向け、そう言い放つ。
ここに立った時点で覚悟はもうとっくに決めている。
「せんぱい、じゃあ後は頼んだよ。私は逃げる。私の力じゃあ協力も出来ないし、負けそうになっても助けてあげられないからね」
「分かっています」
「ふふっ、頼もしいや」
そう言ってカコは、まるで影の中に消えていくようにその場から姿を消した。
「ふっ、まさか退魔師を味方につけるとは予想外だった。だが問題ない。こんな小娘一人、すぐに再起不能にしてやる」
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