無限愚能者と無限能力者

りんかく

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愚能者の無限掌握

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有限の認識の檻の中。
無限の可能性の器の中。
あらゆるシュミレーションの粒子が、今この瞬間を見ている。


「殺したら大金が手に入る。普通やるだろ。」
レストランの中。
テーブルにひじをつき、暗殺業の仲介人と話す男がいた。
「今度は治安維持組織のトップを殺すのか。
そういう態度だよ、お前が直したほうが良いところ。お前は金を集めること以外取り柄がない。」
そう話す仲介人の偽名を、斎藤といった。日常的に、彼が使用している名前である。
「いま一応、裏の世界では奴の首に億を超える懸賞金がかけられていることを伝えたが、そんなにやる気をだすとは。
腹楽率位(ふくらく りつい)。情報を伝える前は、お前ならと思ってもいたが、そんなにワクワクされるとなんか、呆れてきた。」
そんな言葉を聞いていた腹楽は、ふてくされた表情をした。
「お前も俺のことをそう言うのか。どいつもこいつも、俺を貶しやがって。
だからいつまでたっても俺は…。」
「おいおい、そう病むなよ。あと、ちょっと人のせいにするな。
お前とは暗殺の仕事で長い付き合いだからよく分かることだが、お前は暗殺で人を殺す才能と同じくらい、ロクデナシの才能があるんだ。仕方ねえよ。」
「なぐざめになってないんだが。」
「それで、殺すための計画はあるのか?」
「ああ。その治安維持組織のトップ、常姫紅史(つねひめ あかし)の分かる情報は、多分ほぼ全て把握できてる。
だから勢いで押して殺す。奴を殺す場合、殺す前に奴にバレることを覚悟した方が良いからな。」
「常姫はどこであっても名の知れた、有名な能力者だろ。そんなのでいいのか。」
「俺も俺なりに考えて言ってんだよ。まあ、何事も成るように成り立っていくもんだと思っときゃいい。」


「腹楽。
お前は昔から、報われたいという感情を殺していたな。」
和室で、和服を着たある老人が言った。
「実力があるのに体質のせいで、“華やかな特殊能力や呪力を操ることができない”と言われ…。
差別され、膨らんだのは劣等感。可哀想なことをした。
そうやって感情を殺させたのは我々だ。
もしも時間を戻せたら…なんて考えることは無駄なことだ。
だが、もしこうだったらと考えてしまう。
“これからのことを考えたい。”
そんなことをお前に話したら、お前はなんと言うのだろう。
笑うか怒るか、それとも小馬鹿にしてどこかへ去って行ってしまうのか。
ただ、今はお前の幸福を祈る。」


青年は、草木が多い道を歩いていた。
ふと、青年は周囲を見まわした。
「誰かいるのか。…いるんだろ?」
青年は自分の片手を持ち上げる。
その手から球体の光が1つ現れた。
その光を狙った方向に放つ。
「ん?速いな。当たらなかったか。」
そう言った青年の背後に、腹楽は立っていた。
手には刀を持っている。
瞬間、青年に触れそうになった刀の先端が消え、折れてなくなる。
「チッ」
舌打ちしつつ、腹楽は青年から距離を取った。
腹楽の手から刀が消える。
「誰だ?名前はなんだ?」
振り返った青年が質問をする。
「ああ…。暗殺者か。俺の首が目当てか。」
腹楽の姿を確認した青年、常姫はそう言った。
「残念だが、俺を殺すことは諦めたほうがいいと思うぞ。さっきまでの現象でよく分かっただろ。腹楽。」
「よく名前まで分かったな。無限の呪力の特性か。」
「ああ、正解。」
常姫が笑う。
「自然界のエネルギーは、通常の人間が観測できないものも含めて無限なことは知ってるか?
その自然界のエネルギーの一部の無限の呪力の情報が、俺の操る光線の情報中に入っている。
俺は生まれつき、それを色々応用して使えてね。」
自分を指さし、常姫は話を続ける。
「例えばその性質を利用して、常に起こっている周囲の情報が、俺が理解できる感覚の範囲内で漠然と頭の中に入ってくる仕組みにしているんだ。
今が完璧だとは思ってないけどな。」
「脳内での自動的な周囲の情報の観測か。やっぱり、お前に隠し事はできねぇな」
「お前からは、少し変わった情報を感じる…。お前は体術が得意なのか?」
「ああ。俺は生まれつき体術の能力を使うことが得意でな。お前と逆だ。
というより、体術の能力しか持つことができねえ。
魂が抽出できる特殊能力が体術のみとなっちまっている体質でな。
その代わり、自然法則からのサポートで体術の質は高くなっている。
昔生まれた俺の一族の家では、愚かに能力と書いて“愚能者(ぐのうしゃ)”ってよく言われて貶されたよ。」
「そういうよく分からないことについては、ノーコメントだな。」
「お前の特性は無限。強いと聞いている。
だが全知全能じゃねえ。体力は有限なんだろ?」
「心配いらない。無限の呪力の情報からエネルギーを抽出して成立させる回復力がある。」
常姫が右手の人差し指を立てた。
指の上に球体の光が現れる。
「さきほど言ったように、光線には無限がある。
無限によって、光線の力は絶対だ。光線に当たった物質は必ず全て消滅する。
無限の呪力であることを利用して、光線を分化、分裂させることもできる。
この光線は俺の意思で無限に形を変えることができる。」
常姫の指先の光る球体から太い糸のような光線が出る。
その糸は丸みを帯びて球体となり変形しながら大きくなり、もともと出てきた大きな球体から分裂しはじめる。
「そんなに喋っていいのか?」
「いいんだよ。無限の呪力に関係することしか言っていないから、なんのデメリットもないし不利にもならない。ただの自慢さ。お前も喋るときは、そんなもんだろ?」
常姫は、上をさしていた指を腹楽に向けた。
「俺を殺そうとするなら、返り討ちにされる覚悟はしておくべきだ。恨むなよ。」
複数の光線がいっせいに、腹楽のいる方向へ飛んでいく。
「ついでに言うと、俺は無限の呪力の壁をつくることができる。それによってどんな攻撃も受け付けない。
見えない壁の情報には、概念的な壁と扱える性質と、向かってきた物質を消滅させる性質がある。」
それを聞きつつ、腹楽はどこからか瞬間的に取り出した刀を手で握った。
向かってきた光線のスピードに追いつき、自分にせまる光線を刀で防ぐ。
「光線に追いつくか。流石、体術のスペシャリスト、速いな。」
「……」
まだせまってくる光線がある途中で、持っていた刀はほぼ柄しかなく、刃の部分は完全に消滅していた。
攻撃を防げなくなった腹楽の胴体、腕、足に光線が突き刺さる。
当たった肉体の部分が消滅し、勢いよく血が流れ出す。
腹楽はバランスを崩し、片膝をついた。
「…無限の呪力というのは、噂通り本当のようだな。」
そう言って、柄しかない刀を少し振った。直後、フッと刀の刃が復元される。
「慎重にやらないとな。別に遊んでいるわけじゃねぇ。」
腹楽が立ち上がった。いつの間にか、損傷した肉体が治り、服も直っている。
常姫の表情が変わり、真顔になった。
「おい…お前いま、どういうギミックで再生した?」

『電気信号物質保存』
物質を構成する電気信号の情報を覚え、その物質を肉体の電気信号の中に収納する。また、その物質が損傷したときに保存していた電気信号の情報を付与し、復元する。

『電気信号超再生』
あらかじめ肉体を構成する電気信号の情報を魂に保存しておき、肉体が傷ついたときにその情報を降ろして瞬間的に再生させる。致命傷であっても一瞬で治る。

パッと瞬間移動とも思えるようなスピードで姫常に接近した腹楽は、姫常の顔面を狙い拳を放った。
拳は常姫の顔をかすり、その右頬から血が一筋流れる。
「…!」
連続して腹楽の拳が放たれる。
拳が常姫の左肩のに擦れた。拳の当たった服が少しちぎれる。
その破片は一瞬で粉々になり空気中に消えた。
「チッ…当たんねーな」
そう言って、腹楽は距離をとる。

『解打(かいだ)』
狙った物質を構成する電気信号の情報を把握し、自分の肉体以外の物質を分解する動きをする電気信号を持った拳で殴り、殴った物質を一瞬で分解し視界から消す。

「これは…物質の分解?さっきからお前…。
お前は体術しか使えないはずだ。電気信号でなにかしたか?」
「バレたか。電気信号は肉体の一部だろ?
俺は他の奴らよりも好きにやれねぇ、だからやれる範囲で存分に好きにさせてもらう」
「…ああ、俺の肉体を構成する電気信号を、魂レベルで意識して狙っているんだな。その前に自分の肉体の電気信号もだいたい把握している。
この世には、魂の情報と肉体の情報は影響しあうという法則がある。
だから俺に触れられるというわけか。」
少々睨むように目を細めたあと、常姫はハッと声を出して笑った。
「だが、確実に俺に攻撃できるという能力ではないな。少しでもミスすれば触れられない。
光線に電気信号が当たったら、電気信号は消える。」
「……」
腹楽は光線をかわしつつ背後に向かって飛び跳ね、勢いのある速度で移動し、常姫から距離をとった。
そして、高速で移動する動きを保ちつつ、常姫がいる空間に向かって手をかざす。
常姫の周囲の地面などの物質に大小の傷が入り始める。しだいに、姫常の肉体にも細かい傷が複数が入りだす。
「…分化」
姫常の声を合図に、光線が分裂しはじめる。
「発散」
常姫の周囲に光線がばら撒かれる。入り始めていた細かい傷の、現れる頻度が急激に少なくなっていく。
姫常がその領域から離れる。
「だいたい防げるが、電気信号はやっかいだ。小さすぎて見えない。収束。」
光線が1つに戻ったその直後。
常姫がもともと立っていた地面に、巨大な亀裂が複数本入った。

『鎌鼬(かまいたち)』
肉体から電気信号を特定の領域に飛ばし、領域にある物質の電気信号を目標に攻撃する。

「ハハッ!それも体術かよ!」
「体術だ。文句あるか。」
腹楽は、少々引き気味でありつつ気分を高揚させ笑う相手にそう答えつつ、肉体から刀を取り出す。
「…色々もっと一緒にいたかったが、俺は他にも用事があるんだ。」
突然、姫常の表情が笑みが消えた。
「そろそろ…お前と別れないといけない。」
常姫の周囲から現れる光線が、ヴヴッと機械の画面のバグのように震え、体積を広げ始めた。

無限の呪力を持つ物質の体積の拡張。
面積を拡張することで、無限のエネルギーが潜在的に持つ情報の1つである、重力のように周囲の物質を引き寄せる力の情報が降ろされ、光線に付与される。
それは、観測できる全ての情報を飲み込み、消滅させる効果を持つ。

その巨大な光線が光り輝き、あたりを照らす。
地面にあった砂が光線に引き寄せられ、宙に浮き、消滅していく。
常姫は指を腹楽に向け、その光線を放った。
それと同時に、腹楽は刀を広がった光線のある空間に向かって振った。
その空間そのものが大きくずれ、切れる。
「……?」
常姫の動きが止まった。
放ったはずの膨大な光線のかたまりが、一つのかけら残らず消滅している。
「これは…」
状況を理解した常姫は、目を見開いた。
「俺の無限の呪力を…打ち消しやがった…!!」

『四点掌握 無限斬(よんてんしょうあく むげんぎり)』
狙った空間の情報である座標の
(世界点※,縦軸,横軸,奥行き)
の4点を把握する。
肉体から電気信号を座標に向かって飛ばし、確実に空間の情報そのものを斬り分断する。
その動きは自動で他の特殊能力者がつくったあらゆる呪力の現象を打ち消す、自然法則にある無限のエネルギーの情報を降ろす。
斬った空間の中の物質は傷ついたまま戻らないが、空間の情報は自然に元に戻る。
※世界点とは世界の情報の番号である。
この世には観測できない世界であるパラレルワールドの空間の情報が存在するため、その空間の情報を把握する感覚をもってはじめて、狙った空間の情報を操作することができる。

腹楽は、続けて無限斬を放った。
常姫の左脇腹に深い傷が入る。胴体自体が切断されたように見えるほど、傷がパックリと開いた。
左半身から大量の血が吹き出す。
「………」
真顔かつ無言で、常姫は倒れた。
「…いつどういった経路で情報が漏れるか分からない。これはあんまり見せたくなかったんだがな。」
腹楽が倒れた姫常に近づく。
「体術しか使えなくても、無限のエネルギーを操ることのできる可能性はあるということだ。」
「……」
「落ち込むか?」
「……うるせえな。」
腹楽の唇が動く。
「無限からエネルギーを抽出しても、この傷は俺の有限のエネルギーの回復力の範囲じゃ治しきれない…。
ハハ…俺の負けだ。
無限をうまく操るために持っていた可能性は、お前の方が大きかったな…。」
「まあ…強い奴は、あの世は良いところだと本能的に思っている奴が多い。
誰の死であれ、今に始まったことじゃない。
そこまで気にせず、嘆かずに逝け。」
「……フッ。」
常姫は笑って目を閉じた。
「…そうするよ。」


「常姫紅史が殺されたらしい。」
「あの有名な特殊能力者が?一体誰が、どうやって殺した?」
「率位だ。」
腹楽家の屋敷。和服を着こなす、男の老人2人が話していた。
「…この家を出て行った腹楽率位がか?」
「ああ。あいつならやりかねない。」
「あいつは今なにをやっている。」
「暗殺者だ。…全く、世を捨ててなにがしたいんだか。」
「…俺たちも虐めすぎたんだ。」
「兄ちゃん、あんたは昔から率位に優しいよな。」
「お前も分かっているだろ。あいつは昔から報われるべきだった。」
「さあな。俺は知らない。昔は、体術しか使えない能力者なんて差別される認識が当たり前だったところがあるからな。
強い特殊能力者が生まれることで有名な一族である、この家も特にその色が強かった。
今はそういった体質の奴等にも柔和になってきているが。
…あいつの迫害は、時代が悪かったんだ、時代がな。」
そう言って、老人の双子の弟は去って行った。
「………腹楽率位。
お前は昔から素晴らしかった。
体術しか使えない呪縛がありながらも、それに様々な手段で対抗する。その姿は美しい。」
老人の双子の兄は呟く。
「もしお前と会う機会があったなら…。
そのときが楽しみだ。」


報いを望む者に、より良き未知を。
より無限のエネルギーの観測を。
無限の理解。
その感性は、こちらを見ている粒子をも試す目になり得る。
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