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2章
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「ただいまー…」
細々とした2人暮らしの狭いアパート。
働くまでは支援を受けてなんとか暮らしてきた。
シン…と静まり返った部屋。
いつもなら恵が出迎えてくれるのだが。
「恵?」
なんの音も聞こえない。
靴もなければ鞄もない。
いつも用意してくれている夕飯の匂いも当然ない。
恵が帰って来ていないことは明らかだった。
脱ぎかけていた靴を履き直す。
…まさかあの人に見つかったのか?
急いで電話をかける。
何度掛けても恵が出ることはない。
「くそ…」
どうして出ないんだ。
いや、どうしてじゃない。
あの人の所にいるのなら電話に出られるはずもない。
恵への電話は諦め、後輩に電話をする。
足は恵の学校へと向かっていた。
《はい!なにかご用ですか、先輩!》
わずか1コールで出る優秀な後輩。
そして彼こそが有能な支援者でもある。
「恵がいねえ。協力してくれ」
《弟さんが…。わかりました!あいつらにも声かけて探させます》
あいつら、というのは舎弟…部下みたいなものだ。
こんなこともあろうかと全員に恵の顔を覚えてもらっている。
恵にとってよくない態度をしたら教育をしてきたのでそのおかげだろう。
「頼む。親父の居場所はわかるか?」
《ちょっと待ってくださいね…、はい。今は自宅にいるようです》
「そうか」
恵の帰り道を通ってどこにもいないようならすぐに向かうことに決めた。
恵にはあまり1人で出歩かないように言っているのでいないとは思うが。
あの人は恵…というよりも母に異常に執着していた。
母とよく似た恵に執着するのも代わりを探しているからなのだろう。
母が病で亡くなり、1年も経たないうちにあの人は狂った。
もともと病で伏せっていた時期からおかしな気配はあった。
それが表面化した時の恐怖は今でも覚えている。
恵を母のように扱い、偽物だと気づく度に手を上げた。
憎いことに父に似ていた俺も当然殴られた。
顔が目障りだと言っていた。
そんなあの人は未だに狂ったままだ。
「恵はどこだ」
「あ゛?」
この人はいつだってそうだ。
恵を認識していないのに恵を所有したがる。
「…母さんはどこにいる」
「ああ、まひるなァ…てめえの方が知ってんだろォ?」
今までに何度もあったからわかる。
あれは俺のことを殺したくて仕方がない顔だ。
自分のものが奪われて憎くて仕方のない顔。
その顔をするということはここに恵はいない。
いたとしたらさぞ優越感に浸った顔をすることだろう。
こちらとしても殴りたい程嫌いな顔であるので退散するに限る。
そんなことよりも今は恵だ。
ここにも帰り道にもいない。
恵が方向音痴だとは思わないし、帰り道を間違える阿呆だとも思わない。
寄り道くらいはあるかもしれないが。
陽が今にも沈みそうな時間帯。
恵が家にいるはずの時間帯。
再び携帯を取る。
恵からの連絡は何もない。
「…テツ。恵はまだみつからねえのか?」
《4時過ぎに商店街にいるところを見た、という情報を最後に完全に途切れています》
「……そうか」
なんて苛立たしいのだろう。
恵が自分の手元にいないことが許せない。
あの男に奪われるかもしれないと思うと腹が立って仕方がない。
恵。
俺の大切な唯一の弟。
細々とした2人暮らしの狭いアパート。
働くまでは支援を受けてなんとか暮らしてきた。
シン…と静まり返った部屋。
いつもなら恵が出迎えてくれるのだが。
「恵?」
なんの音も聞こえない。
靴もなければ鞄もない。
いつも用意してくれている夕飯の匂いも当然ない。
恵が帰って来ていないことは明らかだった。
脱ぎかけていた靴を履き直す。
…まさかあの人に見つかったのか?
急いで電話をかける。
何度掛けても恵が出ることはない。
「くそ…」
どうして出ないんだ。
いや、どうしてじゃない。
あの人の所にいるのなら電話に出られるはずもない。
恵への電話は諦め、後輩に電話をする。
足は恵の学校へと向かっていた。
《はい!なにかご用ですか、先輩!》
わずか1コールで出る優秀な後輩。
そして彼こそが有能な支援者でもある。
「恵がいねえ。協力してくれ」
《弟さんが…。わかりました!あいつらにも声かけて探させます》
あいつら、というのは舎弟…部下みたいなものだ。
こんなこともあろうかと全員に恵の顔を覚えてもらっている。
恵にとってよくない態度をしたら教育をしてきたのでそのおかげだろう。
「頼む。親父の居場所はわかるか?」
《ちょっと待ってくださいね…、はい。今は自宅にいるようです》
「そうか」
恵の帰り道を通ってどこにもいないようならすぐに向かうことに決めた。
恵にはあまり1人で出歩かないように言っているのでいないとは思うが。
あの人は恵…というよりも母に異常に執着していた。
母とよく似た恵に執着するのも代わりを探しているからなのだろう。
母が病で亡くなり、1年も経たないうちにあの人は狂った。
もともと病で伏せっていた時期からおかしな気配はあった。
それが表面化した時の恐怖は今でも覚えている。
恵を母のように扱い、偽物だと気づく度に手を上げた。
憎いことに父に似ていた俺も当然殴られた。
顔が目障りだと言っていた。
そんなあの人は未だに狂ったままだ。
「恵はどこだ」
「あ゛?」
この人はいつだってそうだ。
恵を認識していないのに恵を所有したがる。
「…母さんはどこにいる」
「ああ、まひるなァ…てめえの方が知ってんだろォ?」
今までに何度もあったからわかる。
あれは俺のことを殺したくて仕方がない顔だ。
自分のものが奪われて憎くて仕方のない顔。
その顔をするということはここに恵はいない。
いたとしたらさぞ優越感に浸った顔をすることだろう。
こちらとしても殴りたい程嫌いな顔であるので退散するに限る。
そんなことよりも今は恵だ。
ここにも帰り道にもいない。
恵が方向音痴だとは思わないし、帰り道を間違える阿呆だとも思わない。
寄り道くらいはあるかもしれないが。
陽が今にも沈みそうな時間帯。
恵が家にいるはずの時間帯。
再び携帯を取る。
恵からの連絡は何もない。
「…テツ。恵はまだみつからねえのか?」
《4時過ぎに商店街にいるところを見た、という情報を最後に完全に途切れています》
「……そうか」
なんて苛立たしいのだろう。
恵が自分の手元にいないことが許せない。
あの男に奪われるかもしれないと思うと腹が立って仕方がない。
恵。
俺の大切な唯一の弟。
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