神斬りの大英雄

ニロクギア

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2章

27話

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 決闘を叩きつけられて数日、なんとも穏やかな日々が続き休息日となった。

 寮の訓練場で関係の深いメンバーと恒例となった朝の鍛練を行っていたところ、鷲のような使い魔が封書を持ってやってきた。
 使い魔は手紙を受け取るとその場で煙となって消える。

「わぁ!面白い魔法なのだわ??こういう事にも使えるのね?」

 ウルがその使い魔の魔法の残滓を確認しながらうんうんと頷く。彼女の様子を見ながら儂は手紙の裏を見ると、差し出し人の名は…『リセリア』。
 封を開き手紙の内容を確認すると、決闘の日取りに関する内容が非常に美しい筆跡で記されている。

 "決闘の日取りは今月最終週、光の日"

 汗を拭いながらその内容を確認していると、後ろからヴァリがのぞき込んでくる。

「決闘は今月末に決まったのか」

「あぁ。しかし…だいぶ先だね?さっと決まってさっと終わるものだと思っていたんだが…」

 決闘なんてものはさっと終わらせて、やるべきことに集中したいものだ。

「俺はやったことはないけどな。決闘自体は色々な段取りが必要らしいぜ?」

「数十年前の他国との戦乱の時代までは、お互いの領の力を示すために決闘が盛んに行われていたようですわね。最近では稀ですが、こじれにこじれた領同士の問題を解決するための最終手段として行われる場合もあるようですわ」

 ヴァリとナディアは決闘について知っていることを教えてくれる。しかし、投げつけられた手袋を拾っただけで決闘の成立とか…なかなか強引である。
 廃止はされていないが、どうしても話し合いで解決できない場合の選択肢として残ってしまっている様だ。

「貴族って本当面倒くさいのさ~」

「僕は漁師の出身なので…そういった方法があるなんて知りませんでした…。あ、でもいつも皆さん喧嘩はしてましたけど…」

 レオとタリムは平民の出身なのでそういった風習自体が存在していることを知らなかったようだ。
 儂は決闘自体は、前の世界でも受けたことはある。というより、あれは腕試し?道場破りのようなものだったか。

 他国の貴族が儂の道場に乗り込んできて一方的に宣戦布告をしてくるのだ。
 あまりに無礼な場合は都度その場で撃退して叩き出していたものではあるが、今回の決闘はそうもいかないらしい。

「稀にですが、観覧者ギャラリーをそろえる貴族もいますのよ。ひょっとしたら、今回の決闘には入ってくるかもしれませんわね」

観覧者ギャラリー?なぜだい?」

 ナディアは上級貴族であり、この世界の貴族の作法や教養についてとても詳しいので助かっている。ある意味、相談役みたいだな。

「観覧者を入れることで広く決闘の結果を広く知らしめることができますわ。ヴィクター王子も見届け人として連名されています。ひょっとしたら…今回の決闘というイベントを使って、兄のこれまでの振る舞いを糾弾しようとしているのかも」

 ヴィクターはマルヴェックの振る舞いを抑えようと以前から動いていた様子があるが、王位継承権から遠く、また、彼の母は王城に勤めていた元メイドだったために侮られているという。

 オーラリオン国王は生まれた男児を等しく王族として迎えていて、ヴィクター自身は非常に優秀で他の王子に勝るとも劣らないと言われているが、母の出自により、他の貴族からは王族として扱われていないに等しい状況のようだ。

 そのため、この出来事をうまく活用しようとしているのではないか、と。

「決闘の結果がどうであれ、兄の振る舞いは断罪されることになると思いますわ」

 ナディアは少し寂し気な表情をしている。

「結果がどうであれ…か。ナディアは儂が負けるかもしれない、なんて思ってたりするのか?」

 少しからかうような表情でナディアの顔をみると、彼女は慌てて手を振る。

「シ…シノが負けるなんて思っていませんわ!!…ただ、兄のあの様子を見ていると…何か仕掛けてくるのではないか…と。母と連絡を取っているのですが、最近クレモス領内でタリシア公国の商人が頻繁に動いている…と気になる情報もありました」

「タリシア公国?確か、芸術や芸能を中心として発展した中立国だと講義で言ってたよな?なにかあるのか?」

 ヴァリがナディアに問う。隣ではレオが「ヴァリが講義を聞いてた!?」と驚愕に目を見張っている。…レオ、君の座学が心配になるよ。

「…母によると、タリシア公国の商人から買ったと思われる新型の攻撃魔術具がクレモス騎士団に配備されたようなのですわ。なんでも、丸い球のようなものを投げるだけで小隊規模の人数を巻き込む爆発を巻き起こすとか。
 魔法が使えない騎士にも気軽に使えるようで、予備動作も必要なく相手の虚を突ける優れものだそうで…多く採用されたようですわ。表向きは自領の騎士団の戦力を補強するため…と告知されておりましたわね」

「芸術の国の商人が兵器を…?」

 ヴァリが怪訝な表情でつぶやく。

「…最近は王国内のあらゆる場所でタリシアの商人が見られるようなのですわ。芸術、美術品だけでなく、武器防具、薬、書物あらゆる商品を取り扱うようになっているようですの」

「タリシア公国の商人と共謀し、マルヴェック自身が有利になるような魔術具などを使ってくるかもしれない…というところか?」

 儂の推測にこくりと神妙な表情で頷くナディア。

「ちょっとうさん臭いな。…うちの領でも注意しておくように言っておくか」

 眉を寄せて難しい顔をしながらヴァリが腕を組む。ヴァリは座学は苦手だが、妙に勘が鋭いというか、悪意ある行動を敏感に嗅ぎ取る。

 だからこそレオがマルヴェックの脅迫を受けた際にその場に居合わせることができたのだ。

 タリシア公国の動きに何らかの"匂い"をかぎ取ったのかもしれない。

「大丈夫なのだわ~。あんな失礼な人間はシノの相手にはならないのだわ!ぼこぼこのけちょんけちょんにしてあげていいのだわ?」

 肩でウルが物騒なことを言っている。タリムの件はウルもかなり思う所があったようだからな。

「そうですわね!ウルさんがそういうならきっと大丈夫ですわ!!」

 先ほどまでの神妙な表情とは打って変わって満面の笑みを浮かべるナディア。彼女はウルを全面的…というより盲目的に…と言ったほうが良いかもしれないが、信頼しているから、儂の言葉100回よりウルの言葉1回である。

「ナディアは本当にウルが好きだよねぇ~。私はルーちゃんが大好きさぁ~!!!」

 レオがルーヴァルに抱きつこうとしてまた蹴飛ばされている。レオまだまだ模擬戦でルーヴァルから一本取ることができていないが、懲りずに毎日挑戦している彼女の格闘術はめきめきと上達していた。

「忠告ありがとう、ナディア。気にしておくよ。とりあえず、マルヴェックが何をしてきても全部吹き飛ばせばいい…という事で行こう」

「…シノ、なんだかレオみたいですわよ?」

 ナディアのジトっとした視線が痛い。これでも結構考えてはいるんだがな…。脳筋のレオと同じ扱いは解せぬ。

 ただ、この体と同世代の子達といることが増えたため、精神面がさらに肉体に寄ってきたかもしれない。何かの判断をするときに、若いころのように勢いで決めてしまうことも増えてきているようだ。

「きっと決闘はシノが凄いことやってくれるさ~」

 ルーヴァルに蹴られた頬をさすりながらレオが戻ってきた。

「そんなことよりさぁ?みんなは夏の休暇はどうするの??私は寮に残るからみんなどうするのか気になっちゃうのさ!」

 アルヴェリア学園では夏の三月に夏季の休暇が設定されている。夏の二月の中旬ごろからそれぞれ講義の進捗によって領地に帰ったりする生徒も多いようだ。

 レオは故郷に戻るほどの余裕も無いため、学園で過ごすつもりだそうだ。もし1人だったら暇で暇で泣いちゃうのさ~!!と騒いでいる。

「そんなことって貴女ねぇ…。わたくしは一度クレモスに戻りますわ。決闘の後の状況について情報を集める必要がありますもの。父にも…色々と聞きたいことがありますわ」

 ナディアはレオの言葉を聞いて額に手を当てているが、一旦領地に帰って、自領の様子を調査するそうだ。
 魔法が使えるようになった彼女は自信に満ち溢れている。知恵の加護もあるからうまくやるだろう。

「ぼ、僕はイレーネ様の研究のお手伝いをしているかと思います」

 タリムはイレーネの研究室が自宅のようなものなので学園に残るという。あの研究室の様子を見ると、タリムがいなくなったら凄いことになるのではないだろうか…?

「俺は帰らないぜ。夏の間は冒険者として活動しようと思ってるからな」

「ヴァリは冒険者登録をしていたのか?」

 上級生になると選択したコースの状況で冒険者登録が必要になるケースもあるようだが、1年生のタイミングで冒険者登録をしている人はいないと思っていた。

「もちろんさ。俺の領地は小領地だからな。騎士団長も含め、戦えるものは全員冒険者登録しているぜ。まだ駆け出しのDランクだけどな?一応、実技も受けなくていい時は少しずつ奉仕依頼をやってたんだよ」

 依頼報酬や魔物の素材売却で領の財政も助けることができるからな、と言っている。

 彼の技は同年代に比べて頭一つ二つ抜けていると思ったら、彼の領地の騎士団ですでに冒険者として活動をしていたらしい。通りで、定期的に講義にいない日があると思った。

 証拠に、と言いながら右手のリストバンドを外すと、そこには冒険者登録をしたときに発生する魔術刻印があった。

 冒険者ギルドは戦う力が無いものや、満足な教育を受けていないものは例の非常に厳しい訓練を通しての登録になる。

 ヴァリの領地では騎士団に属する家系には戦闘訓練が早い段階から始まり、ギルドと連携した指導方針ができているため冒険者登録自体は早い段階で容易にできるとのことだ。

 入学前に何度か魔獣の討伐にも参加したことを自慢げに話している。

「そうか。儂らも今は週に2回ほど奉仕依頼をこなしているだけだからな。夏の休暇中にはいくつか依頼をこなそうと思っていた。一緒にやるか?」

 アルヴァレス商会の依頼もそろそろ受けておいたほうが良いだろう。

「やろうぜ!可能なら、この夏に昇格点までは取れればいいんだがなぁ」

 ヴァリはこの夏で昇格できたらいいのに、となかなか無茶なことを言っている。

 学園に通いながらだとどうしても受けられる依頼は王都内のものであったり、王都周辺のみの依頼となる。昇格点の効率的な確保もなかなか難しい。 

 『疾風と大地』かぜとだいちの面々も依頼を選んでいたとはいえ、だいぶ時間がかかっていた。

 それこそイレギュラーに強力な魔獣…例えば最果ての大森林クラスの魔獣と出くわす、といったことにならない限りはないだろう。

「わたしは他の街に行くような依頼があると嬉しいのだわ??図書室の本を読むのも楽しいけどたまには違う場所をみたいのだわ!」

 ウルはナディアがいないのなら他の場所も見たいという。

「じゃぁ、何かいい依頼がないか聞いてみるか」

「それもいいな。討伐依頼とかあればいい腕試しになるぜ」

 ヴァリは手を叩いて鍛練の成果を見せると息巻いている。すると、ゆっくりとタリムが手を上げる。

「あの…実は僕も冒険者の登録は終わっているので…もしよかったらご一緒してもいいですか…?えと…イレーネ様の許可が下りれば、なのですが」

 おずおずとタリムも冒険者登録は済んでいると発言した。

 どうやら土属性の魔法が初級でありながらも使えることと、イレーネが精霊術を使えるとお墨付きを与えたことでギルドが登録を認めたようだ。
 ただし、イレーネの許可が無いと活動はできないとギルドとも約束をしているそうで、まだ奉仕依頼でさえも手を付けていないらしい。

「それはいいな。ウルをイレーネ先生の元へ連れていかないといけないし、ついでに確認しようか」

「はい!」

 夏の予定を冒険者としての活動ですすめようか、と皆で話していると、蚊帳の外になってしまったレオが拗ねた顔でこちらを見ている。

「ちょ…ちょっと…残るみんな…もう冒険者登録しちゃってるの!?私もやりたい!!!私だけ仲間はずれなんてずるいずるい!!!」

 レオが駄々っ子のように暴れている。レオは傭兵や冒険者として生計を立てている人が多い虎人族だからすでに冒険者登録の話などは終わっているものと思っていたが…?

「私はずっと村にいたの。ギルドがある街からはかなり離れていて、村の立地も悪かったからギルドなんて行けなかったのさぁ…」

 シュンと悲しそうな様子でレオは肩を落とす。…彼女の戦闘能力であれば登録自体は大丈夫だろう。

 「儂の決闘、そして長期休暇までは時間がある。ひとまずギルドに行って登録と奉仕依頼を終わらせればなんとかなるんじゃないか?」

「そ、それなのさぁ!!!シノの案を採用!!シノ!!私に冒険者登録について色々教えて!!」

 バン!と机をたたき、レオは飛び上がるようにして喜ぶ。ひとまず、長期休暇までにはタリムとレオの奉仕依頼が終わるように進めていくか。

「冒険者としての活動はとても興味深いですね。わたくしはクレモスに戻りますが、先に登録だけはできるかしら?」

 ナディアが冒険者の登録だけでもしたいという。冒険者としての経験は良い財産になるとは思う。


 一通り話がまとまった頃、ナディアはすっと立ち上がり、腕を組んでその場の全員を見渡す。その目は底知れぬ何かを湛えているようにも見える。

「ヴァリ、レオ。冒険者の活動をするのは良いのですけれど…。貴方達は先に座学を終わらせる必要がありますわよ」

 ヴァリとレオがピシりと固まる。

「あ…あぁ…まぁ…そこは追々?」

「そ…そうさぁ…。まだ1年の半分なのさぁ??」

 その言葉を聞いたナディアのこめかみには青筋が立っているように見える。目が笑っていない。

「そんなことを言っている人はいつまで経っても終わらせることができませんのよ!!もう我慢できません!!明日から1週間で座学を終わらさえますわよ!!」

 2人の助けを求める視線から顔を逸らしていると、目の前にナディアの顔が現れた。

「シノ、貴方も歴史はまだですわよね?2人と一緒に見てあげますわ。貴方達は実技は充分の及第点なのですから、その時間を使って3年生までの基礎座学の予習も全てやってしまいましょう」

 …ナディアの目が本気だ。こういうときに逆らってはいけない。

 もちろん、この提案は儂らのことを考えてのことだと分かる。基礎学習を終わらせていれば、これからの動き方の自由度が広がるのだから。

 ちらっと見ると、ヴァリもレオもその顔は青ざめていて緊張感が満ちていたが、覚悟を決めたようだ。

「「「よろしくお願いします」」」

 頭を下げる3人の声は綺麗にそろった。

 ナディアが微笑みを浮かべながら満足そうに頷くのであった。
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