神斬りの大英雄

ニロクギア

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2章

25話

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 イレーネの研究塔を後にし、タリムと共に実技の授業の為に訓練場へと向かう。

「タリムは魔法はどこまで使えるんだい?」

 彼は土の加護を使えるそうだし、イレーネの弟子ということでどこまでできるのか気になる。

「えっと…初歩の初歩しか使えません。土礫弾ストーンバレットくらいです。ただ、僕は適正があっても魔力量が絶望的に少ないんです…。身体強化も長時間は難しくて」

 なるほど。彼は魔力量が少なすぎてその適正を充分に発揮することができないということか。ナディアとは正反対だな。
 ただ、魔力量についてはどうにか増やすことはできないのだろうか?

 ここも実技の時にウルに聞いたらどうかと伝えてみる。

「その、ウルさんは魔法に関して詳しいんですね…!!色々と聞いてみたいです!!それに、イレーネ様が僕には精霊の適正があるって言ってくれているんです。精霊との契約についてはまだなんですが…。精霊術についても分かることがあればぜひ」

 しばらく先生の手伝いばかりだったので楽しみです、と笑顔がはじけている。

 …が、その笑顔がある一点を見つめて瞬時におびえの表情に変わる。

「ん?どうしたんだい?」

 タリムが見つめる先をみると、中庭に入る通路の先からマルヴェックとその取り巻き2人が現れた。その足取りは明確にこちらに向かってきている。

「タリム、一旦儂の後ろに下がってくれるか?」

「は、はい…」

 にやにやと下卑た笑いを顔に浮かべながら立ちはだかる。

「よぉ、平民の落ちこぼれ君。今日はママの研究室に隠れていなくていいのか?」

 マルヴェックがにやにやしながら後ろのタリムに向けて言葉を投げかける。

「何の用でしょうか?儂らは実技の授業に向けて同級生と合流するつもりなのですが」

「あぁん?お前らみたいな平民が実技なんてやったって仕方ねぇだろ?才能ないんだから。それに…なんだお前は。見ねぇ顔だな。こんなやついたか…?」

 取り巻きに声をかけると、そのうち1人が思い出したかのように儂を指をさして叫ぶ。

「こいつ!こいつですマルヴェック様!この前、校門で俺達の邪魔したやつですよ!!」

「そうです!制服着てるし従魔もいないのでで印象違いますけど、この髪色と赤い瞳は間違いないです!」

 やんややんやと取り巻きが騒いでいる。今思い出したかのように言っているが、『その顔覚えておくぞ』と言っていたのはなんだったのだろうか。

 ゆっくりとマルヴェックがこちらに視線を向ける。その目には怒りが宿っている。

「お前か…あの時俺に恥をかかせたやつは…。平民ごときが上級貴族に対して反抗するとはいい度胸じゃねぇか。不意打ちで俺の顔に一発入れたからって調子に乗るなよ?…身の程を知らせておく必要がありそうだな」

 マルヴェックは制服の内に手を入れ、指し棒のようなものを取り出す。魔道士が魔法を効率よく扱うための杖のようなものだ。

「炎よ、わが手に集い、敵を焼き尽くせ!紅蓮の業火、今ここに顕現せよ!!!」

 杖の先端に炎の力収束され、丸く集合していく。

「シノさん!!逃げましょう!!マルヴェックさんは火属性の加護を持っています!!!ただの火炎球ファイアボールでも危ないです!!」

 儂の制服の背中の裾をタリムが引っ張っている。儂は彼を安心させるように「問題ない」と返事し、一旦下がる用に促す。

「"マルヴェック様"だろうがよぉ!!!だがもうおせぇ!!!逃がさねぇ!!炎の熱さってやつを感じさせてやるぜ!!!火炎球ファイアボール

「やっちゃってください!!」

「燃えろ平民!!」

 彼の杖から放たれた火炎球ファイアボールの大きさ、熱量はなかなかのものだった。炎の属性を持っているだけで初歩の魔法がここまでの威力を持つのか。対処を誤ると命にかかわりそうな圧力は感じる。

 だが問題ない。

 儂は腰に佩いている訓練用の剣に薄く"霊迅強化・付与"をかける。属性は…水だな。

「シノさん!!!」

 少し離れたところからタリムの声が聞こえる。ちゃんと退避したようだ。

 壊れない程度の水属性を付与した剣で迫る火炎球に対してそっと触れ、火属性魔法が当たっても問題がなさそうな場所へ方向を変える。

 火炎球は中庭にある噴水に向かって突っ込み、轟音とともに激しい水柱が上がる。

「な…なんだと!?俺の火炎球ファイアボールが逸れた!?馬鹿な!お前、何をした!」

 噴水から打ちあがった水があたりに降り注ぎ、マルヴェック達も儂もびしょ濡れだ。火の属性は水の気配で少し魔力操作などが難しくなるようだからこれで彼の得意の火属性魔法は多少使いにくくなるだろう。

 儂は彼の質問に答える

「いや、特に何も。君がうまくコントロールできなかったんじゃないか?」

 儂自身が軌道を変えたことには気づいていないようだから、その事には触れずに彼に意趣返しの挑発をしてみる。

 マルヴェックの顔が真っ赤に染まり、詠唱を再開する。

「炎よ、我が元に集え!!敵を焼き尽くす業火として顕現せよ!」

「マルヴェック様!まじですか!?」

「学園が燃えちゃいますよ!!」

 やばい!と言いながら、取り巻きの2人が柱の陰に隠れる。

 先ほどとは詠唱の種類が違うようだ。何が違うのか?彼の様子を観察していると、彼の後ろに火球が5つ発生した。
 水の気配が強い中で初歩とはいえ、これだけの炎を複数出現させるための魔力操作ができるとは。曲がりなりにも上級貴族できちんとした教育を受けているということか。

「これなら逸れても問題ない。うまくやれば大やけどくらいで済むだろうから頑張ることだ」

 彼は狂気の表情で右手を振りあげ、勢いよく下に振り下ろすと、5つの火炎球が儂に向かって襲い掛かる。

 制服は多少なりとも防刃、防魔の加工がされているから多少着弾しても爆風や熱には耐えられるだろう。念のため、薄く纏を発動させる。

「はははは!!俺に逆らったことを後悔して死ね!!!」

 5つの火炎球が迫る。儂は右側の迫る2つの炎を打ち上げ、上でお互いにぶつかり爆発する。右に移動しながら返す刀で残りの3つのの炎を斬る。

 上下に割れ、下の炎は儂が元居た場所の地面で爆発し、上の炎は少し離れた後方に着弾し中庭を抉る。

「うわ!!」

 近くの柱に隠れていたタリムの方まで爆風が届いてしまったようだ。風に煽られて転がっている。不可抗力だ。後から謝っておかねば。

 地面が噴水の水で濡れていたため、蒸発した水蒸気があたりに立ち込めていた。

 水蒸気が徐々に晴れてくると、マルヴェックは驚きの表情でわなわなと震えながらこちらをじっと見ている。

「なぜあれが凌げる…初級の火炎球ファイアボールとはいえ、5つだぞ!!そんな、対処できるはずが…ばかな…ばかな…ばかな…」

 ぼそぼそと顔を手のひらで隠し、マルヴェックは何かに取りつかれたようにぶつぶつと呟いている。その瞳はどこかで見たことがあるような濁りを感じる。

「まだやるかい?」

 儂は剣を鞘に収めながらマルヴェックに問いかける。

「マルヴェック様?」

「このまま馬鹿にされたままでいいんですか!?」

 取り巻きが彼に駆け寄り話しかけているが、何も聞こえていないようだ。

「お前達は何もしないのか?前はかなり威勢のいいことを言っていたが…?」

 取り巻きの2人に少し威圧を込めて声をかけると、言葉に詰まって一歩、二歩、下がる。

「お、お前、僕たちを誰だと思ってそんなこと言っているんだ!?」

「俺は大領地、リシュタール領の上級貴族だぞ!」

 2人はよくわからない貴族の権力をかざして口だけ動かしている。

「知らない。儂は残念ながら平民でね?お貴族様の都合など知らん」

 お仕置きが必要か?と剣の柄に手をかけると、ビクッとして怯えた表情でマルヴェックの後ろに隠れる。
 …ここまで来ても権力の陰に隠れるか。話にならないな。

「さっきのすごい音何?」

「誰か中庭で魔法使ってないか?噴水が壊れてる!」

「さっき見えたけど?炎の広範囲だったぽいよ?」

「おい、先生に報告だ!!」

 教室棟から何人かの生徒が窓から顔を出している。授業中は外からの音が入らないように教室に遮音の魔法がかかっているから、これは授業に関係のない生徒達だろう。

「これから実技訓練がある。儂たちはこれで失礼するよ」

 後は君達に任せるよ、とマルヴェック達に伝えると、先ほど転がって植木に突っ込んでいたタリムのもとへ駆け寄る。

「すまないな、タリム。思ったより魔法の威力が大きかったみたいだ」

 手を差し出して彼を引き起こす。

「あはは…大丈夫です。すごいですね、シノさん。あんな魔法の対処の仕方なんて絶対できないですよ」

「まぁ、歳の功…ってやつかな?」

「そ、そうですよね…。でもシノさんはおじいさんだったなんて全然わかりません」

「こら、それは秘密だろう?」

 はっとしたようにタリムは口に手を当ててあたりをきょろきょろしている。

「とりあえず、中庭がぼろぼろになってしまったが、人も集まってきた。後始末は彼らに任せよう」

 タリムと一緒にマルヴェック達の横を通り過ぎ、訓練場に向かおうとしたとき…

「待て!!」

 後ろからマルヴェックが声をかけてくる。振り返ってみると、儂を見る目が血走っていて、足元に手袋を投げてきた。

「拾え」

 儂を見下ろしながら、手袋を指さす。

「…なぜ?」

「いいから拾え」

 分からん。この世界の貴族というのは本当によくわからない。いや、このマルヴェックという男が分からないのか。とりあえず言われた通り拾い、彼に差し出す。

「拾ったが…これは君のだろう?」

 にやりと歪んだ笑みを見せる。

「拾ったな?それは今、この場を見ているもの達が全員見ていることを確認したな!?」

「私は見ました!」

「私もです!」

 急に取り巻きが元気になって、自信に満ちた顔をしている。

「おい、あれはまさか…」

「そんな…学園でそんなこと…」

「いや、昔はよくやっていたという話もある」

「まさか決闘が?」

 …集まってきた生徒の中から"決闘"という言葉が聞こえる。

「あぁそうさ!!今こいつは俺が投げた手袋を拾った!!!俺の決闘の申し込みを受けたということだ!!!それはこの場にいる全員が証人となる!!」

 マルヴェックは儂を指さし、学園中に響くような大声で決闘を宣言する。
 あぁ…そうか。そういえば貴族の中にはそう言った作法があったことをすっかり忘れていた。

「え、え??シノさん…決闘って…??」

「おそらくだが…彼のこの手袋を拾う、ということが決闘を受けた、ということになる…ようだね?」

 タリムと目を合わせた後、マルヴェックに視線を移すと、なぜかわからないが、愉悦にまみれた表情をしている。

「あぁそうさ。正々堂々の1体1。決闘はなんでもあり。どんな武器でも、学園内では使えない魔法も使える。もちろん、決闘で命を落としたとしても、何の問題にもならない。そこで俺は上級貴族としての力を持ってお前を叩きのめしてやる。貴族への敬い方を教えてやるよ」

 彼はヒロイック願望があるのだろうか?やけに振る舞いが大仰で芝居がかっている。

「…儂は貴族じゃない。受ける必要もないだろう?」

 マルヴェックが言っているのはあくまで貴族の作法で平民となっている儂が受ける必要はない。

「…ふ…ふははは!お前は貴族の推薦を受けているんだろう?…確か、ギレーとロヴァネだったか?ここで俺の申し込みを断るということは、それらの家に泥を塗ることになる。俺のクレモス領に借りを作ることになるんだ!!!それに…お前の組には俺のできそこないの妹がいる。さて、こちらはどうなるかな?」

 なかなか儂のことを調べているようだ。ギレーとロヴァネからの紹介については6組の貴族も知っていた。彼らの情報はどこから入手したものか…と思っていたが、マルヴェックが流していたのかもしれない。

 クレモス領が何かギレーにちょっかいをかけている状況もあったし、ナディアのことも持ち出すのであれば仕方ない。降りかかる火の粉は払わねば。

「…君のような小物の相手をしている暇はないんだが…受けよう」

「あ…あわわわわ…」

 タリムが大変なことになったとあわあわしている。

 儂の返事を聞いたマルヴェックのこめかみには青筋が立っているように見えるが、すべてが小物に感じるのは事実だ。

「では、その決闘については私が立ち合い人となりましょう」

 涼やかで鈴を転がしたような声が中庭に響く。

「誰だ!?」

 マルヴェックがその声に反応し、管理棟の方を見る。儂もそれにつられて、声の先へと視線を送る。

 管理棟から出てきたのは1人のエルフの少女。その後ろにはなぜか先日あった第四王子のヴィクターと、金髪碧眼の長身の少年がついて入ってきた。
 エルフは比較的少ない種族で、会うこともなかなかないと聞いていたが…。アイゼラを含めてよく出会う気もするが、ウルの影響だろうか?

「リセリア様…あなたがなぜ!?それに…ヴィクターとジョシュア…!!!」

 マルヴェックが苦虫を嚙みつぶしたような表情で3人を見て強い言葉をかける。

「これは我が国の貴族同士の問題です。こやつは貴族に推薦を受けた平民で、決闘の対処などは知らないでしょうから、立ち合い人などについてはこちらで用意するつもりです」

「状況については途中から耳に入っておりました。決闘というものは、あくまで中立の立場で判定、見届けるものが必要でしょう?
 マルヴェック様が用意される…とおっしゃっておりますが、そちらの方は平民とおしゃっていらっしゃいました。ともすれば、平民側の不利となってしまう状況も考えられます。できるだけどちらにも関係のない方を選別する必要があるのではないでしょうか?」

 リセリアと呼ばれたエルフがマルヴェックを諭すように言葉を紡ぐ。その言葉一つ一つにどことなく、美しい余韻を感じる。

「わたくしはあくまで見届けるだけです。審判についても私の従者に依頼しましょう。必ず公平な判定をすることをお約束いたします」

「…承知いたしました。決闘の見届けについては、リセリア様にお願いいたします」

 マルヴェックの様子を見ると、リセリアは明確に上位の貴族のようだ。

 自身の権力を絶対と信じていたようで、状況から自分より上位の第三者が絡んでくることは予定外だったのか、口唇をかみしめながらマルヴェックはしぶしぶ同意した。

「なら私が決闘の場所や日時については差配しよう。そのくらいは問題ないな?マルヴェックと…シノ、だったか?」

 ヴィクターも話に加わる。儂は問題ないと返答を返し、マルヴェックもぐっと飲みこみ、了承の頷きを返す。
 さらにその後ろから金髪碧眼の長身の少年が顔を出す。

「先ほど我が領の名前も聞こえた。確か、この少年がロヴァネの推薦を受けて編入したと」

「ジョシュア、貴様には関係ないだろう」

 ジョシュア…確かロヴァネの長子の名前がそのような名前だったはず。確かの顔立ちにはシェリダンの面影がある。

「先ほど君が言っていたじゃないか。この平民の子は我が領の推薦を受けていると。私も父から推薦をした平民がいるとの話は聞いている。その平民と会うのは初めてだが、間違いないか?シノ君」

「そうですね。ギレーとロヴァネの推薦を受け、編入試験を受けていますから」

 儂の言葉を聞いたジョシュアが頷く。

「それでは、私が彼の後見人として立つ。決闘後の取り決めをしておきたい。勝敗が決した後の双方の要望を聞かせてもらおう」

 ジョシュアは儂とマルヴェックをそれぞれ見やる。

「儂はこのマルヴェックという貴族が行っている横暴な振る舞いを止めてもらうことを要望する。そして、儂の友人に謝罪し、今後一切かかわらないことも求める」

「シノ君の要望は理解した。それではマルヴェックは?」

「そこの薄汚い落ちこぼれ平民共の即退学だ。こんな下賤な輩がいると学園の品位が落ちる」

「…了解した。双方の要望はこのジョシュア・ロヴァネが確認した」

 ジョシュアが集まってきた生徒や、様子を見ている先生に向けて大きな声で伝える。それに続き、リセリアが宣言する。

「ここにマルヴェック・クレモスとシノにおける決闘が成立しました。日時や場所は追って双方に通知いたします」

「なお、敗北したものに対して今回の学園が受けた損害なども請求し、それぞれの領への抗議を行うことになる。覚悟しておくように」

 こうしてマルヴェックとの決闘が成立し、その日を待つことになった。
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