神斬りの大英雄

ニロクギア

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1章『始まり』

8話

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 ウルは馬車の中で、窓の外に流れる街並みを見ていた。あれも凄い!これも凄い!と騒いでいる様がとても微笑ましい。

「あ~なんだかワクワクしてきたのだわ!この街には本当に沢山の人間が居て凄いしか出てこないのだわ!!ここが世界の中心と言われても信じちゃうのだわ!!」

「この街は森から出て初めてきた街だからな?今からそれだとこれから先の身が持たなくなるよ?」

 苦笑いをしながらテンションが上がっているウルに少し落ち着くように言う。

「そういったって楽しいものは楽しいのだわ!!!」

 嬉しそうに馬車の外をウルは見ている。儂もこのように大きな街は以前の世界で都に行った時以来のような気がする。あの時はゆっくり街並みを眺めている時間もなかった。楽しい気持ちは理解できる。

 道行く人たちの顔には陰りがなく、充実している日々を過ごしていることが分かる。武人堅気のバルフォードに、切れ者のレグレイド。お互いをうまく補いあっていてとても共感が持てた。このギレー領は領地の運営がうまくいっているのだろう。


 しばらく揺られていると馬車が止まり、御者から到着の声がかかった。馬車を降りてお礼を伝える。目の前にある冒険者ギルトの建物は煉瓦造りの3階建てになっていて、この都市に相応しい門構えだ。

『冒険者』…聖地の守りに従事していた時は冒険者の旅の話を聞いて、いつかは自分達も…と妻、静香と共に考えていたものだ。まさか違う世界にきて、静香との約束を果たすきっかけができるとは思わなかった。

 早くいくのだわ!!とウルにせかされながらも、胸の高鳴りを抑えながら、扉を開いて中に入る。

 ギィ…と重たい扉が閉まると、目に飛び込んでくるのは、左奥の壁一面に掲げられた依頼掲示板。様々な色と形の紙が乱雑に貼られ、冒険者とみられる者たちがその前に集まっている。互いに相談し合ったり、顔をしかめたり、パーティメンバーを勧誘していたりと様々だ。

 中には人だけじゃなく、前の世界にもいた多くの種族を見かける。そして、そこまで多くはないが確かに、魔物を連れている者たちが存在している。あれは鷹に似た魔物だろうか?あちらは蛇で、こちらは犬か?これならルーヴァルもきちんと登録さえしてしまえば問題なさそうだ。

 依頼掲示板の向かいには、飾り気はないが重厚な受付のカウンターがあり、ギルドのスタッフが忙しそうに書類をめくったり、依頼者と話したりしていた。

 1階の最も奥には酒場のようなものがあるようだ。バーカウンターの手前にテーブルが並んでおり、そちらにも多くの冒険者が集い、酒を楽しんでいるようだった。ウルはこの見慣れぬ風景が衝撃だったのか、ハワワ~と口元に手をあて、黒曜石のような真っ黒な瞳ををキラキラさせながら固まっている。


さてどうするか。誰か手が空いてそうな職員を探してきょろきょろしていた時、後ろから声を掛けられる。

「おう、坊主。どうした?ギルドに何か用か?」

 赤毛で短髪、ほほに切り傷がある大剣を背負った戦士が声をかけてきた。

「実はギルドに登録をお願いしに来たんですが、どうやら職員さんが忙しいようで…」

「あー確かに。主人の従魔契約か?この時間は混むんだよな…ちょっと待ってろ。確認してくる。おーい!サラ!サラはいるか~!」

 赤毛の戦士はサラという人の名前を呼びながらカウンターの方へ向かう。

「あの人間、なかなかいいやつなのだわ!でもなんか勘違いしている気がするのだわっ」

 フリーズから回復したウルが耳元でささやく。

「主人の従魔契約って言ってたな」

 儂は誰かの従者だと勘違いされたらしい。登録といったことを「自分の」ではなく、「仕えている主人の」と解釈されてしまったようだ。彼は紺色で、肩までの髪の長さ、眼鏡をかけた女性と話をしている。サラというのだろうか。こちらを指さしながら何やら説明をしている様だ。

 話しが終わったようでこっちまで戻ってきた。

「おう、ついてきな。俺が世話になってる受付を紹介するからよ。どんな相談にも乗ってくれるから安心しろ」

 彼はついてこいとジェスチャーをし、カウンター一番奥の、衝立に挟まれた席に連れていかれる。隣は不自然に1席分空間が開いている。

 紺色の髪の女性の前に連れてくる。女性に椅子に座るよう促され座ると、なぜかウルは口を閉ざしてちょこんと肩に乗っており、ルーヴァルも儂が椅子に座ると膝の上に乗って丸くなっている。

「へぇ~。そのかわった妖精と魔狼はお前にすごく懐いてるんだな?主人以外に懐くなんてなかなか無いぞ?」

 赤髪の戦士がまじまじと見てくる。

「エリオス。失礼ですよ」

 サラと呼ばれた女性から、エリオスと呼ばれた赤髪の戦士がピシャリと叱られる。エリオスは「悪ぃ悪ぃ」と頭を書いている。

「初めまして、私はサラと申します。冒険者ギルド・アイゼラ支部の受付長として従事しています。エリオスから聞いたのですが、こちらの妖精種と魔狼種について、貴方のご主人の依頼で従魔登録をご希望とのことで間違いありませんか?」

 手際よく書類を用意しながら、サラは確認を行う。やはり、どこかの貴族か富豪に仕えていると思われているようだ。ここまで準備を整えられると少し言いづらい。

「あ~っと、エリオスさんが段取りをつけてくれた手前言いづらいのですが…少し、違います」

「おいおい、なんだ違うのか?じゃぁ何しに来たんだ?」

 サラがじろっとエリオスさんを睨んでいて、ちょっと焦った様子でエリオスさんが問いかけてきた。

「いえ、その、この子達の従魔登録は必要なのですが、儂の従魔として登録をお願いします。それと合わせて、儂自身の冒険者登録を…」

「はぁ!?坊主が冒険者!?何言ってるんだ!?」

 ガタン!と椅子を転がしながらエリオスが立ち上がと、ギルド中の視線がこちらに集まる。「落ち着きなさい」とまたサラに叱られている。エリオスは少し肩を丸めて椅子を戻して座った。

「ご要望は承りました。しかし…」

 サラはすこし考える仕草をし、エリオスをちらっと見て、話し始める。

「冒険者という職業は危険と隣り合わせです。今日登録した方が、明日には命を落としている、なんてこともざらに起こりうる厳しい世界です。貴方と同じように、このギルドには冒険者という職業に憧れて門を叩く少年少女も数多く存在しています。」

 真剣な表情でサラはまっすぐに儂の瞳を見つめながら話す。

「冒険者登録自体は年齢制限を設けてはいません。しかし、一定年齢以下の方が申請を行うときには、非常に厳しい訓練期間を課し、さらにその後、並行してノービスとして活動を行います。
 その期間が終了したうえで、冒険者としての水準に達していると判断されて初めて、冒険者として認められることになります」

 その内容かなり厳しく、憧れだけでは耐えきれない。半数は音を上げると彼女は言う。

「訓練の時点でくぐりぬけることができるのは、全体のわずかに過ぎません。今でこそ冒険者として経験を積んでいるこのエリオスでさえ、最初は何度も逃げ出していました」

「ちょ!おま!サラ!!それを言うか!?」

 突然過去を暴露されたエリオスが慌てている。その様子を冷たい目で一瞥してサラは言葉を続ける。

「とても厳しい道程ですが、貴方にその覚悟はありますか?」

 サラが言うことは至って当然のことだ。何の力もない少年少女がいきなり魔物と戦ってうまくいくわけがない。討伐系の仕事だけじゃなく、何も知らなければ採取や、荷物運び、護衛の依頼だってスムーズにこなすことはできない。

 最初からなんでもできるものは、特別な才能に恵まれたものだけで、大多数のものは分からないうちに大きな失敗をする。
 儂が元居た世界でも冒険者に憧れる少年少女は多かった。だが、登録してすぐに依頼に失敗し、再起不能になってしまうものも多数いた。言っていることはとても理解できる。

 魔物と戦いや、話に聞く旅の厳しさなどを考えると、厳しい訓練を段階で逃げ出すような者はそもそも冒険者に向いていない。この世界のギルドはあえて厳しい訓練を課したとしても、いたずらに命を失わせることを良しとしなかったのだろう。

 このことをしっかり真剣な面持ちで伝えてくるだけでも、サラが非常に優秀で、冒険者のことを親身に考えていることが分かる。

「サラさん、その訓練と、ノービスの期間は大体どのくらいなのでしょうか?」

「訓練のみの期間で半年。それ以降、訓練とノービスの任務を並行して半年受けてもらうことになっています」

 1年か。最果ての大森林に比べればこのあたりの周辺の魔物の脅威は少ない。毎朝きっちりと訓練は行っているとはいえ、一度鍛え治すのも悪くないか?ノービスはどのような仕事があるのかというのにも興味がある。

「ぷ…くく…あははははは!!!」

 肩に大人しくしていたウルが堪えきれないように笑い出した。サラとエリオスの「え?」という声が重なり、目を丸くしている

「もう~シノがこのあたりの魔物にやられちゃうわけないのだわっ!シノも何を真面目に話を聞いているのだわ!!」

 本当に馬鹿正直なのだわ~ひぃ~と言いながらお腹を抱えている。

「えっと…それはどういうことでしょうか?」

 怪訝な表情でサラはウルを見つめる。

「わたしたちは最果ての大森林からきたのだわっ。そういえば分かるのだわ?」

「「は?」」

 サラとエリオスの目が点になって固まった。シャノン達に初めて儂の素性を話した時と少し似ているか。こういう表情をたびたび見ることになるとは…。

「いやいやいやいや、ちょっと待ってくれ。最果ての大森林から?坊主が?その…妖精と狼のおチビちゃんと?さすがにすぐに嘘と分かるような冗談はよしたほうがいいいぜ、坊主」

 エリオスは身を乗り出し、儂の目の前に手をついて、顔を覗き込んでくる。

「あの森はまだ俺でもランクが足りなくて探索を許されていない。それこそ、竜を倒せるほどの英雄でないとあそこには行けないんだぞ?」

 エリオスは信じられないといったような、呆れたような顔をしている。

「信じる信じないはそちらの判断にお任せするしかないんですが、ウルが言った通り、儂たちは最果ての大森林から来ました。このルーヴァルも大森林で助けることになった子狼です」

「なんだって!?大森林で拾った…!?あ!まさか!おい!」

 エリオスの声がまた大きくなる。当のルーヴァルはくぁっと欠伸をしている。

「ちょっとエリオスさん!大声出しすぎですよ!サラさん!ちゃんとエリオスさんの手綱握っててくださいね!」

 他の受付の女の子が現れてエリオスに注意をした。サラさんが申し訳なさそうに了承の返事をしている。改めて姿勢を出し、眼鏡の位置を正して話を続ける。

「えー、現時点でそのお言葉について真実かどうかは図りかねます。しかし、その子狼と、珍しい妖精種…。しかも言葉を発する…となると、非常に信憑性が高いのは事実です」

 なにか、そのことを証明するものはありますか?と聞かれる。

「証明するもの、と言われると、明確なものはありません。ですが、冒険者ギルドについたら職員に渡してくれと言われたものがあります。本来なら先に渡すべきだったかもしれませんが、タイミングを計りかねてしまいました」

 儂は懐からレグレイドから受け取った封書をサラに差し出す。その封書を見たサラがまた固まり、「なんだなんだ?」とエリオスがその封書を手に取る。

「えっと…差出人は…レグレイド・ギレー…ん…?レグレイド…領主代行!?」

「エリオス!渡しなさい!!」

 ものすごい剣幕でサラがエリオスの手から封書を取り上げる。

「リリア!大至急ギルドマスターに連絡を!エヴァ!2階の会議室を至急準備!それからエリオス、あなたもそこで待機!絶対に静かにしていること!!」

「お…おう…」

 サラの勢いに押されたエリオスが小さく縮こまる。突然のサラからの指示にギルドが途端に騒がしくなった。

「シノ様。事情は理解いたしました。準備が完了次第、再度ご案内致しますので今しばらくお待ちください」

 彼女は深々とお辞儀をし、急いで2階に上がっていった。



 それから2階の会議室に通された儂たちはギルドマスター・エルドリックと面会をすることになった。そこではエリオスも一緒に同席することになり、彼の勘違いで見当違いの案内をしたことをまず、謝罪された。

 どうやらレグレイドからの手紙には「できるだけ便宜をお願いしたい」といった趣旨の記載があったそうだ。 書類上の冒険者登録と、従魔登録はそこからスムーズに進んだ。

 ただ、貴族に接するような、丁重な対応なのは有難かったのだが、儂自体はそこまで大した地位もない流浪の旅人…いや、これから冒険者か。レグレイドとは様々な事情で偶然、縁を結んだだけなので他の冒険者と同じように接してほしいとお願いした。
 また、エルドリックが実力を確認したいということで、ギルドの裏の訓練場で技能試験を行うことになった。

 訓練場に移動するときはギルドマスターが直接模擬戦を見るということでギャラリーがついて来ようとしていたが、サラが追い払う。訓練場にいた冒険者や、訓練生たちも全て締め出されたうえで、サラは何らかの魔術具を動作させていた。

 特に見られて困ることもないのだが、かなり気を使ってくれているらしい。あぁ、儂というよりは、レグレイドにか。


 儂の剣はオズヴィンの時の戦いで壊れてしまっていたので、ギルド内で訓練用に使われている剣を借りて傀儡人形との模擬戦を行った。

 さすがに霊迅強化・纏は少し負荷が大きそうだと考え、ここでは霊迅強化・付与を試してみることにした。これは儂の体には強化を施さず、手に持つ剣に精霊の力を宿し、少しだけ剣の切れ味を増すだけのものだ。うまく傀儡人形を切り裂くことができたが、やはり剣は粉々になった。

 一か月の訓練程度ではまだ精霊の力を使いこなすまでには至らないか。どうにも加減が難しい。旅の間も基本訓練と、基礎的な霊迅強化のみでここまで来ていたから他の部分が全然足りない。実践も交えながら、どこまでできるのか確認する必要があるか。

 振り返ると、エルドリックとサラ、エリオスが信じられないものを見たというように、目を見開いている。

「あの人形、壊せるのか?マスター…」

「…初めて見たな」

 その後、ウルとルーヴァルもそれぞれ模擬戦を行ったのだが、ルーヴァルは人形を雷の魔法で粉々にし、ウルは傀儡人形を業火の炎で焼き尽くす。ルーヴァルはいつの間に雷を覚えたんだろうか。とても誇らしそうに吠える姿は愛らしいが、さすが雷牙狼。ウルはさすがといったところか。「ルーに負けないのだわ!」と変な対抗心を燃やしている。

「あーシノ君。君達の力量は分かった。本来であれば君くらいの年齢であればノービスから初めてもらうのが通例だ、だが、これだけできる人にノービスをやらせる時間ももったいない。私の権限で初級の冒険者として登録しておくよ」

 おめでとう、とエルドリックは儂の肩を叩き、「サラ、後は頼むよ」と言い訓練場から去っていく。エルドリックの後ろ姿は少し疲れているようにも見える。

「シノ様。本日は誠にありがとうございました。書類の受理と、実技はこれで終了いたしました。これからシノ様の登録証の準備をいたします。今回は少し特殊な対応となりますので、少々お時間をくださいませ。また明日足をお運びいただけますか?」

「ありがとうございます、サラさん。それにしても、儂相手にそんなに畏まらなくてもよいですよ。他の冒険者の方と同じように扱ってください」

 是非、エリオスさんと同じように、と伝えると、ちらりとエリオスを一瞥し、「それはできませんわ」とにこりとした笑顔が返ってきた。

「こほん。それでは、明日登録証を受け取りに来ていただいた際に、冒険者の依頼の受注やランクについての詳細な説明をさせていただきますね。お時間は三の鐘以降であれば対応が可能かと思います。以上となりますが、他にご質問やご不明な点はございますか?」

「一つお願いがあります。もしよければ、質の良い武具を扱っている店を紹介していただけませんか?」

武器が壊れてしまうので、相談できるような職人はいませんかと聞く。

「あぁ、確かに。模擬戦では剣が粉々になるという珍しい場面を見ることができましたのでお困りと思います。それでしたらそこのエリオスが詳しいですよ。エリオス!彼に良いお店を紹介してあげてくれないかしら?」

 彼は訓練場入り口近くの壁に難しい顔でもたれかかっていたが、サラに呼ばれると手を挙げた。

「任せな。俺が世話になってるところを教えてやる。少し気難しい店主だが、坊主なら大丈夫だろう」

 エリオスは二ッと挑発的な笑顔を見せながら親指を立てる。よろしいといった風にサラはこくりと頷く。

「では出口へご案内いたします。表だと少し騒がしいかと思いますので、裏口へ。こちらへどうぞ」

サラの誘導に従って訓練場を後にした。

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