違法薬物雑貨屋店主の裏商売

砂風

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Episode04

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 ここ最近はどしゃ降りの雨がザーザーと降りつづけており、普段以上に客足が遠退いている。これでは商売上がったりだ。

 なにもすることがない私は、在庫がもうギリギリしかないMDMAーーメチレンジオキシメタンフェタミンと、LSDーーリゼルグアシッドジエチルアミドをどうにか補填できないか思慮し、ひとまず愛のある我が家のリーダーである嵐山さんに電話をかけることにした。

『もしもし、かなたさん。何か御用でしょうか?』
「実はMDMAとLSDを仕入れていた組織が瓦解してしまって、この二種類だけ在庫がもうほとんどなくて……もし可能でしたら、相場より多少高くても良いので、売ってはいただけませんか?」

 電話口で嵐山さんはしばらく無言になる。
 なにか考え事をしているのだろうか?

『申し訳ないのですが、LSDはツテがありません。元々覚醒剤オンリーで商売しているものでして……』
「ですよね……無理を言って申し訳ありません」

 覚醒剤は愛のある我が家から調達できるし、大麻は個人で売買している三島さんから仕入れている。コカインはそうそう欲しがる客がほとんどいないから大丈夫だとしても、問題はMDMAとLSDだ。仕入れ先が捕まってしまったのだ。

『お待ちください。MDMAなら一応ツテがあります。お時間はいただきますが、そちらだけなら用意できますよ。いかがいたしましょうか?』
「!? ぜひ、ぜひともお願いします!」
『わかりました。提案がひとつあるのですが、LSDのツテが見つからない間は、ヘロインみたく扱わないようにしてはどうでしょうか?』

 たしかに、言われてみなくてもそうだ。
 在庫がなければ扱うことはできないのだから、そうするしかないだろう。

「そうすることにします。では、MDMAの件はお願いしますね」
『はい。それではまた後日、用意ができ次第連絡をさせていただきますね』

 話が終わり、念のため向こうが通話を切るまでこちらからは切らないで待機する。癖になってしまっているのだ。

「さて、こんな大雨じゃお客さんも来そうにないですわ」

 狭い店内をうろちょろしながら、埃が被った商品を綺麗に拭き取っていく。
 とはいえ、普通に雑貨を買いに来る客なんてほとんどいないのだから、飾りのような物でしかないけど、薬物売買を裏でしているのを隠すためのカムフラージュとして掃除は怠らない。
 しかし、どうにも気分が乗らず掃除が捗らない。

 ーーこういうときはアレを使うしかないだろう。

 売人は自身には使わないという逸話があるが、大抵の売人は自分自身でも乱用している。
 私とて、それは例外ではない。

 店の奥にある倉庫に入り、私はガラスパイプと覚醒剤を取り出した。
 静脈注射のほうが効き目はいいとされているが、とてもじゃないが自己注射なんて怖すぎる。
 だからこそ、倉庫に大量の注射器があろうとも使う気にはなれないのだ。

 私は覚醒剤を少しだけ粉々にして、ガラスパイプの中に入れる。ライターを幾つか用意したら、ガラスパイプの下から火を少しだけ離して炙っていく。
 徐々に溶けだしたら、蒸気になった覚醒剤の煙を肺へと吸い込んだ。
 ライターが熱くなったら異なるライターに変更し、覚醒剤が内部からなくなるまで繰り返した。

 焦げあとが全く残らず、黄色がかった色にもならない。上質な覚醒剤の証拠だ。
 気分が徐々にハイになってきたところで、私は倉庫から出て上機嫌になりながら掃除を再開した。

 覚醒剤を使うと、面倒くさいという感情がわからなくなる。それのおかげで、たびたび覚醒剤に頼る場面が多い。

 と、ここまでなら利点だけのように思われるかもしれないが、薬が抜けたあとは地獄のような不安などに苛まれ、また、連用すると耐性が着いてしまい、使う量が次第に増えていってしまうのだ。

 私は商売がら、覚醒剤でおかしくなった人物を大勢知っている。
 不安から逃れるため再使用をつづけ、依存してしまいやめられなくなる。不眠状態が5日もつづき、ついには妄想やパラノイア、幻覚や幻聴が現れる。そうなったらもうおしまいだ。

 つい先日も、覚醒剤をオーバードーズして悲惨な最後を遂げた人物もいた。
 そうならないためにも、私はたまにしか使わないし、量を増やしたりもしないよう心がけている。
 らんらん気分で店内を掃除していると、大雨なのにも関わらずカランカランと扉を開く音が聴こえてきた。

「あの、すみません。噂を聞いてやってきたのですが……」
「いらっしゃいませーーあら?」

 入ってきた男性は、どう見ても高校生、未成年にしか見えなかった。

「雑貨を買いに訪れたわけ……ではなさそうですわね」
「あ、は、はい」

 少年は緊張からか言葉がぎこちない。

「そんなに不安がらなくても大丈夫ですわ。ですが、残念ながら未成年には覚醒剤など違法薬物は売らないと決めているんです。せっかくいらっしゃったのに申し訳ありませんが、お引き取り願います」

 少年はそうじゃないと言いたげに頭を左右に振った。

「未成年に売れないのは違法薬物ですよね?」
「はい。まあ、一応そうですが……」

 はて?
 違法薬物を買いに来たわけでもなく、雑貨を買いに来たわけでもないなら、この子は何のためにここを訪ねてきたのだろう?

「おねがいします。睡眠薬を売ってほしいんです。最初は良く効く睡眠薬を処方されていたのですが、引っ越しのせいで病院を変えてからは、何度行っても軽い睡眠薬しか処方してもらえなくなりまして……それで困り果てていたときに、この雑貨屋かなたという店の噂を耳にしたのです。代金は割高でもかまいません。だから……よろしくお願いします!」
「そういうことでしたか……」

 うーん。いくら違法薬物ではないとはいえ、相手は未成年だ。
 しかも、向精神薬は販売や譲渡した側のみに罰則がある。
 簡単に入手先をうたう可能性のある子供相手に売るのは、いくら睡眠薬とはいえリスキーすぎる。

 ……しかし、睡眠薬や睡眠導入剤があまりに余っているのも事実だ。
 普通の客のなかでは、覚醒剤乱用者くらいしか購入していかない。
 在庫が溜まってしまっているのだ。

 ーーリスクもあるが、チャンスでもある。

「わかりました。ただし条件があります。それさえ死んでも守っていただけるのであれば、売って差し上げますわ」
「ほ、本当ですか!? はい! なんでも守りますから、条件を教えてください!」

 少年は先ほどまでの暗い表情とは一変し、きらきらと瞳を輝かせた。

「条件として、睡眠薬をここで購入したことは友達だろうと警察だろうと、誰にも絶対に言わないこと。もしも職務質問で所持しているのがバレたとしても、病院で処方してもらったと嘘を貫き通すこと。以上ですわ」
「つまり、睡眠薬を買ったと誰にも言わなければいいんですね」
「まあ、要するにそういうことです」
「了解です!」

 少年は力強く頷いた。
 一見すると真面目そうだし、第一向精神薬の密売で逮捕される人などほとんどいない。それらを総合して、売っても問題にはなりにくいと判断したのだ。

「で、睡眠薬には色々と銘柄ーー種類があるわけなんだけど、きみの欲しい睡眠薬はなんて名前かしら?」
「そんなに種類があるんですか? 名前、なんだったかな……すみません。見せてもらえませんか」

 あまり倉庫に入れさせたくはない。違法薬物のほうに興味を抱かれたら大変だからだ。

「なら、今から何種類か睡眠薬を持ってきますから、席に座ってお待ちください」
「わかりました」

 私は元気良く返事をする少年を後にし、倉庫の扉を開き中に入った。
 一通りメジャーな睡眠薬をいくつか持っていけばいいでしょうし、これとこれ、あとこれらでいいかな?
 私は倉庫から外に出て、カウンターに持ってきた睡眠薬を並べた。

 睡眠薬の名前はーーゾルピデム、トリアゾラム、フルニトラゼパム、そして、一応睡眠薬代わりにも使える抗不安薬のエチゾラムだ。

「この中にありますか?」
「えっと……あ、はい! ありました! このフルニトラゼパムという睡眠薬が過去に処方されていた薬です! お願いします。これを売ってくれませんか? 代金はどれくらい払えばいいのでしょうか?」

 うーむ、悩みどころだ。
 違法薬物の相場なら毎月チェックしているものの、睡眠薬の相場はほとんど見たことがない。
 稀に売る際は、ゾルピデム10mgやトリアゾラム0.25mgは2000円、エチゾラム1mgは1000円、フルニトラゼパム2mgは3000円にしているけれど、相手はまだまだ高校生の子どもだ。
 しかし、在庫は大量に溜まっている。

 安くしておけばリピーターになってくれるかもしれない。そうしたら在庫を減らすことができるかもしれない。悩んでしまう……。

「フルニトラゼパムですね。初回なので値段はサービスさせていただくので、1シート(10錠)2000円にさせていただきます。いかがします? 払えますか?」

 悩んだ末、どうにかリピーターにする方向に作戦を変えた。

「はい! 1シート2000円ですね? ならちょうど一万円を持ってきているので、5シート購入させてください!」

 はえー。最近の若い子って、意外とお金を持っているのか。ついつい感心してしまった。

「わかりました。多めに購入してくださったので、エチゾラムを1シートおまけで付けさせていただきますわ」
「本当ですか!? ありがとうございます! 主治医がエチゾラム嫌いで、それも出されたことがなかったんです!」

 少年は財布から一万円を取り出して渡してきた。
 私はそれを確認すると、一応カモフラージュのために封筒の中にフルニトラゼパム5シートとエチゾラム1シートを入れて渡した。

「ありがとうございました! きっとまた来るので、そのときはよろしくお願いしますね!」

 少年は頭を下げたあと、店内からどしゃ降りの中外に出ていった。

 覚醒剤を使っていたからといって、まさか少年相手に商売してしまうとは……。
 どれもこれも覚醒剤の薬効のせいに違いない。


 自分の責任を覚醒剤に押し付けながら、私は店内の掃除のつづきをはじめるのであった。

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