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Episode03
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本日は快晴なり。
雲ひとつない青空が広がっており、ピクニックにはもってこいの日だ。
……まあ、あまり外には出ない私には関係はないのですけどね。
私は入り口付近を掃いて掃除しながら、自虐的な呟きを漏らしていた。
まだかなまだかな、と客を待ちながらスマートフォンを弄っていると、見慣れないサングラスをした多少厳つい男性ーー少なくとも常連ではない客ーーが店内に入ってきた。
右手には、やや小ぶりな黒色のトランクケースを持っている。
「いらっしゃいませ」
一応、どのような客人でも満面なつくり笑顔で挨拶をした。
「ここでは覚醒剤やコカインが扱われているそうじゃねーか」
「ええと……」もしも警察の内偵だったらまずいと考え、言葉が濁る。「なにがほしいのでしょうか? 商品なら戸棚に置かれていますよ?」
しかし、身長180cm台の男性は話を聞いていないのか、手に持つトランクケースをカウンターにドサッと捨てるように置いた。
「あの……」
「かなたちゃんだっけ? きみの噂は予々耳にしているよ。なにやら違法薬物を裏で密売しているらしいじゃねーか」
威圧感を覚える口調で、私の質問には一切答える気配がないまま男性は追及してきた。
「あの、ですから何の用でしょうか? 冷やかしなら帰っていただけませんか? 何かほしいものがあれば」店内の壁を指差した。「あちらにある幸運を呼ぶブレスレットなどいかがでしょうか?」
「そんなかなたちゃんにお願いがあるんだよ」
ダメだ。現段階では会話がまるで成立しない。一方通行で怪しげな男に迫られてしまっている。
男性はトランクの蓋を開け、中身が見えるようにこちらに向けた。
「覚醒剤、コカイン、メチレンジオキシメタンフェタミン、リゼルグアシッドジエチルアミド、睡眠薬各種と豊富な薬物を扱っているかなたちゃんには、こいつらも捌いてほしいんだ」
「……これって」
そう。トランクケースの中に入っていたのは、綺麗にパッケージ毎に印刷されている大量の袋とリキッド。
見ただけでわかる。これは脱法ハーブという代物だ。
一時期若者のあいだで流行したせいで、危険ドラッグと通称が変えられてしまうほど、危険きわまりない薬物……いいえ、毒物とすらいえるかもしれない。
「ですが、危険ドラッグの類いは包括指定され軒並み違法薬物になったはずです。ですのに、なぜこんなに大量の危険ドラッグを持っているのでしょうか?」
「包括指定のせいで在庫が余りまくってるんだよ。だが捨てるのはもったいねーだろう? だからさ! かなたちゃんのお店で密売してよ。取り分は半々でいいからさ」
男性はねちねちとした口調で私を利用しようとしている。
嵐山さんみたいな異能力がなくても、私にもこの男性が考えている欲なんてみえみえだ。
たとえ私が逮捕されたとしても、私のせいだけになり、この男はのうのうと暮らし続けるのだろう。
私は怒りを通り越し呆れてしまった。
「申し出はありがたいのですが、丁重にお断りさせていただきます」
「うんうん、そうこなくっーーは? いまなんつった?」
「わかりませんか。お断りさせていただくと仰ったのです」
男性は青筋を額に浮かび上がらせ、カウンターのテーブルを力一杯殴った。振動でテーブルが揺れる。
「なんでだ! ああ? てめーは俺を舐めてんのか!? ああっ!?」
「脅しても無駄です。私には私なりのポリシーがあります」
「薬の売人風情の雌が! 本職に逆らえるとでも思ってんのか? ああ!」
こういう客ははじめてだ。
強気な態度で挑んだが、迫力に負けそうになる。
でも、引いたらダメだ。私が開店と同時に定めたルールを私が守らず誰が守るというのだ。だから、引くに引けない。
「ちっ……なにがポリシーだ。違法薬物売り捌いた時点でポリシーも倫理観もルールもあったもんじゃねぇ。試しに行ってみろや。そのポリシーを」
客ですらない面倒な人物が訪れたものだ。
きょうはもしかしたら厄日かもしれない。
「当店で密売している薬物というのは、基本的な量を守れば廃人になる恐れが低い娯楽用ドラッグのみなのです」
たとえば覚醒剤ーー二日に一回、もしくは毎日眠っていれば、幻覚や妄想などは現れない。暴れたりも滅多にしない。おかしくなる人間は大抵不眠不休で常用している人物のみとすらいえる。たしかに精神的依存性は他の薬物と比較しても非常に高いけど、身体的な依存性は皆無なため、やめるのに苦労はしない。といえば語弊になるが、やめられない、というより、やめたくない状態と言ったほうが正しいだろう。
ほかにはマリファナーー違法に指定されているのが不思議なくらいのナチュラルドラッグ。日本国内では未だに違法だけど、先進国のアメリカの一部の州では娯楽用使用が合法化されており、オランダでは全面解禁がなされている。癌の疼痛緩和やうつ病にも効果が期待されている。
覚醒剤の短時間版ともいえるコカインにも身体依存はほとんどない。
他にもMDMAやLSDは煙草よりも害が低いとする機関もあるくらいだ。
それと比較してみてどう思うだろう?
脱法ハーブも危険ドラッグも中身は同じだけど、私は路上で脱法ハーブを片手に『俺の腕がない俺の腕がない!』とコンクリートの上を自身の“両手”をつかって必死に探している不審者も見たことがある。
さらにいえば、警察官に俺が一番この国で偉いんだ! と叫び散らかして連行されていったひとも見た。
そのようなおかしな状況になるうえ、その反面依存性は身体・精神ともに滅茶苦茶高いとされている。まえにテレビで見た脱法ハーブの特集で、脱法ハーブに手を出したばかりに、五年間苦しみつづけているおばさんの様子も記憶に植え付けられてしまい、未だに覚えている。
覚醒剤、コカイン、大麻などでは、正しい使い方をしていればまずならない。
「客がどうなろうとこっちにゃ関係ねーだろうがよ!」
ガツンッとみたびテーブルを強打した。
鬱陶しい事態になってしまった。
これをどう潜り抜けるか迷っていたとき、カランカランと音が響き来客を知らせる合図が送られてきた。
「ようやく見つけたわ。久藤(くどう)。あなたの借金は膨れ上がっていくだけよ? 観念して現金200万、耳を揃えて出しなさい」
どうやら、この厳つい男性は、この美人といえる出で立ちの女性から借金をしているらしかった。
髪の毛はふわふわの栗毛をしており、綺麗な髪が腰の上まで届いている。
唯一奇抜だと思えたのは、もう二十歳をとっくに迎えているだろう容姿に反して、女子高生みたいな制服を着用している点だけだ。
「す、すすす少しだけ待ってくれ! 今すぐ金は用意する」久藤は女性から視線を私に移すと、トランクケースを叩いた。「早くこれを200万で購入してくれ! でないと俺が殺されちまう!」
一見すると、明らかにがたいの良い久藤のほうが強そうに思えるが、久藤は女性には歯向かわず、歯向かうそぶりも見せない。
私に向かって、早く金を出してくれーーと言わんばかりの必死の形相で金を要求してくる。
「何度も説明したとおりです。雑貨屋かなたでは、ヘロインと危険ドラッグは取り扱いできません」
「ですって。さあ、久藤。あなたの新しい仕事先に行きましょ」
「ま、ままま待ってくれ! 頼む!」
「その言葉は既に三回も聞いているわ。仏の顔も三度まで。よく聞く諺でしょ? 覚悟を決めなさい」
すると、身体を震わせていた久藤の震えが止まると、拳を強く握りしめ、大きく背後に振りかぶり女性の顔面を殴り付けようとした。
「ひっ!」
思わず悲鳴が漏れてしまう。
だが……。
だがしかし……。
久藤が全力で振り抜いた拳は宙に触れただけだった。
「え……?」
と驚いた次の瞬間。いや、寸刻も経っていなかったかもしれない。
女性は突如久藤の背後斜め上空に現れると、そのまま久藤の後頭部に両足でドロップキックをお見舞いした。
久藤が前方に力を注ぎ込んでいる状態で襲い掛かる背後からの強烈な蹴り技。
久藤は堪らずうつぶせになり床に倒れた。
女性はそれだけでは攻めを緩ませず、久藤を仰向きに蹴って転がし、喉めがけて両手で拘束した。全力で首を締めること一分ーーいや、もっと短い時間だったのかもしれない。
女性が久藤から離れても、久藤は一向に動こうとしなかった。
「あ、あの……まさか殺してはいません……よね?」
戸惑いながらも女性に問いかけた。
自分の愛する店で殺人が起こっただなんて笑い話にもならない。
「大丈夫よ。気絶させただけだから。こいつには借金200万円分の働きをしてもらわないといけないしね」
女性は華奢な見た目とは裏腹に力はあるらしく、久藤をお姫様抱っこのように持ち上げた。
「あの、ありがとうございます。助かりました」
「どういたしまして。あなたがかなたさんね?」
「え……どうして私の名前を存じているのでしょうか?」
と言いつつも、たしかに表の看板に堂々と雑貨屋かなたと書かれているのを思い出した。
とはいっても、偽名だとは思わなかったのだろうか?
「瑠奈や沙鳥から話は聞かせてもらっているもの。愛のある我が家の顧客の名前くらい、私だって覚えていられるわ」
瑠奈、沙鳥ーーああ!
微風瑠奈さんと嵐山沙鳥さんの知り合いだったんだ!
「あまり関わらないかもしれないけど、一応名乗っておこうかしら」
「そうですね。ぜひ、おねがいします」
少なくとも愛のある我が家の名前が出たのだから、嵐山さんや瑠奈さんの仲間に違いない。
訊いておくだけ訊いておこう。
後々、なにか問題に直面したとき、助けてくれそうなひとは増やしておくに越したことはない。
下心満載な自分が恥ずかしくなっていくけど、生きるためには必要なことなんだ。と、自身を納得させた。
「私の名前は青海舞香(あおみまいか)、愛のある我が家の元リーダーよ。さっき見せた異能力は空間置換の応用ね」青海さんは財布を取り出し、名刺を渡してきた。「なにか困ったことがあったら連絡してね。もちろんただではないけど、お安くしておくから」
青海さんに手渡された名刺を観察してみる。
そこには青海舞香という名前、所属先である愛のある我が家が書かれている。
さらに下には電話番号が書かれており、隣には金融担当となっていた。
……金融というより、金貸しというより、闇金なんじゃないだろうか?
先ほどのやり取りを見物していたら、そうとしか思えない。
「それじゃ、私は帰るわね」
「はい。今回は本当に助かりました」
店外に停車してある車までお見送りをしたあと、私は自分の店の中へと入るのだった。
雲ひとつない青空が広がっており、ピクニックにはもってこいの日だ。
……まあ、あまり外には出ない私には関係はないのですけどね。
私は入り口付近を掃いて掃除しながら、自虐的な呟きを漏らしていた。
まだかなまだかな、と客を待ちながらスマートフォンを弄っていると、見慣れないサングラスをした多少厳つい男性ーー少なくとも常連ではない客ーーが店内に入ってきた。
右手には、やや小ぶりな黒色のトランクケースを持っている。
「いらっしゃいませ」
一応、どのような客人でも満面なつくり笑顔で挨拶をした。
「ここでは覚醒剤やコカインが扱われているそうじゃねーか」
「ええと……」もしも警察の内偵だったらまずいと考え、言葉が濁る。「なにがほしいのでしょうか? 商品なら戸棚に置かれていますよ?」
しかし、身長180cm台の男性は話を聞いていないのか、手に持つトランクケースをカウンターにドサッと捨てるように置いた。
「あの……」
「かなたちゃんだっけ? きみの噂は予々耳にしているよ。なにやら違法薬物を裏で密売しているらしいじゃねーか」
威圧感を覚える口調で、私の質問には一切答える気配がないまま男性は追及してきた。
「あの、ですから何の用でしょうか? 冷やかしなら帰っていただけませんか? 何かほしいものがあれば」店内の壁を指差した。「あちらにある幸運を呼ぶブレスレットなどいかがでしょうか?」
「そんなかなたちゃんにお願いがあるんだよ」
ダメだ。現段階では会話がまるで成立しない。一方通行で怪しげな男に迫られてしまっている。
男性はトランクの蓋を開け、中身が見えるようにこちらに向けた。
「覚醒剤、コカイン、メチレンジオキシメタンフェタミン、リゼルグアシッドジエチルアミド、睡眠薬各種と豊富な薬物を扱っているかなたちゃんには、こいつらも捌いてほしいんだ」
「……これって」
そう。トランクケースの中に入っていたのは、綺麗にパッケージ毎に印刷されている大量の袋とリキッド。
見ただけでわかる。これは脱法ハーブという代物だ。
一時期若者のあいだで流行したせいで、危険ドラッグと通称が変えられてしまうほど、危険きわまりない薬物……いいえ、毒物とすらいえるかもしれない。
「ですが、危険ドラッグの類いは包括指定され軒並み違法薬物になったはずです。ですのに、なぜこんなに大量の危険ドラッグを持っているのでしょうか?」
「包括指定のせいで在庫が余りまくってるんだよ。だが捨てるのはもったいねーだろう? だからさ! かなたちゃんのお店で密売してよ。取り分は半々でいいからさ」
男性はねちねちとした口調で私を利用しようとしている。
嵐山さんみたいな異能力がなくても、私にもこの男性が考えている欲なんてみえみえだ。
たとえ私が逮捕されたとしても、私のせいだけになり、この男はのうのうと暮らし続けるのだろう。
私は怒りを通り越し呆れてしまった。
「申し出はありがたいのですが、丁重にお断りさせていただきます」
「うんうん、そうこなくっーーは? いまなんつった?」
「わかりませんか。お断りさせていただくと仰ったのです」
男性は青筋を額に浮かび上がらせ、カウンターのテーブルを力一杯殴った。振動でテーブルが揺れる。
「なんでだ! ああ? てめーは俺を舐めてんのか!? ああっ!?」
「脅しても無駄です。私には私なりのポリシーがあります」
「薬の売人風情の雌が! 本職に逆らえるとでも思ってんのか? ああ!」
こういう客ははじめてだ。
強気な態度で挑んだが、迫力に負けそうになる。
でも、引いたらダメだ。私が開店と同時に定めたルールを私が守らず誰が守るというのだ。だから、引くに引けない。
「ちっ……なにがポリシーだ。違法薬物売り捌いた時点でポリシーも倫理観もルールもあったもんじゃねぇ。試しに行ってみろや。そのポリシーを」
客ですらない面倒な人物が訪れたものだ。
きょうはもしかしたら厄日かもしれない。
「当店で密売している薬物というのは、基本的な量を守れば廃人になる恐れが低い娯楽用ドラッグのみなのです」
たとえば覚醒剤ーー二日に一回、もしくは毎日眠っていれば、幻覚や妄想などは現れない。暴れたりも滅多にしない。おかしくなる人間は大抵不眠不休で常用している人物のみとすらいえる。たしかに精神的依存性は他の薬物と比較しても非常に高いけど、身体的な依存性は皆無なため、やめるのに苦労はしない。といえば語弊になるが、やめられない、というより、やめたくない状態と言ったほうが正しいだろう。
ほかにはマリファナーー違法に指定されているのが不思議なくらいのナチュラルドラッグ。日本国内では未だに違法だけど、先進国のアメリカの一部の州では娯楽用使用が合法化されており、オランダでは全面解禁がなされている。癌の疼痛緩和やうつ病にも効果が期待されている。
覚醒剤の短時間版ともいえるコカインにも身体依存はほとんどない。
他にもMDMAやLSDは煙草よりも害が低いとする機関もあるくらいだ。
それと比較してみてどう思うだろう?
脱法ハーブも危険ドラッグも中身は同じだけど、私は路上で脱法ハーブを片手に『俺の腕がない俺の腕がない!』とコンクリートの上を自身の“両手”をつかって必死に探している不審者も見たことがある。
さらにいえば、警察官に俺が一番この国で偉いんだ! と叫び散らかして連行されていったひとも見た。
そのようなおかしな状況になるうえ、その反面依存性は身体・精神ともに滅茶苦茶高いとされている。まえにテレビで見た脱法ハーブの特集で、脱法ハーブに手を出したばかりに、五年間苦しみつづけているおばさんの様子も記憶に植え付けられてしまい、未だに覚えている。
覚醒剤、コカイン、大麻などでは、正しい使い方をしていればまずならない。
「客がどうなろうとこっちにゃ関係ねーだろうがよ!」
ガツンッとみたびテーブルを強打した。
鬱陶しい事態になってしまった。
これをどう潜り抜けるか迷っていたとき、カランカランと音が響き来客を知らせる合図が送られてきた。
「ようやく見つけたわ。久藤(くどう)。あなたの借金は膨れ上がっていくだけよ? 観念して現金200万、耳を揃えて出しなさい」
どうやら、この厳つい男性は、この美人といえる出で立ちの女性から借金をしているらしかった。
髪の毛はふわふわの栗毛をしており、綺麗な髪が腰の上まで届いている。
唯一奇抜だと思えたのは、もう二十歳をとっくに迎えているだろう容姿に反して、女子高生みたいな制服を着用している点だけだ。
「す、すすす少しだけ待ってくれ! 今すぐ金は用意する」久藤は女性から視線を私に移すと、トランクケースを叩いた。「早くこれを200万で購入してくれ! でないと俺が殺されちまう!」
一見すると、明らかにがたいの良い久藤のほうが強そうに思えるが、久藤は女性には歯向かわず、歯向かうそぶりも見せない。
私に向かって、早く金を出してくれーーと言わんばかりの必死の形相で金を要求してくる。
「何度も説明したとおりです。雑貨屋かなたでは、ヘロインと危険ドラッグは取り扱いできません」
「ですって。さあ、久藤。あなたの新しい仕事先に行きましょ」
「ま、ままま待ってくれ! 頼む!」
「その言葉は既に三回も聞いているわ。仏の顔も三度まで。よく聞く諺でしょ? 覚悟を決めなさい」
すると、身体を震わせていた久藤の震えが止まると、拳を強く握りしめ、大きく背後に振りかぶり女性の顔面を殴り付けようとした。
「ひっ!」
思わず悲鳴が漏れてしまう。
だが……。
だがしかし……。
久藤が全力で振り抜いた拳は宙に触れただけだった。
「え……?」
と驚いた次の瞬間。いや、寸刻も経っていなかったかもしれない。
女性は突如久藤の背後斜め上空に現れると、そのまま久藤の後頭部に両足でドロップキックをお見舞いした。
久藤が前方に力を注ぎ込んでいる状態で襲い掛かる背後からの強烈な蹴り技。
久藤は堪らずうつぶせになり床に倒れた。
女性はそれだけでは攻めを緩ませず、久藤を仰向きに蹴って転がし、喉めがけて両手で拘束した。全力で首を締めること一分ーーいや、もっと短い時間だったのかもしれない。
女性が久藤から離れても、久藤は一向に動こうとしなかった。
「あ、あの……まさか殺してはいません……よね?」
戸惑いながらも女性に問いかけた。
自分の愛する店で殺人が起こっただなんて笑い話にもならない。
「大丈夫よ。気絶させただけだから。こいつには借金200万円分の働きをしてもらわないといけないしね」
女性は華奢な見た目とは裏腹に力はあるらしく、久藤をお姫様抱っこのように持ち上げた。
「あの、ありがとうございます。助かりました」
「どういたしまして。あなたがかなたさんね?」
「え……どうして私の名前を存じているのでしょうか?」
と言いつつも、たしかに表の看板に堂々と雑貨屋かなたと書かれているのを思い出した。
とはいっても、偽名だとは思わなかったのだろうか?
「瑠奈や沙鳥から話は聞かせてもらっているもの。愛のある我が家の顧客の名前くらい、私だって覚えていられるわ」
瑠奈、沙鳥ーーああ!
微風瑠奈さんと嵐山沙鳥さんの知り合いだったんだ!
「あまり関わらないかもしれないけど、一応名乗っておこうかしら」
「そうですね。ぜひ、おねがいします」
少なくとも愛のある我が家の名前が出たのだから、嵐山さんや瑠奈さんの仲間に違いない。
訊いておくだけ訊いておこう。
後々、なにか問題に直面したとき、助けてくれそうなひとは増やしておくに越したことはない。
下心満載な自分が恥ずかしくなっていくけど、生きるためには必要なことなんだ。と、自身を納得させた。
「私の名前は青海舞香(あおみまいか)、愛のある我が家の元リーダーよ。さっき見せた異能力は空間置換の応用ね」青海さんは財布を取り出し、名刺を渡してきた。「なにか困ったことがあったら連絡してね。もちろんただではないけど、お安くしておくから」
青海さんに手渡された名刺を観察してみる。
そこには青海舞香という名前、所属先である愛のある我が家が書かれている。
さらに下には電話番号が書かれており、隣には金融担当となっていた。
……金融というより、金貸しというより、闇金なんじゃないだろうか?
先ほどのやり取りを見物していたら、そうとしか思えない。
「それじゃ、私は帰るわね」
「はい。今回は本当に助かりました」
店外に停車してある車までお見送りをしたあと、私は自分の店の中へと入るのだった。
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