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第四章 国難

その三十 美女二人

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 登録を終えて時をおかず、受付嬢が口を開いた。

「あのー、言い忘れちゃってたんですけど、Eランクの内は一月に一度は依頼をこなさないといけないのでお気を付けください……」
「……あの、それって俺の時も言ってましたか?」
「……言ってませんね」

 責めるような目を向けると、受付嬢は視線をそらした。
 ラナとロベリアも呆れ顔である。
 確認しておく必要があるな、とテイルは口を開いた。

「その場合、どうなるんですか?」
「登録は解除、次に登録する時はお金が必要になります……すいませんでした」

 完全にやらかしている。
 テイルは嘆息した。
 それは間違いなく、登録時に伝えておかなければならないことだ。
 妙な新人に動転していたのだろうが、大問題だ。

「……まぁ、気にしないでおきますので、次から気を付けてください」
「はいぃ……」

 情けない声を漏らす受付嬢を見て心配になるが、恐らく彼女は新人のなのだろう、と勝手に納得し、他の先輩受付嬢に任せることにした。
 そして離れた位置にある依頼板を何気なく眺めていた時。
 ふと、気になったことが口をついて出た。

「討伐した後って……」
「はい?」
「ただ討伐するだけの依頼ってありますよね?納品とかじゃなくて。そういう場合、どうやって証明するんですか?」
「あ、はい……その場合は、魔獣ごとに特定の部位を持ち帰ることで証明になります」

 これです、と受付嬢はカウンターの周囲を探り、分厚い革張りの本を差し出した。
 拳一つ分ほどの厚さがある本は、バンッと音を立ててカウンターに乗せられる。

「ええっと……討伐証明部位を纏めたものです。いっぱいありますが、ランク別に並べられているので依頼の前にでも読んでください」
「分かりました。……ちょっと見せてもらえますか?」
「えっ、はいっ、どうぞ」

 慌てる受付嬢を他所に、テイルは本を開いた。
 魔獣図鑑というわけではなく、簡単に名前と討伐証明のための部位のみが記載されている。
 バラララッと全ての項目に目を通したテイルは、本を閉じた。

「助かりました。ありがとうございます」
「えっ?は、はい、どういたしまして」

 戸惑っているのは、何も受付嬢だけではない。
 ラナとロベリアも同じく困惑している。

「ご主じ、テイルさん。全て読めたんですか?」
「ん?……ああ」

 呼び違えそうになりながら疑問を呈するラナに、テイルは納得の呟きを落とした。

「まぁ、俺の場合は特殊だからな」

 その言葉だけで全て理解したように、二人の美女は頷いた。
 魔獣血石を喰らったことにより得た能力。それが答えだろうと、理解していた。
 唯一疑問が氷解していないのは受付嬢のみである。

 しかしそれ以上話すことはないと、ギルドを出ようとした時。
 惚けていた冒険者の一人が、口を開いた。

「なぁおい、そんなガキじゃなくて俺と一緒に冒険しねぇか?ン?」

 体は鍛えられているようだが、どう考えても頭が足りない男だった。
 特に先日のテイルが行った惨劇を知っている者などは、顔を真っ青にしている。
 同じく美女二人に声をかけようとしていたであろう男達は他にもいたが、幸い実際に声をかけたのは一人だけだった。
 仲間に引き留められている様子を見ると、彼らは幸運だったのだろう。
 よこしまな想いで声をかけた、かけてしまった男と違って。


「話しかけるな、下種が」


 ロベリアが放った暴言に、ギルドの温度が下がる。
 心底不快そうな美女は、ロベリアだけではない。
 ラナも同じく冷ややかな目で、その男を睨みつけていた。

 力のない者は、口から泡を噴いた。
 力のある者は、美女から感じる気配に目を見開いた
 怒りで顔を真っ赤にした男は、言い返そうとしてやめた。
 否、出来なかったのだ。
 体が不自然に震え、口からカチカチと音が鳴るのみだ。
 それが本能的な恐怖によるものだと気付くには、男は経験が足りなかった。

 階段を慌てて駆け下りてきた赤髪の男、王都冒険者ギルドの長ローグが頬を引き攣らせ、屈強な冒険者を普段から相手にしている受付嬢が怯える中。
 渦中の美女は、口を開いた。

「邪な考えで雑魚が私を誘うというのなら。貴様の様な馬鹿が、私に話しかけるというのなら」

 そこでロベリアは、一旦言葉を切った。
 笑みを浮かべてテイルを見る。
 テイルの嘆息をどこ吹く風と受け流し、口を開いた。

「そこの我が主に勝ってからにせい。なぁ、我が主?」

 視線を向けられるテイルは、嘆息を紡いだ。
 凄まじい威厳と力を見せつけた美女は、妖しく笑った。

 そして。
 そんな美女には、「余計なことを言うな」という言いつけを破った美女には。
 後で少年からの雷が落ちることになる。

 比喩抜きで。


 ◇◇◇


「……えっと、大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫です」

 怪しむ前に心配の声をかけた門衛に、テイルはにこやかにそう宣った。
 一方で。
 何故かプスプスと焦げた様相のロベリアは、「何故じゃあ……」と疑問の呟きを零す。
 ラナの呆れるような――それでいて頬を引き攣らせた――顔を向けられている。
 服は全く焦げていないあたり、それを行った人物テイルの技術の高さが窺える。

「テイルさんですね?国王様から聞いております」

 先ほど心配そうにしていた門衛とは違う人物が、確認の声を飛ばす。
 どうやら眼前の兵士は優秀な人物らしい、とテイルは思った。
 ただの子供にしか見えないテイルに敬語を使っているあたり、間違いないだろう。

「ただ、その……後ろのお二方は?」

 顔をやや赤く染めながら、中年と思しき兵士は問いかけた。
 服装は町娘であれど、現実離れした美貌を持つ美女が二人。
 むしろその程度で済んでいるのは、普段から人並み以上の相貌を持つ王族を見ているからかもしれない。
 聞かれることは予想していたため、特に慌てることも無く言葉を返す。

「俺の仲間です。問題があれば出直しますが」

 それ以上動揺を見せることなく、中年の兵士は「確認してきます」と門の中に駆け込んだ。

(ラナとロベリアを連れてきたのは不味かったか?……厄介なことにならないと良いんだけどな)


 ――そんなテイルの願いは、届かない。


 ◇◇◇



「――で、その美女二人は何なのかな、テイル?」

 溜息を吐くテイル。
 笑みを浮かべながらも鬼神の如き怒りを発する少女ルン
 ニヤニヤと笑うロベリア。
 僅かに口角を上げるラナ。
 何故か安堵を滲ませる国王アガラ―ト
 額に手を当て冷や汗を流す苦労人レイン
 困惑、安堵、怒り、と器用に百面相を行うロヴィア。

 混沌世界カオスである。

「ルン、この二人は俺の仲間だ」
「へぇー、昨日はそんな話少しも出なかったよね?何で突然美人が仲間になるの?」
「それは……」

 言葉に詰まるテイル。
 ルン達には勇者や魔王のことは説明していない。
 故にラナとロベリアのことは「かなり強い仲間」ということにしようと考えていた。
 だが確かに。
 突如現実離れした美女が仲間になるというのは、明らかにおかしい。
 一人ならばまだしも、二人である。
 邪推されるのも仕方が無いことは確かであった。

「何だって良いのでは?それとも私たちがテイルさんの仲間以上の関係だったりすると、困ることでも?」
「うっ……え、えっと、それは……」

 言葉に詰まるのは、ルンの番だった。
 慌てる彼女は、責めるような口調のラナが意地悪な笑みを浮かべていることに気づかない。

「……娘を虐めるのは、そこまでにしてもらいたい」

 助け船を出したのは、アガラ―トである。
 しかし厳粛なその顔は、次の瞬間ニヤリと歪んだ。

「いやしかし、意外と手が早いではないか。なぁテイル?」
「えいっ!」
「ぐほぁっ!?」

 ルンの渾身の一撃がアガラ―トの頬に刺さる。
 レベル100の壁を超えているとはいえ、可愛らしい掛け声と共に放たれたとはいえ、レベル99の全力だ。
 ご丁寧に身体強化の魔法まで使っている。
 アガラ―トは情けない声を出して吹っ飛んだ。
 レインが溜息を吐いて頭を振る。
 彼は主君の安堵の理由が娘が取られないか心配する親心だと見抜いていた。

「……はぁ。余計な邪推はしないでくれ。二人はただの仲間だ。な?」
「さぁ……どうでしょう」
「ふむ……ただの仲間、とは限らんの」

 場を収めようというテイルの想いも、美女二人には届かない。
 しかも一人は意図的に。
 叫びたい衝動を抑えながら、テイルは弁明を続けた。

「とにかく、二人はただの仲間だ。分かったな?」
「……うん。まぁ一応……」

 明らかに納得していない様子のルンだが、一旦は怒りを抑えた。
 中々話題が進まないことに苦悩しながら、テイルは口を開いた。
 本題を切り出すために。


「――で?俺は何をすればいいんだ?」
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