ドラゴンと龍のサーガ ~反逆の竜~

西八萩 鐸磨

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2.大森林

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◇◇◇◇◇◇◇

本国から乗ってきた馬車に揺られて城を出ると、やがて街道は穀倉地帯を抜け、大森林地帯へと入った。

「サラ、今日はどのあたりまで行けそう?」

ルシルは、侍女の一人である青髪の少女に力なく尋ねた。

本国からついてきたとも周りの者たちは、すでにほとんどが帰国し、今はこの装飾ばかりがきらびやかな馬車に同乗する、サラと呼ばれた侍女と、もう一人の侍女・・ソラ・・赤髪の少女の他は、ヴァイシュが形ばかりに付けた、護衛の兵が5人、それと御者の9人がこの一行のすべてだった。

「ルシル様、この大森林の中で野営するのは危険が大きすぎます。ですので、なんとかこの森を抜けて、国境の大山脈の麓の町で一泊したいと考えております!」

サラは、いまだに顔色の戻らないあるじの様子を気遣い、ことさら明るく装って答えた。

「なんでも、その町は名物の肉料理が美味しいらしいですよ!え~と、なんの肉だったっけかなあ・・・」

ソラが、人差し指をこめかみにあてて、小首をかしげる。

「ソラは、いつでも食い意地が張っているのね」

ルシルは、赤髪の少女の仕草に、おもわず微笑んだ。

「その割に、肉の名前を忘れるなんて、ソラは頭の中まで胃袋が広がっているのかしら?」

サラは、主の様子の変化に気が付いて、同僚を更にからかってみる。

「サラちゃん、そんなこと言うと、これからは美味しいお料理作ってあげないからね!」

ソラは小さなこぶしを振り上げ、頬を膨らませる。

「ウフフ。それは大変!そんなことになったら、サラが餓死しちゃうわね」

ルシルは、そんな二人の様子にとうとうたまらず、吹き出してしまったのだった。



樹々に囲まれた街道沿いの一角で、昼休憩をしたのちに、馬車は再び走り出した。

もうそろそろ午後3時をまわり、森の中は少しだけ日が陰り始めた。

相変わらず、サラとソラの掛け合いを笑みを浮かべてルシルが眺めていた時、不意に2人の少女の動きが止まった。

3人の視線が交錯し、互いに頷き合う。

と、同時に馬の嘶きとともに、馬車も急停止する。

それに伴い大きく馬車が揺れる前に、すでに青髪の少女は向かいの席からルシルの隣へ移動し、赤髪の少女の姿は馬車の中にはいなかった。

サラはどこからか取り出したレイピアを片手に、ルシルを守るような体勢をとり、馬車の外に意識を集中させている。



『ウォーオー!』

「ま、魔獣だ!!」

何かの雄叫びが聞こえ、続いて御者の悲鳴に近い叫び声が響いた。

「相手は2匹だけだ!」

「なんとかなる!」

護衛の兵たちが声を上げる。


馬車の外では、周りを5人の兵が守るように囲んでいた。

御者は、御者台の上で身を竦めてガタガタと震えている。

兵たちの内、2人は弓を構え、2人は槍を、残る1人は長剣と盾を構えて、樹々の間から姿を現した全身毛むくじゃらの、ゆうに2m以上はある巨体の魔獣を睨みつけた。

魔獣の顔はオオカミそのものでありながら、獣の狼と決定的に違うのは、革鎧を着て、手には錆びた長剣を持ち、なにより二本の足で立っていることだった。

「怯むな!矢で1匹を牽制して動きを止めて、残りの1匹を3人で囲んで仕留めるんだ!」

長剣を持ったリーダー格の兵が、指示を出す。

「2匹じゃないわ、その10倍だよ」

馬車の屋根の上から女の声が降ってきた。

そこには、赤髪の少女が、鎖分銅をクルクルと回しながら、笑みを浮かべて2匹の魔獣の向こう側の森を見つめ、腰掛けていた。

分銅の反対側には、草刈り鎌が付いており、分銅を回す手と反対側の手で、その鎌を構えている。

「「「「「!!!!!」」」」」

ソラの言葉が聞こえたかのように、奥の木々の間から残りの18匹が姿を現した。

「わっ、わーーーー!!」

それまで震えて固まっていた御者が、悲鳴のような雄叫びをあげながら、馬車を置いて元来た道を駆け戻って行ってしまった。

「チッ・・・」

「「「「・・・・」」」」

それを見たリーダー格の兵が、他の4人に目配せをすると、武器を構えたままゆっくりと馬車の周りから後退を始めた。

「ちょっと、どこに行くつもりかな?」

ソラが魔物から目線を外さずに、兵たちに声をかける。

「ひけ!」

兵たちはその問いかけには答えずに、リーダー格の兵の一言で、一斉に御者と同じ方向に駆け去っていった。

「しょうがない・・かな?」

ソラはニコリと笑うと、屋根の上から音もなく跳び上がった。

そして、馬車と最初の2匹の間に着地すると、一気に加速して魔獣に迫り、鎌と分銅でほぼ同時に両断し粉砕する。

それからは、生き物のように伸び縮みする鎖の武器によって、わずかの間に次々と魔獣が屠られていく。

「い~ち、に~い、さ~ん・・・」

斃す度に数え歌を唄うように、数を数えていく。

「じゅうは~ち、じゅうく・・・にっ・・」

最後の1匹を数えようとした時、後ろの首筋に凄まじい殺気を感じた。

これまでよりもはるか上方から繰り出される鋭い斬撃に、対応しきれないと思ったその時、どこからか何かが現れ、その斬撃を生み出そうとした巨大な前脚を斬り飛ばした。

巨大な前脚には、当然それに見合う凶悪な鋭い爪が付いており、それによる斬撃は即死は免れないと思われた。

だが今は、なめらかな切断面を見せる脚の付け根より先は、そこに存在しなかった。

「お嬢さん、詰めの甘さは命取りになりますよ」

くれない色のハーフコートの様な衣服を着て、吸い込まれるような深紅色をした細身で片刃の長剣を持った若い男が、ソラの背に自分の背を預けるような位置に立って、耳元に口を寄せてささやいた。








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