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34.それぞれの思い
しおりを挟む<アテルイ サイド>
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
3月21日の深夜、国府~多賀城~へ続く街道を、2つの大きな影が疾駆していた。
その影は、豊かな毛並みをなびかせて、風となって飛んで行くようであった。
時おり顔を覗かせる月明かりに、瞬間浮かび上がったその姿は、2頭の大きな狼だった。
銀狼レラよりは二回りばかり小さいが、それでも普通の狼よりは相当大きい。
2頭の毛色は、白と黒だった。
白は、雪のように白く、黒は、漆黒の闇夜のように黒い。
その狼たちの背には、それぞれ小さな子どもが乗っている。
必死に狼のたてがみを掴んで、振り落とされまいとしているのは、アテルイとモレの二人だった。
************
--二日前、アテルイたちは、レラに言われた。
「どうやって国府まで行くんだ?」
レラは、戦争の時、主人である呰麻呂のそばにいなくてはならない。
だから、そのレラに頼むわけにはいかなかった。
小さな自分たちの足では、到底、戦争が終わるまでに、多賀城にたどり着けるはずがなかった。
「では、こうしよう。」
うつむいたまま、何も言えなくなった二人に、レラが言った。
『アオ~~~ン。』
レラが一度、遠吠えをする。
すると、しばらくしてその背後に、2つの影が音もなく現れた。
「クンネとレタルだ。人の言葉は話せぬが、聞き分けることは出来る。」
そこにいたのは、レラを二回り小さくした大きさの、黒い狼と白い狼だった。
************
朝方、多賀城の城下の外れにある、森の中にたどり着くと、クンネとレタルをその場に待たせて、アテルイとモレは、朝もやの中、城下に入っていった。
もうすでに起き出している人たちも結構な数がいて、店の前を掃いていたり、荷車が走っていたりと、田舎育ちのアテルイたちには、それだけで身をこわばらせるのに十分であった。
国衙の南大門の前まで歩いてきたアテルイは、その巨大な偉容を見上げみて、立ちすくんでしまった。
「でっけーな。」
となりで、モレがつぶやく。
門は、まだ開いていなかった。
しばらく二人でボーッと門の前で突っ立っていると、ようやく鈍い音を立てて、巨大な門扉が開き始めた。
途端に、何人もの官人らしき高そうな衣を着た人たちが、出入りしはじめた。
「ホラホラ、ぼうず。そんな所に突っ立っていると、じゃまだ!」
その内の一人に、モレが突き飛ばされた。
「な、何しやがる!」
その様を見て、アテルイが突き飛ばした官人に突っかかろうとした。
「ア、アテルイ兄。大丈夫だ。」
モレは、すぐに自分で起き上がり、アテルイのことを引き止めた。
「モレ、あいつはお前のことを、突き飛ばしたんんだぞ!」
「いまここで、騒ぎを起こすと、ノンノたちを助けられない・・。」
アテルイは、モレの言葉にハッとした。
「ゴメンよ。そうだな、俺たちには、やることがあったな。忘れるとこだった、ありがとな。」
「ううん。こんなのどうってことないし、それに、俺はアテルイ兄の右腕だからな!」
そう言って、モレが胸をそらした。
「ふん、俺がいつ、お前のことを右腕って言ったっけ?」
「俺が勝手に、そう決めたんだ。」
二人は笑顔で見つめ合うと、改めて門の中に入る方法を探り始めた。
だが、門の両脇には衛兵が立っており、入る人のことを確認していたし、ましてや、見窄らしい格好のアテルイとモレのことを容易に入れてくれるとは、考えられなかった。
しかたなく、外壁の周りを二人はあるき始めた。
しばらく行くと、東門が見えてきたが、普段はこの門は閉ざされているようで、取り付くすべがなかった。
やがて北門に到着したが、この門も閉まっていた。
「なあ、アテルイ兄。たぶんだけど、次の西門も閉まっているぞ、きっと。」
「ああ・・。」
結局二人は、元の南門に戻ってきた。
「どうする?アテルイ兄。」
モレが、アテルイの顔を見上げる。
「俺、大事なこと忘れてた。」
「なに?」
「ノンノがこの中に、確かにいるかどうかを確認しないと駄目だった。」
「そんな大事なこと忘れるなよ。」
「悪かったな。」
アテルイは、とりあえず、城下の人たちに話を聞いて、確かめることにした。
するとやはり、ノンノとその母、呰麻呂の妻は、国衙の中にいるらしい。
通常は、有力な郡司や郷司の妻子は、城下に館を与えられてそこに住んでいるのだが、何故か広純たちが国府を立つ際に、大楯のはからいで、国衙内に建物を与えられてそこに移動したという。
「どうすればいいんだ?」
すでに、22日の午後である。
反乱は、始まっているはずである。
早くしなければ、この国府に状況が報告されてしまう。
アテルイは焦った。
だが、いくら歩き回っても、糸口は見つからなかった。
幼い日に一緒に遊んだ、ノンノの笑顔がアテルイの脳裏に浮かんだ。
夕日に染まる城下で、朱く頬を照らされて、アテルイは唇を噛みしめていた。
そんなアテルイのことを見て、モレも同じように唇を噛みしめた。
結局、収穫のないまま、二人はクンネとレタルの元へ戻った。
アテルイは、二頭に今日のことを説明した。
二頭は何も言わないが、黙ってアテルイの話に耳を傾けているようだった。
話をし終わると、ふいにクンネが姿勢を低くして、背中をアテルイに向けてきた。
レタルも同じ姿勢を、モレに向ける。
「乗せてってくれるのか?」
アテルイが問いかける。
クンネが首を縦にふった。
「あの中は危険だよ?お前たちには、関係のないことで、命を危険にさらしても良いっていうのか?」
レタルも首を縦にふる。
「「ありがとう!」」
アテルイとモレは、それぞれ、クンネとレタルの口吻(マズル)を撫でて、お礼を言った。
二頭は、目を細めて尻尾をゆっくりと左右に振った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ここまでありがとうございました。
次回もよろしくお願いします。
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