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32.決心
しおりを挟む<アテルイ サイド>
例によって、伊治城の床下。
アテルイとモレの二人は、レラの手助けで、城内に潜入することに成功していた。
「・・・・・その証として、不肖この呰麻呂が俘囚となって、帝にお仕えすることといたしました。」
頭上からは、呰麻呂の声が聞こえてくる。
アテルイは、さっきから、参議とかいう奴のすました態度がかんに障った。
大楯とかいうのも、いちいちムカつく奴だと思った。
「もう宣下がくだったことじゃ。それとも、帝の命の背くというのか?」
「いえ・・・。」
「なにかと目をかけてやった、わしの顔に泥を塗るでないぞ。」
『帝の名前を出せば、言うことを聞くと思いやがって・・・。』
「新たに徴用した庸夫2000は、陸奥介殿が、伊治公殿とともに率いられよ。」
「「ははあ。」」
話が終わったみたいだった。
部屋から人が出ていく気配がする。
どうやら最初が、参議とかいう奴みたいだ。
「呰麻呂殿、貴殿の奥方も、それと娘ごも、国府に居られるはずでしたな?」
「いかにも。」
大楯とかいう奴が、去り際に声をかけてきたようだった。
「くれぐれも、ご自重なさるがよいと思いますぞ。老婆心ながら、ご忠告申し上げる。」
「これは、わざわざご親切に・・・ご配慮痛み入ります。」
「いやいや、お互い同じ俘囚ではないですか。なはははは。」
『えっ!ノンノが国府に?』
アテルイは、二人の会話を聞いて、呰麻呂の娘が多賀城にいることを思い出した。
呰麻呂の娘のノンノは、モレと同い年で、三人は幼友達だった。
「はははは、では失礼する。あ!参議さま、お待ちくだされ!」
大楯が、広純の後を追って、部屋を出って行ったようだった。
アテルイたちも、床下から出ていった。
「陸奥介様。」
アテルイたちが、床下から立ち去ったあと、呰麻呂がまだ部屋に残っていた、大友真綱を呼び止めた。
「伊治公殿、お気持ちは分かるが、あまり思い詰めなさるなよ。」
立ち止まった真綱が振り向いて、優しげな顔で慰めてきた。
************
大伴氏という氏族も、古い名族である。
この時より約270年の昔、大伴金村の頃、全盛期を迎えた。
しかし、蘇我氏が台頭すると衰退し、政権の中枢から遠ざけられていたが、それでも細々と中央に居続けた。
だが、神亀6年(729年)の長屋王の変、天平勝宝9歳(757年)の橘奈良麻呂の乱を経て、藤原氏にその座を奪われてしまった。
これらの過程で、他の名族同様、東へ、北へと安住の地を求めて、倭人が蝦夷と呼ぶ人々の領域~日高見国へと逃れたのだった。
やがて大伴氏の人々は、かつての「多(おお)氏」や「和邇(わに)氏」の如く、その地の人々と同化していった。
日高見国の領域が、北へ北へと縮小すると共に、新たに倭国の領域となった、かつての日高見国に根付いた大伴氏らの子孫が、その地に引き続き住み続けていた。
************
「じつは、国府にいる、わたくしの妻子のことで、陸奥介様に折り入ってお願いしたき儀がありまして・・・。」
古くからの友人でもある真綱に、呰麻呂は話し始めた。
再びレラの背に乗って、伊治城を離れたアテルイとモレの二人は、城を遠くに見ながら膝を抱えて座っていた。
レラも、二人に並んで座っている。
「アテルイ兄、戦争になったら倭人はみな、敵になるんだよな?」
「みんなというか、陸奥国にいる兵がな。」
「ふう~ん・・。兵というのは、国府にもいるんだろ?」
「そりゃ当たり前さ、まず国府の守備兵がいる。それに、当番郡司の兵とか・・。」
「・・・そんな所に、ノンノが居て大丈夫かな?」
「大丈夫なわけないだろう!!」
アテルイが、叫ぶように言う。
モレは、そんなアテルイの顔を、目を見開いて見つめた。
「大丈夫なわけ、ないだろ・・・。戦争だぞ?人質に取られているようなもんなんだぞ?」
「そ、そうだよね。」
アテルイの目には涙が溢れ、顔がクシャクシャになっている。
見つめるモレの顔もクシャクシャで・・・・。
「・・・・モレ。」
「なんだ?アテルイ兄。」
「俺、決めた。」
「うん。」
「おれきめた!ノンノを助けに行くぞ!!」
「うん!!」
二人は、耀く笑顔で頷きあった。
「・・・だが、どうやって国府まで行くんだ?」
レラが、ひとこと言った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
呰麻呂の考えと、アテルイたちの思い。
歴史は思わぬ方向へと、動いていきます。
今回もお読みくださいまして、有難うございました。
次回もよろしくお願いします。
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