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30.潜入
しおりを挟む途中で3時間ほど仮眠をとった。
やがて朝日がのぼり始めた頃、最後の丘陵地を進み、木立がまばらになると、眼下に湿原と稲の植えられていない田んぼがパッチワークのように広がっているのが見えた。
遠くに見える伊治城の瓦は、朝日を反射してキラキラと輝いているように見えていた。
「アテルイ兄、あれ。」
モレが指差す方向に視線を向けると、黒々とした塊が、東の方から城へ向かって動いているのが見えた。
「国府軍・・。」
1000越える軍団が、整然と隊列を組んで進んでいる。
そのさまは、毒々しいムカデが、這い進むようにも見えた。
アテルイは、焦燥感とともに、得体のしてない嫌悪感に、胸のむかつきをおぼえていた。
「もう、あんなところまで来ているんじゃ、どうやって呰麻呂おじさんのところへ行くんだ?」
モレが不安げに、アテルイの顔を振り返る。
「・・・。」
当然、臨戦態勢の城門を敵国の人間であるアテルイたちが、そうやすやすとくぐり抜ける事はできない。
ましてや、国府軍が到着したいま、いつものように、顔見知りの門番に目をつぶってもらうわけにもいかない。
アテルイは、焦る心とはうらはらに、打開策が思い浮かばず、無言で城を見つめていた。
『かさっ。』
その時、背後の茂みがかすかに揺れた。
ハッとして、二人が振り向く。
白銀に光りかがやく、巨大な獣がそこにいた。
「呰麻呂おじさんのシキ・・・。」
モレが小さくつぶやく。
白銀の狼が、アテルイを見つめる。
『あの城の中へ行きたいか?』
二人の頭のなかに、凛として威厳のある声が響いてきた。
「キミが俺に話しかけているのか?」
アテルイが、目を見開いてたずねる。
『そうだ。声に出さずとも、念じれば聞こえるぞ。』
「「えっ?」」
狼の言葉に、二人は声を上げる。
『こ、こうすればいいのかな?聞こえる?』
アテルイが、言われた通り、頭の奥の方で言いたいことを念じてみる。
『そうだ、聞こえるぞ。』
二人は一瞬喜びの表情を浮かべ、互いの顔を見あった。
『あの、狼さん。俺たちを、城の中に連れて行ってくれるの?』
『お前たちが望むなら、連れて行こう。』
狼がうなずく。
『でも、キミは呰麻呂おじさんのシキなんだろう?おじさんに言われて、ここに来たの?』
『いや、呰麻呂には命じられてはいない。我の一存でここに来た。』
狼の言葉に、アテルイは驚く。
『でも、シキはあるじの言うことを聞かないといけないんじゃないのか?』
『無論、シキはあるじの命に逆らってはならぬ。しかし、自らの意志が無くなるわけではない。』
『じゃあ、キミの意志で俺たちに手助けしてくれるということ?』
『そうだ、王城の床下で盗み聞きをしていたのを知っていたからな。必ずや、ここへお前たちがやって来るであろうと思っていた。』
『『えっ!知ってたの?』』
誰にも気づかれていないと思っていた二人は、目を見開いた。
『我は、歳を経て神に近づいた銀狼。大抵のことは分かり得るのだ。』
『呰麻呂おじさんって、すごいのをシキにしているんだな・・。』
アテルイは、思わずつぶやいた。
『さてどうする?行くのか?それとも、ここで諦めるか?』
銀狼は、二人を見つめて再度たずねた。
『行くさ!そのために来たんだ。』
アテルイが答えると、モレもうなずく。
『よかろう、ならば我の背に乗るがよい。』
銀狼がうつ伏せになり、姿勢を低くした。
アテルイとモレの二人は、迷うことなくその背に向かって近づいた。
そしてその背に登ると、タテガミをつかんだ。
巨大な銀狼の背中は、小さな二人が乗っても、まだまだ広かった。
『『モフモフだあ・・。』』
『準備はよいか?』
銀狼が聞いてくる。
『ねえ、ところでキミの名前は何ていうの?』
二人でうなずいたあと、モレがたずねた。
『我の名はレラ、風をあやつるもの。』
『そうか・・レラ、よろしくな!』
『俺もよろしく!!』
『我の方こそ!・・では、ゆくぞ!』
『『うん!!』』
二人の返事とともに、レラが駆け出した。
まさしく、風となって走っていく。
いつの間にか、白銀の毛皮がふくらみ、二人の身体を包み込んでいた。
・・・・やがて、常人ではその姿を目にとらえることは、できなくなっていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
わたしも、レラに乗ってみたい!
今回もお読みくださいまして、有難うございました。
次回もよろしくお願いします。
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