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29.南へ
しおりを挟む雪解けの水で、至る所が足元がぬかるんでいる。
アテルイとモレは、幾度も足を取られながら、走り続けた。
今回は馬を使わなかった。
3月19日の夜、紀広純らを討つべく南下を開始した、日高見国軍の行軍のドサクサに紛れて、家を抜け出した二人は、街道とは別の裏道を走っていた。
************
あの夜の翌日、自分の思いを父と母に打ち明けたアテルイに、両親は首を縦に振ることはなかった。
『たかが、5歳や6歳の童子に何ができるというのだ。』
『足手まといになるどころか、路傍の石の様に踏みつけられて終わるだけだ。』
というのが、答えであった。
それから2日ほど無口になったアテルイは、そのことは忘れてしまったかのように、普段と変わらない生活を送るようになっていた。
朝起きると川へ水をくみに行き、モレと二人で森に入って鳥やうさぎを狩る。
そこかしこに顔を出し始めた、ツクシやフキノトウを採ってくる。
村の他の子どもたちと、広場で相撲を取る。
そして、3月19日になった。
王城・・アテルイの家の前には、槍や刀、弓で武装した兵たちが集結していた。
この村(王都)の兵たちだけでなく、広大な日高見国内各地の村(国)々からもかなりの数が集まっていた。
日高見国は、いわゆるゆるい連王国家のようなもので、各村(国)には王(長)がいて、それぞれが完全な自治権を持っていた。
それら村(国)々の代表者=まとめ役が、日高見国の王、すなわちアテルイの父、エカシであった。
村(王都)の西側の丘陵地に作られた、柵で囲まれた放牧地には、数百頭の馬が静かに草を喰んでいる。
日高見国軍の主力は、騎馬である。
歩兵は、国内の川で豊富に採れる砂鉄で作った刀を持ち、騎兵は馬上で弓を使う。
エカシが王城から姿を現し、兵たちに声をかける。
刀や槍を突き上げた兵たちが、一斉に雄叫びをあげた。
一般の人たちが、不安と期待あるいは、羨望の入り混じった顔でその様子を眺めていた。
喧騒の中、小さな二つの影が、軍が向かうはずの南門とは反対の北門に近づいた。
人々の意識が、軍と南へ向いているため、今はこの北門の周辺に他の人影はなかった。
「モレ、じゃあ行くぞ?ほんとに一緒にいくんだな?」
「うん。アテルイ兄の隣には、いつも俺がいる。それが決まりだろう?」
狸の毛皮を頭からかぶったアテルイが、同じく毛皮をかぶるモレに向かって確認すると、モレはニカッと笑いアテルイの瞳をまっすぐに見つめて答えた。
************
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
長くなりそう・・・。
まずはここまで。
今回もお読みくださいまして、有難うございました。
次回もよろしくお願いします。
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