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28.出発
しおりを挟む蛇行する日高見川に抱かれるように、川に囲まれた小高い段丘上に日高見国の王城はあった。
王城と言っても、周りの竪穴式住居に比べれば立派だというだけで、掘立柱に板壁、板ふきの屋根がかかっているだけの簡素な建物である。
大きさは、横幅18m、奥行き9m程で、高さは6mくらいだった。
あたりは、だいぶ暗くなっている。
村(王都)に到着したアテルイたちは、建物の陰をつたって王城(アテルイにとっては自分の家)の床下に潜り込んだ。
しばらく暗闇を進むと、アテルイの父、エカシの声が聞こえてきた。
「みなに急遽集まってもらったのは他でもない、呰麻呂より知らせが届いた。」
床板の隙間から覗き見ると、車座になった大人たちの上座に父が座り、周りを見渡しながら、目の前に広げた、獣の皮を指し示していた。
部屋の奥の方には、白銀の狼が静かに座っていた。
部屋の隅は明かりが届かず、暗いはずであったが、狼の周りを不思議な薄明かりが包んでいた。
「エカシさま、呰麻呂は何と?」
「倭国の将軍、紀広純が、3月20日には伊治城に入るそうだ。」
「今度の将軍は、都の貴い高官と聞く。ただのコケ脅しに来たのではないのか?」
「いや、覚べつ城の築城の進みが遅いため、庸夫(要するに現地調達した現場作業員)を、伊治城の周辺、まあ、北側の日高見国側からだろうが、徴用するつもりらしい。」
「そんなもん、また捕まる前に逃げればいい。」
「今回は、国府から新たに徴用のための、1000もの兵を連れてくるらしい。逃げれば、殺されるだろう。」
「呰麻呂が俘囚となり、伊治城を作ることを認める代わりに、これ以上の侵略はやめるという約定は、一体何だったんだ!」
「そうだ!あの誇り高い男が、エカシさまの身代わりとなって、倭人に降ったというのに・・・。くそっ!」
「今回の覚べつ城の新造は、紀広純が上奏したらしい。また、それを裏で勧めたのが、牡鹿郡大領道嶋大楯だという。」
「うぬぅ、元は身内であろうに。伯父の中将道嶋嶋足の、虎の威を借る狐の分際で・・・。」
「それは、狐に失礼だぞ。」
「そこでだ。呰麻呂とともに、広純と大楯を誅殺し、我らの想いと力を見せつけてやろうと思う。」
「「「エカシさま!!」」」
「決行は、3月22日。やつらが伊治城を出て、磐井川河畔に至った時に前後で囲んで打ち取るのだ。」
「だが大丈夫でしょうか?相手は1000もの兵を従えておるのでしょう?伊治城でもそれにいくらかは、加わるのでは?
」
「なに、大丈夫だ。向こうは、ほとんどが歩兵。弓兵は100にも満たぬだろう。ましてや、騎馬など将のみだ。」
「「「わかりました。」」」
「よし、では返事を書いてシキに持たせよう。」
そう言うとエカシは、その場で呰麻呂への返信を書き、部屋の隅におとなしく座って待っていた白銀の狼に、それをくわえさせた。
狼は、一瞬床下に目線をやると、その場から風のように消え去った。
すると、大人たちはそのまま酒盛りに移行していくようであった。
アテルイとモレの二人は、気づかれないように床下から這い出ると、隣のモレの家に向かった。
二人で家の中に入ると、アテルイの母親のハポと、モレの母親が夕飯を並べていた。
男たちが王城で集まりがあると、そのあとは決まって酒盛りになるので、女子供の食事はこちらで済ますのが通例であった。
母親たちは姉妹で、子どもたちに食事を出したあと、給仕のために王城へ向かうのだった。
「こんな遅くまで何処ほっつき歩いていたの?」
「まったく、物騒な世の中になってきたというのに・・・。」
二人は、母親たちの小言を聞き流しながら、黙って夕飯を口に運んでいた。
母親たちが王城へ向かったあと、アテルイとモレは、二人並んで床に寝っ転がった。
「なあ、アテルイ兄。」
「なんだ?」
「戦争が始まるのか?」
「たぶんな。」
「倭国とか?」
「うん。」
二人とも、天井を見つめながら会話をする。
「呰麻呂おじさんは、倭国の言うことを聞いて、俘囚(倭国に降った蝦夷)になったんだよな?」
「ああ。」
「なんで、言うことを聞いたのに、また攻めてくるんだ?」
「・・・。」
アテルイには、答えられなかった。
「本当は、俺のオヤジ殿が俘囚になるはずだったんだ。」
「え?」
「それを、王となる人が俘囚になってはダメだって言って、呰麻呂おじさんが身代わりになったんだ。」
「そうなんだ・・。」
「オヤジ殿と呰麻呂おじさんは、俺とお前みたいに1コ違いで、幼馴染みだったんだって。」
「二人とも、悔しいだろうな。」
「・・・。」
二人は、何故かにじんでくる涙をぬぐいもせず、唇を噛みしめていた。
「俺、呰麻呂おじさんの所に行く。」
アテルイが、ポツンとつぶやく。
「俺も行く!」
モレが言い放つ。
天井を向いていた顔を横にして、お互いの顔を見つめ合いうなずいた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
まだもう少し続きます。
今後ともよろしくお願いします。
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