日高見の空舞う鷹と天翔る龍 異界転生編

西八萩 鐸磨

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16.勉強

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 おせんとの書き取りの稽古を始めて、二年になる。

 前世での記憶があるから、読み書きはほとんど問題がないと思っていた。

 だが、そうは簡単にはいかなかった。

 さすがに、楷書体かいしょたい行書体ぎょうしょたいはなんとかなったが、草書体そうしょたいがやばかった。

 一般の現代人にしてみれば、ミミズののたくったような崩し字は、ほとんど暗号の域である。

 それでもおせんに教わりながら、何度も書き取りを進めると、不思議な事にスッと頭に入っていくようになった。

 そして、出来上がった書の達筆さ加減が半端ない。

 間もなく、簡単な読み書きは問題なくなっていき、そのうち、加速度的に吸収速度が増していった。

 遂には、教えるおせんの知識を全て吸収し終えてしまった。

 仕方なく、今は毎日復習の日々である。


***********************


 問民苦使様が帰京して1週間が過ぎた頃、俺は自分の部屋で寝転がりながら、鼻と上唇の間に筆を挟んで、天井を見上げていた。


「う~~~ん、どうしよっかな~~~~。」


 例の書庫についてである。


「俺って、速知の能力値半端ないじゃん?」


 確か、79,200だったよな。


「なんとかなるんじゃないかなあ・・・。」


 よし、いっちょうやってみるか!

 

***********************



 あの部屋は、めったに人が近づかない上に、今日は父親の田公も出かけている。

 俺はあたりに気をつけながら、素早く書庫の前まで移動した。

 引き戸の取っ手に手をかけて、音を立てないように開けると、身体を書庫の中へすべり込ませた。  
 
 後ろ手に、そっと戸を閉めて、息をひそめて異変がないか確かめる。


 すると、急に頭の中が雲が晴れるようにスッキリとして、ひたいの前方の空間にマップのようなものが映りだした。
 

「何だ、これは?」


 どうやら、この館の見取り図のようなものみたいだ。

 くりや(台所)に相当する場所に、数個の赤点が動いている。

 どこかの部屋・・・ああ、玉ちゃんの部屋か・・・にも、2個の赤点。


「たぶん、玉ちゃんとおせんだな。」


 庭の方と玄関の方にも、黒点が2つずつ。

 そうか、赤点が女性で黒点が男性か・・。

 
 おそらく、ここまでの一連の行動で、気配察知のレベルが上がったのに伴い、何らかの特殊技能を獲得したな。


「いまは、それは置いといて・・・さてと。」


 マップによると、ここに近づいてくる点は、今のところないな。


「まずは、奥から攻めるか・・。」


 俺は、10列ほど並んでいる書棚の一番奥に近づいて、棚の上に並んでいる巻物を手に取った。


 この時代の書物は、巻子本かんすぼんと呼ばれる、いわゆる巻物がほとんどだ。

 その他には、折り本おりほんとか帖装本じょうそうぼんと呼ばれる、折りたたみ式の本がある。

 まだ、時代劇でよく見るような、糸で綴った和綴本わとじぼんは無い。

 当然、現代の書棚のように本を立てて並べる習慣はない。

 棚の上に平積みにされている。


 俺は、手に取った巻物をスルスルと広げていく。

 最後まで読もうとすると、全部広げなくてはならないので、場所は取るしとても不便だ。

 これはなんとかしないとな・・・。


 そんなことを考えながら、つらつらと中に書かれている文字を目で追っていく。

 
「『金光明経こんこうみょうきょう』・・・。」


 最初の題字を読み始めた瞬間、頭の中にガツンと衝撃が走り、色々な文字や言葉が駆け巡った。


《सुवर्णप्रभासोत्तमसूत्रेन्द्रराज、Suvarṇa-prabhāsa Sūtra、スヴァルナ・プラバーサ・スートラ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》


「な、なんなんだ、これは!!」


 最後にもう一度衝撃が走り、ガクリと項垂れた俺は、しばらくして我に返り、かすれた声で叫んだ。


「まずっ!」


 叫んでおいて、慌てて口を手で押さえ、マップで人の位置を確認する・・・・大丈夫か。

 安心するとともに、自分の異変に気づいた。


「解るは・・・そう、解るぞ!さっきの、この経典きょうてんの内容が、意味が!」


 なんと、あの一瞬で読破・・というより、書かれている内容を完全把握してしまったのだった。


「やべえ・・・。」


 それからの俺は、何かに取り憑かれたように、巻物を手に取った。


《『法華経ほけきょう』・・सद्धर्मपुण्डरीक सूत्र,Saddharma Puṇḍarīka Sūtra、サッダルマ・プンダリーカ・スートラ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》


《『仁王般若波羅蜜経にんのうはらみたぎょう』・・पारमिता、Pāramitā、パーラミター・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》



「・・・ふう。」


 疲れたな、一回休もう。

 初めての体験に、さすがに疲れを憶えた俺は、来た時と同じようにあたりを注意しながら(マップがあるから簡単なんだが)、自分の部屋へと帰った。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


今回もお読みくださいましてありがとうございました。

またよろしくお願いいたします。


ご感想お待ちしておりますです。

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