48 / 123
魔狼の森 ~ 朝靄の街(ティアルサーレ)
+ 中級魔導士: 美しさは時
しおりを挟む
※中級魔導士(土)のダリアン視点です。
同じ日の深夜、芽芽がオルガの家で熟睡している頃です。
*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*
昨日今日と上司の様子がおかしい。毛虫眉をピクつかせながら、いつもの粘着質な声で『秘書姫~』と僕にセクハラしてこないのは万々歳なんだけど。
仕事の合間に霊山に入っては、『どこだ? どこに隠れてる?』と顔を青くして帰ってくる。しかも上に相談するのは厳禁、僕たち部下を同行させて捜索の手を広げるのも駄目、体力自慢の竜騎士に探させるのも論外。
どうやら神殿長から、霊山内部で密かに管理するよう任された物を紛失したらしい。仕事終わりに友人の屋敷に顔をだし、『何だろね?』と世間話のついでに言ったら、皆で神殿に忍び込むことになって今ココ。
「ねーねーねー、もう帰ろうよ!」
深夜に霊山を散策とか正気じゃない。おまけに土砂降りだからね!?
「仕方ないだろ。俺たちまで一緒となると、こんな時間帯しか裏口の警備を誤魔化せないんだから。風変わりな秋の遠足だとでも思えばいいじゃないか」
濡れても消えない魔導灯を掲げながら、水の竜騎士パトロクロスが振り向いた。爽やかな笑顔が逆に腹立たしい。
大体さ、アレは『誤魔化せた』というよりも、火の師団長ルウェレン卿の愛娘、アイラ姫が先に神殿奥に無断侵入して騒いでくれたからでしょ。上級魔導士に昇進したばかりのケセールナックと逢引きするんだとか叫んでたけど……昔は真面目で上品そうだったのに、しばらく見ない内に随分と奔放になったな。婚活の末期症状って怖い。
「……ネヴィンが神殿に来るなんて、春の花祭りのどさくさ以来だ。夜中でも構わないからな、少しずつ復帰していけばいいんだぞ。明日からまた部屋にこもったとしても気にするな。お兄ちゃんはありのままのネヴィンを応援するぞ!」
背後では、普段『融通の一切利かない杓子定規の冷徹冷血鉄仮面』などと恐れられる師団長補佐ネリウスが、やたら感極まっててホント気持ち悪い。
長身の竜騎士二人に挟まれて、さっきから神殿の裏を壁伝いに歩いているのは、僕と同期のネヴィンと後輩のポテスタス。
自慢じゃないが僕らは本とお友達の魔導士なので、身体なんて鍛えていない。なので三人とも魔杖を身長の高さまで引き延ばし、それを魔法陣で造った雨避けの傘の軸と単なる登山の杖代わりにして、やっとのことで凌いでいた。
ネヴィンは未だに神殿に籍を置いているというのに、忍び込んだ盗賊みたいに口元をマフラーで覆ってフードを深くかぶったまま、「聖霊よ守護したまえ」と古代語の祈りの詩をぶつぶつ唱えては、「ふひひ」と不気味な笑いを合間にこぼしている。長く伸ばしたボサボサの前髪で目元も隠れているし、ホント不審者丸出しだ。
ポテスタスも不安なのか、干した酢漬け肉やら炭焼き蜂蜜肉やらを頬張りつつ、僕のローブを引っ張りだした。
僕は皮手袋の内側に滑り込ませた平らな炎石で、辛うじて暖を取っている。秋の初めだろうと、お腹と背中にも巻いてくるんだった。
魔獣討伐の遠征に同行させられないよう、初級の頃から上層部に媚びを売って逃げ回っていたツケが今。一般人じゃないし、霊山は整備されているから、古代道から外れなきゃ遭難なんてしないけど……でもそういう問題じゃない!
「ねぇもう馬鹿なの!? こんなんで何を調べるってのさ! 何かあったとしても雨で流されているよね?! さっき北の空で光ったの、雷じゃん! もうコレどー見ても嵐なんですけど!」
「魔法陣は洗い流されたりしないだろ!」
そーかもしれないけど、この至近距離で互いに叫ばなきゃいけない大雨で強行することかな?!
パトロクロスに反論しようとしたら、ポテスタスが再びぎゅっと僕のローブを引っ張る。
「いい加減にしないと、二人してコケるってば――あ゛?」
口一杯の干し肉の間から「うーうー」唸ってくるポテスタスの目線を追う。だから神殿の壁、だよな。古い石壁がずっと続いていて――ちょっと待て。ここら辺から先に違和感が。
「ポテタ! お前、良く気がついたな!」
ぼっちゃり初級魔導士が得意げに腕を持ち上げると、ローブの襟元がずれて腕輪の青白い光がこぼれた。
偉大なる魔導士グウェンフォール様の開発した魔法陣探知の最新魔道具だ。竜騎士本部が管理しているが、数は少ないし、許可がないと本来は絶対に持ち出せない。
それがここにある。つまり、この捜査は水の竜騎士のトップであるトゥレンス卿が内密に命じたものなのだ。
春の花祭りの後、オズワルドという孤児院出身の水の竜騎士が借金苦で自殺した。トゥレンス卿が息子のように目をかけていたらしく、失った悲しみで酒を呷っては暴れ、とうとう妻も屋敷から追い出した。夏の蛙祭りでは、宮廷舞踏会で泥酔し、謹慎処分もくらった。今では師団長職を退任するのが先か、国王権限で首にされるのが先かと噂されている。
――のは、神殿長派に接近するための表向きの理由。ネリウス兄さんが気づいて、神殿長主催の晩餐会に一緒に出向いたから良かったものの、師団長一人だったら、そのまま何かの犯罪か醜聞に巻き込まれて足抜け不可能にされてたぞ。
大体さ、愛妻家で知られた師団長と真面目一徹のネリウス兄さんまで、僕の愛人ですって触れ込みは、かなり無理のある設定だと思うんだ。いくら僕が美少年魔導士として名を馳せていてもね、流石に恋人を一度に五人ってのはね、乱交好きって言ったってね、無理だろっつーの!
昔からセクハラを避けたい一心で神殿長派にすり寄ってた僕が、何故か今では仲間が出来て、トゥレンス卿にも協力する羽目になってしまった。
神殿長率いる黄金倶楽部が神殿を牛耳っているままじゃ、僕らに明日はない。どんどん袋小路に追い詰められていくだけ。
僕が誘惑するよう命じられた朝焼けの街の領主は、不思議なことに先週の時点で抜き打ちの家宅捜査が入った。しかもその結果、奴の身柄は暗殺ギルドの『黄金月』でも簡単には近づけない監獄島預かりへ。
神殿派が、宮廷や竜騎士側に仕込んだ内通者から得た『今度の星祭りに宮殿で公開処刑』という情報が裏切られた形だ。現場に竜騎士が一人もいなかったことから、国王陛下の隠密部隊『闇夜の烏』が動いたのでは、と神殿派の間に衝撃が走った。
でもそんな幸運は毎回は期待できない。僕かネヴィンかポテスタスの誰かが、犯罪の片棒を担がせられる日も近いだろう。
だから神殿長派を早急に切り崩さないといけないのだけど……だからってさ、深夜の土の刻を過ぎてさ、この嵐の中さ…………。
「……なにこの巨大な扉」
設置されていた魔法陣を崩さずに、背後の幻影を一時的に消す呪文を唱え終わる。壁の一部がくり抜かれ、木の扉が嵌めこまれていた。
「うちの竜舎の扉並みにデカイな。というか、これ、夏に撤去させられたうちの扉だ。ここ、俺のロンが引っ掻いた跡だぞ」
パトロクロスが扉の傷跡を魔導灯で照らす。確か扉を取り外した際に、彼の契約竜のロンが暴れたせいで、一週間の謹慎をくらったんだっけ。
そして撤去のそもそもの原因は、青竜数頭が神殿奥に侵入し、聖女メルヴィーナが激怒したからだ。『次は扉だけじゃなくて、竜舎ごと撤去してやるぞ』という警告として命令が下った。
もちろん新たな扉が必要ならば、その費用は竜騎士側の予算から出さなきゃいけない。完全なる嫌がらせである。
「位置的には……宝物庫のあたりか? 黄金倶楽部の幹部会合が時たま開かれているよな?」
ネリウス兄さんが、ネヴィンの魔法陣傘の下で地図を広げる。実はこれもグウェンフォール様発明の捜査道具。僕たちが所持している金竜硬貨と対応して、居場所が地図上で光る造りだ。
「会合っていうか、古代の難解な儀式? ってルキヌスが漏らしていたけど。
宝物庫自体は、ほぼ空だよ。中に収納されていた魔道具の大半は、副神殿長が分散させてしまったし」
と僕が説明すると、ネリウス兄さんがいつものしかめっ面に戻っていた。
研究に回すだの、修復で外に依頼するだの、宝物庫の整理で一時避難させるだの、それらしい口上を述べては持ちだして。一部は確実に帝国魔導士への賄賂や暗殺ギルドへの報酬として、横流しされたと思う。
「って、ネヴィン? どこ行くんだよ!」
この悪天候で古代道を離れるのは危険だって。引き戻そうと手を伸ばしたけど、この中で唯一の火の所属、白いローブに赤の線入りのネヴィンは、それを器用にすり抜けて、木々の中へ入って行ってしまう。
「ネヴィン!」
「ふひひ……なんか光ってる……ふひひっ」
お前、その笑い方は深夜すぎるとホント不気味だから。もうさ、森を彷徨う伝説の闇妖怪そっくりだよ。
追いかけるのは彼氏の役目ってことで。元気溌剌パトロクロスに任せることにした。一緒に行こうとした心配性のネリウス兄さんは、僕が腕を絡ませて拘束。
「おい。観客がいない時はそのような演技は無用だと――」
「じゃなくてね。僕らをここに置いて、森に消えられたら、その後どーすんだよ! 竜騎士は魔導士を守るものでしょ!」
「――いや、取り締まる役目だが?」
細かいことはいーの! と睨みつける。
「おーい!」
しばらくすると、パトロクロスが魔導灯を左右に振りながら戻ってきた。その小脇に抱えられたネヴィンは、何かを大事そうに両手で包み持っている。
「これ、見つけた。さっき光ってたんだ。ふひひっ」
「なんですか、これ? 宝石の原石?」
覗き込んだポてスタスが、首を傾げる。するとネリウス兄さんが、その横で顔をさらにしかめた。
「ちがう。これは竜の鱗だ」
「え、でも白くない? ほら、真っ白だよ、なんか虹がかってて綺麗だけど……」
僕が咄嗟にそう言ったせいで、皆の頭の中に『虹竜』という伝説の竜の姿が浮かぶ。今じゃ誰も本物は見たことがないけれど、国王謁見室の大広間を見上げれば、天井を悠々と飛ぶ様子が描いてある。我が国の建国神話に登場した白い幻の古代竜だ。
嘘だろ? そんなの有り得ない。もし白い竜が現れたら、大騒ぎになるはずなのに。
*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*
さらに四半刻ほど皆で周辺を探すと、あと四枚も白い鱗が見つかった。数が多すぎる。異様だ。
「霊山で竜を使った実験でもしていたのか? だから神殿長が立ち入り禁止に?」
「無理矢理に剥がしたら、竜騎士が絶対に騒ぎたてるはずですし……神殿に寄贈された鱗を盗んで、白く染めていたんでしょうか?」
ネリウス兄さんに続き、パトロクロスまで怖い顔をしていた。竜騎士は自分の契約竜を相棒として、生涯大切に面倒を見るのだ。成竜になると滅多に剥がれ落ちない鱗も、一つ一つ拾っては保管している。
「無理だよ。歴史上、脱色や染色は何度も試みられたけどね、毎回失敗に終わっているのさ、ふひひっ。しかも竜の鱗は、必ず精霊四色のどれか。だから現代では、よほど偏屈な魔導士でもない限り、『四大精霊の色を変えるなんて冒涜だ』って忌避するね、ふひひっ」
歴史オタクのネヴィンが、二人の説に異を唱える。
「でもこれ、まだ魔素が残っているから剥がれたのは最近だよ。上級魔獣でこんな鱗を持ってる奴なんて竜の他にいたっけ?」
上級魔獣が潜んでいれば、探知器が作動するだろうに。霊山から立ち去ったのであれば、周辺で目撃騒ぎがあってもおかしくないのに。だって鱗一枚でこの大きさと分厚さだ。
輝くように真っ白な謎の鱗。ネヴィンに分けてもらった一枚を握れば、手袋を通してもじんわりと不思議なゆらぎが伝わってくる。
「昨年の春に、穀物街道で、大被害を出ひた、巨大棘蛇とかれすか? っも、あれは全身、黒とか茶色とか、でひたよね?」
ポテスタスも、ネヴィンから渡された一枚を何度も角度を変えては、不思議そうに魔導灯にかざしていた。
この時の僕らは予想だにしなかった。
翌月、秋の水の月になって、まさかこの鱗の持ち主と出会うなんて……。
*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*
※芽芽を召喚した神殿魔導士側の様子です。
芽芽が「一昔前の茶毒蛾ホスト」と呼んだルキヌスが、まだ霊山の結界内部ですが、フィオを探しています。
今回は、万年美少年ダリアンと同期ネヴィンの中級魔導士二人、ポテスタス初級魔導士、水の竜騎士ナンバー3のネリウス、ネヴィンの恋人パトロクロスが、そこを探検中。
神殿は、霊山南側の中腹に建っています。他の建造物よりも一段高い丘から王都の家々を見下ろす形です。なので神殿奥から裏門を出れば、霊山の古代道へ直通しています。
芽芽が「オウム鼻の三つ編み老人」と呼んだ神殿長モスガモンが、霊山の立ち入り禁止宣言を出しているので、夜中にゴソゴソ。そして虐待されていたフィオが落とした鱗を発見。
同じ日の深夜、芽芽がオルガの家で熟睡している頃です。
*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*
昨日今日と上司の様子がおかしい。毛虫眉をピクつかせながら、いつもの粘着質な声で『秘書姫~』と僕にセクハラしてこないのは万々歳なんだけど。
仕事の合間に霊山に入っては、『どこだ? どこに隠れてる?』と顔を青くして帰ってくる。しかも上に相談するのは厳禁、僕たち部下を同行させて捜索の手を広げるのも駄目、体力自慢の竜騎士に探させるのも論外。
どうやら神殿長から、霊山内部で密かに管理するよう任された物を紛失したらしい。仕事終わりに友人の屋敷に顔をだし、『何だろね?』と世間話のついでに言ったら、皆で神殿に忍び込むことになって今ココ。
「ねーねーねー、もう帰ろうよ!」
深夜に霊山を散策とか正気じゃない。おまけに土砂降りだからね!?
「仕方ないだろ。俺たちまで一緒となると、こんな時間帯しか裏口の警備を誤魔化せないんだから。風変わりな秋の遠足だとでも思えばいいじゃないか」
濡れても消えない魔導灯を掲げながら、水の竜騎士パトロクロスが振り向いた。爽やかな笑顔が逆に腹立たしい。
大体さ、アレは『誤魔化せた』というよりも、火の師団長ルウェレン卿の愛娘、アイラ姫が先に神殿奥に無断侵入して騒いでくれたからでしょ。上級魔導士に昇進したばかりのケセールナックと逢引きするんだとか叫んでたけど……昔は真面目で上品そうだったのに、しばらく見ない内に随分と奔放になったな。婚活の末期症状って怖い。
「……ネヴィンが神殿に来るなんて、春の花祭りのどさくさ以来だ。夜中でも構わないからな、少しずつ復帰していけばいいんだぞ。明日からまた部屋にこもったとしても気にするな。お兄ちゃんはありのままのネヴィンを応援するぞ!」
背後では、普段『融通の一切利かない杓子定規の冷徹冷血鉄仮面』などと恐れられる師団長補佐ネリウスが、やたら感極まっててホント気持ち悪い。
長身の竜騎士二人に挟まれて、さっきから神殿の裏を壁伝いに歩いているのは、僕と同期のネヴィンと後輩のポテスタス。
自慢じゃないが僕らは本とお友達の魔導士なので、身体なんて鍛えていない。なので三人とも魔杖を身長の高さまで引き延ばし、それを魔法陣で造った雨避けの傘の軸と単なる登山の杖代わりにして、やっとのことで凌いでいた。
ネヴィンは未だに神殿に籍を置いているというのに、忍び込んだ盗賊みたいに口元をマフラーで覆ってフードを深くかぶったまま、「聖霊よ守護したまえ」と古代語の祈りの詩をぶつぶつ唱えては、「ふひひ」と不気味な笑いを合間にこぼしている。長く伸ばしたボサボサの前髪で目元も隠れているし、ホント不審者丸出しだ。
ポテスタスも不安なのか、干した酢漬け肉やら炭焼き蜂蜜肉やらを頬張りつつ、僕のローブを引っ張りだした。
僕は皮手袋の内側に滑り込ませた平らな炎石で、辛うじて暖を取っている。秋の初めだろうと、お腹と背中にも巻いてくるんだった。
魔獣討伐の遠征に同行させられないよう、初級の頃から上層部に媚びを売って逃げ回っていたツケが今。一般人じゃないし、霊山は整備されているから、古代道から外れなきゃ遭難なんてしないけど……でもそういう問題じゃない!
「ねぇもう馬鹿なの!? こんなんで何を調べるってのさ! 何かあったとしても雨で流されているよね?! さっき北の空で光ったの、雷じゃん! もうコレどー見ても嵐なんですけど!」
「魔法陣は洗い流されたりしないだろ!」
そーかもしれないけど、この至近距離で互いに叫ばなきゃいけない大雨で強行することかな?!
パトロクロスに反論しようとしたら、ポテスタスが再びぎゅっと僕のローブを引っ張る。
「いい加減にしないと、二人してコケるってば――あ゛?」
口一杯の干し肉の間から「うーうー」唸ってくるポテスタスの目線を追う。だから神殿の壁、だよな。古い石壁がずっと続いていて――ちょっと待て。ここら辺から先に違和感が。
「ポテタ! お前、良く気がついたな!」
ぼっちゃり初級魔導士が得意げに腕を持ち上げると、ローブの襟元がずれて腕輪の青白い光がこぼれた。
偉大なる魔導士グウェンフォール様の開発した魔法陣探知の最新魔道具だ。竜騎士本部が管理しているが、数は少ないし、許可がないと本来は絶対に持ち出せない。
それがここにある。つまり、この捜査は水の竜騎士のトップであるトゥレンス卿が内密に命じたものなのだ。
春の花祭りの後、オズワルドという孤児院出身の水の竜騎士が借金苦で自殺した。トゥレンス卿が息子のように目をかけていたらしく、失った悲しみで酒を呷っては暴れ、とうとう妻も屋敷から追い出した。夏の蛙祭りでは、宮廷舞踏会で泥酔し、謹慎処分もくらった。今では師団長職を退任するのが先か、国王権限で首にされるのが先かと噂されている。
――のは、神殿長派に接近するための表向きの理由。ネリウス兄さんが気づいて、神殿長主催の晩餐会に一緒に出向いたから良かったものの、師団長一人だったら、そのまま何かの犯罪か醜聞に巻き込まれて足抜け不可能にされてたぞ。
大体さ、愛妻家で知られた師団長と真面目一徹のネリウス兄さんまで、僕の愛人ですって触れ込みは、かなり無理のある設定だと思うんだ。いくら僕が美少年魔導士として名を馳せていてもね、流石に恋人を一度に五人ってのはね、乱交好きって言ったってね、無理だろっつーの!
昔からセクハラを避けたい一心で神殿長派にすり寄ってた僕が、何故か今では仲間が出来て、トゥレンス卿にも協力する羽目になってしまった。
神殿長率いる黄金倶楽部が神殿を牛耳っているままじゃ、僕らに明日はない。どんどん袋小路に追い詰められていくだけ。
僕が誘惑するよう命じられた朝焼けの街の領主は、不思議なことに先週の時点で抜き打ちの家宅捜査が入った。しかもその結果、奴の身柄は暗殺ギルドの『黄金月』でも簡単には近づけない監獄島預かりへ。
神殿派が、宮廷や竜騎士側に仕込んだ内通者から得た『今度の星祭りに宮殿で公開処刑』という情報が裏切られた形だ。現場に竜騎士が一人もいなかったことから、国王陛下の隠密部隊『闇夜の烏』が動いたのでは、と神殿派の間に衝撃が走った。
でもそんな幸運は毎回は期待できない。僕かネヴィンかポテスタスの誰かが、犯罪の片棒を担がせられる日も近いだろう。
だから神殿長派を早急に切り崩さないといけないのだけど……だからってさ、深夜の土の刻を過ぎてさ、この嵐の中さ…………。
「……なにこの巨大な扉」
設置されていた魔法陣を崩さずに、背後の幻影を一時的に消す呪文を唱え終わる。壁の一部がくり抜かれ、木の扉が嵌めこまれていた。
「うちの竜舎の扉並みにデカイな。というか、これ、夏に撤去させられたうちの扉だ。ここ、俺のロンが引っ掻いた跡だぞ」
パトロクロスが扉の傷跡を魔導灯で照らす。確か扉を取り外した際に、彼の契約竜のロンが暴れたせいで、一週間の謹慎をくらったんだっけ。
そして撤去のそもそもの原因は、青竜数頭が神殿奥に侵入し、聖女メルヴィーナが激怒したからだ。『次は扉だけじゃなくて、竜舎ごと撤去してやるぞ』という警告として命令が下った。
もちろん新たな扉が必要ならば、その費用は竜騎士側の予算から出さなきゃいけない。完全なる嫌がらせである。
「位置的には……宝物庫のあたりか? 黄金倶楽部の幹部会合が時たま開かれているよな?」
ネリウス兄さんが、ネヴィンの魔法陣傘の下で地図を広げる。実はこれもグウェンフォール様発明の捜査道具。僕たちが所持している金竜硬貨と対応して、居場所が地図上で光る造りだ。
「会合っていうか、古代の難解な儀式? ってルキヌスが漏らしていたけど。
宝物庫自体は、ほぼ空だよ。中に収納されていた魔道具の大半は、副神殿長が分散させてしまったし」
と僕が説明すると、ネリウス兄さんがいつものしかめっ面に戻っていた。
研究に回すだの、修復で外に依頼するだの、宝物庫の整理で一時避難させるだの、それらしい口上を述べては持ちだして。一部は確実に帝国魔導士への賄賂や暗殺ギルドへの報酬として、横流しされたと思う。
「って、ネヴィン? どこ行くんだよ!」
この悪天候で古代道を離れるのは危険だって。引き戻そうと手を伸ばしたけど、この中で唯一の火の所属、白いローブに赤の線入りのネヴィンは、それを器用にすり抜けて、木々の中へ入って行ってしまう。
「ネヴィン!」
「ふひひ……なんか光ってる……ふひひっ」
お前、その笑い方は深夜すぎるとホント不気味だから。もうさ、森を彷徨う伝説の闇妖怪そっくりだよ。
追いかけるのは彼氏の役目ってことで。元気溌剌パトロクロスに任せることにした。一緒に行こうとした心配性のネリウス兄さんは、僕が腕を絡ませて拘束。
「おい。観客がいない時はそのような演技は無用だと――」
「じゃなくてね。僕らをここに置いて、森に消えられたら、その後どーすんだよ! 竜騎士は魔導士を守るものでしょ!」
「――いや、取り締まる役目だが?」
細かいことはいーの! と睨みつける。
「おーい!」
しばらくすると、パトロクロスが魔導灯を左右に振りながら戻ってきた。その小脇に抱えられたネヴィンは、何かを大事そうに両手で包み持っている。
「これ、見つけた。さっき光ってたんだ。ふひひっ」
「なんですか、これ? 宝石の原石?」
覗き込んだポてスタスが、首を傾げる。するとネリウス兄さんが、その横で顔をさらにしかめた。
「ちがう。これは竜の鱗だ」
「え、でも白くない? ほら、真っ白だよ、なんか虹がかってて綺麗だけど……」
僕が咄嗟にそう言ったせいで、皆の頭の中に『虹竜』という伝説の竜の姿が浮かぶ。今じゃ誰も本物は見たことがないけれど、国王謁見室の大広間を見上げれば、天井を悠々と飛ぶ様子が描いてある。我が国の建国神話に登場した白い幻の古代竜だ。
嘘だろ? そんなの有り得ない。もし白い竜が現れたら、大騒ぎになるはずなのに。
*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*
さらに四半刻ほど皆で周辺を探すと、あと四枚も白い鱗が見つかった。数が多すぎる。異様だ。
「霊山で竜を使った実験でもしていたのか? だから神殿長が立ち入り禁止に?」
「無理矢理に剥がしたら、竜騎士が絶対に騒ぎたてるはずですし……神殿に寄贈された鱗を盗んで、白く染めていたんでしょうか?」
ネリウス兄さんに続き、パトロクロスまで怖い顔をしていた。竜騎士は自分の契約竜を相棒として、生涯大切に面倒を見るのだ。成竜になると滅多に剥がれ落ちない鱗も、一つ一つ拾っては保管している。
「無理だよ。歴史上、脱色や染色は何度も試みられたけどね、毎回失敗に終わっているのさ、ふひひっ。しかも竜の鱗は、必ず精霊四色のどれか。だから現代では、よほど偏屈な魔導士でもない限り、『四大精霊の色を変えるなんて冒涜だ』って忌避するね、ふひひっ」
歴史オタクのネヴィンが、二人の説に異を唱える。
「でもこれ、まだ魔素が残っているから剥がれたのは最近だよ。上級魔獣でこんな鱗を持ってる奴なんて竜の他にいたっけ?」
上級魔獣が潜んでいれば、探知器が作動するだろうに。霊山から立ち去ったのであれば、周辺で目撃騒ぎがあってもおかしくないのに。だって鱗一枚でこの大きさと分厚さだ。
輝くように真っ白な謎の鱗。ネヴィンに分けてもらった一枚を握れば、手袋を通してもじんわりと不思議なゆらぎが伝わってくる。
「昨年の春に、穀物街道で、大被害を出ひた、巨大棘蛇とかれすか? っも、あれは全身、黒とか茶色とか、でひたよね?」
ポテスタスも、ネヴィンから渡された一枚を何度も角度を変えては、不思議そうに魔導灯にかざしていた。
この時の僕らは予想だにしなかった。
翌月、秋の水の月になって、まさかこの鱗の持ち主と出会うなんて……。
*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*
※芽芽を召喚した神殿魔導士側の様子です。
芽芽が「一昔前の茶毒蛾ホスト」と呼んだルキヌスが、まだ霊山の結界内部ですが、フィオを探しています。
今回は、万年美少年ダリアンと同期ネヴィンの中級魔導士二人、ポテスタス初級魔導士、水の竜騎士ナンバー3のネリウス、ネヴィンの恋人パトロクロスが、そこを探検中。
神殿は、霊山南側の中腹に建っています。他の建造物よりも一段高い丘から王都の家々を見下ろす形です。なので神殿奥から裏門を出れば、霊山の古代道へ直通しています。
芽芽が「オウム鼻の三つ編み老人」と呼んだ神殿長モスガモンが、霊山の立ち入り禁止宣言を出しているので、夜中にゴソゴソ。そして虐待されていたフィオが落とした鱗を発見。
0
お気に入りに追加
71
あなたにおすすめの小説
セカンドアース
三角 帝
ファンタジー
※本編は完結し、現在は『セカンドアース(修正版)』をアルファポリス様より投稿中です。修正版では内容が多少異なります。
先日、出版申請をさせていただきました。結果はどうであれ、これを機に更に自身の文章力を向上させていこうと思っております。
これからも応援、よろしくお願いします。
催眠術師は眠りたい ~洗脳されなかった俺は、クラスメイトを見捨ててまったりします~
山田 武
ファンタジー
テンプレのように異世界にクラスごと召喚された主人公──イム。
与えられた力は面倒臭がりな彼に合った能力──睡眠に関するもの……そして催眠魔法。
そんな力を使いこなし、のらりくらりと異世界を生きていく。
「──誰か、養ってくれない?」
この物語は催眠の力をR18指定……ではなく自身の自堕落ライフのために使う、一人の少年の引き籠もり譚。
最強の職業は付与魔術師かもしれない
カタナヅキ
ファンタジー
現実世界から異世界に召喚された5人の勇者。彼等は同じ高校のクラスメイト同士であり、彼等を召喚したのはバルトロス帝国の3代目の国王だった。彼の話によると現在こちらの世界では魔王軍と呼ばれる組織が世界各地に出現し、数多くの人々に被害を与えている事を伝える。そんな魔王軍に対抗するために帝国に代々伝わる召喚魔法によって異世界から勇者になれる素質を持つ人間を呼びだしたらしいが、たった一人だけ巻き込まれて召喚された人間がいた。
召喚された勇者の中でも小柄であり、他の4人には存在するはずの「女神の加護」と呼ばれる恩恵が存在しなかった。他の勇者に巻き込まれて召喚された「一般人」と判断された彼は魔王軍に対抗できないと見下され、召喚を実行したはずの帝国の人間から追い出される。彼は普通の魔術師ではなく、攻撃魔法は覚えられない「付与魔術師」の職業だったため、この職業の人間は他者を支援するような魔法しか覚えられず、強力な魔法を扱えないため、最初から戦力外と判断されてしまった。
しかし、彼は付与魔術師の本当の力を見抜き、付与魔法を極めて独自の戦闘方法を見出す。後に「聖天魔導士」と名付けられる「霧崎レナ」の物語が始まる――
※今月は毎日10時に投稿します。
スキル盗んで何が悪い!
大都督
ファンタジー
"スキル"それは誰もが欲しがる物
"スキル"それは人が持つには限られた能力
"スキル"それは一人の青年の運命を変えた力
いつのも日常生活をおくる彼、大空三成(オオゾラミツナリ)彼は毎日仕事をし、終われば帰ってゲームをして遊ぶ。そんな毎日を繰り返していた。
本人はこれからも続く生活だと思っていた。
そう、あのゲームを起動させるまでは……
大人気商品ワールドランド、略してWL。
ゲームを始めると指先一つリアルに再現、ゲーマーである主人公は感激と喜び物語を勧めていく。
しかし、突然目の前に現れた女の子に思わぬ言葉を聞かさせる……
女の子の正体は!? このゲームの目的は!?
これからどうするの主人公!
【スキル盗んで何が悪い!】始まります!
私、実は若返り王妃ですの。シミュレーション能力で第二の人生を切り開いておりますので、邪魔はしないでくださいませ
もぐすけ
ファンタジー
シーファは王妃だが、王が新しい妃に夢中になり始めてからは、王宮内でぞんざいに扱われるようになり、遂には廃屋で暮らすよう言い渡される。
あまりの扱いにシーファは侍女のテレサと王宮を抜け出すことを決意するが、王の寵愛をかさに横暴を極めるユリカ姫は、シーファを見張っており、逃亡の準備をしていたテレサを手討ちにしてしまう。
テレサを娘のように思っていたシーファは絶望するが、テレサは天に召される前に、シーファに二つのギフトを手渡した。
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。
リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?
あくの
ファンタジー
15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。
加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。
また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。
長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。
リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる