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蒲公英の街(チェアルサーレ)
77. ブランドを立ち上げる
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****************
≪……アンタ、大丈夫なの?≫
首もとまで、ふかふかのクマノミ毛布。斜め上からはラベンダーの香煙。ベッドの中には湯たんぽの魔道具版。
≪……カチューシャ、起こし方!≫
べちこん、と白い犬の前足が私の額に乗っかっていた。肉球スタンプがくっきり付いてそうだ。なんでもうちょっと丁寧に起こしてくれないかな。
≪だって眠り方が変だったのだもの≫
変じゃなくても、ひとの扱い雑なくせに。なんてジャレあってる場合じゃなかった。私は爺様やフィオの状況を共有することにする。
≪――それで夢かどうかをカチューシャに確認してもらうために、伝言を預かったの。『王が運ぶ四大精霊の女王の満月』って≫
正直、意味はさっぱりだ。
≪古代遺跡の隠し場所よ。複数ある内の一箇所だけど≫
……あの使い勝手の悪い軍資金か。この国の遺跡研究者なら、今のヒントでそこそこ近くまで辿り着けるみたい。
≪どうせエゲツない魔法陣とか仕掛けてるんでしょ≫
≪よく解ったわね、牙娘ったら!≫
そんなに感心することかい。爺様もカチューシャも悪人ではないんだろうけど、ダークヒーロー路線を暴走するのはなんとかして欲しい。
≪メメちゃん、体調どう?≫
紫小雀のタウがベッド横の吊り香炉を止まり木にして、覗きこんでいた。他の精霊三匹も残りの香炉に一つずつ乗っかっているし。中の炎が怖くないのかな。やっぱり魔『獣』とは違うのね。
よん豆は、霊山でなめ栗鼠にもらった団栗に擬態したまま、ベッドシーツの上をゆるく転がっている。と思ったら停まるし。逆方向に戻るし。……何がしたいのか、さっぱり解らない。
そういえば、部屋全体も精霊四色に均等に配分されるようになった。ここに着いた当初は、三色だったのに。針鼠のビーが精霊卵からかえった後は、家具や小物飾りにも黄色が加わったのだ。
私の着ているネグリジェも、精霊四色のリボンやレースがあちこち付いている。
≪ここの人たちって色にこだわるよね。私が使わせてもらうの、ほんの数日だけなのに、とっかえひっかえ持ってくるのは魔導士の裏工作とか毒対策?≫
≪箔が付くからよ≫
横に寝そべったカチューシャが溜め息をつく。どうやらこの部屋の家具や飾りは後々、『聖女様が使われた縁起物』として領主館で記念に保管されたり、関係者に下賜されるみたい。
なんだそのイリュージョン。……どっかの教祖の自称『幸運の壺』か、はたまた自称女子高生の下着転売か。私を経由すると物の価値が鰻上りして、鯉が滝登りする。
≪ってことは、私が触ったらなんでも高値で売れる?≫
≪ってことを考えた神殿関係者が昔かなり横行して、今は法律で禁止されてるわ≫
ちっ、二匹目の泥鰌は狙えないようにされてた。
こんな風に偶然、お世話になったお家で聖女が使った物なら箔付けにしても許されるそう。最近の聖女は神殿に引き篭もっちゃって遠出なんて一切しないから、それでも希少。
まぁ、ルキアノス領地伯にはタダで間借りさせてもらっている身、これで満足してもらえるなら文句は言うまい。
≪これからは私も着る服とか、色を考えないといけないのかな≫
≪そこら辺は、オルラが差配するでしょ。あの子、服飾管理を任された上級侍女みたいだし≫
クローゼットの担当ってことね。美容にもやたら詳しいし、おしゃれ部門の侍女さんだったとしても納得だ。
≪でも頼りっきりにしちゃうと、この国の伝統と流行に合わせることになるよね……新しい聖女でしょ、異国から来たんでしょ、その点をもっと判りやすく斬新に攻めるべきだよ≫
第一印象は肝心だ。数秒で決まってしまう。おまけに見た目が半分以上を占める。神殿とのアウェイの戦いで、観客を味方に付けるには服装も大事だ。一般大多数に好印象を与える『聖女らしい聖女』たるには、まず何がこの国で神聖視されているのかを把握する必要があるわけで。
にぶい腹痛と頭痛に苛まれながら、『箔付け作戦』を念話で話し合っていたら、オルラさんが聖女新聞を持ってきてくれた。
****************
≪全くもう、気持ち悪いわね牙娘≫
「むふふふふっ」
生理もだいぶ収まってきた。呆れるカチューシャの隣で、正座した私は両腕を伸ばしたまま上半身を前に倒し、額をベッドシーツにくっつけながら瞑想呼吸中……なのだが、思わず笑いがこぼれてしまう。第一段階のSNS作戦が成功したのだ。
勝利のダンスならぬお祝いヨガ。背骨が引っ張られる感覚が気持ち良い。枕の上に陣取ったよん団栗も、むにょーんと上下に伸びる真似をしていた。
『新たな聖女、現れる』
新聞の第一面には、四大精霊全ての眷属を引き連れた女の子がダルモサーレ近郊で見つかったこと、ルキアノス領地伯が保護したこと、すでに近隣の竜騎士たちが駆けつけて護衛に当たっていることが記載されていた。
伝統的に土なら天道虫、水なら蛙、火なら栗鼠、風なら蝶々という固定観念があるため、それを覆すタウたちの姿が映像入りで紹介されている。『近年とは異なり古の聖女様には多様な眷属がいらしたので、なんら不思議ではない』と、精霊学の権威のコメント付きだ。
私が妖精みたいな美少女だって描写は、かなり盛ってる気がするけど、きっと男性読者対策だな。ファン獲得のための必要悪だ。
女性読者向けとしては、異国から唯一の親族を頼って孤独な旅をしてきたってお涙頂戴の自己紹介を入れておいた。そいでもって、その『親族』が大英雄のグウェンフォール様々でいっ。
≪ビビれ、神殿の魔導士どもっ≫
子どものポーズを解いて、今度は両足を前に伸ばす。そのまま屈伸したら膝に顎がつくよん。
現在、爺様は『謎の行方不明』で処理されている。こっちの魔術でDNA検査に近いものがあるらしいんだよね。
ま、それを誤魔化す魔術も存在するんだけど、入念な準備が必要になってくる。だから生きた親族がいるとなると、安易に偽の遺体を出せないのだ。
忙しければ、新たな悪事にうつつを抜かせまい。ということで魔導士の仕事を増やしつづけることにしてみた。
もうすぐ神殿に乗り込んでくる新しい聖女(※つまり私)対策と、敵対している大魔導士(※つまり爺様)の偽死体DNA偽装と、戦争まで閉じこめている古代竜(※つまりフィオ)の世話と隠蔽。
おまけにこのタイミングで、ゴリ天使四人組のうち3人が、気絶したまま竜にマッハで運んでもらうという、超荒業ドラゴン宅配便を利用して宮廷にトンボ返りした。
そして任侠顔さんが会計監査請求を出した。だから神殿側は、正規の帳簿と手元の資産を完璧に合わせるのに必死。
ついでに上級魔導士各々も、個人所得に対する税務調査が開始された。霊山裏手の賄賂領主とのつながりを調べるためって口実だ。
ダリ髭さんは、神殿とつながっていた帝国魔導士の怪死事件の捜査員を増員させるって言ってたし。外交官として『帝国に顔向けができーん』って、王都警察に発破かけるみたい。
帝国側が捜査に乗り気じゃないのに、『そんなお優しい気遣いは無用なのであります!』て空気を読まずに強行するんだって。
シュナウザー執事さんは、神殿幹部をどーでもいい用事で頻繁にお城に呼び出すよう王様に頼んでくれる。どーでもいいパーティまで乱立させて、貴族階級が多い昨今の上級魔導士をてんてこ舞いにするのだ。
断るなら別の用事を無理にでも入れて誤魔化すなり、挨拶ていどの時間は顔を出すなりしないと、角が立つらしい。出席有無のお返事をいちいち出すだけでも面倒なのに、宮廷文化おそるべし。
目指せ、神殿のブラック企業化。悪徳魔導士よ、過労死が先か牢屋が先か選べっ。
「むふぁふぁふぁふぁっ」
≪……あんた『聖女』だからね、一応は≫
だから護衛のシャイラさんには背を向けてるじゃん。ひそひそ声だし。そいでもって、ガイアナさんも部屋に入ってきたから、両頬をもみもみして、おすまし顔に戻す。
私の特集記事に登場した精霊学の学者さんだ。今日も紺色のひっつめ髪はボサボサ。前日から着たきり雀なドレスは皺だらけ。眼鏡の下のクマさんが日々の不摂生を物語っている。
ほっそり長身なとこ以外は似てないけど、美お婆さんの娘さん。つまりガーロイド騎士団長の妹で、兄同様に結婚適齢期をかなり過ぎていらっしゃるらしい。
万策尽きたと涙目で切々と訴える父親のルキアノス領地伯に、お話し相手として押しつけられた。
『聖女』ブランドは、お見合い市場でも通用するらしい。両親も兄も高給取りなんだから、別にずっと独身でもいーじゃん、と思うけど。
「け、眷属の皆様はお花が、すす好きなのですねっ」
ガイアナさんは、私を無視してベッドサイドの花瓶に直行。分厚い眼鏡の真ん中をぎゅむっと押し、手帳にすごい速度で書きこんでいた。
昆虫観察日記もどきなのかな、あれは。タウたちが居心地悪そうに、『森の女王』の花びらの上で固まってしまう。ひととおり記録し終えると、やっとこっちを向いたよ。
「うわぁ、やや柔らかいですね、せ、聖女様!」
両手を後ろの肩甲骨のとこで合掌してたら褒められた。なんなら片方の肘は頭の方に上げて、背中で握手もできちゃうよん。
「も、もしや、そそれは精霊魔法を使うための、しし下準備で?」
「……チガウ」
ただの健康体操です。陸上競技や球技はからきしだけど、ストレッチは得意なの。筆談で体調管理のためだと説明しておいた。
「ししかし、せ精霊魔法は周囲の魔素を摂り込みますからね、肉体の柔軟性も、かかか鍵となってくるのやもしれません。異端の森学派のしょ、書物にそそそんな詩節があったような気がします! 成る程こ・こ・こういう意味だったのですね、い、いやはや奥が深い!」
お茶の用意をしていたオルラさんを窺うと、私と同じ『ちょっと何言ってるか解んない』という顔をしていた。
でも大勢を味方につけるには、皆さんのニーズに合わせたファンサービスが必須だ。アイドルのグッズ販売もどきが、私の使った家具や飾りの譲渡でしょ。精霊の眷属を間近で見せてあげるのは、握手会みたいなもんかな。
『聖女』印の箔付けで、竜友が救えるならウェル亀だ。
****************
※お読みいただき、ありがとうございます。
もし宜しければ、感想をぜひお願いします。
「お気に入りに追加」だけでも押していただけると、幸いです!
すでに押してくださった皆様、感謝の気持ちでいっぱいです。
今日も明日も、たくさんの幸せが舞い込みますように。
≪……アンタ、大丈夫なの?≫
首もとまで、ふかふかのクマノミ毛布。斜め上からはラベンダーの香煙。ベッドの中には湯たんぽの魔道具版。
≪……カチューシャ、起こし方!≫
べちこん、と白い犬の前足が私の額に乗っかっていた。肉球スタンプがくっきり付いてそうだ。なんでもうちょっと丁寧に起こしてくれないかな。
≪だって眠り方が変だったのだもの≫
変じゃなくても、ひとの扱い雑なくせに。なんてジャレあってる場合じゃなかった。私は爺様やフィオの状況を共有することにする。
≪――それで夢かどうかをカチューシャに確認してもらうために、伝言を預かったの。『王が運ぶ四大精霊の女王の満月』って≫
正直、意味はさっぱりだ。
≪古代遺跡の隠し場所よ。複数ある内の一箇所だけど≫
……あの使い勝手の悪い軍資金か。この国の遺跡研究者なら、今のヒントでそこそこ近くまで辿り着けるみたい。
≪どうせエゲツない魔法陣とか仕掛けてるんでしょ≫
≪よく解ったわね、牙娘ったら!≫
そんなに感心することかい。爺様もカチューシャも悪人ではないんだろうけど、ダークヒーロー路線を暴走するのはなんとかして欲しい。
≪メメちゃん、体調どう?≫
紫小雀のタウがベッド横の吊り香炉を止まり木にして、覗きこんでいた。他の精霊三匹も残りの香炉に一つずつ乗っかっているし。中の炎が怖くないのかな。やっぱり魔『獣』とは違うのね。
よん豆は、霊山でなめ栗鼠にもらった団栗に擬態したまま、ベッドシーツの上をゆるく転がっている。と思ったら停まるし。逆方向に戻るし。……何がしたいのか、さっぱり解らない。
そういえば、部屋全体も精霊四色に均等に配分されるようになった。ここに着いた当初は、三色だったのに。針鼠のビーが精霊卵からかえった後は、家具や小物飾りにも黄色が加わったのだ。
私の着ているネグリジェも、精霊四色のリボンやレースがあちこち付いている。
≪ここの人たちって色にこだわるよね。私が使わせてもらうの、ほんの数日だけなのに、とっかえひっかえ持ってくるのは魔導士の裏工作とか毒対策?≫
≪箔が付くからよ≫
横に寝そべったカチューシャが溜め息をつく。どうやらこの部屋の家具や飾りは後々、『聖女様が使われた縁起物』として領主館で記念に保管されたり、関係者に下賜されるみたい。
なんだそのイリュージョン。……どっかの教祖の自称『幸運の壺』か、はたまた自称女子高生の下着転売か。私を経由すると物の価値が鰻上りして、鯉が滝登りする。
≪ってことは、私が触ったらなんでも高値で売れる?≫
≪ってことを考えた神殿関係者が昔かなり横行して、今は法律で禁止されてるわ≫
ちっ、二匹目の泥鰌は狙えないようにされてた。
こんな風に偶然、お世話になったお家で聖女が使った物なら箔付けにしても許されるそう。最近の聖女は神殿に引き篭もっちゃって遠出なんて一切しないから、それでも希少。
まぁ、ルキアノス領地伯にはタダで間借りさせてもらっている身、これで満足してもらえるなら文句は言うまい。
≪これからは私も着る服とか、色を考えないといけないのかな≫
≪そこら辺は、オルラが差配するでしょ。あの子、服飾管理を任された上級侍女みたいだし≫
クローゼットの担当ってことね。美容にもやたら詳しいし、おしゃれ部門の侍女さんだったとしても納得だ。
≪でも頼りっきりにしちゃうと、この国の伝統と流行に合わせることになるよね……新しい聖女でしょ、異国から来たんでしょ、その点をもっと判りやすく斬新に攻めるべきだよ≫
第一印象は肝心だ。数秒で決まってしまう。おまけに見た目が半分以上を占める。神殿とのアウェイの戦いで、観客を味方に付けるには服装も大事だ。一般大多数に好印象を与える『聖女らしい聖女』たるには、まず何がこの国で神聖視されているのかを把握する必要があるわけで。
にぶい腹痛と頭痛に苛まれながら、『箔付け作戦』を念話で話し合っていたら、オルラさんが聖女新聞を持ってきてくれた。
****************
≪全くもう、気持ち悪いわね牙娘≫
「むふふふふっ」
生理もだいぶ収まってきた。呆れるカチューシャの隣で、正座した私は両腕を伸ばしたまま上半身を前に倒し、額をベッドシーツにくっつけながら瞑想呼吸中……なのだが、思わず笑いがこぼれてしまう。第一段階のSNS作戦が成功したのだ。
勝利のダンスならぬお祝いヨガ。背骨が引っ張られる感覚が気持ち良い。枕の上に陣取ったよん団栗も、むにょーんと上下に伸びる真似をしていた。
『新たな聖女、現れる』
新聞の第一面には、四大精霊全ての眷属を引き連れた女の子がダルモサーレ近郊で見つかったこと、ルキアノス領地伯が保護したこと、すでに近隣の竜騎士たちが駆けつけて護衛に当たっていることが記載されていた。
伝統的に土なら天道虫、水なら蛙、火なら栗鼠、風なら蝶々という固定観念があるため、それを覆すタウたちの姿が映像入りで紹介されている。『近年とは異なり古の聖女様には多様な眷属がいらしたので、なんら不思議ではない』と、精霊学の権威のコメント付きだ。
私が妖精みたいな美少女だって描写は、かなり盛ってる気がするけど、きっと男性読者対策だな。ファン獲得のための必要悪だ。
女性読者向けとしては、異国から唯一の親族を頼って孤独な旅をしてきたってお涙頂戴の自己紹介を入れておいた。そいでもって、その『親族』が大英雄のグウェンフォール様々でいっ。
≪ビビれ、神殿の魔導士どもっ≫
子どものポーズを解いて、今度は両足を前に伸ばす。そのまま屈伸したら膝に顎がつくよん。
現在、爺様は『謎の行方不明』で処理されている。こっちの魔術でDNA検査に近いものがあるらしいんだよね。
ま、それを誤魔化す魔術も存在するんだけど、入念な準備が必要になってくる。だから生きた親族がいるとなると、安易に偽の遺体を出せないのだ。
忙しければ、新たな悪事にうつつを抜かせまい。ということで魔導士の仕事を増やしつづけることにしてみた。
もうすぐ神殿に乗り込んでくる新しい聖女(※つまり私)対策と、敵対している大魔導士(※つまり爺様)の偽死体DNA偽装と、戦争まで閉じこめている古代竜(※つまりフィオ)の世話と隠蔽。
おまけにこのタイミングで、ゴリ天使四人組のうち3人が、気絶したまま竜にマッハで運んでもらうという、超荒業ドラゴン宅配便を利用して宮廷にトンボ返りした。
そして任侠顔さんが会計監査請求を出した。だから神殿側は、正規の帳簿と手元の資産を完璧に合わせるのに必死。
ついでに上級魔導士各々も、個人所得に対する税務調査が開始された。霊山裏手の賄賂領主とのつながりを調べるためって口実だ。
ダリ髭さんは、神殿とつながっていた帝国魔導士の怪死事件の捜査員を増員させるって言ってたし。外交官として『帝国に顔向けができーん』って、王都警察に発破かけるみたい。
帝国側が捜査に乗り気じゃないのに、『そんなお優しい気遣いは無用なのであります!』て空気を読まずに強行するんだって。
シュナウザー執事さんは、神殿幹部をどーでもいい用事で頻繁にお城に呼び出すよう王様に頼んでくれる。どーでもいいパーティまで乱立させて、貴族階級が多い昨今の上級魔導士をてんてこ舞いにするのだ。
断るなら別の用事を無理にでも入れて誤魔化すなり、挨拶ていどの時間は顔を出すなりしないと、角が立つらしい。出席有無のお返事をいちいち出すだけでも面倒なのに、宮廷文化おそるべし。
目指せ、神殿のブラック企業化。悪徳魔導士よ、過労死が先か牢屋が先か選べっ。
「むふぁふぁふぁふぁっ」
≪……あんた『聖女』だからね、一応は≫
だから護衛のシャイラさんには背を向けてるじゃん。ひそひそ声だし。そいでもって、ガイアナさんも部屋に入ってきたから、両頬をもみもみして、おすまし顔に戻す。
私の特集記事に登場した精霊学の学者さんだ。今日も紺色のひっつめ髪はボサボサ。前日から着たきり雀なドレスは皺だらけ。眼鏡の下のクマさんが日々の不摂生を物語っている。
ほっそり長身なとこ以外は似てないけど、美お婆さんの娘さん。つまりガーロイド騎士団長の妹で、兄同様に結婚適齢期をかなり過ぎていらっしゃるらしい。
万策尽きたと涙目で切々と訴える父親のルキアノス領地伯に、お話し相手として押しつけられた。
『聖女』ブランドは、お見合い市場でも通用するらしい。両親も兄も高給取りなんだから、別にずっと独身でもいーじゃん、と思うけど。
「け、眷属の皆様はお花が、すす好きなのですねっ」
ガイアナさんは、私を無視してベッドサイドの花瓶に直行。分厚い眼鏡の真ん中をぎゅむっと押し、手帳にすごい速度で書きこんでいた。
昆虫観察日記もどきなのかな、あれは。タウたちが居心地悪そうに、『森の女王』の花びらの上で固まってしまう。ひととおり記録し終えると、やっとこっちを向いたよ。
「うわぁ、やや柔らかいですね、せ、聖女様!」
両手を後ろの肩甲骨のとこで合掌してたら褒められた。なんなら片方の肘は頭の方に上げて、背中で握手もできちゃうよん。
「も、もしや、そそれは精霊魔法を使うための、しし下準備で?」
「……チガウ」
ただの健康体操です。陸上競技や球技はからきしだけど、ストレッチは得意なの。筆談で体調管理のためだと説明しておいた。
「ししかし、せ精霊魔法は周囲の魔素を摂り込みますからね、肉体の柔軟性も、かかか鍵となってくるのやもしれません。異端の森学派のしょ、書物にそそそんな詩節があったような気がします! 成る程こ・こ・こういう意味だったのですね、い、いやはや奥が深い!」
お茶の用意をしていたオルラさんを窺うと、私と同じ『ちょっと何言ってるか解んない』という顔をしていた。
でも大勢を味方につけるには、皆さんのニーズに合わせたファンサービスが必須だ。アイドルのグッズ販売もどきが、私の使った家具や飾りの譲渡でしょ。精霊の眷属を間近で見せてあげるのは、握手会みたいなもんかな。
『聖女』印の箔付けで、竜友が救えるならウェル亀だ。
****************
※お読みいただき、ありがとうございます。
もし宜しければ、感想をぜひお願いします。
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