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蒲公英の街(チェアルサーレ)

75. ふたたび寝込む (21日目)

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芽芽めめ視点に戻ります。

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 今日は荷造りして、明日朝には王都に向けて派手に出発するはずだった。それなのに肝腎の私がベッドに沈没して、フィオ救出作戦の足を引っ張っている。

 う゛~~~、お腹が重い。頭がガンガン蹴ってくる。手足が凍って毛細血管が壊死しそう。つまりは生理初日だ。ここ数日の異様な体調不良も疲労だけでなく、生理前だったからだろう。

 布ナプキンや専用下着は、すぐさまオルラさんが調達してくれた。魔道具の湯たんぽも足用だけでなく、お腹に当てる小型のまでそろっている。

 森で野宿していた頃じゃなくて良かったと言うべきなのかもしれないけれど、女子って不利だよ。月に一度は体調不良が向こうからウェル亀してくるのだ、ぐぬぬぬぬ。

 この前、生理になった時からどのくらい経っているんだろ。街で関連用品を買うことすら念頭になかった。

 毎月ちゃんとメモっているのに、翌月になったらすこーんと忘れちゃうのよね。これはアレだ、いち芋虫インチワームたりとも思い出したくないからだ。

 旅支度をしてくれてた皆さんにも、ひたすら申しわけない。なんだろな、昨日は竜舎に行けて浮かれまくってたのに、今日はめっきりもっきり落ち込む。

 加えて、わずかに残っていたプライバシーもまるっとつるっと消滅した。竜騎士もお屋敷で働く人も領主一族も、皆さんすべからく私が寝込んだ理由は御存知。だってドタキャンだもん。

 ニセ聖女は超のつく我がままお嬢様らしいから、ちゃんと正当な理由があるってことは周知してほしいけどさ。秘密にしておいてなんて、懇願しないけどさ。

 もうヤダ。外を歩きたくないよぉおおおお。

≪あんたね、枕に顔押しつけて、何うなってんのよ≫

 カチューシャの肉球が、後頭部にグイグイくる。ねえさんはこれでも心配してくれてい――。

≪ホント軟弱なんだから!≫

――いるのが判りにくいぜ、ちくせう。

「メメ様?! あの、聖獣様は一体?」

 気にしないで。マッサージの一種です、たぶん。

 作業中のオルラさんに、私は力の出ない身体を少し傾けて、ふにゃっと笑顔を取りつくろった。

 ところどころに穴の開いた丸い陶器の玉を、天蓋ベッドの両脇の柱にるしてくれている。真ん中で火が燃えて、ラベンダーの香りがふわんと下りてきた。

「おつらそうですね……お薬の処方も検討したのですが、分量などはやはり王都で医師団に判断を仰いでからのほうが安全でしょうし……」

 『団』って何。王都行っても恥の上塗り公開処刑かい。

「す、すみません」

 へむっとアヒルぐちになったせいで、オルラさんが慌てている。

 いえいえ、仕方ないっすよね、別の星出身ですもん。眉間のしわは伸ばしますってば。

 異世界人への処方記録が残ってたとしても、名付けリストから推測するに、おそらく白人だろうしねぇ。

 この国の人用に開発された医薬品にどんな副作用があるのか、それ以前にどの程度の摂取でどんな効果があるのか、専門家の下で少しずつ試すしかない。

 普段はここまで酷くないけれど、半年に一回くらいはこういう症状の時もあるからきっと耐えられる、とおぼつかない筆談で説明した。
 つづりを教えてくれるカチューシャも、それなりに気遣ってくれているのか、肉球の踏みつけ具合や尻尾のはたき具合がそこはかとなく優しい。地平線までデレの見えない永久凍土ツンドラ地帯だからビミョーだけど。

「おかゆのほうは……あと、もう少しですわ」

 今度は魔道具コンロのほうへ行ったオルラさんが、鍋をかき混ぜている。今日もお部屋で簡易クッキングなのだ。

 多分、毒を警戒してのことだと思う。ここって地下階なのに、換気の魔道具が秀逸なのか、火を使っても匂いや煙でむせることはない。
 歴史にでてくる昔のお殿様なら、遠いお台所から運ばれてきたのを毒見役が何回もチェックしてから食べてたわけで。冷めきった食事じゃないのは、とってもありがたいよ。

 なんだけど、私ってば食っちゃ寝してばっかな気がしてきたぞ。

 私の筆頭侍女となったオルラさんが、せわしなく動いているから余計に申し訳なく感じてしまう。昨夜はなぜか寝袋を持ち込んで、この部屋で寝てくれたし。お姉さんのシャイラさんも、控えの間のソファで仮眠を取っていた。

 理由をくと、皆が『聖女の日の夜ですので』と答える。カチューシャは≪そうね、闇夜だもの≫と大いに納得していたが、こちトラ意味不明だ。えたい。

 朝になると、シュナウザー犬みたいな空色口髭くちひげ背高執事イーンレイグさんと赤色ダリひげおしゃれ貴族ファンバーさんがやってきて、二人と交代。そいで午後からはオルラさんとシャイラさんが、またまた復帰した。
 ブラックな職場と化しつつある現状に、お腹と心がチクチク痛む。ついでに頭もズキズキ痛む。

≪ちょっとぉ大丈夫なん? 顔、こわばってるやん≫

 黄針鼠はりねずみのビーが枕元に寄ってきた。

≪本来は生理って浄化なんだけど……≫

 ベッドのヘッドボードに降りてきた、青蜻蛉とんぼのビーも同情してくれる。

≪あ、そっか。私って生理だった。忘れてた!≫

 ヤバイな、この瞬間現実逃避の脳みそ。ドン引きしたカチューシャの顔が、チベットスナギツネになっちまう。

 爺様とフィオのことだって、大半の時間はそっちのけで快適なクマノミ毛布にくるまってる自分がいる。最悪な事態を考えたくないからって、忘れていいわけじゃないのに。

 今だって、鍋の蓋の隙間から上がる水蒸気を眺めつつ、どんな野菜が入っているだろうって密かに期待してた。自分の薄情さがほとほと嫌になる。

 やはりフィオを一人で青い馬の連峰へ行かせるべきだったのかな。いっそのこと竜の大陸まで飛ばせて助けを呼んでおけば。

 いや、奴隷契約のせいでフィオはこの国を出れなかった。でもさ、はぐれ竜の仲間を探すとか、魔獣軍を結成するとか、きっといろいろあったじゃない。無力なくせして誰にも助けを求めず突っ走って、これじゃあ爺様のこと批判できない。
 でも爺様やカチューシャには頼りまくりだった。そういうの、重たいよね。正直に打ち明けてもらえなかったのも当然だよ。

 ――――駄目だ、思考がどんどんネガティブになっていく。

 私は布団にしっかり潜り込むと、目を閉じて呼吸に意識を集中する。ぐだぐだ自分を責めたところで、悲劇のヒロインごっこに酔うだけだ。今やるべきことは自分を裁くことじゃなくて、気力体力の回復。

 ちょっとでも元気になって、一日も早く王都へ行こう。まずは物理的にフィオに近づくのだ。そいで神殿に突撃する。突撃が無理なら忍び込む。
 正面突破が無理なら霊山の下を掘ろう。地球の脱獄犯なんて、スプーン一個でコツコツ頑張ってるじゃない。同じ星出身の私なら絶対に出来る。

 固い岩盤にぶち当たったら、魔法で爆破しよう。地中の生き物さんに事前の避難勧告する魔法ってないのかな。そこはカチューシャに要相談だ。

 そういやビーって、土の精霊の眷属けんぞくだよね。モグラさんとかミミズさんとかに警告できないかな。

≪マダララ~ン、タ~マモモ~、エンエンラ~、ケウケ~ゲン!≫

 フィオの無邪気な声が脳裏にこだまする。

 私が『斑紋卵まだららん』、『玉藻々たまもも』、『煙々羅えんえんら』、『毛羽毛現けうけげん』と種族分けした森のお使いたちは、目の前の小さなベッドサイドテーブルの上。高級陶磁器の小皿の上で……あれ、太った団栗どんぐりに擬態してるぞ?

 霊山のなめんな栗鼠りすにもらった丸くて立派な火打石もどき。一緒にお皿に転がしておいたら、いつの間にか四つの謎の大福餅まで、赤い団栗どんぐりに黄色の団栗どんぐり、青い団栗どんぐりに紫の団栗どんぐりになっている。

 この子たちなら、フィオを見つけられないかな。精霊系だし、地中でも『ここ掘れワンワン』的に。

 おいでおいでと手の平を見せると、よん団栗どんぐりがぴょんこぴょんことやってきた。多少は意思疏通そつうが可能になってきたのだろうか。

≪……フィオの居場所って判る? ねぇ、斑紋卵まだららん玉藻々たまもも? 煙々羅えんえんらに、毛羽毛現けうけげんってば≫

 つんつんと指でつついてみるが、返答はない。
 まぁいっか、ポケットに入れて一緒に持っていこう。それとスプーンと。

 いやいや、最初からスプーンじゃなくて。スコップを探そうよ。重機……は運転できない。じゃあ竜騎士……筋肉で掘ってくれないかな。聖女のお願いなんだし、エジプトのピラミッド建設みたいなノリで。

 まずは神殿の目の前に家を借りるでしょ。ホームズの『赤毛組合リーグ』だ。雪国で地下街も発達しているらしいから、掘らずにそこそこ近づけるかも。

 テロリストの陽動作戦的に、神殿の反対側の壁を派手に爆破して。弾道ミサイルって魔道具で作れないかな。

 あとは、あとは…………。






****************

※以上、体調悪化でネガティブ思考というより、完全に危険思想化している芽芽でした。

 「いち芋虫インチワームたりとも」は芽芽語。芋虫の一部は、英語でインチワーム(inchworm)。インチは長さの単位なので、「いちミリたりとも」と言いたいのだと思います。
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