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蒲公英の街(チェアルサーレ)
74. SNSを利用する (20日目)
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「私に新聖女誕生の旗振り役になれ、と?」
新聞記者のレドモンド氏が、素っ頓狂な声を上げた。身体はひょろ長く、大変頼りなく見えるが、これでも全国紙の一つ『聖女新聞』を発行する新聞社の社長の弟で、編集主幹らしい。
残り二紙のうち、『王都新聞』は購買層が貴族中心でお高くとまってるし、帝国ヨイショが基本姿勢。『帝都新聞』は帝国で発行した皇帝バンザイ一辺倒だから論外だ。
「い、いえ、ポルロッカはルルロッカ様がどうぞお召し上がりくだせえ」
岩塩とハーブをまぶした『精霊果』のお皿を差し出してみた。濡れ鼠みたいなゲッソリ顔してるから、元気出してもらおうとしたのだけどな。
アマゾン川の海水逆流じゃないよ。早口言葉シリーズ続行中の正体は、暗黒街のウェイロンさんが毎度食べていたおつまみナッツだ。中身が芯まで濃い赤か・濃い黄色か・濃い青か・濃い紫だけど、味も形もピスタチオ。
普通に緑色はないのかイーンレイグさんに確認したら、『よく似た魔樹の実がそのような色だったかと……』と言われてしまう。
地球のピスタチオが魔樹化してる件。
「五代前のティーギン様が亡くなられて以来、手前どもは神殿内に出入りさせてもらえませんからねぇ。その点を改善してくださるってのは有難いんすが、ですがしかし。
――いえ、ガウバはルルロッカ様がどうぞお召し上がりくだせえ」
ちっ、餌付けが成功しない。ディルムッドに遠回りさせて、うんとお腹を空かせておくよう指示すべきだったか。仕事が早い男は、時に問題だ。
記者の知り合いがいないか訊いて回ると、ディルムッドがレドモンド氏のことを教えてくれた。若い頃に四大公爵家の全てに潜入して、赤裸々スクープ記事をすっぱ抜いた強者だそう。
問答無用ですぐ連行――げふん、丁重にお連れするよう、お願いした。でなきゃ帝国側に味方するぞだなんて、天下の竜騎士様を脅したりはしていない。私の前にはいろんな未来が広がっているんだよって、純粋に笑顔で教えてあげただけだ。
記者さんのコートがヨレヨレで髪がボサボサなのも、紫の竜騎士がやつれ顔で魂を飛ばしかけてるのも、きっと気のせいである。シャイラさんとオルラさん姉妹がドン引きしているのも、もっと気のせいだろう。
「あー、ハイ。確かに、神殿について批判的な社説を書いているのは私でやんすけどぉ。……いやだからって、魔導士との全面戦争に協力しろとか、そういうのはちょいと、記者の領分を超えるといいますか……いえ、自分のせいで『母国』が『亡ぶ』のは、望むところではありませんよ? ……いやいや、『歴史』にそういう形で『名を残す』のは……各国の『最終学府』の『歴史学科』に『経過報告書』を送り付ける? 『古代竜殺し犯』リストの中に私の名前入りで? ……勘弁してくだせえぇぇぇ」
強者だと聞かされたんだけどな。私が筆談で単語を書き進めるとあっさり撃沈しちゃった。
記者ってのは、剣より鋭利なペンで悪者と交戦する職業だろう。先陣切って突入したまえ。
「ルルロッカ様、一体どんな世界で生きてこられたんすかぁ!? 記者の定義、激しく間違っていますからねっ」
そうかな? 終わったら、ご褒美に関係者の独占インタビューも付けたげるよ? なんなら国王も脅し――じゃなかった、頼んであげようか?
「あのぉ……それ、全員どうやって説得するおつもりで? あ、はい。聖女様がこの国から速攻で『消える』って宣言したら、誰もが承諾しますねぇ。それって脅迫――ではなくて『可愛く』、『お願い』と形容すべきですよねぇ、あーはい」
レイモンド氏の糸目が更に細くなっていく。おーい、戻ってこい。なぜに私を見ようとしないのぢゃ。
「ルルロッカ様、それは流石に――」
ディルムッドが口を挟んできたので、満面の笑みで封じる。ついでに手帳と王都地図をペしぺしと叩いてみせた。
「フィオ殿を『即座に』神殿から『奪還』するのは困難でして。いえ、『悪事』に『加担』しているわけでは決して。はい、『役立たず』ですよね、『竜騎士』の『存在意義』『ゼロ』ですよね、大変申し訳ございません」
そうなのだ。この人たち、偉いクセして誘拐されたフィオを今すぐ助け出すのは無理だとぬかしやがった。私が神殿に乗り込むのも止めてくる。で、次善の策を講じているわけだよ、文句あっか。
ガタイの大変よろしい竜騎士が身体を縮こませているが、可愛くないぞ。イタズラを叱られた大型犬みたいだけど、フィオが最優先だからね。私は心を鬼にするのだ。
****************
ということで、やっと外に出れました!
冬の厳しいヴァーレッフェ。その北側は特に地下道ネットワークと地下街が発展している。冬の間は極力、地下に潜って過ごすのだ。その一室に匿われること早四日。
日照不足にも考慮して快適に整備されていたが、それでも本物の太陽からこれだけ遠ざかっていたのだ。
四方から急にモクモクと真っ白な雲が出てきたけれど、五感と五体に染み渡る開放感がハンパない。テニスボールのように跳ねながら、後ろをついてくるよん豆もうれしそう。
まずは竜舎に連れて行ってもらった。オルラさんに加え、イーンレイグさんたち宮廷組が「怖くないんですか!? 竜ですよ?」と、何度もしきりに引き留めてくる。
≪なして、あそこまで焦ってるの?≫
≪人間だからじゃね?≫
竜舎入り口にすら近寄ろうとしない大人たちを指したら、紫の竜が答えてくれた。ダールというらしい。ディルムッドの契約した竜だ。
≪竜騎士以外は普通、竜に近づこうとしないんですよ≫
青い竜のコールも話しかけてくれた。こっちは水の竜騎士、クウィーヴィンと契約している。
≪変なの≫
≪うん、君がね≫
≪それはアンタでしょ≫
二頭の竜が口を揃えたのに続いて、足元のカチューシャまでジト目でコメントを寄越す。なんでよ、竜って最高じゃん。
顔を近づけてくるので許可をいただき、紫と青の鱗をナデナデさせてもらう。これぞ正に両手に花である。
よん豆も竜の背中をすべり台にして、楽しそうにコロコロ転がりはじめた。フィオと森で遊んでいた姿が重なって、鼻の奥がツンとなる。
≪大丈夫。メメとフィオのことは、王都中の竜に伝えておきましたよ≫
気持ち良さそうに目をとろんとさせた青竜が慰めてくれた。神殿周囲には、地・水・火・風の四つの竜舎が建っている。お兄さんたちのおかげで、竜のSNSは完全網羅できたようだ。
≪訊いて回ったら、少し前の夜中に、何人もの上級魔導士が隠蔽の魔法陣を組んで、霊山の裏手から大型生物を神殿奥へ入れていたのを感知した竜がいる。
今じゃ、どの竜も魔導士の出入りに目を光らせてるぜ。訓練や巡回の時には、霊山のほうまでワザと軌道を外れたりしてな≫
紫竜が自慢げに鼻を鳴らした。感極まって、ぎゅむっと抱きつく。
「驚きました! 聖女様は竜も平気なのですね」
「ソウソウ。カワイイ、トッテモ!」
同意しただけなのに、シャイラさんが目を瞬いた。まぁいいや。そっちの黄色い子の名前も教えて?
てってって、と奥に移動する。おや、もう一頭いたぞ。紺色の竜さんだ。他の子たちよりも、雰囲気が少し年長さん。動物園のボス猿みたいに踏ん反り返ってる。
≪俺様のも試すか?≫
≪是非!≫
≪えっと、じゃあ、僕のも?≫
竜の鱗はお触りするに限る。一番奥の濃い青の子がターシュで、ちょっと遠慮がちな黄色の子がシール。それぞれ、元第二師団長つまり水のタレイアさんと、聖護衛隊長つまり土所属のシャイラさんの竜だ。
ただし竜語の名前は周波数とか喉の構造レベルで、どれも発音できそうになかった。人間が付けた名前で呼ぶしかない。まさしく断腸の思いである。
この悲しみは竜たちへのハグで癒そう。うん、鱗のなで心地が良かと良かと。
≪そこ、もうちと強めで。おお~絶妙≫
ターシュの声音がぽややんとなり、瞳の焦点がボヤけている。竜の大陸でマッサージ屋さんとか開店したくなってしまうではないか。
竜騎士は解ってないけど、どうやら竜は全員、念話ができるらしい。なのに魔導士に見下されるとは。『人間に比べて下等』って理由づけが意味不明だ。
「ルルロッカ様、間近で吠えられても怖くないのですか?」
「カワイイ!」
美お婆さんが引きつった笑顔のまま固まってる。なぜだ、可愛いは最強正義だぞ。
「大した度胸だ! オレの相棒も連れて来たら良かったなぁ」
がははと大笑いしているのは、ゴリ天使のガーロイドさん。その後ろでは紫の細マッチョが鼻を押さえ、何やらブツブツ呟いていた。
「成竜への耐性度100とか夢の引退生活到来かよっ……これは直帰して四大精霊の全てに供物をっ……しかも結婚許容年齢を経過したばかりとかっ……小動物ライフ万歳!……世界は違っても合法は合法だよなっ」
「ごほん! 無視してください。彼もまぁ、これまで人生いろいろありまして」
クウィーヴィンがディルムッドを容赦なく殴りつけてた。よく解らん関係だ。あまり踏み込まないほうがいい、と私の本能が告げている。
≪おう、何やら若えのもいるな。ちょいと邪魔するぜ≫
新たな竜さんだ! 空から降りてきたのかな、ひょいと入り口から濃い黄色の竜が顔を覗かせた。
≪こんにちは!≫
とことこと近づくと、逆に向こうが驚いて後ずさってしまう。他の竜さんたちが喉から不思議な音を鳴らして、取りなしてくれた。
≪なんでぇヒヨッ子、おめぇ話せるのか≫
話せまーす、と念話で元気に答えて、自己紹介。新たな黄竜さんも、鼻先を差し出してくるのでなでさせてもらう。どうやら騎竜はこれが挨拶になるみたい。
「えーと、この小鳥ちゃんは?」
入り口の隙間から、とても小柄だけど丸っとがっしりしたお婆さんが入って来た。ドワーフの奥さんみたいな筋肉質で、黄色のおかっぱ頭。検問所の赤い竜騎士姫と同じ髪型だ。
「すごいだろ? さっきからあっちこっちの竜を触ってる」
タレイアさん、そんなセクハラ大魔神みたいな紹介やめて。ちゃんと許可もらってるし!
「リュウ、ナマエ?」
「えーと、こいつはティーンです。ついでに飼い主がトゥルリオラで」
共和制ローマきたーっ。キケロの娘トゥリアちゃんの愛称ではないですか!
「ついでたぁご挨拶だねぇ、タレイア」
あれ、お名前とギャップが。凄みのあるお顔に威圧されて、ティーンの横顔にぴたっとくっつく。別に役得狙いではないぞ、鱗のもきゅもきゅパラダイスは。
「あのぉ、お取り込み中すみませんが、かなり曇って来たんですけどぉ!」
レイモンド記者の弱っちい声が黄竜越しに届いた。ほんとだ、いつの間に。
ティーンが占領していた入り口をどいてくれたけど、知らん人たちが遠巻きにわらわら増えてる。制服だから屋敷の使用人さんかな。観客ならウェル亀なのに、こっちに全然近寄ってくれない。
≪竜舎にこれだけ竜がいるのよ、普通の人間は来ないわ≫
カチューシャが、すっかり呆れてチベットスナギツネ顔。
仕方ないな、じゃあ入り口のここでやりますかね。竜舎の中からも、周囲の人たちからも一番見やすそうな場所に陣取って深呼吸。
竜舎の天井でふよふよ漂っていた紫の小雀、赤い闘魚、青い蜻蛉、黄色い針鼠が、私の頭の上に集まってきた。揺り篭の上のモビールのように回り出す。
≪みんなーっ、いっくよーっ≫
――アイドルの舞台挨拶みたいになっちゃった。
≪合点承知の助―っ≫
『精霊の眷属』は時代劇の十手持ちみたいなノリだし。
くるくると、回転がどんどん早くなる。ビーがまだ孵化していなかった前回は、意識が朦朧としていたから、正直あんまり覚えていない。
カチューシャが『柱を立てろ』と何度もせっついてきて、ぼーっとした頭で卵トリオにお願いして、よく解らないまま『あれぇ、なんか光ってるなー』で、寝落ちしたんだと思う。
タウたちの説明によると、私の魔力とか体力は必要ないらしいのよね。ただ単に天と地がつながっている感覚に身を任せたら済む。
海や空に人間がシンクロして融け込んじゃう絵面があるじゃない。多分、あんな感じ?
頭上で円を描いて舞っていた精霊よん卵が、四色の光の帯と化した。全身を不思議な気流が取り巻く。力を抜いても支えてくれる優しい力。
周りの地面では、よんぴょこぴょこ。謎のダンスを繰り広げていたよん豆も、私の靴の上にぴとっとくっつく。応援してくれているのかな。
皆に『ありがとう』と心の底で呟いたら、キラキラと輝く光の柱が上からドンと降りきた。下からも光が昇ってきて、身体がほわんと浮き上がる。
観客が歓声を揚げている。見世物としての役目は十分果たせたようだ。
タウたちに≪もういいよ≫と告げて、このショーに関わってくださった天の存在、地の存在、諸々皆さまに感謝して。
すとん、と地面に降り立って、入り口の方を向いたら……竜舎の中の人たちも、外の人たちも皆が膝を付いて、こっちを拝んでいた。だーかーら! そうやって聖女に全ておっかぶせるから、おかしくなるんだってば!
≪キレイな光だなっ≫
竜たちは、ひれ伏すことなくご機嫌である。
≪うちの竜を取り返すために、神殿に殴り込みかけるの。協力してねっ≫
にっこり笑顔でお願いすると、面白がった竜のお兄さんたちが≪おう、任せとけ!≫と胸ならぬお腹を張った。レイモンド記者には、新たに誕生した聖女様が大の竜好きってとこまで、しっかり描写してもらわねば。
まずは明日の朝刊で悪徳魔導士どもに、第一砲をかまそうじゃないの!
****************
※お読みいただき、ありがとうございます。
もしお手数でなければ、感想をぜひお願いします。
「お気に入りに追加」だけでも押していただけると、光栄です!
すでに押してくださった皆様、心より感謝いたします。
楽しく、健やかな日々となりますように。
新聞記者のレドモンド氏が、素っ頓狂な声を上げた。身体はひょろ長く、大変頼りなく見えるが、これでも全国紙の一つ『聖女新聞』を発行する新聞社の社長の弟で、編集主幹らしい。
残り二紙のうち、『王都新聞』は購買層が貴族中心でお高くとまってるし、帝国ヨイショが基本姿勢。『帝都新聞』は帝国で発行した皇帝バンザイ一辺倒だから論外だ。
「い、いえ、ポルロッカはルルロッカ様がどうぞお召し上がりくだせえ」
岩塩とハーブをまぶした『精霊果』のお皿を差し出してみた。濡れ鼠みたいなゲッソリ顔してるから、元気出してもらおうとしたのだけどな。
アマゾン川の海水逆流じゃないよ。早口言葉シリーズ続行中の正体は、暗黒街のウェイロンさんが毎度食べていたおつまみナッツだ。中身が芯まで濃い赤か・濃い黄色か・濃い青か・濃い紫だけど、味も形もピスタチオ。
普通に緑色はないのかイーンレイグさんに確認したら、『よく似た魔樹の実がそのような色だったかと……』と言われてしまう。
地球のピスタチオが魔樹化してる件。
「五代前のティーギン様が亡くなられて以来、手前どもは神殿内に出入りさせてもらえませんからねぇ。その点を改善してくださるってのは有難いんすが、ですがしかし。
――いえ、ガウバはルルロッカ様がどうぞお召し上がりくだせえ」
ちっ、餌付けが成功しない。ディルムッドに遠回りさせて、うんとお腹を空かせておくよう指示すべきだったか。仕事が早い男は、時に問題だ。
記者の知り合いがいないか訊いて回ると、ディルムッドがレドモンド氏のことを教えてくれた。若い頃に四大公爵家の全てに潜入して、赤裸々スクープ記事をすっぱ抜いた強者だそう。
問答無用ですぐ連行――げふん、丁重にお連れするよう、お願いした。でなきゃ帝国側に味方するぞだなんて、天下の竜騎士様を脅したりはしていない。私の前にはいろんな未来が広がっているんだよって、純粋に笑顔で教えてあげただけだ。
記者さんのコートがヨレヨレで髪がボサボサなのも、紫の竜騎士がやつれ顔で魂を飛ばしかけてるのも、きっと気のせいである。シャイラさんとオルラさん姉妹がドン引きしているのも、もっと気のせいだろう。
「あー、ハイ。確かに、神殿について批判的な社説を書いているのは私でやんすけどぉ。……いやだからって、魔導士との全面戦争に協力しろとか、そういうのはちょいと、記者の領分を超えるといいますか……いえ、自分のせいで『母国』が『亡ぶ』のは、望むところではありませんよ? ……いやいや、『歴史』にそういう形で『名を残す』のは……各国の『最終学府』の『歴史学科』に『経過報告書』を送り付ける? 『古代竜殺し犯』リストの中に私の名前入りで? ……勘弁してくだせえぇぇぇ」
強者だと聞かされたんだけどな。私が筆談で単語を書き進めるとあっさり撃沈しちゃった。
記者ってのは、剣より鋭利なペンで悪者と交戦する職業だろう。先陣切って突入したまえ。
「ルルロッカ様、一体どんな世界で生きてこられたんすかぁ!? 記者の定義、激しく間違っていますからねっ」
そうかな? 終わったら、ご褒美に関係者の独占インタビューも付けたげるよ? なんなら国王も脅し――じゃなかった、頼んであげようか?
「あのぉ……それ、全員どうやって説得するおつもりで? あ、はい。聖女様がこの国から速攻で『消える』って宣言したら、誰もが承諾しますねぇ。それって脅迫――ではなくて『可愛く』、『お願い』と形容すべきですよねぇ、あーはい」
レイモンド氏の糸目が更に細くなっていく。おーい、戻ってこい。なぜに私を見ようとしないのぢゃ。
「ルルロッカ様、それは流石に――」
ディルムッドが口を挟んできたので、満面の笑みで封じる。ついでに手帳と王都地図をペしぺしと叩いてみせた。
「フィオ殿を『即座に』神殿から『奪還』するのは困難でして。いえ、『悪事』に『加担』しているわけでは決して。はい、『役立たず』ですよね、『竜騎士』の『存在意義』『ゼロ』ですよね、大変申し訳ございません」
そうなのだ。この人たち、偉いクセして誘拐されたフィオを今すぐ助け出すのは無理だとぬかしやがった。私が神殿に乗り込むのも止めてくる。で、次善の策を講じているわけだよ、文句あっか。
ガタイの大変よろしい竜騎士が身体を縮こませているが、可愛くないぞ。イタズラを叱られた大型犬みたいだけど、フィオが最優先だからね。私は心を鬼にするのだ。
****************
ということで、やっと外に出れました!
冬の厳しいヴァーレッフェ。その北側は特に地下道ネットワークと地下街が発展している。冬の間は極力、地下に潜って過ごすのだ。その一室に匿われること早四日。
日照不足にも考慮して快適に整備されていたが、それでも本物の太陽からこれだけ遠ざかっていたのだ。
四方から急にモクモクと真っ白な雲が出てきたけれど、五感と五体に染み渡る開放感がハンパない。テニスボールのように跳ねながら、後ろをついてくるよん豆もうれしそう。
まずは竜舎に連れて行ってもらった。オルラさんに加え、イーンレイグさんたち宮廷組が「怖くないんですか!? 竜ですよ?」と、何度もしきりに引き留めてくる。
≪なして、あそこまで焦ってるの?≫
≪人間だからじゃね?≫
竜舎入り口にすら近寄ろうとしない大人たちを指したら、紫の竜が答えてくれた。ダールというらしい。ディルムッドの契約した竜だ。
≪竜騎士以外は普通、竜に近づこうとしないんですよ≫
青い竜のコールも話しかけてくれた。こっちは水の竜騎士、クウィーヴィンと契約している。
≪変なの≫
≪うん、君がね≫
≪それはアンタでしょ≫
二頭の竜が口を揃えたのに続いて、足元のカチューシャまでジト目でコメントを寄越す。なんでよ、竜って最高じゃん。
顔を近づけてくるので許可をいただき、紫と青の鱗をナデナデさせてもらう。これぞ正に両手に花である。
よん豆も竜の背中をすべり台にして、楽しそうにコロコロ転がりはじめた。フィオと森で遊んでいた姿が重なって、鼻の奥がツンとなる。
≪大丈夫。メメとフィオのことは、王都中の竜に伝えておきましたよ≫
気持ち良さそうに目をとろんとさせた青竜が慰めてくれた。神殿周囲には、地・水・火・風の四つの竜舎が建っている。お兄さんたちのおかげで、竜のSNSは完全網羅できたようだ。
≪訊いて回ったら、少し前の夜中に、何人もの上級魔導士が隠蔽の魔法陣を組んで、霊山の裏手から大型生物を神殿奥へ入れていたのを感知した竜がいる。
今じゃ、どの竜も魔導士の出入りに目を光らせてるぜ。訓練や巡回の時には、霊山のほうまでワザと軌道を外れたりしてな≫
紫竜が自慢げに鼻を鳴らした。感極まって、ぎゅむっと抱きつく。
「驚きました! 聖女様は竜も平気なのですね」
「ソウソウ。カワイイ、トッテモ!」
同意しただけなのに、シャイラさんが目を瞬いた。まぁいいや。そっちの黄色い子の名前も教えて?
てってって、と奥に移動する。おや、もう一頭いたぞ。紺色の竜さんだ。他の子たちよりも、雰囲気が少し年長さん。動物園のボス猿みたいに踏ん反り返ってる。
≪俺様のも試すか?≫
≪是非!≫
≪えっと、じゃあ、僕のも?≫
竜の鱗はお触りするに限る。一番奥の濃い青の子がターシュで、ちょっと遠慮がちな黄色の子がシール。それぞれ、元第二師団長つまり水のタレイアさんと、聖護衛隊長つまり土所属のシャイラさんの竜だ。
ただし竜語の名前は周波数とか喉の構造レベルで、どれも発音できそうになかった。人間が付けた名前で呼ぶしかない。まさしく断腸の思いである。
この悲しみは竜たちへのハグで癒そう。うん、鱗のなで心地が良かと良かと。
≪そこ、もうちと強めで。おお~絶妙≫
ターシュの声音がぽややんとなり、瞳の焦点がボヤけている。竜の大陸でマッサージ屋さんとか開店したくなってしまうではないか。
竜騎士は解ってないけど、どうやら竜は全員、念話ができるらしい。なのに魔導士に見下されるとは。『人間に比べて下等』って理由づけが意味不明だ。
「ルルロッカ様、間近で吠えられても怖くないのですか?」
「カワイイ!」
美お婆さんが引きつった笑顔のまま固まってる。なぜだ、可愛いは最強正義だぞ。
「大した度胸だ! オレの相棒も連れて来たら良かったなぁ」
がははと大笑いしているのは、ゴリ天使のガーロイドさん。その後ろでは紫の細マッチョが鼻を押さえ、何やらブツブツ呟いていた。
「成竜への耐性度100とか夢の引退生活到来かよっ……これは直帰して四大精霊の全てに供物をっ……しかも結婚許容年齢を経過したばかりとかっ……小動物ライフ万歳!……世界は違っても合法は合法だよなっ」
「ごほん! 無視してください。彼もまぁ、これまで人生いろいろありまして」
クウィーヴィンがディルムッドを容赦なく殴りつけてた。よく解らん関係だ。あまり踏み込まないほうがいい、と私の本能が告げている。
≪おう、何やら若えのもいるな。ちょいと邪魔するぜ≫
新たな竜さんだ! 空から降りてきたのかな、ひょいと入り口から濃い黄色の竜が顔を覗かせた。
≪こんにちは!≫
とことこと近づくと、逆に向こうが驚いて後ずさってしまう。他の竜さんたちが喉から不思議な音を鳴らして、取りなしてくれた。
≪なんでぇヒヨッ子、おめぇ話せるのか≫
話せまーす、と念話で元気に答えて、自己紹介。新たな黄竜さんも、鼻先を差し出してくるのでなでさせてもらう。どうやら騎竜はこれが挨拶になるみたい。
「えーと、この小鳥ちゃんは?」
入り口の隙間から、とても小柄だけど丸っとがっしりしたお婆さんが入って来た。ドワーフの奥さんみたいな筋肉質で、黄色のおかっぱ頭。検問所の赤い竜騎士姫と同じ髪型だ。
「すごいだろ? さっきからあっちこっちの竜を触ってる」
タレイアさん、そんなセクハラ大魔神みたいな紹介やめて。ちゃんと許可もらってるし!
「リュウ、ナマエ?」
「えーと、こいつはティーンです。ついでに飼い主がトゥルリオラで」
共和制ローマきたーっ。キケロの娘トゥリアちゃんの愛称ではないですか!
「ついでたぁご挨拶だねぇ、タレイア」
あれ、お名前とギャップが。凄みのあるお顔に威圧されて、ティーンの横顔にぴたっとくっつく。別に役得狙いではないぞ、鱗のもきゅもきゅパラダイスは。
「あのぉ、お取り込み中すみませんが、かなり曇って来たんですけどぉ!」
レイモンド記者の弱っちい声が黄竜越しに届いた。ほんとだ、いつの間に。
ティーンが占領していた入り口をどいてくれたけど、知らん人たちが遠巻きにわらわら増えてる。制服だから屋敷の使用人さんかな。観客ならウェル亀なのに、こっちに全然近寄ってくれない。
≪竜舎にこれだけ竜がいるのよ、普通の人間は来ないわ≫
カチューシャが、すっかり呆れてチベットスナギツネ顔。
仕方ないな、じゃあ入り口のここでやりますかね。竜舎の中からも、周囲の人たちからも一番見やすそうな場所に陣取って深呼吸。
竜舎の天井でふよふよ漂っていた紫の小雀、赤い闘魚、青い蜻蛉、黄色い針鼠が、私の頭の上に集まってきた。揺り篭の上のモビールのように回り出す。
≪みんなーっ、いっくよーっ≫
――アイドルの舞台挨拶みたいになっちゃった。
≪合点承知の助―っ≫
『精霊の眷属』は時代劇の十手持ちみたいなノリだし。
くるくると、回転がどんどん早くなる。ビーがまだ孵化していなかった前回は、意識が朦朧としていたから、正直あんまり覚えていない。
カチューシャが『柱を立てろ』と何度もせっついてきて、ぼーっとした頭で卵トリオにお願いして、よく解らないまま『あれぇ、なんか光ってるなー』で、寝落ちしたんだと思う。
タウたちの説明によると、私の魔力とか体力は必要ないらしいのよね。ただ単に天と地がつながっている感覚に身を任せたら済む。
海や空に人間がシンクロして融け込んじゃう絵面があるじゃない。多分、あんな感じ?
頭上で円を描いて舞っていた精霊よん卵が、四色の光の帯と化した。全身を不思議な気流が取り巻く。力を抜いても支えてくれる優しい力。
周りの地面では、よんぴょこぴょこ。謎のダンスを繰り広げていたよん豆も、私の靴の上にぴとっとくっつく。応援してくれているのかな。
皆に『ありがとう』と心の底で呟いたら、キラキラと輝く光の柱が上からドンと降りきた。下からも光が昇ってきて、身体がほわんと浮き上がる。
観客が歓声を揚げている。見世物としての役目は十分果たせたようだ。
タウたちに≪もういいよ≫と告げて、このショーに関わってくださった天の存在、地の存在、諸々皆さまに感謝して。
すとん、と地面に降り立って、入り口の方を向いたら……竜舎の中の人たちも、外の人たちも皆が膝を付いて、こっちを拝んでいた。だーかーら! そうやって聖女に全ておっかぶせるから、おかしくなるんだってば!
≪キレイな光だなっ≫
竜たちは、ひれ伏すことなくご機嫌である。
≪うちの竜を取り返すために、神殿に殴り込みかけるの。協力してねっ≫
にっこり笑顔でお願いすると、面白がった竜のお兄さんたちが≪おう、任せとけ!≫と胸ならぬお腹を張った。レイモンド記者には、新たに誕生した聖女様が大の竜好きってとこまで、しっかり描写してもらわねば。
まずは明日の朝刊で悪徳魔導士どもに、第一砲をかまそうじゃないの!
****************
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好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
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おっかなびっくり料理の小料理屋さんの料理を召し上がれ?
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