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黄色い街(ボウモサーレ)

◆ 風の竜騎士:金貨の追跡と幻の魔樹

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※引きつづき、風(紫)の竜騎士ディルムッド視点です。

◇.。.:*・°◇.。.:*・°◇.。.:*・°◇



 街の中に入り、まずは広場で少女の姿を探してみた。
 精霊の祝福のような澄んだ歌声が流れてくる。

 道行く人々が足を止め、恍惚こうこつとした表情で聴き入っていた。
 昨日の自分のように、涙を流して感動している者もいる。
 聴きなれない異国の歌が妙に心を揺さぶるのだ。

 昨日の歌はしきりと親友のことが頭に浮かんだ。
 今日は将来のことばかり考えてしまう。
 俺もいい加減、結婚して身を固める年齢だというのに……。
 いつになったら相手が見つかるのやら。
 大人しそうな令嬢は、話しかけようと近づくだけで逃げてしまう。

『裏で聖女やその取り巻きに、脅されているのですよ』

 いつぞやクウィンがそう慰めてくれたが、本当だろうか。
 聖女メルヴィーナや火の選帝公の三女グローニャではダールも嫌がる。
 共に暖炉の火を眺めているだけで、幸せに満たされる家庭がいい。

 緑頭巾ちゃんの手元には魔杖まじょうもない。
 指先で魔法陣を描く様子もない。呪文を唱えている気配もない。
 なのに心の奥深くまでわしづかみにされ、ひどく感傷的にさせられる。
 意味も解らない歌詞なのに、不思議な歌姫だ。



 案の定、人々から投げ銭をたんまりもらっていた。
 メメは一人ひとりに丁寧なお辞儀をしている。
 偉そうにすることもなければ、ことさら低姿勢になることもない。
 まっすぐ相手を見つめる瞳に、生来の善良さがにじみ出ていた。

 まばらだが、雨が降りだす。
 どこの宿に入るか確かめてから、正門へ赴くことにした。
 今夜の守りを固めるよう、警備隊に言い渡す。

 夕食時にはもう一度、メメの宿へ向かう。
 ちょうど一番はじの席へ移動するところだった。

 奇妙な人形を首から外して横に同席させている。
 机の上にナイフやフォークの入った袋を広げる。
 その後は、困惑した様子で辺りを見渡していた。
 居酒屋と化した宿屋では、大声で注文しないと何も出ないぞ。

「亭主、こっちだ。二人分!」

 対の椅子に腰掛け、部屋の反対側にいた宿屋の主人に合図した。

「やあ。また会ったね、メメ」

 にっこりと微笑んだつもりなのに、エラく顔をしかめられてしまう。
 おいめいなら、うれしそうにくっついてくるのだが。
 身内以外には通用しないということか。

「リュウ、ココ?」

 またダールのことをいてくる。
 だから宿に置いて来ざるを得なかったんだよ。
 騎竜だけモテるのもどうなんだ。

 少女は俺を放ったらかして、人形と戯れている。
 少し嫉妬心をかき立てられた。なんだろう、無性にイジメたくなる。

 念話が出来るだろう、水の魔術も火の魔術も使えるだろう。
 正体は上級魔導士か、犬は上位魔獣か。
 そうたずねると、面白いように表情がくるくる変化していった。

 この辺りで手加減しておかないと可哀相かな。
 泣き出しそうな顔で、必死に首を横や縦に振っている。
 竜のフィオを守るためにこの国へ来たらしい。
 珍しい色の子竜だ。南で狙われでもしたのだろうか。

 二階へ上がる頃には、すっかりお冠になってしまった。
 なぜか何度も胸元の人形をにらみつけている。
 その様子がまた微笑ましかった。


◇.。.:*・°◇.。.:*・°◇.。.:*・°◇


 街壁の外宿で、明け方まで横になるつもりだった。
 嫌な予感がして、追跡用の金貨に対応した特殊な地図を広げる。
 黄色い点滅がボゥモサーレの外を出ていた。
 北東へとじわじわ移動している。
 ――緑頭巾ちゃんの歩行速度だ。

 街壁の門は全て警備段階を引き上げるよう命じてある。
 香妖こうようの森へと続く小さな扉だけは施錠していない。
 そこを通過すれば、兵士が知らせに来るはず。

 あの土砂降りの中、魔術で壁を跳び越えたというのか。
 念話が出来る上級魔導士なら容易かったのかもしれない。
 だが壁には魔獣の侵入を防ぐ最新の結界が張り巡らされている。
 グウェンフォール様が強化してくださった魔道具だ。
 契約獣であっても門扉を潜らなければ通過できない。
 あの犬は、どうやって魔法陣に弾かれずに壁を越えたのだろう。

 支度を整えながら推理してみるが、答えは出なかった。
 一階に下りると宿の使用人に声をかける。
 厳戒態勢を解除させるべく、警備隊長への伝言を頼んでおいた。
 外の小さな竜舎に向かい、眠っていた騎竜を起こす。

「すまない、ダール。昼間話した森の少女が街を出たんだ」

 荒い鼻息で不満を訴える紫の竜をなだめる。
 馬と兼用のつなぎ場へと連れ出した。
 一晩降った雨ですっかり地面が冷え切っている。
 ダールは一歩踏み出すたび、後ろ足を大袈裟おおげさに片足ずつ上げてくる。
 雪の上でも平気なくせに、『寒い』と言わんばかり。

 しぶしぶながらに後ろを向いたダールは、俺の倍ほどの背丈だ。
 自分でくらを緩く背負って、待ち構えてくれている。
 腕にめた魔道具を竜の首元、手綱の付け根へ向けて作動させた。
 一直線に伸びた魔縄を手繰り寄せ、ゴツゴツとした背中を駆け上がる。
 同時にくらの帯が自動的に締まっていく仕組みだ。
 どれもグウェンフォール様の改良品や発明品。御無事であってほしい。

 万が一、検問となりそうな場所に魔導士が配置されていれば。
 俺が不審な単独行動をしていることまで神殿にバレてしまう。
 監視を避けるためには、竜が苦手とする低空飛行を強いざるを得ない。
 大空に舞い上がれないダールが、さらに不機嫌になった。


◇.。.:*・°◇.。.:*・°◇.。.:*・°◇


 向こうにロザルサーレの灰色の街並みが現れた。
 その手前の広大な雑穀畑に、場違いな大木がそびえている。
 本来なら山の最奥に君臨する古の魔樹、『転寝うたたね癒しの樹』だ。
 別名『森の王』。こんな人里にいていい樹じゃない。
 珍樹中の珍樹が、したり顔で景色に融け込もうとしていた。

 ダールも驚いたのか、だいぶ離れたところで地上へ降り立つ。
 あの魔樹は、根を地面から引き抜いて長距離を軽々と飛ぶ。
 そして葉から根まであらゆる部位が万能薬となる。
 それ以外、生態も防御方法も解明されていない。

 第十七街道を逸れ、草原の中をゆっくり近づく。
 緑頭巾ちゃんと緑の子竜が、大木の根元に腰掛けている。
 なにやら樹に話しかけると枝が揺れ、葉がぱらぱらと落ちてくる。
 少女は、うれしそうに口に含んでしまった。

 魔樹なんだぞ、頼むからもう少し警戒をしてくれ。
 『癒し』と呼ばれるだけあって、どの薬よりも疲労回復効果がある。
 だがその前の『転寝うたたね』という効果も強いのだ。

 ああ、やっぱり寝てしまった。
 誰が通るとも判らない、こんな道端で。
 子竜は呑気のんきにガウバの実をかじっている。
 紫の小鳥も、少女の頭の上に降りて眠ってしまった。

 不自然な静寂が辺り一帯を包み込んでいる。
 街道を行き交う人間が一人も見当たらない。
 本来なら駅馬車が一日に何回も通る街道だ。
 魔樹が『森の愛し子』をかばおうと動き出せば、大騒ぎとなるだろう。
 
 声をかけるべきか。
 迷っていると、ロザルサーレから白い犬が駆けてきた。
 途中でこちらに気づいて足を止めたが、すぐにメメの元へ行ってしまう。
 あの犬がいれば安心だ。母親のようにメメを常に守っている。



「ダール、王都に戻るぞ」

 先にクウィンを探さねば。
 こんな異常事態を相談できるのは親友の奴くらいだ。

 先週始め、大きな嵐が数年ぶりに到来した。
 かつて初秋の名物とうたわれた雷を伴って。
 その後も適度に雨と晴れを繰り返し、元気を取り戻した穀倉地帯。

 ずっと低空飛行を続けていたが、霊山手前で空高く飛翔ひしょうする。
 朝日に照らされた大地が一気に遠ざかった。
 王都圏内は決められた航路へと旋回せねばならない。

 胸元の内ポケットから、エルリースの耳飾りを取り出す。
 ちょうを模った台座部分には、薄紫の水晶が細かくめ込まれている。
 華奢きゃしゃな銀鎖の先に垂れ下がっていた羽宝石はねほうせきはもうない。
 正八面体にカットされたそれは、今は神殿内部の謎の箱の中だ。

 昨夜の雨で空のちりもすっかり洗い落とされている。
 清々しい朝の空気がきらめき、何かが始まる予感がした。






◇.。.:*・°◇.。.:*・°◇.。.:*・°◇

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