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鬼喰いの森 ~ 香妖の森
53. 森で遭遇する (14日目)
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※芽芽視点に戻ります。
****************
フィオ、フィオ、フィオ!
動揺しまくって、崩れかけた野営地が見えてくるまで、大量の枯れ枝を両腕に抱えたままだったことすら気づかなかった。
慌ててすべて道端に捨て去り、さらに走ろうとするが、そもそも足の遅い私の速度はちっとも上がらない。無器用な足がもつれないようにするだけで精一杯だ。
風が後ろから吹きつけては、背中を押してくれる。
ただでさえ枯渇気味の体力が早々に限界値を訴えていた。フィオを助けたいという気力だけで、かろうじて前に進めている状態。
『円塔の朽ちた扉部分を抜けると、そこはカオスであった。頭が痛くなった。』
――じゃなくて。
あかん、情報量を持てあまして、文学少女な暗黒時代にトリップしちまったぜ。
中央ではすでに駆けつけたカチューシャが、男とフィオの間に入って牙を見せながら威嚇している。奥の月下美人さんは、サボテン葉っぱの先を機嫌の悪い猫みたいにビターンビターンって石畳に叩きつけている。
うん、この二人は戦闘態勢だ、そこは理解した。
地面には散乱した柿の実。フィオは怖いのだろうに、それでも荷物を守ろうと、藍色リュックをぎゅっと抱きしめたまま壁際に身を寄せている。よん豆は花から元の球体にもどって、フィオの周りでぴょんこぴょんこ跳ねていた。
ここら辺は、えっと、どう解釈したらいいんだろう。
まずフィオだ。多分キミ、そのサイズでも人間とガチバトルできるよ。大陸最強の竜族なんだよ、思い出そう。
で、よん豆。その動きは何がしたいのかワケワカ明太子だ。フィオを守りたいなら、まずは落ち着こう。でないと真ん中のフィオがね、余計にパニくっていて。
諸悪の根源は斜め手前のコイツ。
澄ました顔で、反りの入った長剣を構えている。刀部分が根本から先端までうっすら紫色した謎の金属。爺様の風の指輪と同じだ。
男自体は地球だと20代後半くらい。乱れ一つなくキレイに撫でつけられた漆黒の髪は、きちんと襟足で切りそろえられてある。肩幅の広い、すらりとした長身にまとうは……暗い濃紫のマント?
≪爺様、あれって竜騎士?!≫
≪風の第四師団じゃ。しかも留め具の木彫りが紫金で縁取ってある。あの若さで幹部候補か。まずいな、精鋭じゃろう≫
音こそ聴こえないものの、念話の最後で爺様がちっと舌打ちをしたような気配が伝わってきた。
この国は竜騎士は四つの部隊に分かれている。
土の加護を受ける、黄色のマントに蒲公英型の留め具を付けた第一師団。
水の加護を受ける、青色のマントに茸型の留め具を付けた第二師団。
火の加護を受ける、赤色のマントに団栗型の留め具を付けた第三師団。先日、検問で会った人たちだ。おかっぱの竜騎士姫は格好良かった、お元気かな。
そして風の加護を受ける、紫色のマントの第四師団。目の前の優男だ。竜に剣向けるとか、ふっざけんな。
楓葉型した木彫りの留め具は、両肩どちらも薄紫色した金属で縁取りしてある。中まで完全に金属製だと幹部なんだって。
「ダメーッ」
やっとこさ息が整ってきた私は、フィオやカチューシャよりも前に割って入って、両手を広げた。
いや、最初からこうしたかったんだけど、まじで足がね! 入り口の扉のところに両手かけちゃったら、もう、肺が悲鳴上げててさ!
「フィオ、ダメ……カチューシャ、ダメ!」
男の深緑色の両目をじっと睨みつける。絶対に先に逸らすもんか。
なおかつ戦闘に持ち込ませないよう、竜や犬に名前があることをアピールしてみた。正常な人間なら、親しみが湧いてくるとそう簡単には殺せない。
ほらアレだ、ヒヨコをペットとして飼い出すと、鶏肉料理は平気で食うのに、自分とこの子だけは殺すのを躊躇ってしまう話。個別化して、情を移させるのだ。
「フィオ、リュウ……ワタシ・ノ・トモダチ……カチューシャ、イヌ……ワタシ・ノ・トモダチ」
だから殺しちゃダメ。私は奥歯をぐっと噛みしめながら、滲む瞳で男を凝視した。あと、確かめないといけないことは。
≪カチューシャ、こいつ、一人? 探知虫は?≫
≪一人。探知虫も騎竜もいないわ。それよりも牙娘、走れもしないくせして、なんで隠れておかないのよ!≫
カチューシャやフィオだけでなく、男のほうも、だいぶ前から私がのろのろと歩――じゃない、『走って』来るのは気がついていて、こちらをチラ見していた。
で、間に入るのも、なんか皆さん憐みの目線で待っていてくださった。ちくしょー、こんだけ『走った』だけでも私にとっては表彰状ものなんだからねっ。褒めろっ、称えろっ。オリンピックの建前はどこ行ったっ。
ぜえぜえぜえ。
まだ息遣いが怪しい。喘息になりかけだ。わき腹が捩れたみたいに、きりきり痛い。
「犬、とは君の足元の生き物かな」
うげ、低いけどめっちゃいい声。いらん特技を持ってやがるわ。雑念を振り払うように、首を上下に振った。
「カチューシャ、トモダチ」
「あの竜は君の騎竜なのかな」
「フィオ、トモダチ」
「騎竜じゃないの?」
「ト・モ・ダ・チ!」
おめぇの耳はただの飾りか。こんな森奥に来んな。無駄に高い鼻梁と涼しげな双眸。社交界でめかしこんで、どこぞのご令嬢にでも油売ってろ。
「森の女王や森の使いまでいるようだが、あれも君の友達かな?」
ああ、月下美人さんをそう呼ぶのね。断言していいのか自信ないけど、今は方便だ。私の片思いだったら後で謝ろう。
「ソウソウ、トモダチ!」
「つまり……人は襲わないのだね?」
「イイヒト、ソウソウ。ワルイヒト、ダメ」
皆、いい子たちばっかだよ! 用途不明のサボテン尻尾の不穏な動きは責任持てないケドさ。あと、意思疏通がちっとも取れない子が四ぴょこぴょこだけど。戦闘狂がしれっと交じってるのも、まぁともかく、それはさておき……たぶんきっとおそらくメイビー?
私が迷いながらも、睨むことは止めないでいると、紫の竜騎士が苦笑しながら優雅に剣を回し、腰に付けていた鞘にすっと戻した。なんだろ、雰囲気のせいかな……黒い竜の姿が一瞬よぎった。
「たしかに。悪い人は駄目だね。うん、いい人でなければ襲われても自業自得だ」
御納得いただけて何よりです。なんか小バカにされている気もするけれど。ぐぬぬぬぬ。若竹色コートの『おまじない』のせいだ、きっと。
「その竜が持っている荷物、てっきり人間から奪ったのかと思ってね。竜は、収集癖があるから」
およ、そうなの?
フィオを振り返りそうになって、慌てて男のほうへ向きなおる。いかんいかん、睨んどかなきゃ。
≪フィオ、竜って物を集めるの、好きなの?≫
≪よ……よくわかんない≫
種族全体の習性なら、それこそ『普通』なんだろうし、そりゃ判らないよね。さっきから通訳担当してくれてる爺様に、後でゆっくり訊こう。
「その荷物は君の、でいいのだね」
こくん。
「何が入ってる?」
むむむ、私の貧弱な語彙で説明つくわけないじゃん。しかも異世界アイテムとか、爺様の魔術グッズとか、見せられない物テンコ盛りなんだってば。うー、なんか捻り出せ。
「…………リュウキシヒメ!」
ぱちぱち、と瞬きした男は、頭の処理能力が追いつかないようで、しばし呆けていた。
怪訝そうに眉をひそめ出した男を放置し、私はフィオのところへ急ぐ。大丈夫だよ、と目で合図しながらフィオの腕をぽんぽん。
抱えてくれている荷物に手を突っ込み、一冊の本だけ取り出した。
ついでに、よん豆は回収してフィオの左右の肩に置いておく。キミたちのせわしない動きはフィオの気が散っちゃうからね、じっとしてんしゃい。
「リュウキシヒメ」
そう言って、御伽話集を男の前で広げて差し出す。
「え? ――ああ、そういうことか。他には?」
「~~~~ダメッ」
見せられるかっつーの。もう一度水平に両手を広げて、行方を阻む。
職質での所持品検査は任意だよ、こっちの世界では知らないけど、本来そうあるべきだ。
おじいちゃんが力説してたもん。個人情報保護法だ。そっとしておいてもらう権利だ。人が生まれながらにして持つ権利だ。
「了解した……それで、君の名前は?」
ほっ、荷物は死守した。じゃなくて。
こいつ、『仕方ないから許してあげるよ』な態で、尋問続行しているよね? 大げさに溜め息ついて、甘いマスクで苦笑してみせて、完璧に整えられた髪を『ふぅ、困ったな、子猫ちゃん』的に物憂げにかきあげるフリしてるけど。
結局、自分のペースで話進めようとしているよね? 胡っ散臭え。
「メメ。イコク・ノ・タビゲイニン」
面倒だから答えるだけであって、イケメンに屈したわけではないので、そこは特記しておく。緑頭巾で私は『親戚の子』。弱年齢化しているのだから、男の振りまいているスケコマシ・フェロモンにも耐性はきっとある!
「異国ねぇ……じゃあ、どういう芸をするのかな」
うぉおっとぉい。変化球が来た。1回裏、いきなりピンチです。さぁ、芽芽選手はどう迎え撃つのでしょーか、じゃなくてっ。
≪芸って何! 芸って何! この人、意味不明なんですけど! はぁぁ? わけわかんないっ≫
≪芽芽、落ち着け。『旅芸人』なんだから、芸で身を立てているのが普通だ≫
爺様、それは普通の旅芸人の話であって、異世界から生贄儀式で無理矢理召喚されて、竜と一緒に逃亡している無職無学歴の無国籍無住居娘には絶対当てはまらないと思うの。
≪あら、歌唄えたじゃない≫
こちらもまだ警戒を解いていないカチューシャが、するりと横へ来る。そういや歌で誤魔化す計画だった。
……音痴ではないと思う。音域もそこそこ広く出せる。森の中で歩きながら景気づけに歌って、発声練習はした。
でも目の前の御仁は、オルラさん一家みたいに甘口評価してくれなさそう。プロの歌手ですなんて果たして――あ。
私は男の前に歩を進め、すっと手の平を持ち上げる。
「イリ!」
金くれ、のポーズだ。『お金』の言い方が判らないけど、通貨単位を言えば通じるんじゃないだろうか。というか、通じろ。もっと言うと、『金払わない客に、タダで見せる芸はねぇ』と伝わりやがれ。
「ふむ。なるほど一理ある」
御理解いただけて何より。これで大人しく立ち去っておくれ。日も暮れてきた。私たちはさっさとここで寝る用意をしたいのだよ。
「では、『苺』一つだ」
懐から一枚だけ穴銅貨を出して、私の手の平の上に置いてくれちゃったよ。ほほう。1イリですか、黒竜さん。――て、にゃめんな猫化するぞ。
私は貨幣を男の手に乱暴に押しつけた。『てんで話にならない』という態度で、散らばった柿の実をひとところに片せる。
「セイレ!」
あれ、まだそこに突っ立ってたんすか。邪魔なのでとっとと消えやがれでございましてよ。
残念ながら月下美人さんは、はんなり寝そべりモードに戻ってしまわれたので、代わりに私がエアー猫尻尾と片手をしたーんしたーんと振っておいた。
****************
※芽芽の日本語ボキャブラリーは最新版ではありません。
ネットを通して海外でも情報は仕入れていましたが、なんせ実体験はおじいちゃんとの会話がメインでしたので相当古いです。「スケコマシ」などの死語も、本人、あんまり死語だと理解していません。
「1回裏」云々は、夏休みに帰国して、おじいちゃんと一緒に視た高校野球のテレビ中継の影響かと思われます。次回もおじいちゃんに付き合って、一緒に眺めていたテレビ番組が登場します。
『雪国』の冒頭文(の変なアレンジ)が出てきましたが、基本はおじいちゃんの本棚に並んでいるものを読んでいます。
ジジコンな子です。あと竜コンですかね、かなり重度の。
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フィオ、フィオ、フィオ!
動揺しまくって、崩れかけた野営地が見えてくるまで、大量の枯れ枝を両腕に抱えたままだったことすら気づかなかった。
慌ててすべて道端に捨て去り、さらに走ろうとするが、そもそも足の遅い私の速度はちっとも上がらない。無器用な足がもつれないようにするだけで精一杯だ。
風が後ろから吹きつけては、背中を押してくれる。
ただでさえ枯渇気味の体力が早々に限界値を訴えていた。フィオを助けたいという気力だけで、かろうじて前に進めている状態。
『円塔の朽ちた扉部分を抜けると、そこはカオスであった。頭が痛くなった。』
――じゃなくて。
あかん、情報量を持てあまして、文学少女な暗黒時代にトリップしちまったぜ。
中央ではすでに駆けつけたカチューシャが、男とフィオの間に入って牙を見せながら威嚇している。奥の月下美人さんは、サボテン葉っぱの先を機嫌の悪い猫みたいにビターンビターンって石畳に叩きつけている。
うん、この二人は戦闘態勢だ、そこは理解した。
地面には散乱した柿の実。フィオは怖いのだろうに、それでも荷物を守ろうと、藍色リュックをぎゅっと抱きしめたまま壁際に身を寄せている。よん豆は花から元の球体にもどって、フィオの周りでぴょんこぴょんこ跳ねていた。
ここら辺は、えっと、どう解釈したらいいんだろう。
まずフィオだ。多分キミ、そのサイズでも人間とガチバトルできるよ。大陸最強の竜族なんだよ、思い出そう。
で、よん豆。その動きは何がしたいのかワケワカ明太子だ。フィオを守りたいなら、まずは落ち着こう。でないと真ん中のフィオがね、余計にパニくっていて。
諸悪の根源は斜め手前のコイツ。
澄ました顔で、反りの入った長剣を構えている。刀部分が根本から先端までうっすら紫色した謎の金属。爺様の風の指輪と同じだ。
男自体は地球だと20代後半くらい。乱れ一つなくキレイに撫でつけられた漆黒の髪は、きちんと襟足で切りそろえられてある。肩幅の広い、すらりとした長身にまとうは……暗い濃紫のマント?
≪爺様、あれって竜騎士?!≫
≪風の第四師団じゃ。しかも留め具の木彫りが紫金で縁取ってある。あの若さで幹部候補か。まずいな、精鋭じゃろう≫
音こそ聴こえないものの、念話の最後で爺様がちっと舌打ちをしたような気配が伝わってきた。
この国は竜騎士は四つの部隊に分かれている。
土の加護を受ける、黄色のマントに蒲公英型の留め具を付けた第一師団。
水の加護を受ける、青色のマントに茸型の留め具を付けた第二師団。
火の加護を受ける、赤色のマントに団栗型の留め具を付けた第三師団。先日、検問で会った人たちだ。おかっぱの竜騎士姫は格好良かった、お元気かな。
そして風の加護を受ける、紫色のマントの第四師団。目の前の優男だ。竜に剣向けるとか、ふっざけんな。
楓葉型した木彫りの留め具は、両肩どちらも薄紫色した金属で縁取りしてある。中まで完全に金属製だと幹部なんだって。
「ダメーッ」
やっとこさ息が整ってきた私は、フィオやカチューシャよりも前に割って入って、両手を広げた。
いや、最初からこうしたかったんだけど、まじで足がね! 入り口の扉のところに両手かけちゃったら、もう、肺が悲鳴上げててさ!
「フィオ、ダメ……カチューシャ、ダメ!」
男の深緑色の両目をじっと睨みつける。絶対に先に逸らすもんか。
なおかつ戦闘に持ち込ませないよう、竜や犬に名前があることをアピールしてみた。正常な人間なら、親しみが湧いてくるとそう簡単には殺せない。
ほらアレだ、ヒヨコをペットとして飼い出すと、鶏肉料理は平気で食うのに、自分とこの子だけは殺すのを躊躇ってしまう話。個別化して、情を移させるのだ。
「フィオ、リュウ……ワタシ・ノ・トモダチ……カチューシャ、イヌ……ワタシ・ノ・トモダチ」
だから殺しちゃダメ。私は奥歯をぐっと噛みしめながら、滲む瞳で男を凝視した。あと、確かめないといけないことは。
≪カチューシャ、こいつ、一人? 探知虫は?≫
≪一人。探知虫も騎竜もいないわ。それよりも牙娘、走れもしないくせして、なんで隠れておかないのよ!≫
カチューシャやフィオだけでなく、男のほうも、だいぶ前から私がのろのろと歩――じゃない、『走って』来るのは気がついていて、こちらをチラ見していた。
で、間に入るのも、なんか皆さん憐みの目線で待っていてくださった。ちくしょー、こんだけ『走った』だけでも私にとっては表彰状ものなんだからねっ。褒めろっ、称えろっ。オリンピックの建前はどこ行ったっ。
ぜえぜえぜえ。
まだ息遣いが怪しい。喘息になりかけだ。わき腹が捩れたみたいに、きりきり痛い。
「犬、とは君の足元の生き物かな」
うげ、低いけどめっちゃいい声。いらん特技を持ってやがるわ。雑念を振り払うように、首を上下に振った。
「カチューシャ、トモダチ」
「あの竜は君の騎竜なのかな」
「フィオ、トモダチ」
「騎竜じゃないの?」
「ト・モ・ダ・チ!」
おめぇの耳はただの飾りか。こんな森奥に来んな。無駄に高い鼻梁と涼しげな双眸。社交界でめかしこんで、どこぞのご令嬢にでも油売ってろ。
「森の女王や森の使いまでいるようだが、あれも君の友達かな?」
ああ、月下美人さんをそう呼ぶのね。断言していいのか自信ないけど、今は方便だ。私の片思いだったら後で謝ろう。
「ソウソウ、トモダチ!」
「つまり……人は襲わないのだね?」
「イイヒト、ソウソウ。ワルイヒト、ダメ」
皆、いい子たちばっかだよ! 用途不明のサボテン尻尾の不穏な動きは責任持てないケドさ。あと、意思疏通がちっとも取れない子が四ぴょこぴょこだけど。戦闘狂がしれっと交じってるのも、まぁともかく、それはさておき……たぶんきっとおそらくメイビー?
私が迷いながらも、睨むことは止めないでいると、紫の竜騎士が苦笑しながら優雅に剣を回し、腰に付けていた鞘にすっと戻した。なんだろ、雰囲気のせいかな……黒い竜の姿が一瞬よぎった。
「たしかに。悪い人は駄目だね。うん、いい人でなければ襲われても自業自得だ」
御納得いただけて何よりです。なんか小バカにされている気もするけれど。ぐぬぬぬぬ。若竹色コートの『おまじない』のせいだ、きっと。
「その竜が持っている荷物、てっきり人間から奪ったのかと思ってね。竜は、収集癖があるから」
およ、そうなの?
フィオを振り返りそうになって、慌てて男のほうへ向きなおる。いかんいかん、睨んどかなきゃ。
≪フィオ、竜って物を集めるの、好きなの?≫
≪よ……よくわかんない≫
種族全体の習性なら、それこそ『普通』なんだろうし、そりゃ判らないよね。さっきから通訳担当してくれてる爺様に、後でゆっくり訊こう。
「その荷物は君の、でいいのだね」
こくん。
「何が入ってる?」
むむむ、私の貧弱な語彙で説明つくわけないじゃん。しかも異世界アイテムとか、爺様の魔術グッズとか、見せられない物テンコ盛りなんだってば。うー、なんか捻り出せ。
「…………リュウキシヒメ!」
ぱちぱち、と瞬きした男は、頭の処理能力が追いつかないようで、しばし呆けていた。
怪訝そうに眉をひそめ出した男を放置し、私はフィオのところへ急ぐ。大丈夫だよ、と目で合図しながらフィオの腕をぽんぽん。
抱えてくれている荷物に手を突っ込み、一冊の本だけ取り出した。
ついでに、よん豆は回収してフィオの左右の肩に置いておく。キミたちのせわしない動きはフィオの気が散っちゃうからね、じっとしてんしゃい。
「リュウキシヒメ」
そう言って、御伽話集を男の前で広げて差し出す。
「え? ――ああ、そういうことか。他には?」
「~~~~ダメッ」
見せられるかっつーの。もう一度水平に両手を広げて、行方を阻む。
職質での所持品検査は任意だよ、こっちの世界では知らないけど、本来そうあるべきだ。
おじいちゃんが力説してたもん。個人情報保護法だ。そっとしておいてもらう権利だ。人が生まれながらにして持つ権利だ。
「了解した……それで、君の名前は?」
ほっ、荷物は死守した。じゃなくて。
こいつ、『仕方ないから許してあげるよ』な態で、尋問続行しているよね? 大げさに溜め息ついて、甘いマスクで苦笑してみせて、完璧に整えられた髪を『ふぅ、困ったな、子猫ちゃん』的に物憂げにかきあげるフリしてるけど。
結局、自分のペースで話進めようとしているよね? 胡っ散臭え。
「メメ。イコク・ノ・タビゲイニン」
面倒だから答えるだけであって、イケメンに屈したわけではないので、そこは特記しておく。緑頭巾で私は『親戚の子』。弱年齢化しているのだから、男の振りまいているスケコマシ・フェロモンにも耐性はきっとある!
「異国ねぇ……じゃあ、どういう芸をするのかな」
うぉおっとぉい。変化球が来た。1回裏、いきなりピンチです。さぁ、芽芽選手はどう迎え撃つのでしょーか、じゃなくてっ。
≪芸って何! 芸って何! この人、意味不明なんですけど! はぁぁ? わけわかんないっ≫
≪芽芽、落ち着け。『旅芸人』なんだから、芸で身を立てているのが普通だ≫
爺様、それは普通の旅芸人の話であって、異世界から生贄儀式で無理矢理召喚されて、竜と一緒に逃亡している無職無学歴の無国籍無住居娘には絶対当てはまらないと思うの。
≪あら、歌唄えたじゃない≫
こちらもまだ警戒を解いていないカチューシャが、するりと横へ来る。そういや歌で誤魔化す計画だった。
……音痴ではないと思う。音域もそこそこ広く出せる。森の中で歩きながら景気づけに歌って、発声練習はした。
でも目の前の御仁は、オルラさん一家みたいに甘口評価してくれなさそう。プロの歌手ですなんて果たして――あ。
私は男の前に歩を進め、すっと手の平を持ち上げる。
「イリ!」
金くれ、のポーズだ。『お金』の言い方が判らないけど、通貨単位を言えば通じるんじゃないだろうか。というか、通じろ。もっと言うと、『金払わない客に、タダで見せる芸はねぇ』と伝わりやがれ。
「ふむ。なるほど一理ある」
御理解いただけて何より。これで大人しく立ち去っておくれ。日も暮れてきた。私たちはさっさとここで寝る用意をしたいのだよ。
「では、『苺』一つだ」
懐から一枚だけ穴銅貨を出して、私の手の平の上に置いてくれちゃったよ。ほほう。1イリですか、黒竜さん。――て、にゃめんな猫化するぞ。
私は貨幣を男の手に乱暴に押しつけた。『てんで話にならない』という態度で、散らばった柿の実をひとところに片せる。
「セイレ!」
あれ、まだそこに突っ立ってたんすか。邪魔なのでとっとと消えやがれでございましてよ。
残念ながら月下美人さんは、はんなり寝そべりモードに戻ってしまわれたので、代わりに私がエアー猫尻尾と片手をしたーんしたーんと振っておいた。
****************
※芽芽の日本語ボキャブラリーは最新版ではありません。
ネットを通して海外でも情報は仕入れていましたが、なんせ実体験はおじいちゃんとの会話がメインでしたので相当古いです。「スケコマシ」などの死語も、本人、あんまり死語だと理解していません。
「1回裏」云々は、夏休みに帰国して、おじいちゃんと一緒に視た高校野球のテレビ中継の影響かと思われます。次回もおじいちゃんに付き合って、一緒に眺めていたテレビ番組が登場します。
『雪国』の冒頭文(の変なアレンジ)が出てきましたが、基本はおじいちゃんの本棚に並んでいるものを読んでいます。
ジジコンな子です。あと竜コンですかね、かなり重度の。
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